chapter5-8 部下、有村
拠点に戻った私は、ゲーハスの手当てを受けていた。
私からすればただの赤い線も、NPCにとっては痛々しい傷と認識されているようだ。必死に応急処置をしてくれている。
幸いというべきか、身体活性剤を飲んでいたのが功を奏したようで、回復用軟膏を併用すれば大体一日寝れば治るそうだ。
死亡した場合のペナルティはなさそうだが、回復に時間がかかることがMMOにおいてはデメリットになるだろう。
恐らく本職の回復役が居ればもっと早く治せるのだろうが、こればっかりはどうしようもない。
今回私が負ったのは、重症と言える怪我だった。効力の高くない治療で一日ならば、回復に特化した者ならもっと早いのだろう。一瞬で治る可能性もある。恐らく、普通にプレイしていれば、その重要性は計り知れないはずだ。特に仲間と一緒にやっていれば、なおさら。 重症を負う度にリアルタイムで八時間は、友情を破壊する気がしてならない。
とはいえ、私は望んだわけではないがソロプレイ。誰に迷惑をかけるわけでもないおじさんだ。大人しくログアウトし、今日のところはここまでとしておこう。
ちょうど買い足さなければいけない食料や消耗品があった。有給が終われば普通の生活に戻るのだから、これはいい機会だと捉えよう。
ゲーハスが部屋を出たのを確認してから、私はログアウトを押した。
夕方の駅前商店街は帰宅する学生や会社員、主婦などで溢れている。肉屋の作るメンチカツは行列を作り、焼き鳥屋は凶悪的な香りを煙にしていた。そのすぐそばに店を構える酒屋は、この時間になると氷水に着けた缶ビールを置き始める。商売上手な店主が、今日も笑顔で呼び込みをしていた。
日常を過ごす彼らを前にすると、いい歳をして有給休暇でゲームをやっていることに妙な背徳感を覚える。もしかしたらこの中にもゲート・オブ・バスティアンをプレイしている人が居て、帰宅を急いでいるのかもしれない。そう思うとそこはかとない罪悪感もあった。
駅近くのスーパーに入り、必要なものをカゴに入れていく。肉やキノコは冷凍保存した分がまだあるので、葉物野菜を買う。後はちょこちょこと調味料が足りなくなっていたのでそれも足し、後はラップとキッチンペーパー。トイレットペーパーはまだあっただろうか?
「新村課長!」
聞き馴染みのある声の方を振り返ると、部下の有村が笑顔駆け寄ってきていた。
有村は去年入社した女の子で、営業成績優秀ということで今年からうちの部署へやってきた。
中学生から大学までバスケットをやっていたためか、可愛らしい見た目によらずゴリゴリの体育会系である。上司から何か言われてもハキハキと答え、年上にはすべからく敬意を払う。今時珍しい、などというとなんちゃらハラスメントになりそうだが、中々見かけない女性だ。
綺麗というより可愛い系、愛嬌のある顔立ちをしている。地毛がやや茶色いショートヘアとどんぐり眼。そしてなにより、休日に上司を見かけて駆け寄ってくるその活発さ。
まるで犬みたいだ。
「やあ、今日は休みか?」
「はい! 有給貰ってゲームしてました! 新村課長もお休みですか?」
「ああ、私も実は、有給を貰ってね」
「奇遇ですね! あ、そうだ。今私がやっているのって、以前お話したすっごいリアルなゲームなんですけど、覚えてますか?」
「もちろん。ゲート・オブ・バスティアンだろう? 君に言われてから気になっていてね。実は私も、買ってしまったんだ」
有村が目を見開く。その瞳が喜色にきらきらと輝いていた。
そういえば、一緒にやろうと誘われていたのだ。今思い出した。
当人はというと、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、手を振って喜んでいた。
「本当ですか!? え、種族はなんですか? 今何処にいるんですか? 絶対行きます、一緒にやりましょうよ!」
「あー、待て待て。少し落ち着いてくれ」
宥めすかそうとするが、有村は鼻息荒く迫ってくる。
いい歳したお嬢さんが、そんなにおじさんに近づいてはいけません。
私は苦笑しながら質問に答えていった。
「私はドワーフを選んだよ」
「課長がドワーフ! 絶対可愛いです!」
おじさんに可愛いは誉め言葉ではないんだぞ?
こんなにきらきらした目で言われると、訂正することも出来ないのだが。
「場所は分からないんだ。ランダムスポーンだったみたいでね」
「あー、ドワーフは初期位置ランダムでしたねー。ベータ版でもドワーフプレイヤーが嘆いていました」「ベータテストに参加していたのか?」
「そうです! 結構バリバリやってましたよー」
ぬっふっふ、と妙な笑い声をあげて自慢げにしている有村。
これぐらいの子供が居てもおかしくない年齢の私からすると、娘のようで可愛らしいな。
と、これはセクハラにあたるか? 部下よりも上司が気を遣う、世知辛い世の中だ。
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