chapter3-4 アンブッシュ
このゲームの長所は短所にもなり得る。
限りなく本物に近いと思えるリアリティは恐らく他の追随を許さず、既に唯一無二の存在となっているだろう。
ただそこに立っているだけ、ただNPCと会話をしているだけ。普通にしているだけでその実感が強くなるなんてこのゲームだけだ。
まさに異世界。ゲーム的な補正がかかるなど些細なことだ。
とはいえ、まあ、なんというか。
「鑑定しないとアイテム名も分からないのは、やっぱり不便だなあ」
右手に持った青い鉱石を矯めつ眇めつ眺める。鉱石だろうとは思うのだが、少しばかりの透明感もあった。色付きの水晶、とまでは言わないが、どちらかと言えば宝石の原石と言われたほうがしっくりくる。
しばらくそうしてカンテラの灯で照らして見ていたが、こうしていても名前が分かるわけでもないのでポーチに仕舞った。
ただ、分かったこともある。
やはりサブ職業の補正がかかっている。
恐らく採掘師は、鉱石などがどこにあるのか何となく分かるのだろう。現に眉間の違和感が、今度は別の場所を示していた。
これはいい。素晴らしいことだ。鉱石集めが簡単に出来るのは重要だ。
モンスターハンティングではモンスターの素材もさることながら、鉱石もまた重要だった。武器の強化は一段飛ばしに進めることが出来ないので、どれだけ使っている武器が強くなろうが別の武器を強化しようとすると、最初から手に入る鉱石も大量に必要となってくる。
ゲート・オブ・バスティアンがそれと同じかどうかは分からないが、きっと武器や防具を作るには必要のはずだ。素材も鉱石も、有って困るものはない。
まあ今のところ、集めたところでそれを活用出来る人間が居ないわけだが……そのうち出会えるだろう!
とにもかくにも採掘だ。これぞドワーフの本懐である!
年甲斐もなくはしゃぐとはまさにこのこと、ただひたすら違和感の指し示す場所を掘り続ける。
ハッと気がつくと、随分先へと進んでいた。綺麗に掘り進められていた坑道も、私がどこを通ってきたのか分かるほどでこぼこになってしまっている。
「ちょっと調子に乗りすぎたな」
思わぬ失敗に頭を掻く。
ただそのおかげか、付近に鉱石はないようだ。眉間の違和感は通路の先へ弱く感じる程度だった。
近づけば強く、遠ければ弱く感じるようなので、この先のどこかにはまだ埋まっているようだ。優秀な採掘場だったのだろう。
とはいえ、鉱石は予想外に取れている。種類も三つほど数を増やしていて、鑑定できる日が今から楽しみだ。
ここで一度帰還してもいいのだが、現実時間を見るとまだ一時間半しか経っていない。つまりゲーム内では四時間半、まだ昼にもなっていないはずだ。幸い進んできた通路は一本道で、まだ分岐点は現れていない。
私はひとまず分岐点を見つけるまでは先へ進んでみることにした。
欲に駆られて? いやいや、そんなまさか。私もいい歳をしたおじさん、経験だけは豊富だ。まだ行けるはもう危ない、きっちり分かっておりますとも。
ただ、次の分岐点を探しがてら鉱石があるなら、それは喜ばしいことだね。
誰に宛てるでもなく言い訳をすると、坑道を先へ進んでいった。
しかし、分岐点となる広い空間は思いのほか近かったようで、すぐにたどり着いてしまった。
認めよう。がっかりだ。
まだ鉱石を探したい欲はあるが、流石にこれ以上深く潜るのは危険だ。ここから先は準備をしっかりした上で進むべきで、少なくとも今気軽に行くべき場所ではない。
幸いなことにここまで一度も敵に遭遇していないので、引き返すなら今だろう。
そうと決めると、念のため分岐点の確認をすることにした。来た穴が分かるようにそこへカンテラを置いて、ぼんやりと照らされた空間の中を歩く。
ここまで進んできて分かったのは、やはりというべきか、すべての通路や空間が同じ規格で掘られていた。作業を効率化する上で規格化は重要なことである。きっと昔はそうした取り決めの下、鉱夫たちが行きかっていたのだろう。
だがそれは同時に、道に迷えば帰ることがほぼ不可能となる迷宮へ早変わりすることを意味する。
「まあ、今回はここが潮時か」
呟いて、元来た道へ引き返そうとした。
それに気がつけたのは偶然だった。
道しるべに置いたカンテラの灯。薄く辺りを照らす光が、後ろから迫る人影を映し出した。
その陰が、私の体へと静かに近づいていて――。
咄嗟に横へ転がる。
直後、後ろから重い打撃音。
すぐさま振り返ると、そこには岩でできた小男が居た。腕を振りぬいた姿からゆっくりと体を起こすと、体に見合わない静かな動きでこちらへ迫ろうとする。
慌てて距離をとりながら、初めて見るモンスターを観察した。
岩でできた体は、恰幅は良いが動きは遅い。体高は私と同じくらいかやや低く、ドワーフの標準身長よりも少し大きいか。しかしドワーフと違い小回りも利かない様子だ。
これがゲーハスの言っていたゴーレムだろう。
やられるとは思わない。相手の動きはあの狼のモンスター、ガルムと比べるまでもない遅さだ。回避は容易いだろう。
だが、私の攻撃も通らなそうだ。
こちらの武器は双剣で、岩相手では分が悪い。関節部分に差し込んだらどうかとも思ったが、そもそもどういう原理で動いているのか分からないので、差し込んだところで効果があるかは微妙だ。
逃げることも視野に入れつつ、まずはいつも通り油断せず動きを見切ろう。
そう思っていた。
分岐点となる岩のドーム、その壁から新たに五体のゴーレムが現れるまでは。
恐らく擬態していたのだろう、すうっと浮き出てくるように岩の小男たちが現れ、のそのそと私を囲んだ。
おまけにがしゃん、と音を立ててカンテラが壊される。瞬間的に燃え広がった炎がすぐに小さくなって、残りカスのような、ほんのわずかな火の光を残すのみとなった。
ゲームの世界、決して流れないだろう冷や汗が零れ落ちた気がした。
これは……無理かもしれないな。
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