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chapter3-3 坑道

 ゲーハスが再び口を開いたとき、窓の向こうは白ばんでいた。いつの間にか夜が明けていたらしい。随分考え込んでいたようだ。それに付き合う私も私だが。


「探索と言っていたが」


 彼の口からは、種族名とは関係ないことが発せられる。てっきり種族名に関することで何か教えられると思っていた私には肩透かしだったが、律義に答えておいた。


「ああ、そうだった。見たところここは廃坑村のようだが、坑道を見に行ってもいいだろうか?」

「別に構わん。どうせもう誰も居やしない」

「だがあなたが管理しているだろう」


 ゲーハスはふんっと鼻を鳴らした。その瞳にはどこか哀愁の色があった。


「捨てられていたから勝手に拾っただけだ」


 きっとその言葉には多くの物語が存在しているのだろう。それがどれほどの意味が込められた呟きなのかを、私はまだ知らない。聞くことも躊躇われた。

 ダラダラ長居をしても迷惑になるだろう。そろそろお暇しようと家を出る際に、もう一度食事の礼をした。

 ゲーハスは、ドワーフの癖に細かいことを気にする奴だ、と呆れていた。

 そして、おもむろにカンテラを手に取ると、


「廃坑になって随分経つ。モンスターに気をつけろ。深くまでは決して潜るな」


 と言ってこちらへ突き出してきた。

 どうやら貸してくれるらしい。ぶっきらぼうだが、親切なドワーフである。もちろん改めて感謝を伝えた。

 廃坑にはモンスターが出るらしい。いわゆるダンジョンになっているのだろう。


「何が出るか知っているか?」

「すべては知らん。ゴーレムくらいだ。浅い場所では出ないはずだが」


 ゴーレムか。名前からして堅そうだ。双剣では分が悪いか?

 まあ、とりあえず今回は探索できれば満足だから、後は安全に行こう。


「あの家はお前にくれてやる」


 ゲーハスは背中を向けて言った。


「無事戻れ」


 おや、随分気に入られたようだ。

 名前の効果もあるのかもしれないが、何が琴線に触れたのか分からないな。

 ともあれ。


「ああ、もちろん」


 私もそれにしっかりと返答し、廃坑探索に出かけた。

 坑道の入り口は村を山側へ進むとすぐに見えてきた。崖のような坂の中腹にぽっかりと穴が開いている。昔は掘り出したものを吊るすなどして運搬していたのだろう、木組みのクレーンのようなものが残されたままだ。

 急な斜面を登る。足元には岩を削ってできた階段があったので思ったより楽に入り口に到達した。

 まだ完全に日が出ていないのもあって、入り口から先には本当の暗闇が待っていた。ゲーハスからカンテラを渡されなければすぐさま探索を断念していただろう。明かりが無ければ絶対に行動などできなかった。

 入口だけ深く抉れたように広くなっている。落盤したのを再度掘り進めたような形だ。

 大丈夫だろうか、と思いながらカンテラに火を灯し坑道へと進んでいく。火の光が薄っすらと坑道を照らした。天井は低く、私でギリギリ頭が付かないくらいか。ドワーフでも身長を高めに設定してこれなのだから、他の種族ではスムーズには進めないだろう。

 ここはドワーフが掘り進めたのだろうか?


 岩窟をしばらく奥へと進んでいると、奇妙な感覚を覚えた。特定の場所へ顔を向けた時、眉間の辺りがもにょもにょとした違和感があるのだ。例えると、額の辺りに指を近づけられたときのような。

 感覚のする方へ顔を向けても、削り跡の残る岩の壁があるばかりで特に何もない。

 首を傾げ、再び先へと進んでいった。

 五分ほど歩くと、突然広い空間が現れた。家が三軒くらいすっぽりと入るほどで、カンテラの光では奥の方がぼんやりとしか見えない。

 うろうろと歩き回り観察していて、ようやく気が付いた。


「なるほど、分岐点か」


 入ってきたときと同じような穴が三方向に伸びていて、ちょうど十字型になっている。この場所から更に別々の方向へ掘り進めることで、効率良く鉱石を採掘できたのだろう。

 ほおー、と感心すると共に、ここはよっぽど頑丈な岩盤なのだろうと思った。入口もそうだが、この坑道には崩落を防ぐものが一切なかった。もしかしたら、この先へ進むと補強されている場所も出てくるのかもしれないが、少なくとも目に見える範囲にはない。

 だがそうすると、入り口の落盤跡のようなものはなんだったのだろうか? 疑問が尽きない。

 とはいえ。


「これは絶対に迷うな」


 掘り広げるにあたって、穴の大きさに規格があるのだろう。どれも同じような形をしているのだ。

 今回はそれほど深く潜るつもりがないので曲がった方向を覚えていれば帰還できるだろうが、この先深くまで潜ることになれば、絶対にメモや地図を描かなければ不可能だ。

 念のためマップを確認してみたが、当然のように何も表示されていなかった。


「んー、準備不足だなあ」


 一筋縄ではいかないゲームだというのは開始早々理解していたつもりだったが、まだまだ認識が甘かったらしい。やるからには本気で取り組まないと、何も進まないだろう。

 嘆いていても仕方がない。とりあえず、どの方向へ進むかなのだが。


「やっぱり、この感覚は気になるなあ」


 先へ進めば進むほど感じるもにょもにょ感が何に反応しているのか。何かを知らせるものだとは思うのだが。

 ちなみに一番反応の強いのは右の通路だ。左はほとんどなく、正面は弱い。

 ひとまずこの感覚を信じてみようか。

 そうと決めると、私は入ってきた通路の前にその辺に転がっている石を積み上げてとりあえずの道しるべを作った。浅いところを探索するといっても、こういう用心深さをもっていないとこれから先痛い目を見る気がする。


 右の通路へ進むと、さっそく感覚が強くなる場所があった。そこにあるのは変わらず岩の壁だ。だがそこにはきっと何かある。

 しばらく唸りながら考えていたが、おや、と思った。

 そういえば、サブ職業を採掘師にしたのだ。もしかしたら、職業補正か?

 腰に巻いたポーチから、すっかり忘れていた採掘道具の鉄杭と鉄槌を取り出す。何となく杭を斜めに打ち込めばいい気がしたので、それを鉄槌で叩く。

 岩壁はあっさりと剥がれた。恐らく脆い角度だったのだろう、拳大の岩がぼろりと落ちる。しかし何もない。

 よく考えたら、廃坑になるということは鉱石などがほとんど採れなくなったからだということを今更ながら気がついた。だが反応はこの先にある。

 周りから削り取るように鉄杭を打ち込んでいく。

 カーン、と今までとは違う感触と硬質な音と共に岩が零れ落ちた。

 その中には、美しい青色をした鉱石が埋まっていた。

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