積極的に滅ぼしてみた世界
11月3日に本編4巻が配信決定しましたので、記念更新です。
今日から11月5日まで2日に1回投稿していきます。
「フィー君は一度全力を出してみると良いよ」
「何ですかそれ」
上司とのそんな会話の後に壊れかけの世界にやってきた。いや、正確にはもう少し説明はあったのだけれど。
終末神の全力を他の神も知りたいし、わたし自身知っておいた方が良いらしい。まあ理屈はわかる。面倒くさいけど。面倒くさいけど。
曰く早く世界を滅ぼせたら早く帰れるよ、とのことで、否応なしに全力を出さないといけなくなっている。そういうことなら、物理的に壊してやろうかと、それならたぶん1日かからないだろうと思ったのだけれど、それだと意味がないと言われてしまった。
終末神としての力が気になっているわけだから、仕方がないね。
小間使いに文月とルルスを連れて行くこともダメだと言われた。終末神の全力でどんな影響があるかわからないから、仕方ないね。
そうして一柱でポーンと投げ出された世界は、ついさっきわたしが降りれる条件を満たしたみたいな世界だった。具体的に言うと、このままいったとしてあと2~3000年は大丈夫ではなかろうかって世界。
世界寿命が減ってなかったら、あと数万年とか数千万年とかいけたとはいえ、2~3000年って長いよなーって思う。
この状況で世界が滅ぶよ、といわれても動かない気持ちは、理解できなくもない。興味はないけど。
神的存在であるわたしが2~3000年を長いと感じるのか問題としては、普段の仕事が長くても100年くらいだと考えてもらえると、理解してもらえると思う。興味を持ってもらう必要はないけど。
そんなわけで、世界に降りたって全力で世界を滅ぼそうとしています。一瞬でわたしの周りが枯れました。人の視力で見渡せる範囲は一瞬で消え失せた。ルルスと文月がいたら巻き込まれてたかなー。
とりあえず、さっさと終わらせたいです。そんな感じでまず半年。世界の人々が何かに気がつき始めました。
さらに半年で、世界を滅ぼそうとする何者かが存在していることに人々が気が付きました。
さらに1年。人に力を与える形でズィゴスが生まれた。うん、人が滅ぼすよりも先にわたしが壊しきるからね。
世界君も人の味方になるみたいです。
このころになると、わたしは魔王と呼ばれるようになりました。歴代の魔王はズィゴスであり、人の数を減らして朽ちていたわけですが、このたび共通の敵を前にして共闘するらしい。胸熱の展開ってやつだ。
どうせならわたしも魔王の役割に徹してやろうと動き出す。この世界にも魔物がいるので、力の使い方の練習を兼ねて魔物を人里に差し向けたりし始めた。
そして人里から離れたところに、張りぼての城を立てた。
そこからさらに5年。世界に来てから7年。魔物と人の戦いは激しさを増し、国が一つ一つ消えていき、ズィゴス君がいる国が最後の希望となった。滅んだ国の中でも生き残れた強者が集い、魔物は着実にその数を減らし。
わたしは一人の召使いを捕まえた。このころには力の制御もできたので、近くにいても大丈夫。
捕まえた召使い。彼女の名前は……ヴィアトリクスちゃん。
「この世界じゃ……いえ、ヴィアトリクスでいいです」
「別に敬語じゃなくて良いですよ」
「いちおう、召使いですから」
舌足らずに答えた彼女は6歳。わたしがこの世界に来て全力を出したせいで、彼女がこの世界に転生する条件を満たしたらしい。
一応、契約をして彼女に召使いをしてもらっている。6歳を無報酬で働かせているわけではないのだ。それに彼女は6歳ながらにかなり動ける。入れるお茶もおいしい。それだけの経験があるのだろう。
「でも報酬はあれでいいんですか?」
「他になにかもらえるんですか? つぎの世界にもちこせる武器とか、まほうのアクセサリーとかあれば、それがいいです」
「それは無理ですね」
彼女は世界が滅びる前提で動いているから、世界を越えて持っていけないものはいらないのはわかるけれど。まあ、本人が良いならいいや。
「魔物もあと少ししかいないですね」
「別に増やそうとしてませんしね。消耗品みたいなものです」
「ひどい話です」
果たして誰にとって酷い話なのか。
少なくともわたしではないのは確かだ。
◇
やってきたズィゴス君、皆からの呼ばれ方は「英雄」。彼はわたしの作った見かけ倒しの城の前まで10人ほどの仲間と来ると、真剣な眼差しで仲間の方を見た。
何を言っているのかはわからない。何せわたしはお城の上の方から見ているからね。
「実はヴィアちゃんが倒せたりしません?」
「……いいです。あと5年くれたら、たおせると思います」
「彼がズィゴスに選ばれて6年と考えると、目頭が熱くなりますね」
手を目に当てて上を向いてみたけれど、ヴィアちゃんは「なけそうですか?」と冷ややかな声で尋ねてきた。わたしは正面に向き直って「まったく」と答える。
それからヴィアちゃんが大きなため息を吐いてから、話し始めた。
「これでもけいけんだけは、人一倍してきていますから」
「一倍で足ります?」
「説明がひつようですか?」
「いえ、まったく」
雰囲気作りも兼ねて、玉座の間でヴィアちゃんとダベっていたら、扉の外が騒がしくなった。騒がしいといえるほどうるさくないけど。
むしろ慎重に行動しているらしく、人数の割に音がない。
それからそろりそろりと両開きの扉が開かれ、20歳くらいの青年がひょこっと顔を覗かせた。それから大きく扉を開いて、11人で戦隊ものっぽくポーズを決める。
「自己紹介はしてくれないみたいですね」
ぼそっとつぶやくと、ヴィアちゃんが吹き出していた。やっぱりネタがわかる人がいてくれると反応が良い。
「お前が魔王なのか……?」
ズィゴス君がわたしたちの方を見て、自信なさそうに尋ねてきた。少女と幼女の組み合わせだから、困惑するのもわかるけど油断しすぎだと思う。
「んー、現状そんな立ち位置なのは否定しませんね」
「なぜ世界をめちゃくちゃにするんだ!」
わたしが否定しなかったからか、ズィゴス君の勢いが増した。普段なら「どちらが世界をめちゃくちゃにしていると――」みたいなことがいえるのだけれど、今は完全にわたしが世界を崩壊させている訳で。
とはいえ、わたしが望んでやっているわけでもなくて。
「まあ、仕事だからですね。早く帰って寝たいからです」
「そんなことのために、世界を……許さん」
怒りを滲ませるズィゴス君に呼応するように、残りの10人がそれぞれ声を上げて奮い立つ。何人かわたしの見た目に気を抜いていたズィゴス君みたいな人がいて、「見た目に騙されるところだったぜ、この極悪人め」とか言っている人がいたけれど、騙すつもりもなければ人でもない。
「平和だった世界を取り戻す。いくぞ」
気合い十分にズィゴス君がすごそうな剣を持って、低い体勢で切りかかってくる。アクションゲームならダッシュ攻撃にあたりそうなそれは、わたしに届くことはない。
速さが終わり、彼の生命も終わりに近づく。ズィゴス君他、前衛で突っ込んできた人は急に動きを止めたかと思うと、張り付けにされたようにその場に留まる。それもわずかゼロコンマの世界。すぐによくわからない粒子になり消えていった。
後衛たちが繰り出した魔法や弓矢も同じように、消え失せる。
そんな中、動きを止めつつも形を保っているズィゴス君はさすがだとは思うけど、呆けてしまうのはいただけない。
わたしはまだ、何もしていないのに。いや城やヴィアちゃんに影響がないように制御はしているけど、それだけ。
後衛たちも恐怖か何かでしりもちを付いてしまったらしく、ズリズリとお尻を摺るようにわたしから遠ざかろうとする。痛くないのだろうか?
「ば、ばけもの」
誰かが震える声で、何とか話したのがその一言。でも誰が言ったかわからない。だって消えてしまったから。
一人残ったズィゴス君は、恐怖が許容量を越えたらしく、膝から崩れ落ちて気を失ってしまった。別に痛めつける趣味もないので、そのまま終わらせる。
強くなってしまったから、逆に苦しんでしまった典型だ。
「むいみでしたね」
「彼らがきたから、たぶん1秒くらいは世界の寿命は延びたと思いますよ」
「そろそろほうしゅうをもらっていいでしょうか、ご主人様」
「じゃあ、お茶入れてください。まだ飲めるうちに」
わたしの言葉にヴィアちゃんが動き始めた。
◇
「終末神ってそういうことなのね」
「そうなんですよ。名探偵みたいなものです」
「とんだ名たんていも、いたものね」
「わたしが悪い訳じゃないと思うんですけどね。神々がわたしをパシりに使うのがいけないんです」
ヴィアトリクスへの報酬は彼女が満足するまで話をすること。すなわちわたしのもつ知識をできる限り手に入れること。彼女が持ち運べるものはそれだけだから、他にもらっても仕方ない。
「ということは、フィーニスはいろんな神にたよられているのね」
「遠からずって感じでしょうか? わたしがいなくても長期的に大した影響ないでしょうし。短期的には怒りそうな神もいますけど」
「むずかしいわ」
「理解しなくて良いと思いますよ。したところで意味ないですし」
「それもそうね」
人であるヴィアトリクスが神の感覚を理解できたところで、彼女が白い目で見られるだけだろう。
「私が寿命で死ねそうな世界はないの?」
「転生条件的に厳しいでしょうね。ですが、世界が崩壊へのボーダーを切った瞬間に正常値に戻った世界もありましたね。もしかしたら、ヴィアトリクスが転生した後で、寿命が延びる世界というのがあるかも知れません。何で正常に戻ったのかわかっていないので、あるかもわからない偶然をねらうしかないですが」
「ボーダーを切ったしゅんかんにフィーニスが降りたって、すぐにせいじょうに戻ったら、あなたはどうなるのかしら?」
興味に輝く目でヴィアトリクスが尋ねてくる。あのときは確か文月が呼ばれたのだけど、わたしだったらどうなっていたのか……。
「感覚的な話になりますが、たぶん寝ますね」
「ねるのね?」
「条件を満たすまで眠りにつくんだと思います」
「ふういんみたいね」
あながち間違いでもない気はするけど、そうなれたらそうなれたで、悪くない気がする。寝ていられるわけだから。
◇
「さいごに世界をほろぼした感想は?」
「正直何とも思いませんね。強いて言うなら、全力の力を使い慣れていなくて少し時間がかかったな~ってくらいでしょうか?」
「私の最短じゅみょうを更新しようとしているのに、そんなことをいうのね」
「この世界でこれ以上生きたいですか?」
わたしの問いかけに、ヴィアトリクスが周囲を見渡す。城の中はぼろぼろで、窓から見える外には砂みたいな何かしかない。
「さすがにここで目標をたっせいしても、嬉しくなさそう」
「じゃあ、そろそろ消えときますか?」
「じょうちょも何もないの?」
「神なもので」
ヴィアトリクスに手を向けると、彼女は呆れたように首を振った。
「それじゃあ、また」
「会えないほうが良い気がしますけどね」
手を振るヴィアトリクスを消して、それから世界そのものもほどなくなくなった。