chapter4-4 再建にかける思い
質素な部屋の中、薪の爆ぜる音だけが響いていた。
メッセージボードにあるグランドクエストには、受諾するかどうかの確認すら表示されておらず、ただ発生したとだけ書かれている。
強制クエストか、あるいは条件を満たさなければ次に進まないか。
個人的には受ける気はなかった。
そもそもの話、サービス開始から現実世界で二日目、ゲーム内でのプレイ時間は三日目だ。今までにやったことといえば、強敵と戦うか採掘をするかだ。
私がこのゲームを久々のゲームタイトルに選んだのは、やり込んでいたモンスターハンティングに近いと感じたからだ。あのゲームの醍醐味といえば強大なモンスターと戦うこともそうだが、倒すための武器や防具を揃える為の採取や素材集めもその範疇である。
つまりなにが言いたいのかというと、私はまだこのゲームを楽しみ尽くしていない、ということだ。 クエストもゲート・オブ・バスティアンの要素の一つで、楽しむべきものなのだろう。それはモンスターハンティングでも同じだ。
しかし、気軽に請け負うには、クエストの規模がでかすぎるように思える。
ゲーハスの話を思い返す。坑道内にはゴーレムなどの岩製モンスターで満ちていて、更に奥にはロックドラゴンまでいるようだ。想像するに、それを倒すことが目的なのだろう。
まあ、そこはちょっとだけ、わくわくする部分ではある。
モンスターハンティングにも、似たようなモンスターは居た。体に纏った岩は部位破壊でき、破壊された箇所は柔らかい皮膚で弱点となる、というものだ。恐らくロックドラゴンもそういった類だろう。
経験を生かせるのであれば、戦ってみたいとは思っている。
だが今じゃない。
少なくとも、ちゃんとした武器と防具は必須だし、体力等を回復するアイテム……があるはずだが、あったら揃えるべきだ。
そしてなにより、そういった生産や鑑定などを行える協力者が欲しい。
私はゲーハスへ顔を向けた。
「ゲーハス、まずはっきりさせておきたい。私はドワーフの国を再び興すなどという大それたことをするつもりはない」
「……ああ、そうだろうな」
顔を背ける彼からは、その表情を窺い知ることはできなかった。
しかし、私は続ける。
「だがあなたには世話になった、出来る限りの協力はしたいと思っている。だからこそ、聞いておかなければならない」
「……何をだ」
「あなたの、復興にかける思いをだ」
沈黙からここまで、こちらを見ることのなかった彼がようやく振り返った。
年月を重ねた瞼の厚み、その向こうにある見かけによらない円らな瞳が、動揺に揺れている。
たかがNPC。そう言い切れないリアルがそこにはあった。
「……そんなもん」
「ないとは言わせない。あなたにその気がないのなら、私に過去を話したり、国興しの士族の名を教えたりはしなかったはずだ」
そしてなにより、見放された土地で一人、それでもなお村の姿を留めようなどとは。
自らの父のその父の代から、手が付けられないと棄てられた国の名残を修復し管理する、その姿を想った。
一人寝起きをし、話に聞くだけの村を思い返して頭の中で再現をする。夜が明ける度、必要なものを揃えるために森へ入り木を切り倒す。必要な材木を切り出しながら、あそこには誰それが住んでいて、あっちには店があった。獲物を捌く肉屋があって、その向かいには雑貨屋。外からの人間が泊まる小さな宿屋に、奥には工房が立ち並んでいる。そんなことばかりを考えながら。
見たこともないかつての村。唯一鮮明なのは、それを愉快そうに話す父や祖父の姿。
そんな身内もそばから居なくなって、一人、それでもなお在りし日を取り戻そうとしている。
そんな彼を想像した。
NPCに用意された設定? それはそうだろう。これはゲームだ。所詮は0と1の集合体。そんなことは知っている。
それを承知の上で、私は彼の思いが聞きたかった。
「……」
沈黙は長かった。
このままダンマリを決め込むのかもしれない。
それでも私は根気強く待った。
話を聞くまでは離れない。態度でそう示すためにも、ただじっと彼への視線を外さない。
再びの静寂。ゲーハスは、ため息のような呼吸を一つ落とした。
「じじいが、小さい頃近所のばばあに貰って食ったパイの味が忘れられねえと言って、くたばった。親父は最期、ドワーフの国の話をしていて、楽しかったなあと言って、くたばった。どいつもこいつもいい思い出ばかりを語るくせに、自分が動こうなんざ考えもしねえ。好き勝手に言うだけ言って終わり。俺がどう思うかなんてお構いなしだ。だから俺だって好きにするのさ」
意思を持った力強い瞳が、私のそれを射抜いた。
「ドワーフのためだとか、グランバリウスがどうだとか、そんなこたあどうでもいい。俺は俺が見たいからやる。じじいや親父の見てきた、糞みてえな野郎どもの集まりが、賑わいが、一度でいいから見て見てえ」
ゲーハスはぐっと頭を下げた。
膝に手を当て、背筋をしっかりと伸ばし、ただ私に向かって真っすぐ。
まるで祈るかのように。
「手を貸してくれ。こんなチャンスは二度とねえ。俺に出来ることならなんだってやる。だから」
頼む。
力を籠めすぎて掠れた声が、私の耳朶を痛烈に叩く。
その思いを、誰が断れるというのか。
私は彼の肩に手を当て、顔を上げさせる。
「その話、お受けしよう」
《グランドクエスト:ドワーフの国を再建せよ、が進行しました》
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