巻き戻る世界
どうも体力無し社畜です。
生きてます。本格的に復帰というわけではないですが、お知らせがあるので更新しに来ました。
最初はただただ憎かった。自分は当然のことをしただけだと、主張することすら出来なかった。だから二回目は真っ先に始末した。婚約者にも恨みが無いわけではなかったけれど、手を出してはこちらの身が危ないから。それでもなにも変わらなかった。それでも結局、非情な人間として殺された。
三回目は心を押し殺して優しくしようとした。なにも非はなかったはずなのに、裏切られて処刑された。
四回目は関わらないように生きることにした。今度こそ大丈夫だと思っていたのだけれど、ある日突然殺された。
五回目から日記を書くことにした。
六回目はただただ流されるままに生きてきた。そうしてそれも……今、終わった。
◇
「やっぱり七回目が始まるのね……」
耐え難かった痛みが終わり、目を覚ますと日記にあったとおりベッドの上にいた。あと一時間もすれば、侍女のアンが起こしにくるだろう。
五回目から書き始めた日記のおかげで、やり直し直後の状況が思い出せる。何度も繰り返しているとはいえ、十数年前のことを細かく覚えてはいない。
だから五回目から日記を書き始め、ことあるごとに読み返していた。おそらくふつうの日記とは違う、スケジュール帳のような日記を。
それでも今までとの差異がないかを確認するために、一度部屋の中を確認する。
鏡には五歳の時と変わらない姿。記憶、そして日記に書いてあった部屋の配置。過去二回行ったように、確認しながら本棚から取り出した日記に書き記していく。最初の三ページだけ使われて、しまい込まれた日記。
一回目の時に引っ張り出されたのは、今から二年後といったところだろうか。さすがに細かいところは忘れてしまった。
ともかく、もう数年するとこの国の第二王子との婚約が決まり、七年後に学園に入学して、十年後には聖女が見つかり、そこから七年から十年ほどで死んでしまう。
聖女は見つからなくても死んでしまうけれど。
おそらくなにをやっても変わらないだろう。今回も流されるままに生きていこうと決め、もう一度ベッドに戻った。
◇
「アムリアさま、今日もおきれいです!」
「そう? ありがとう」
特に知っている歴史と変わることなく――わがままを言わなかったから一回目とは違う流れだけれど――学園に入学した。学園は十二歳で入学して、十八歳で卒業する。初等部と高等部があり、高等部には優秀な市民が入学する。
すでに第二王子の婚約者になったために、周りから一目おかれるようになってしまった。それでも聖女が入学してくる高等部までは、平和に過ごせるので、今はこの平穏を享受しておこうと思う。どうせ今回も死んでしまうだろうから。
授業が終わり図書館に向かう。初等部、高等部と分かれているけれど、施設は共用の物もあり、図書館は初等部でも使うことが出来る。
図書館はにぎわっているわけではなく、だけれど誰もいないわけでもなく。二階建ての建物の中大体どこにも人はいるけれど、記憶している限り一カ所ほとんど人が来ないところがある。
二階の奥。古書が集められた区画。その中の窓から離れた、灯りの少ないスペース。
知らなければまずたどり着くことがない場所であり、たどり着いたとしても暗いここは読書に適していない。だからここを使うためには、受付でランプを借りないといけない。そして知っている限りランプを借りられることを知っている人はほとんどいない。――実はもう一カ所人気のない場所があるのだけれど、そちらにはすでに住人がいる。今までなにもしてこなかったから、特に会いたくない人が。
家でも学園でもなかなか一人になれないため、六回目の時には好んでこの場所に来ていたのだけれど、その癖で今日も来てしまった。
ランプは借りていないのだけれど、一人になれるのであれば今日はいいだろうと開き直って。
薄暗い陰湿な――誰も知らない隠れ家。そのはずだった。
しかしそこにたどり着いたとき、見知らぬ光景が広がっていた。
「日記にあるとおり、ここってほとんど人が来ないみたいですね。何であるんでしょう?」
「こういう場所を必要としている人もいるんだよ」
「そう言うものなんですか?」
「わたしはあった方が面白いとは思いますけど、それはそれとしてですね」
緊張感のない声で話す高等部と思われる三人の生徒。一人は緑髪の表情が乏しそうな少女、一人が金髪の緑髪の少女に似た少女。最後に黒髪の少女。
ここに三人も人がいることが珍しいが、それよりもランプもないのに本が読める程度には明るいこと驚いた。まるで物語で読んだことのある魔法のような状況に、緑髪の少女がこちらを向いたのに気がつくのが少し遅れてしまった。
「座らないんですか?」
「……あ、えっと。座るわ」
驚きで言われるがままに空いている一席に座ってしまったのだけれど、過去にないくらいに軽率だった。あり得ない状況に思考を止めてしまったことも、言われるままに動いてしまったことも、恥で済めばましなやらかしだ。
「アムリアちゃんはどうしてここに?」
「アムリアちゃ……!? お気に入りの場所だからよ」
黒髪の少女の思わぬ呼び方にペースを乱される。だが公爵令嬢にいきなり馴れ馴れしい呼び方をするのは、同性とはいえおかしなことなのだ。それとも過去に会ったことがあるのだろうか?
思い返してみても、この七回目の世界で彼女たちに会った記憶はない。
「ここに来るのは初めてなんじゃないですか?」
「そんなことはないわ。初等部だからと言って――」
「ランプも持たずに、ですか?」
「――今日は忘れただけです」
緑の少女の追求に言い訳はしたけれど、その表情からごまかし切れたか読みとることが出来ない。間違いなくごまかせていないだろう。
だとすれば、彼女たちの様子は可笑しい。いや出会ったその瞬間から可笑しいのだ。まるでなにもかも見透かされているような……。
薄ら寒さを感じつつ視線を動かすと、彼女たちが広げて読んでいたであろう本が目に入った。
それには見覚えがあった。同時に心臓が掴まれたかのように、冷や汗が流れるのが止められなかった。
それはたしかに部屋に隠しているもので、今朝学園に行く前にも確認した。そしてそれの向こうに積み重なっているもの。
今後購入するはずだったもの。
「――……!!?」
思わず声を上げそうになったのに、どうしてだか声が出なかった。
そのことにますます混乱してしまう。
「図書館では静かにしないといけませんから。落ち着くまでは声を出せないようにしました」
さも当然のように緑の少女はこちらに伝えると、三人でおしゃべりを始めた。
そんな三人をどこかで見たことがあると気がついたとき、さらに混乱が増した。
◇
「落ち着いたわ」
「みたいですね。聞きたいことはありますか?」
漸く落ち着いたところで、緑の少女が問いかけてくる。どうやら質問に答えてくれるらしいが、いつまで答えてくれるかわからないため核心からついていく。
「貴女たちは以前の世界を知っているのね?」
彼女たちは記憶が正しければ六回目の世界の高等部でクラスメイトだった。あまり印象に残ってはいないけれど、たしかにいたのだ。そしてどう言うわけか、彼女たちは記憶の中の姿のままいま目の前にいる。
それが意味することは正確にはわからないけれど、明らかに今までとは違う世界であることはわかる。
「わたしたちが把握しているのは、二つ前の終わりくらいですね」
「それは以前の世界の記憶があると言うことかしら?」
「アムリアさんが言いたいこととは違いますが、記憶はありますよ」
「言いたいことが違うというのは?」
「わたしたちは巻き戻ってはいません。二つ前の終わりから把握しているというのは、そのときに漸くこの世界に来ることが出来るようになったんです」
巻き戻っていないとはどういうことなのか。巻き戻っていないのだとすれば、仮に二つ前の終わりに生まれたのだとしても、三十年以上は経っている。それなのに彼女たちはどう見ても十代にしか見えない。
それにこの世界に来ることができるようになったとはまるで……。
「わたしたちはこの世界の存在ではありません。証拠はこの日記たちで納得して貰えればと思います」
「それはやはり、六回目の世界で書いた」
「貴女の日記です。見覚えはあるでしょうし、中でも見ますか?」
「いえ、必要ないわ」
差し出された日記を読むことはせずに、質問を優先させる。
「貴女たちなら、この繰り返しをどうにかできるのかしら?」
「それは貴女が生き続けたいということですか? それとも繰り返さなければいいと言うことですか?」
「後者よ」
「それならもう心配しなくて良いですよ。今回が最後です。正確には次の世界が始まった時にすべてが終わります」
「終わるっていうのは?」
「世界崩壊ですね。今のままだと次のリセットの後、数日もせずに世界が終わります」
何とも荒唐無稽な話だ。だけれど荒唐無稽と言えば、世界を繰り返していることを含めた今の状況が荒唐無稽なのだけれど。
「死ぬことなく生きられたら?」
「寿命で亡くなっても死ぬは死ぬですから。その後ですね。もしくは何らかのイレギュラーが発生して今回のどこかで世界が終わるかも知れないですね」
「……貴女たちの目的は?」
「この世界の観察ってところで、基本的にはなにもないです。面白い世界なので、様子を見に来たっていったら良いですか?」
面白い世界というのは、同じ時間を繰り返しているからだろう。
彼女が言うことが正しければ、ようやく救われるのかもしれない。終わらないと思っていた世界が遠からず終わるのだから。
「つまり自由にしていても邪魔はしないってことよね?」
「しませんね」
「そう――。最後に貴女たちは何者なのかしら?」
彼女の話が真実であっても、偽りであっても、これ以上問うことはない。だから答えてくれなくても良いかという気持ちでそう尋ねた。
「わたしですか? わたしの名前はデア・コンティラル・フィーニス。年齢はたぶん数十億歳。雑用ばかりのかわいそうな一般神――」
◆
「見事な復讐劇だったね」
「これを復讐劇というかはわかりませんが、この世界の自業自得って感じですね」
一人の女性を基点にループする世界。時間を戻すというのは、世界に大きな負担を強いる物らしい。それにこの世界が小さいからできる芸当でもある。
何せこの世界、国が一つしかない。陸地も一般的大国の半分もないくらい。その周りに海はあるけれど、特に面白味もない。
「どうして今回は数日前に戻ったんでしょうか」
「そこまで戻す力が世界に残っていなかったってことですね。わたしは気がついていましたが」
「フィーニスちゃんそのこと教えた?」
「教えましたね。嬉しそうでした」
だから前回はなすがまま受け止めて、死んだ瞬間世界崩壊に巻き込むってことだ。だから最後彼女は楽しそうに笑っていた。
世界が崩壊していく中で、嬉しそうに笑っていた。
そして世界中が混乱し、悲鳴に満たされ、そうして世界は壊れていった。最後の彼女の笑い声のように。
【お知らせ】
「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」の電子書籍版の第5巻の配信が9月7日に決定しました。
後ほど詳しいことはお知らせしますが、良ければご一読を検討いただけると嬉しいです。