chapter5-6 群れとの遭遇
いくら山育ちでも、流石に気配察知などできるはずもない。それは本職猟師の特殊技能だ。
だからこれは同じ過ちなどではない!
と、現実逃避をしてみるが、目の前の狼の群れが消えるわけでもなく。
幾分平静を取り戻した私は、ゲーハス特製身体活性剤を飲み下して、敵の観察を開始した。
最初こそ、ガルムの群れかと思ったのだが、サイズが明らかに小さい。中型犬くらいだろうか?
ドワーフの身長から言えば、それでも大きく感じる。
数は四匹だ。こちらを威嚇することもなく、低い姿勢のまましっかりと距離をとって私の一挙手一投足を伺っているのが見て取れる。
慎重に、確実に、数の利を最大に利用して獲物を仕留める。まさしくイヌ科の動物の狩りだ。
モンスターハンティングでは散々経験した対複数相手だが、こうして実際に対峙すると、やはり迫力と恐怖心が違う。ガルムやゴーレムとはまた違った怖さだった。
当たり前だが、心は自前だ。アドルフというキャラクターのものではない。逃げようか、と一瞬考えてしまうのも仕方ないはずだ。
まあ、逃がしては貰えないだろうが。今も私の退路をじわじわと狭めていっている。
さて、こうして囲まれたときの対処法だが。
まず、群れのボスが居るかを確認する。居た場合は最短で仕留めるように立ち回り、居ない場合は一体一体をなるべく一撃で素早く倒す。
言うは易し、と言うがまさしくそうだ。そう簡単なことではない。
戦争で、司令部というのは大体攻撃を受けない場所にあるという。それは、指示を出す人間が居なくなると、一気に瓦解する可能性が高いからだ。
モンスターも同じだ。司令塔は全体を見渡せる位置でずっしりと構える。
しかも、群れを率いているだけあって、一番強い。
既に私の周りを囲み終わった狼たち。見たところ、ボスらしい個体は見当たらなかった。
とはいえ、油断はできない。群れで行動しているのだから、絶対に指示を出す個体はいるはずだ。
私は双剣に手をかけ、ふと思いなおした。現状一番火力の出る武器は、採掘道具だ。リーチは限りなく短いが、補正マシマシの効果はすこぶる高い。
こちらからは絶対に仕掛けないと決めていた。モンスターハンティングであれば、火力にモノを言わせガツガツと攻め立てて時間をかけずに終わらせるのだが……このゲームはモンスターのAIも優秀なようだ。多分手を出したところを狙われ、対処したらその隙を狙われ、とやられ続ける気がする。
現に、位置的優位を取っている今も攻撃を仕掛けてくる様子はないのだ。絶対にこちらから手を出してはいけない。
さて、後は避けるか攻撃か。
と、考えている合間に、いよいよ業を煮やした敵が飛び出してきた。
正面から真っすぐな突撃。
それはガルムで覚えたよ。
あの大狼よりも遅い、動きは目で追えた。
ならば、まずは避けて。
足の位置、噛みつきを空ぶってがら空きのその頭蓋骨に。
「一発、だ!」
体を入れ替える動きのまま、その脳天に鉄杭を打ち込む。
稲妻に打たれたがごとく、体を大きく跳ねるように硬直させ、そのままもんどりうって倒れ込んだ。だが、まだだ。
私なら、この背後を狙う。
横に体をずらして、振り向く。その脇を黒の疾風がかすめた。
今度はがら空きの背中に、鉄槌を思いきり振り下ろす。
グロテスクな表現が規制されていなければ、壮絶な音が鳴り響いたことだろう。狼の体は鯖折りに折れ曲がった。……いや、これは十分にグロテスクか。
三体目は流石に手を出してこなかった。残った二体はうなり声を上げながらも、腰が引けたように後退していく。
それにしても、驚いた。ゲーハスは身体活性剤はほんのわずかに体のキレが良くなる程度だと言っていたが、こうして素早く動く際には違いがはっきりと分かる。それくらいには、効果を発揮していた。
どれほどの持続性があるか分からないが、この調子が続くのならば、撃退するくらいは出来るだろう。
もちろん、このまま退いてくれるのなら、それでもいいのだが。
……まあ、ないだろうな。分かっていたよ。
森の中から、野太い遠吠えが響き渡り。
新たに追加された四匹と共に、群れのボスが姿を現したのだった。
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