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chapter5-4 素材調達クエスト

 家事や食事の準備を終えて再びログインすると、まだ夜明け前だった。

 やはりこの空気の瑞々しさは良いものだ、実に清々しい気持ちになる。

 靴で朝露を弾かせながら、ゲーハスのもとへ向かう。どうやら彼は今ぐらいの時間から動き出すようで、家からは煙が立ち上っている。

 戸を叩くと、すぐに屋内へ招かれる。また朝食を頂いてしまった。現実でつい先ほど、おじさんの一人暮らしを侘しく思っていただけに、こうして食事を用意してくれるだけで拝みたくなる気持ちになる。 流石にゲームでも自分で食料を調達となると、気持ちが荒みそうだ。

 朝食を摂り終えると、ゲーハスが麻袋を差し出してきた。


「とりあえず一個ずつ作った」

「おお! もう出来たのか!」


 いそいそと袋を開くと、中には色違いの丸薬が三つと、小さな木製の筒が入っていた。中を見ると、どうやら軟膏のようだ。


「緑が体力回復薬。疲れた体にほんの少し利く。青は暗視薬。暗闇で手元が見える程度に改善される。赤は活性剤。ほんの僅かに体のキレが良くなる。軟膏は傷薬だが、どちらかというと傷より打ち身によく効く」

「ほおっ! ほーほー、ほーっ! いいな、素晴らしいじゃないか!」

「どれも効果としては微々たるもんだ、過信すんな」

「いやいや、有るのと無いのでは気持ちが全く違う! いやあ、いいな、最高だ! この村に居たのがあなたで本当によかった!」

「ふ、ふん。言ってろ」


 つん、と横を向いて素っ気なく答える。照れているらしい。

 ……いや、おじさんがおじさんの好感度を更に上げてどうするというのだ。

 ま、まあ、食事や道具でお世話になっていることだし。関係は良好であればあるだけいいか。

 私は改めて謝意を述べると、彼はしっしと手を振った。


「やめろ、大袈裟な」

「坑道探索に必要なものとはいえ、これからも作ってもらわなければいけない。調合に必要なものがあれば調達するが」

「ん……そうか。なら、ちょっと頼みてえことがある」


《クエスト:素材調達、が発生しました。 受ける 受けない》


 おや、これにもクエストが発生するのか。

 てっきりグランドクエストの延長かと思ったが。


「もちろん、受けよう」

「そうか。暗視薬に使う材料が足りねえ。明け花という、夜明けにしか咲かん花を採ってきてくれ」


 そう言って、彼は絵を描き始めたのだが……こう言ってはなんだが、どんな花か全く分からない。花びらの線すらぐにゃぐにゃと波打っているのだ。

 辛うじて分かるのは、大きな三枚の花弁、ギザギザな葉(それが正しいのなら)、細い茎、だろうか。


「他に特徴は?」

「今くらいの時間、ちょうど青白く光っているはずだ。夜明けに光る花はそれぐらいだから、見ればすぐ分かる」


 なるほど、それは分かりやすいな。

 どうやらゲーハスも一緒に出るらしく、準備をし始めた。ただ、ついてきてはくれないらしい。残り時間が少ないのだそうだ。

 急いで家を出ると、村の西と東に分かれて探すことになった。私は東だ。探索範囲が狭いらしい。

 さて、このゲームで森の中に入るのは初めてだ。しかし、森に慣れていないわけではない。

 私の故郷は山脈の連なる場所にあった。深い谷間に広がる町、山や森はすぐそこにいくらでもある。

 最初に森の中に入りたくなかったのは、その時の経験もあったからだ。


 都会の人間にとっては森林浴などリフレッシュの場所と思われがちだが、管理されていない山や森は危険にあふれている。ヒルにマダニ、アブにハチ、足元や木の上には蛇が居る。もちろん野生動物も居るには居るが、大抵は人間の放つ匂いや音に怯えて姿を消していた。

 人からしたら小さな生き物も、彼らの持つ毒や菌、ウイルスは大変厄介だ。手遅れになれば、死に至るものも多い。

 そしてなにより、方向を見失うのだ。

 雑然と生える木々は方向感覚を狂わせる。真っすぐ進んでいるつもりでも、どんどんと曲がっていく。目印にしている木が、そもそも進行方向に向かって真っすぐではないのだから当然だ。

 そして、緩やかな坂は平衡感覚を失わせる。どれほどの斜面かを分からなくさせるのだ。だから、自分が思っているよりも体力の消耗が早い。そして、自力で脱出することが出来なくなるのだ。

 更に言えば、足元に満ちた落ち葉や腐葉土は足跡を消す。どこを通ってきたのか分からなくなる。


 ――刻々と過ぎていく時間。あっという間に日は陰り、聞いたこともないような鳥の鳴き声が響く。薄暗い森の中、消耗しきった体力を振り絞って下を目指すが、足が縺れる。転んだ拍子に見えたふくらはぎには五匹のヒルが張り付いていた。半狂乱でむしり取って、どこへとも知れず駆けだす。坂を転げ落ちながら進み、勢い余って木に衝突。拍子に蛇が落ちてきて、ズボンの上から噛まれた。 


 ああ、恐ろしい思い出だ……。

 なにより恐ろしいのは、その後小便を漏らしながら泣き叫んでいるところを猟友会の爺さんに見つかったことだ。

 周辺の大人たちにはすぐに知れ渡った。

 しばらく感じた生暖かい目の、その優しさたるや。

 まだ少年の私が、初めて恥というものを学んだ日だった。

 まあおかげで、山や森との付き合い方は随分上手くなったとは思うが。

 ……もうよそう。

 時間が惜しい、こんな記憶に縛られている場合ではない。

 私は自分を奮い立たせ、森へ向かって歩を進めた。

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