chapter5-5 明け花
夜明けの森は想像以上に暗い。
だというのに、中途半端に明けの藍を感じられる。
これが暗闇なら、手にしているカンテラの灯は心強く感じるのだが、明るくなりきらない感じがどうにも恐怖心を煽る気がしてならなかった。
朝露に濡れた落ち葉が足元を濡らし、腐葉土は歩を重くする。それがまるで見えざる手に足を取られているように思えて……ぶるりと身震いした。
トラウマというのは早々消えるもんでもないのだ。
ただ、学ばない私ではない。同じ過ちはしない。一定間隔に布の切れ端を巻いて方向を確認し、斜面もチェックする。歩幅は小さく、ちょこちょこと。
明け花は森の開けた場所にあるそうだ。夜明け近くになると花が咲き、未明の空から光を吸うように、薄っすらと藍く光る。僅かの間そうした後、日の出と共に花を閉じるのだ。
闇雲に探しても時間がかかる。だが、そこは知識でカバーできた。
森の木々が薄くなるのには理由がある。木々の過密により光や養分が足りず、痩せ朽ちるのが一つ。もう一つは、立派に育った大木が近くにあること。
大抵の場合は前者だ。人の手が入っていない森は種に刻まれた記憶のままに子孫を残す。当然それは自分の体の範囲内で、森が深くなればなるほどそれは顕著になる。
後者の場合、大きく広げた枝葉によって他の木が侵食できず、なおかつ根本付近は光が届かない為に芽を出せずに腐る。結果、それぞれの距離を保てるというわけだ。
というわけで、その二つを目安にして歩き回る。
私は前者の、痩せた木々を探したいと思っていた。なので、なるべく平坦、あるいは窪地がないか慎重に見て回る。
斜面に、特に急勾配に根差す木は意外と倒れない。地面が固いなどの理由はあるが、斜面になっているとそれぞれの木が重ならず、日照時間を確保できるからだ。逆に平坦な場所は木の高さが並んでしまうため、痩せやすい。
私がそれを地元の林業従事者に聞いたとき、意外に思ったものだ。彼らのような山林を管理する者がいなければ、森は想像以上に枯れやすいのである。
見ず知らずの森、あまり奥地には行けないので、ある程度範囲を決めてその内を探し回る。
折り返して別のルートを進んでいると、急に視界が開けてきた。斜面は下りから平坦へと変わっている。
どうやら窪地にたどり着いたようだ。
辺りを見回してみると、深い森の中にあって随分と明るく感じる。そして更に奥には、暁の光が差し込んできていた。
近づいてみると、朽ちた倒木が重なり合い、苔に覆われた広場が現れた。その中央には、淡く発光する花。ギザギザとした葉に、掌大の花弁が三つ重なり合うように開いている。
明け花だ。どうやら、ある程度群生している場所を引き当てられたようだ。
……なのだが。
「まさか、ゲーハスに絵心があったとは……」
彼の描いた明け花の絵を見たとき、馬鹿にしたとまでは思わないが、絵が得意ではないのだな、くらいに思っていた。それは坑道地図でもそうだ。
だが、目の前で凛と咲き誇る明け花は、なんというか……独創的な見た目をしているのである。
ゲーハスの描いた通り、花びらが波打っている。花の大きさに対して細い茎は曲がりくねっており、先の尖った葉はティッシュを丸めたようにくしゃっと縮れている。
的確に特徴を捉えている。感動すら覚えた。
よくよく考えてみれば、当然ともいえる。彼のメイン職業は建築士なのだ。図面を描くのはお手の物なのだろう。
ゲーハスを褒めるのは後にするとして、ともあれ採取だ。
採取に際して、前もって採り方は聞いてある。根元の土ごと掘り出して、そのまま厚手の袋に入れるらしい。もしも雑に引き抜いた茎を切ってしまうと、調合した時の効力が雲泥の差なのだそうだ。
ガルムの討伐アイテムはゲームらしくポップしたが、ゴーレムはコアのみでポップはなかった。採取はどうだろうか?
小さなスコップで隣の花を傷つけないように掘り起こす。どうやらデフォルメ化されることはないようだ。掘り出したままの形で掌の上にある。
改めて見ると、凄いリアリティだ。土の一粒一粒、とまでは言わないが、その感触は間違いなく土。しかも腐葉土のふかふかと柔らかく湿っぽい様まで再現されていた。すえたような匂いまである。
私はそういった技術については疎いが、これを処理、維持しているコンピューターの性能がなによりも凄まじいのだろう。
今のところプレイに必要なもの以外は調べていないが、いわゆる課金システムはどうなっているのだろう?
流石にソフトのみの価格ということはないと思うのだが……月額制というわけでもなく、プレイすること自体は無料だ。
年齢制限がないだけある。
順調に採取を続けて、八つ程採った時点で袋がいっぱいになってしまった。持ってきたのは一袋、それに森へ差し込む光が白んできた。そろそろ日の出になるだろうか。明け花の花びらが、幾分萎んできているように見える。
さて、とりあえずここまでにしておこうか。
マップを開いて現在位置を確認する。ゲームについての情報収集をしている際に知ったのだが、マップにはピン(目印)を付けることができるようだ。群生地なのでまだまだ数は残っている。一応目印をつけておく。
ぐるりと回って来ていたから村からの距離が分かっていなかったが、意外と近かったようだ。
村までは緩やかに下っている。足取り慎重に帰還していく。帰るまでが探索だ。
森の中で気を抜くことなどありえない。
失敗は繰り返さない。
だが。
気がついたときには既に、私は狼の群れに囲まれていたのだった。
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