第8話 七星将の運命
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その日の夕食は、ドラゴンの肉づくしであった。ラムアンは、薬の素材として使う以外のドラゴンの肉をアシッチに渡し、
「あ~。これから少し繊細な調合を行うので、誰も部屋には近づけないで欲しいね。食事もいらないので、僕が出てくるまでは絶対に近づかないようにして欲しいね。」
と言って、拠点の奥に入っていった。
アシッチはラムアンが連れてきた二人の男を見ていた。意識の無い男は、両脇の下が大きく抉られ、体の両側に丸い円が開いていた。もう一人の男は、意識はあるが、思うように体が動かせないようでいた。アシッチが何か必要な物はあるかと尋ねると男は
「う」
としか言わなかった。
何が欲しいのかと尋ねても帰ってくるのは
「う」
の一言だった。
水が欲しいのかと尋ねた時、男は初めて
「うむ」
と答えた。
アシッチが水を飲ませると、男は目を閉じ二度と言葉を発することは無かった。
何も喋らなくなった男の事は無視して、アシッチは料理を始める。ラムアンからもらったドラゴンの肉を次々と料理していく。料理の一品が完成する度に、視界の隅で「うむ」と聞こえてくる。目は開けていないが、必死に空腹と戦っているようだ。
『ドラゴンの次に、空腹と戦う俺。これも修行。』
そんなことをトオサは考えていた。
暫くすると、荷車に乗せられたアッテレとメチウが拠点に到着した。アッシクは自分で歩けるまで回復したので、車には乗っていなかったが、拠点に立ち込める料理の匂いをかいだ瞬間、意識が飛んでしまった。疲労と空腹が一気に襲って来てしまったようだ。
未だ意識の戻らないアッテレとメチウ。そして今、意識を失ったアッシク。三人を拠点に入れて休ませる。三人は見事に禿げていた。アッテレに至っては、自慢の髭まで無くなっていた。
料理が並び、アッシクを起こし、食事を始めようとした時、何やら向こうで
「うむ。うむ。」
と叫びながら床を叩いている者がいたので、近くに連れて来た。
「有名な七星将の世話を是非、某に」
とチパトパがトオサの食事の世話を申し出たので、そのまま任せることにした。
他の連中は、人の世話より、少しでも多く口に運ぶことに集中していた。
トオサの口は感謝の言葉を出すことなく、ひたすらチパトパが入れる食べ物を咀嚼していた。
食卓には、サンペ、マッセ、タシロ、アシッチ、チパトパの五人と、アッシクが座り、トオサはまだ起き上がれないため、横になったまま食事した。
食事の前に、アシッチからラムアンの伝言が伝えられた。
並べた料理が無くなった時、アッシクが
「今後我ら五人、犬馬の労もいとわぬ決意であります。」
と仲間に加えて欲しいと申し出てきた。
サンペは、アッシクの申し出を受け入れた。昨日初めて対面した五人であったが、一人一人の男たちは、それぞれ美しい光に包まれ、大いなる加護の持ち主であることが分かっていた。ラムアンからも、申し出があった場合には、受け入れようという言葉を聞いていた。
翌朝、ラムアンが薬瓶を持って拠点の奥から出てきた。薬が出来たようだ。
「あ~。一応エリクサーを作ってみたのね。ただ本当の材料が手に入らなくて、色んな物で代用したから、本物のエリクサーでは無いのね。あ~。回復まで、ちょっと時間が掛かるとかあるかもしれないけど、たぶん大丈夫なのね。」
まず、アッシクが飲んでみる。
飲むと直ぐに、毛髪に変化が起こった。グロスを引いた唇のように美しく光を反射していた頭皮に、髭のようなものが一面に生えてきた。
「お~。髪が復活したぞ!」
続いて、トオサが薬を飲む。呼吸をするだけでも痛かった、頭まで響く痛みが嘘のように消えていく。 夕べの食事は、半分痛みとの闘いで、美味と痛みを同時に味わう、今後の人生で二度と経験したくない体験をしていた。トオサは立ち上がり、大きく深呼吸をした後
「うむ。」
と一言だけ発した。
次に、ウエンクに薬を与える。
ハイポーションにより、傷は塞がり、徐々に肉は盛り上がっているが、ハイポーションだけでは、もう少し時間が掛かりそうだった。ラムアンの自称エリクサーを飲ませると、見る間に体が元通りになっていく。同時に意識が戻り、困惑しているウエンクにアッシクが説明を始めた。ウエンクは、自分の得物がドラゴンを仕留めた事に感無量であったが、その盤古斧を始め、全員の得物がどこにも無くなっていることに、怒り心頭に達していた。
「やはり、あの二人が持ち去ったのか?」
との問いにアッシクが
「あそこに居たのは我ら七人のみ。奴らは、我らの武器と金子を全て持ち去ったと思う。我ら五人は無一文となってしまったわい。昨夜、サンペ殿の末席に我ら五人を加えてもらえたが、お主は意識が無かったので仕方がなかったが、今後は、お主の思うように行動すると良いとサンペ殿は申された。どうする?」
「あの闘いの時、私は意識を失った。霧の中をさまよっていると死んだ爺さんが現れて、私がこの世で成すべき事をしてないから、己の成すべきことを終わらせてから来るように。と言われた。何をするべきか分からないが、今はサンペ殿に従いたい。」
とウエンクは答えた。
ラムアンは、瘴気をもろに被った二人に、薬を与える。メチウの体の腫れは少しずつ引いているが、いまだ完全には引いてはおらず、痛々しい状況だった。
アッテレは、体の内部から崩壊して、体表も悲惨な状態だったが、最初に与えたハイポーションにより体表の傷は塞がっていた。
薬を飲んだメチウには、目に見える変化は無かったが、意識を取り戻すことは出来た。アッテレの方は、薬を飲んだ直後から、崩壊した己の肉体の内部から自己再生を行うように、みるみる回復している。
意識を取り戻したアッテレは、改めてサンペとラムアンに礼を言う。
サンペとラムアンもアッテレの礼に応え、今後の行動を共にすることを誓う。
ここに、サンペ、マッセ、ラムアン、タシロ、アシッチ、チパトパ、アッテレ、アッシク、メチウ、ウエンク、トオサの十一人のパーティーが出来た。
パーティーの当面の目標は、体力の回復とアシッチとチパトパの帰郷までの護衛であった。
瘴気による体の腫れと、変色が残る四人は、湯に浸かるため河原に移動する。ほとんど回復したアッシクとトオサがメチウを運び、サンペとチパトパがアッテレを運ぶ。湯に浸かり、瘴気の腫れを洗い流していると、ようやくメチウの体が元通りになり、瘴気が体内から排出された。アッシクたちも、瘴気により変色した皮膚が再生し、元の体に戻っていった。
頭髪については、アッテレ、アッシク、メチウの三人とも順調に生え始めていた。
チパトパもラムアンから薬を貰い、ドラゴンの瘴気により綺麗になった頭に、毛髪を戻すことに期待をしていたチパトパであったが、結果は残念なものとなった。
ラムアンは、正しいレシピの材料が揃わなかったので、エリクサー本来の効能は無く、今回は、闘いによる傷に重点を置いて調合した。チパトパの毛髪はドラゴンとの闘いによるものではなく、ドラゴンの瘴気を浴びてしまった事故なので、その違いのせいではないかと言っていた。
この日の夕食は、ドラゴンのモツ煮だった。モツ煮はアシッチの得意料理のひとつで、非常に珍しいドラゴンの内臓が手に入ったため、昨日のうちに下処理をして、朝から煮込んでいた。
負傷し、体力の消耗が激しい五人には、造血作用や疲労回復を中心にした食材を使い、体力の回復を補助する。
必要な食材は、マッセが調達してくるので問題は無かったが、全員の意識が回復したことで、アシッチは十一人分の料理を作ることとなっていた。
サンペ達六人は、朝食後から河原でアッテレとメチウの瘴気の治療を行い、ラムアンは徹夜で薬を調合していたため、奥で寝ている。タシロは、ラムアンから素材を受け取り、何やら鍛冶仕事を行っている。
マッセが食材を持ってくるまでの間アシッチは、ウエンクの傷の手当をしたり、拠点の掃除や繕い物などをしていた。
昼食時に一度全員が顔を合わせたが、マッセはまた食材を取りに行ってしまった。男たちも、午前に引き続き、瘴気を湯で洗い流す治療を繰り返していた。ラムアンだけは、タシロに付いて細かい指示を出していた。
夕食時の拠点の食卓は戦場と化した。席に着いた男どもの目は血走り、互いの動きをけん制している。
アシッチが取り分け、チパトパとマッセが配膳していく。目の前の食事を睨みながら、自らの本能を理性で制御している。中央に置かれた大鍋は三つあった。
全員に行き渡ったのを確認して、アシッチが
「どうぞ。」
と言ったとたん、三つの大鍋は五分も経たないうちに空になった。
アッシチが四つ目の大鍋を持ってきて全員に言った。
「皆さん、少しは落ち着きましたか?先ほどはまるで獣の餌の時間でしたが、今度は皆さんで楽しく食事をしましょう。先ほどと同じモツ煮ですが、今度の鍋には穀類を入れていますので、お腹いっぱいになると思います。お互いに自己紹介を兼ねながら、楽しい時間を過ごしましょう。」
そうアシッチが言うと、全員が赤面し、それぞれ反省し始めた。
サンペから今までの経緯の説明をし、アシッチやチパトパをはじめ、全員が命の危機を脱し、皆が同じ鍋の物を食べ、同じ時間を過ごしている。この出会いと、この時間を生涯の宝としたいと思う。と述べ、夕食の第二幕が始まった。
ウェイサンとポイチェンは、アウェントカの町に急いでいた。フッシコッカのドラゴンを討伐した人間として、王都へ報告に行き、王族からの賞賛を受け、武勲に対する褒美が賜れると考えていた。人々からは賞賛され、あわよくば、領土を与えられ、領主として余生を謳歌できるかもしれないと考えていた。
退治したドラゴンの素材を売っても、ひと財産になるが、ここは売却より王様へ献上したほうが良いとも考えていた。
昨日、二人は七星将としてドラゴンと対峙していたが、アウェントカの町を出発する前日に、二人で打ち合わせたとおり、見事にアッテレたちを亡き者にすることに成功した。少し予定とは違う方法であったが、見事に所期の目的を果たした。
その日の夜、二人は今は無き、かつての仲間たちから回収した金子を山分けした。二人で大金貨30枚と金貨8枚に分けて、残りはアウェントカの町で祝杯をあげようと考えていた。
アッテレたちが使っていた得物は、ことごとく壊れ、唯一形が残っているのは、ウエンクの盤古斧とメチウの黒色槍だけであった。黒色槍は変色していたが、形は綺麗なままだった。
二人がアウェントカの町に着いたのは、門が閉まる直前であった。二人はそのままサクサの下へ報告に向かう。サクサは、二人が持ってきたドラゴンの左腕を見て目を見張り、二人をそのまま夕食の席に座らせた。
ポイチェンは、フッシコッカの生き残りだというサンペという男から、瘴気に侵された金属で作ったという大楯を貰い、それでドラゴンの瘴気を防ぎ、ドラゴンの討伐を果たしたと報告した。
五人が持っていた得物は、実は業物でも何でもなく、見た目が派手なだけの物であったと報告し、五つの武器の残骸を見せた。
続けて、闘いの様子を説明する。ドラゴンの最初の瘴気を目の当たりにした五人は、その場で腰を抜かし、それぞれの武器を放り出し逃げていってしまった。
アッテレの青竜偃月刀は、ドラゴンに触れた途端に砕け、アッシクの藍の雷刀は二つに折れてしまった。メチウの黒色槍に至っては、瘴気に当たっただけで使いものにならなくなってしまった。トオサの万石弓も矢を放つと直ぐに弦が切れてしまった。
五人の武器の中で、なんとか使えそうな物がウエンクの盤古斧だったので、ウェイサンが盤古斧を持ち、ドラゴンが瘴気を吐いた直後に首を落とした。
首にはまだ瘴気が残っていたため、討伐の証として首を持ってくるのはあきらめ、左腕を切断して持ってきたと報告した。他の五人は、既に逃げてしまい、武器も失ったため、二度と人前には出てこられないだろう。とサクサに報告した。
サクサは、アッテレら五人の武器の残骸を確認すると、明日の朝一番に領主ポクナモに報告に行くと告げ、二人を邸宅に泊めることにした。
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まだまだ続きますので、頑張って更新していきます。
おかわりいくら丼。