終末じゃない世界
本編「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」3巻発売中です!
異世界転移というものを知っている人はどれくらいいるだろうか。物語で読んだことがある人も、そう言う物語を毛嫌いしている人も、何なら体験したことがある人もいるかもしれない。
あたし――文月梦はその立場上、数多の世界を訪れたことがあるので、そこらの主人公のような体験を数えられないほどしている。
それもこれもフィーニスちゃんあってのことだけれど。
フィーニスちゃんはあたしの好きだった人で、今は神様。あたしはフィーニスちゃんの眷属。自らの運命で神にまで至ったフィーニスちゃんと違い、あたしはフィーニスちゃんと一緒にいたいから眷属にしてもらったに過ぎない。
押しかけ? 何のことかわからないかな。
さて、何でこんなことを考えていたのかと言えば、今目の前でコテコテな異世界転移――転生――もののシーンが現れたから。
この世界の女神がいて、その前には召喚されたであろう男の子――たぶん高校生くらい――がいて。
きっと「よくやってきました、異世界の勇者よ」とか、「私のミスで殺してしまったから、別の世界に連れて行ってあげましょう」とか言うんじゃないだろうか。
と思っていたのだけれど、女神はあたしの存在に気がついたのか、目を丸くしてあわあわと慌てている。とりあえず、目の前の困っている男の子をどうにかしてあげたらどうだろうかとジェスチャーで示すと、女神はこちらをちらちらと見ながらも神様らしく男の子に話しかけた。
話を要約すると、人が使う召喚魔法に割り込んで、女神自身が男の子を呼び寄せたらしい。理由は世界を救ってもらうため。
理由を聞いた男の子は一瞬いやな顔をしたけれど、それを見た女神はわかっていたとばかりに説明を追加する。
今、世界は人が無理をしているせいで、崩壊が決定する目前にある。それをどうにかするには、人が豊かな生活を送るためのエネルギーとして利用されているダンジョンを取り返す必要がある。
つまり人種の敵として、ダンジョンを取り返してほしいというお願いだ。何とも損な役回りだけれど、それを聞いた男の子はやけに目を輝かせ始めた。
だから彼が選ばれたのだろう。
男の子がやる気になったところで、女神が男の子に詳しい説明を始める。
ダンジョンとはこの世界の防衛機能――要するにズィゴス――であったけれど、それを人に奪い取られてしまった。神託を下しても無意味な現在、女神にできることはズィゴスに少し手を加えることと、誰かを送り込むことくらい。
だから彼にはダンジョンマスターとして世界に降り立ち、人々が管理しているダンジョンを取り返してほしいということらしい。
男の子は最終的にそれを了承し、ようやくあたしの方に目が向いた。
「まずは謝罪を。貴女がここにいるのはこちらの想定外です」
眷属でしかないあたしに頭を下げるのは、フィーニスちゃんと事を構えたくないからなんだろうなと思わなくもない。
それにこの女神の想定外というのも、嘘ではないだろう。終末神の眷属であるあたしを危機に瀕しているとはいえ、正常な世界に呼び出すというのがまずありえないのだから。
「それはこちらも理解しています。フィーニス様も事故だということは理解しているでしょう」
あたしの言葉に女神が軽く目を閉じた。たぶん安心したのだと思う。なんだかんだでフィーニスちゃんは様々な神に感謝されているので、関係が悪くなるのは避けたいだろうし。
「ところであたしを戻してもらえますか?」
「すぐにと言うわけには……」
「わかりました」
それはなんとなくわかっていたので、ひとまずフィーニスちゃんに判断を仰ごうと思う。
『フィーニスちゃん。フィーニスちゃん。起きてる?』
『寝てます』
『どうしたらいい?』
『わたしの仕事を減らせるように頑張ってください』
『わかった。ありがとう、おやすみ』
『面倒くさそうなことに巻き込まれて、ご愁傷さまです……』
寝ているフィーニスちゃんを起こすのは申し訳なかったのだけれど、眠そうなフィーニスちゃんも可愛いなと思う。方針だけは決まったので、連絡は取ってよかった。怒っていないみたいだったし。
「本世界の女神様。ひとまずあたしは彼と世界に降り立ち、世界のために動こうと思いますが良いですか?」
「それは願ってもないことですが……」
「フィーニス様の命ですので、お気遣いなく」
「そうなのであれば、よろしくお願いします」
「世界に降り立つにあたってですが……」
世界を救うために、女神様と打ち合わせをして、まとまったところで世界に降り立つ。
◇
「それで何とか世界を救うことはできたけど、死ぬつもりだった男の子は生き残って、魔王として今でもダンジョンから世界を監視してるんじゃないかな」
「そんなことになっていたんですね」
やることを終わらせて、無事にフィーニスちゃんのもとに帰ってきたとき、ちょうど起きていたフィーニスちゃんにあたしが体験したことを話して聞かせる。
眠そうな顔をしていたけれど、ある程度は興味を持ってくれたようで、比較的に面白そうに聞いてくれていたと思う。
「結局、どうして文月が巻き込まれたのかはわからないんですね?」
「あの世界の神は、どういうわけか急に危険域までになったとは言っていたけど」
「それはその世界の人に関係なくということなんでしょうね」
「そうみたいだね」
あたしの言葉を聞いてから、フィーニスちゃんは少し考えるそぶりを見せたけれど、すぐに気を取り直して「次の世界に行きましょうか」とあくびをかみ殺していた。