第9話 それぞれの出発
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翌朝、サクサは二人を連れて、アウェントカ領主ポクナモ・イヨルンクの屋敷へと向かった。
サクサはまず今回の依頼主のチェシオに報告し、フッシコッカのドラゴンが退治されたことを告げる。証拠の品として、ドラゴンの左腕を渡した。
応接間に通された三人は、チェシオに今回のドラゴン討伐の詳細を報告する。
ポイチェンは自分の大楯でドラゴンの瘴気を防ぎ、その間にドラゴンに攻撃を仕掛ける予定であったが、アッテレたち五人は、最初の瘴気の攻撃で腰を抜かし、武器を捨てて逃げてしまった。残された我ら二人でドラゴンに対峙したが、もともと武器を持たないので、捨てられた武器で応戦せざるを得なかった。
奴らの武器は、我らの力には耐えられず、トオサの万石弓は弓を弾いた瞬間に弦が切れ、アッシクの雷刀は一振り素振りしただけで折れてしまった。メチウの黒色槍は、瘴気で変色してしまって使い物にならず、アッテレの青竜偃月刀に至っては、数度切りつけただけで粉々に砕けてしまった。
我々二人は、ドラゴンの瘴気の間隙を付いて、攻撃を仕掛けた。瘴気が吐かれる寸前に大楯の中に入って瘴気をかわし、瘴気が過ぎた直後に攻撃を仕掛けるという、一進一退の攻防を行った。頭にあるのは、人々の災いの元凶であるドラゴンを仕留め、人々に安らぎを与えんがために死力を尽くして戦うということだけであった。
手元にある武器は全て、なまくらの粗悪品で、唯一使えたのが、ウエンクの盤古斧であった。刃は欠け、全く手入れされていない武器であったが、頑丈だけが他の武器と違うところだった。
ウェイサンは、刃の手入れもされていない、盤古斧でドラゴンへの攻撃を繰り返し、十数回目の攻撃で、ようやく首を落とすことに成功したと報告した。
サクサは、夕べの報告と微妙に違う内容に話を合わせ、チェシオに二人の功績を売り込んでいた。
一通り報告を聞いたチェシオは、
「ところで、ドラゴンの魔石は回収しなかったのか」
と二人に確認した。
「俺たちも魔石の回収をしようと色々やってみたんだが、手元にあるのはなまくら刀しかなくて、ドラゴンの皮には全く歯が立たなかったんでさぁ。んでもって、ここは一度出直した方が良いと判断して、とりあえず腕だけを切断して持って来たって訳さぁ。」
と言って盤古斧をチェシオに渡した。
チェシオは盤古斧を受け取ると、確かに二人の言う通りで、刃はボロボロで、剣先も丸まっており、武器と呼べるものでは無かった。見た目は一級品の雰囲気を纏っており、調度品としてはかなりの価値があることは一目でわかった。
チェシオは、今回二人が持ち帰ってきたドラゴンの左腕と武器を領主に報告すると言って、全てを持って部屋を出ていってしまった。
ポクナモは、チェシオからの報告を受け、彼が持ってきた物を確認していた。
「これからすぐにドラゴンの素材を回収に向うために人を集め、集まり次第すぐに出発するように。それから、ドラゴンを退治した二人を部屋に連れてくるように。」
とチェシオに指示を出した。
領主の部屋に通された、ウェイサンとポイチェンに対しポクナモは、
「此度の活躍ご苦労であった。お二人には今後、我が領内の一部を任せたいと考えているが、取り急ぎドラゴンの素材の回収をお願いしたい。此度の活躍と合わせて、お二人には大白金貨10枚をそれぞれ渡すことを約束しよう。回収作業から戻った際に、領地の相談と褒美を渡すので、この証文に名前と出生地を書いてもらいたい。その後は、チェシオが集めた人手を率いて、ドラゴンの死体までの案内を頼みたい。」
二人は大白金貨10枚と聞いて一瞬体を硬直させた。大白金貨1枚が大金貨100枚の価値があるので、今回の褒美は、大金貨で1千枚の計算となる。
二人は名前と出生地を記入して、恭しく頭を下げ、領主の部屋を後にした。
ポクナモは、ドラゴンの左腕とウェイサンらが持ってきた、青竜偃月刀などの武器全てを、銀山の管理をしているオフラに渡して、全て銀細工の装飾品にするよう指示を出した。
その日のうちにドラゴンの素材を回収するために、十五人の男たちが集まった。そのほかに、チェシオとウェイサン、ポイチェンの総勢十八人がフッシコッカの村に向かって出発していった。
サクサたち三人がポクナモに報告に行っている時、拠点は大騒ぎになっていた。
ラムアンが作った自称エリクサーが効いたのか、アシッチのモツ煮が効果を発揮したのか。あるいは両方の相乗効果なのか。ドラゴンの闘いで負傷した傷が回復していたのだった。傷だけではなく、全員の体力までもが回復していた。
ただ、残念な事に、二つだけ回復には至らなかったところがあった。
一つ目はトオサの左目であった。トオサの左目は確かにドラゴンの爪で抉られていた。ラムアンが作った、自称エリクサーは闘いによる負傷には効果があるとのことだったが、トオサが左の瞼を開けると、左の眼窩には何も無かった。するとラムアンが
「あ~。トオサの左目って、もしかして自分で食べたりしなかったのね?親から貰った体だからって、昔の人は食べるのが当たり前だったのね。」|(いや。当たり前じゃないし。)
トオサは「うむ。」と言って、懐から碧眼の眼球を取り出した。それを見たチパトパが思わず
「あっ。父さんだ」と口走った。|(いやいや。父さんは赤目だから)
それを見たラムアンが、
「あ~。左目はそこにあったのね。無くなっていない物は復活できないね。あ~。もし左目を復活させたいのなら、食べるなりしてなくせば復活するのね。」
トオサは「む。」とひとこと言って左目を懐に戻した。
ラムアンはトオサに向かって
「あ~。トオサに渡すものがあるのね。」
と言って、一組の弓と矢を渡した。トオサの驚いた表情にラムアンは続ける
「あ~。皆が一昨日、ドラゴンとの闘いで使っていた武器が無くなったのね。そこにあった物が無くなるのは、誰かが持って行ったということなのね。あ~。それで昨日タシロに作ってもらったのがこれね。名前は、覇王弓とするね。あ~。前の万石弓より、拳一つ分長く引けるようになっているので、力の入れ方が楽になっていると思うね。それとこれね。」
そこには、鋼の矢があった。かつてトオサが師匠より渡された、射手の守り刀だった。
トオサは「む?」と言ってラムアンを見つめる。
「あ~。その矢は、ドラゴンを解体していた時に、尻尾の骨に刺さっていたのね。普通獲物の血に触れたら鋼の色が変わるんだけど、今回は変色していなかったのね。あ~。尻尾の周りには肉が盛り上がっていたけど、あれはドラゴンの皮で、人間のたこみたいなものだったのね。だから血が出ていなかったのね」
あの時、射手としての道をあきらめ、復活しつつあった目の前のドラゴンの息の根を止めるためには、鋼の矢を放つしかなかった。
一対の弓と矢を見つめた後、トオサは周りを見る。アッテレをはじめ、旧友たちは静かに頷く。
サンペは静かにトオサに歩み寄り
「このフッシコッカの村のように、ドラゴンや魔物によって、家や生活が奪われている人々がたくさんいます。私は、人々がドラゴンや魔物に怯えず、安心して暮らせる世の中を作りたいと考えています。トオサさんには再び射手として、人々の泰平の世をつくるために力を貸してくれませんか。」
との問いに、トオサは
「一度は手放した射手の道であるが、今日再び歩みを続けることが出来る。今ここで新たな誓いを立てることが出来るのも、サンペ殿たちによるもの。私は、これからの人生、この覇王弓と自分の義を賭して、サンペ殿が目指す人々の泰平の世の礎となることを誓おう。」
もう一つ、回復に至らなかったのが髭であった。
瘴気により髪の毛が無くなった者は、チパトパを除いて全員の頭に回復の兆しが見えていた。しかし、髭は全く生える兆しがなく、少年のような肌が戻っていた。アッテレは自慢の髭が無くなった事にかなりのショックを受けていたが、髪の毛が生えなくなった少年の頭に憐みの目を向けた。
チパトパの頭は、相変わらずゆで卵をむいたような光沢を放っており、アッテレたちの頭とラムアンの顔を交互に見ていた。見かねたラムアンが、
「あ~。今度、ちゃんとした材料が揃ったら調合するので、それまで待っているのね。あ~。トオサは弓の調子を確認してほしいね。」
トオサは先ほど渡された弓を見る。万石弓よりひと回り大きいが、重さは三分の二程の重さであった。漆黒の漆色の本体には、ドラゴンの骨が使われていた。筋や腱、皮など、弓の材料のほとんどがドラゴンの素材でできており、弓全体のバランスが自分の体躯に合わせて作られたことが持った瞬間に感じられた。
弓を構え、何度か素引きを行い、最大に弓を引いた感覚を確認する。万石弓はやや小さめだったため。引手が顎の下に来ていたが、覇王弓は引き手を肩まで引くことが出来ていた。
何度か弦が空を切る音が響いた後、マッセがトオサに矢を渡す。トオサは矢をつがえ、弓を引き絞る。
ピッという音が響いた後、矢が木立にささった。トオサの放った矢は、その半分を幹の中に没していた。ラムアンがもう少し調整すると言って、トオサから覇王弓を受け取ると、タシロに板状の素材と一緒に渡し、何やら指示を伝えていた。
暫くして、タシロが手直しした覇王弓を持って来た。受け取ったトオサが、再び矢をつがえる。放った矢は、一矢目の上に突きささり、矢のほとんどが幹の中に入り、矢羽根の部分だけが幹から出ていた。
その時突然アッシクが叫んだ。失ったはずの眼球が復活していたのだった。確か、眼球を失たったのは、盗賊たちとの戦闘中に、アッテレに放たれた致命の一矢を目で受けた時であった。ラムアンが作った、自称エリクサーは戦闘による傷は回復すると言っていたが、ドラゴンとの戦闘だけではなく、今までの戦闘での傷にも効果があることが分かった。
他の者も、闘いで負った古傷が次々と治っていき、それぞれの肉体の変化に驚いていた。
「あ~。みんなの傷も治ったので、明日アシッチとチパトパをトマリの町まで送る事にするね。トマリまで五日の行程なので、しっかり準備してほしいね。あ~。みんなの武器は、一応準備したのね。ただ、鉄を鍛える時間が無かったから、間に合わせの武器なのね。」
そう言ってラムアンは一人ずつ武器を渡していった。武器と言っても、フッシコッカの村にあった武器の類だったので、魔物と対峙したときにどこまで戦えるかが不安であった。この状況で、トオサの覇王弓を手にすることが出来たことは非常に大きかった。
その後足慣らしを兼ねて、アシッチを除く全員で食糧調達に向かった。十一人が五日間の移動をするため、それなりの食糧が必要になる。
アシッチは一人拠点に残り、旅の準備と夕飯づくりを行うことになった。マッセから、以前捕った蛇の魔物のシュヴァイツヴィーパーと牛の魔物のゲシュトクゥの残り物を全て貰っていた。昨夜のモツ煮の光景を思い出しながら、アシッチは気合を入れて夕食作りを始める。チパトパが定期的に拠点に戻り、捕れた獲物の肉やきのこなどの食材を届けてくるので、明日からの長旅に備えた料理も同時に作り、出来た料理はサンペのリュックに入れていた。
食糧調達組は、順調に獲物を仕留めていた。トオサの覇王弓に加え、マッセの手にも弓が握られていた。覇王弓と同じ素材で作られた弓は、マッセの体に合わせた物になっていた。弓の名は天古弓と名付けられ、マッセの隠れた才能が発揮された瞬間であった。
トオサの覇王弓は、獲物を貫通する威力を持ち、遥か離れた場所からも獲物の急所を貫通していた。マッセの天古弓は、マッセの超感覚により、皆が獲物を視認する前に矢が放たれる。一見何の変哲もない薮の中に、マッセが素早く矢を放つと、薮の中では獲物が仕留められているという状態であった。
皆は、マッセの天古弓が発する弦の音で初めて獲物の存在を知るため、いつの間にかマッセが放つ弓の事を「マッセショット」と呼ぶようになっていた。
マッセは獲物を狩りながら。トオサから射手の心構えなどについて学んでいた。
二人の射手の活躍により、魔物からは、素材と魔石の回収を行い、動物は毛皮と肉に解体され、拠点で料理をしているアシッチへチパトパが届けていた。
魔石が五十個ほどになった頃に拠点への帰路についた。作りすぎたと言っていたアシッチの料理も、丁度よく無くなり、皆で拠点最後の夜を過ごした。
ドラゴンの襲撃により、失った物は多かったが、サンペたちは、タシロ、アシッチ、チパトパ、アッテレ、アッシク、メチウ、ウエンク、トオサの八人が新たな仲間に加わった。
明日いよいよ、拠点を離れます。
おかわりいくら丼。