かつて転生者が神(亜神)を倒した世界
「魔法文明もここまでくれば、科学のそれとわからないね」
「どちらも自分たちの生活のために、研鑽しているものですからね。魔法が当たり前の世界の人たちにしてみれば、通信機の類は十分魔法みたいなものですよ」
「結局はその世界にどういう法則が組み込まれているか、ですから」
文月とルルスとやってきた、壊れかけのれ……世界。魔法がない世界から見ると、どうしてその形状で建っているんだという、極端に言えば針の上に建っているかのような家。完全に物理法則を無視している、変な形の塔。空に浮かび上がっている、大きな時計。町全体を覆う巨大な結界。
空飛ぶ車に積まれているのは、エンジンではなく魔法の触媒。大きな町なのに、そんなに人が歩いていないのは、転移魔法やら何やらが発達した結果、急いでいる人は道なんて歩かないから。
基本は転移で動いて、気分が向けば道を歩き、乗り物に乗るのは娯楽の類でしかない。そんな世界。
「こんなに栄えていても、結界の外は砂ばかりなんだよね」
「岩とかなに食べているかわからない化け物とかもいますよ」
「そんな細かいことはいいんだよ、もぅ」
文月が頬を膨らませるけれど、別に気にしない。実際に岩も化け物もあるし。
そんな感じで終末世界然とした中に、こうやって結界に守られた町々があるのが、今のこの世界。転移が一般的にあるから、生きている人に悲壮感は無いのだけれど。
この世界ならわたしも文月もルルスも目立たないので、適当に町をぶらつく。世界崩壊が近い割には、幸せそうな人たちばかりだなーとか、上の人たちは世界崩壊が近いことに気がついているのかなーとか考えていると、記念館を一つ見つけた。
その名も「神祖記念館」。
「神を討伐したってあるけど、本当に神なのかな?」
「わたしたち基準だと、亜神ですね。そしてこの神祖さんは、異世界転生者です」
「転生って言うと、記憶を持って生まれ変わった系?」
「その上で一度神に会っている、由緒正しき転生者です」
わたしは転移した後に、転生したので由緒正しくない転生者。
もしも彼が前世で死んだのがトラック事故なら、役満といっていいだろう。神が間違って殺しちゃった系でも、芸術点が高い。神が人を誤って殺すことができるのかといわれると出来なくはないし、それで転生させることが出来るかと言われると、出来なくはない。ただし世界への影響は考えないものとする。
「じゃあ、何か特別な能力をもらったとか?」
「彼がもらったのは、特別な能力と言うよりは、一つの才能って感じでしたけどね。それに関して言うと、かなりすごい才能ではありましたけど、この世界でふつうに生まれる人でも手に入れられる可能性があるものです」
「でも亜神を倒したんだよね?」
「倒しましたね」
謎かけでも何でもないのだけれど、文月が頭をひねって考え始めたので、させたままにしておく。
すぐに答えがでなかった文月を尻目にルルスが「この世界の人が倒せなかったが正しいかと思います」と口にした。
「亜神といってもいろいろいますからね。案外人に倒されるくらいの存在のものもいるんですよ。それでも人基準だと対策に対策を重ねてようやく可能性が出てくる、みたいなものですが」
「それならどうして……というか、亜神って倒して良かったの? 神が遣したものだよね?」
「わたしが亜神になったのって、亜神になるのにいろいろと相性が良かったかららしいですよ」
満足して死ぬだけだったはずなのに、だからこそ拾われたらしいし。世の中ままならないとは、まさにこのことだ。もっとクラスメイトに恨みを持って死んでいたら、永久に寝ていられたのに。
「亜神にする存在を間違ったってこと?」
「間違ったのか、途中で変質したのか、というのはわかりませんが、世界に害を成すようになったわけですね。世界というか、人にですが。ちょっと記念館を覗いてみましょうか」
説明も面倒くさくなってきたので、とりあえずこの世界での神と神祖の関係を見てもらおう。
まず神という名の亜神。亜神は元々人々に繁栄をもたらしていたが、ある時を境に人を滅ぼそうと動き始めた。追いつめられた人は最期の希望をかけて英雄――勇者を送り込んだけれど、亜神には力及ばず。最期の力を振り絞って、亜神を封印することしかできなかった。
人が栄華を歩もうとする度に亜神は復活し人々を追いつめ、また封印される。これを繰り返していた。
しかしある時、勇者が生まれていないのに亜神の封印が解かれるという事態に陥る。その時に生まれたのが、神祖と言う存在。
神祖ははじめは、魔法的に劣っていた劣等生だったとされる。さまざまな属性の魔法は使えるけれど、一つ一つの魔法の威力は他人と比べると遠く及ばず。
それでも一人魔法を極め続けた結果、誰よりも優れた魔法使いとなり、信頼する仲間を引き連れ、とうとう亜神を倒すに至った。
その後は自分が使っていた魔法が、他の人が使っていたものとは違うことを明かし、隠すことなくその神髄を人々に伝えていった。
それが現在に繋がる魔法へとなっている。現代魔法の生みの親。そんな存在だったがために、敬意を込めて神祖と人々が呼んでいる。
記念館にある歴史をまとめるとこんな感じ。
「この歴史そのままって訳じゃないんだよね?」
「そうですね。あながち間違いって感じでもないですが」
「あたしも何となくわかったんだけど、この神――というか亜神は一回も封印されたこと無いよね」
「無いですね。それまでの魔法を使っていては、この亜神には勝てませんから」
「当初は亜神を通して、魔法の力の源にアクセスしてたんだよね」
「マナというか、龍脈というか、世界の根幹のエネルギーというか、そんなのですね。亜神を通すことで、人が使いすぎないようにって算段だったらしいです」
際限なく世界のエネルギーを奪う存在なら、先にこちらで使える量をコントロールしてやろうってことだ。考え自体は悪くないし、うまくいけば世界の寿命を全うさせることが出来ただろう。
役目を精霊やその類ではなく、亜神にしたあたりもポイントが高い。そして万が一を考えて、セーフティネットまで残していた……というか、うまく行かなかったら、寿命を迎えさせる以外の方向へと世界の目的を転換させるようにしていた。
で、最初に亜神が人を襲い始めたのは単なる間引き。いかにエネルギーの根幹を押さえているとはいえ、無限に引き出そうとすれば亜神の負担が大きくなる。だから間引く。どこまで間引いて良いかと言われると、後に勇者と呼ばれる個体が人から生まれてくるまで。
勇者と戦った後は、間引きをやめて人が到底やってこられない場所に引っ込む。これが封印されたと思われていた理由。
「でも亜神が暴走して、それに対抗するために神祖が送り込まれた」
「まあ、度重なる間引きに辟易として、歪んじゃったんでしょうね」
「神祖の魔法って言うのは、亜神を介さない魔法だよね。亜神を介したものと比べるとかなり弱くなっちゃうはずだけど、それでも亜神に勝てるものなの?」
「完全に不意打ちですよ。魔法を使えなくしたと油断していたところに放たれた、必殺の一撃。こうやって、暴走した亜神が倒されるところまで――そこから現状に至るまで、この世界を作った神が想定していた流れです」
神祖が劣等生と言われていたのは、亜神を介さない魔法しか使えないための出力不足に加えて、神祖の魔法を使うノウハウのなさが原因。
それを覆したのは才能もそうだけれど、転生による小さい頃からの訓練。訓練方法は神に教えてもらったらしいけど。神的にも亜神は倒してほしかったので、教えたのだろう。
「そんなこんなで、そろそろですね」
「はい。結界が崩れます」
わたしの言葉にルルスが追随する。記念館から出て空を見上げると、ちょうど空にヒビが入った。
わたしたちが見上げているせいか、つられて見上げた人が悲鳴を上げ、悲鳴に気がついた人が、結界の異変に気がつきそれぞれに反応を見せる。
その大部分が悲鳴。それから怒号。今まで自分たちを守っていたものが消え失せるという、あり得ない状況に感情の行き場をなくしている。
少数は諦観している。いつかはこうなるだろうと、予測をしていたのだろう。まあ、結界の外を考えれば簡単にたどり着く推論だろうし。
人々の悲鳴がまったく関係ない我々は適当に高い建物に上り、結界の崩壊を眺める。まるでガラスのようにパリンと割れると、破片が人々に降り注ぐことなく、空中で消えていく。
守りを失った町に最初に訪れたのは、建物の崩壊。車の落下。空を飛んでいたものたちは、重力にひかれ落ちてくる。バランスを失った建物が崩壊する。
それを見越して、作りだけはまともな建物の上にいたので、わたしたちにはノーダメージ。崩れてもダメージ無いけど。
次に地面が枯れていく。結界の外の環境が浸食してくる。端から徐々に中央へと。
数十の動植物を混ぜ合わせて、ミミズの型に流し込みました、みたいなへんてこな化け物が町に入ってくる。
人々は逃げまどい、砂に足を取られ、化け物につぶされ死んでいく。
「転生者がいなかったら、この世界はどうなっていたのかな」
「少なくとも、この結末ではなかったでしょうね」
「それはつまり、転生者がやったことは間違っていたってこと?」
「100年後に世界が崩壊するけど100年間は平和なのと、生命を脅かされ続ける1万年どちらがいいかって話だと思いますよ。でも文月的には、どっちが正解かはわかっていてもらわないと困りますが」
「終末神に仕えているもんね。そこはわかっている前提だよ」
そりゃそうか。と思っている間に、町は砂に沈んだ。