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chapter3-2 種族名

 再びログインしたとき、まだ辺りは真っ暗だった。

 時間経過は現実の三倍だったはずなので、まだ明け方まで時間がありそうだ。

 ゲーム中は長くプレイできるから嬉しい設定ではあるのだが、普通に生活している人間にとってはどうか。

 例えばリアルで睡眠をとるとして仮に八時間、ゲーム内では二十四時間が経過している。そこから学校や仕事に行くとして、帰宅してプレイするまでに更に十二時間、ゲーム内で三十六時間経過する。つまり夕方や夜からしかプレイできない人間は前回からゲーム内で大体二.五日経過していることになる。

 私はまだ一人にしかNPCに遭遇していないし町にもたどり着けていないので分からないが、通常ならNPCなどからクエストを受けることが出来るそうだ。

 クエストの種類によっては時間制限の設けられているものもあるだろうし、達成できないプレイヤーも出てくるだろう。それはゲームとしてどうなんだ?


 と疑問に思った私は、ログアウト中に色々と調べてみた。

 するとホーム画面から設定で、ログアウト中の時間経過調整というものがあるらしく、それを弄れば解決することが分かった。

 早速設定を開くと、確かにログアウト中の時間経過調整という項目があり、マイナス方向にスライダーが伸びている。

 初期位置はゼロ。現実の三倍のままだが、最大でマイナス八まであった。恐らく現実の八時間がゲーム内の一時間になるという意味だと思われる。これなら、仮に一日ログインできなくてもゲーム内では三時間なので、ゲームをプレイできない日があっても安心だ。

 とはいえ、これはオンラインゲームである。オープンワールド内では他のプレイヤーがリアルタイムで行動しているわけだ。それを一体どうやって同期しているのだろう?

 高度な科学は魔法と変わらないというが、本当にその通りだと思う。ハイテクに疎いおじさんには、どのようにしたらそんなことが可能になるのか皆目見当もつかなかった。

 設定を完了し、ゲームに戻る。

 まあゲームはゲーム、と割り切って行動を再開した。

 こういうものは小難しく考えるより、楽しんだもの勝ちなのだろう。


 借りた家から出ると、東の空から藍色が広がってきていた。一時間もすればあっという間に明るくなるだろう。

 ある程度補正があるとしても、明け方の肌寒さを感じる。山が目の前なのでより寒い気がした。村を半周囲むように森もあり、指先がべたつくような湿気もあった。だが、空気は澄んでいる。

 ゲームとは思えないその清々しさに思わず体を伸ばし、胸いっぱいに息を吸う。体が凝ったりしないキャラクターの体だと分かっていても、そうしたくなるリアリティがあった。

 そういえば、ドワーフの彼はまだ寝ているだろうか?

 見ると、彼の家からは煙が立ち上っている。火を入れているのは暖炉だろうか、既に目を覚ましているらしい。

 探索前に声をかけていこう。夜明け前の訪問は嫌な顔をされるかもしれないが、場所を借りた礼もしなければならなかった。

 ドアをノックすると、一瞬の間の後誰何の声が聞こえた。


「アドルフだ、昨晩は世話になった。これから周辺の探索に出ようと思う、その前に声をかけに来た」


 そうしてまた沈黙が続き、扉の内側から閂を外す音がする。 中から顔を出したドワーフは幾分機嫌の悪そうな顔で、


「入れ」


 といって中に引っ込んでしまう。

 意外と歓迎されているのだろうか? 私は後に続いて彼の家に入った。

 中は簡素で、テーブルや棚など必要最小限のものしかない。私のイメージするドワーフ像のままだ。

 なんとなく気持ちが高ぶりきょろきょろと部屋を見渡していると、


「じろじろ見るんじゃねえ」


 とたしなめられた。そう言いながらも、鍋からスープをよそうと、私に差し出してくる。


「いいのか? 自分の朝餉だろう」

「いつも多めに作る」


 自分の分もよそうと椅子に腰かけ、テーブルの上のバケットを鷲掴むと豪快に噛み千切った。

 ご同伴に与れるというのなら否やはない。私もその辺に腰を下ろして朝食を頂くこととする。

 驚くべきことに、リアルなのは感触だけではないらしい。バケットの香ばしい香りと素朴な味わい、野菜と塩しか入っていないであろう味の薄いスープも、まるで本物のように感じられた。

 ログアウト中に調べたところ、このゲームは食事や睡眠などを摂らないことによるバッドステータスが存在するらしい。空腹なら眩暈や虚脱、不眠なら判断力の低下などだ。

 スタートから今まで何も口にしていなかったので、空腹のデバフがかかっていたのだろう。私は遠慮など忘れ、もりもりと食べた。

 ドワーフの彼はやや呆れ気味に、


「本当に同族だったのか」


 と言った。遠慮のなさは彼らの中でも共通認識なのかもしれない。

 しばらくお互いに無言で食事をした。最後のパンのひとかけらを口に放り込むと、手を合わせて頭を下げた。


「いい食事をありがとう。生き返る思いだ」


 彼は鼻を鳴らすと、何を大袈裟な、と吐き捨てた。だが、まんざらでもなさそうだ。


「ときに同胞よ、名前を教えてもらえないか。なんと呼べばいいのか困ってしまう」


 彼はしばらく考えた後、


「ゲーハス」


 とだけ言った。

 そして、続けて私に訊ねた。


「あんた、どこのドワーフだ」


 これに関しては、ログアウト中に設定を考えていた。ゲーム内におけるプレイヤーの立ち位置が分からなかったので、NPC用に用意したのだ。


「それが、私は出自不明でね。よく分からないんだ。同胞に出会ったのも初めてだ」


 ドワーフに初めて会ったというところで、ゲーハスは少しだけ驚いたように眉を上げた。


「士族名は」


 これは最初にランダムでつけられた種族ごとの名前のことでいいのだろうか?

 私はテーブルの下でバレない様にホーム画面を呼び出すと、名前の欄を見る。


「グランバリウスだ」

「なにっ?」


 ゲーハスが椅子から立ち上がり、驚きに目を見開いていた。

 その反応に、むしろ私が驚いてしまう。この名前に、不愛想な彼がこれほど動揺を見せるほどの意味があるのだろうか?


「それは確かか?」

「ん、ああ。育ての親にはそう聞いているが」


 思わず適当なことを言った。ゲーム内にプレイヤーを育てた親など居ないが、強いて言えば運営だろうか? 随分放任主義の親なことだ。

 ゲーハスはそれっきり、腕組みをして押し黙ってしまった。

 これはいったいどういうことなんだろう。てっきり名前の重複対策にランダムな種族名が当てられただけだと思っていたが、もしかしてそれすら何かしらの意味を持っているのだろうか?

 少なくとも、ほとんどむっつりとした表情から変わらないゲーハスが(まあそもそもドワーフは毛だらけで表情が分かりにくいが)ここまでの反応を見せるのだ。彼の知る何かがこの名前にはあるのだろう。

 とりあえずは、一切の動きを止めた彼が再起動するのを待つしかないか。


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