第12話 トマリの町へ(2日目)
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トマリの町へ向かう街道に少し変わった集団が移動していた。二頭立ての馬車と八組の人馬。馬車の御者台には、きれいに剃髪された少年が手綱を握り上手に馬車を操っていた。
八頭の馬には、頭巾を頭に巻いた五人の男と、白馬に跨った男と二人の従者がいた。鞍上の五人の着ている物が統一された鎧なら貴族の一行。軽装備なら商人の護衛を思わせる集団であった。しかし、鞍上の者たちの服装は山仕事や畑仕事をするような仕事着であった。
最初は鞍上にいたチパトパだったが、ラムアンに御者のやり方を教えて欲しいと言って、一通りの手ほどきを受けて現在二頭馬車の手綱を握っている。父の仕事の手伝いで、馬車での移動には慣れていたが御者を任せられたことは今までなかった。ラムアンから手綱さばきを習い、あとはひたすら慣れるだけだと言われ、真剣な表情で手綱を操っている。
馬は元々おとなしく利口な生き物なので、よほどのことがない限り道をそれることはない。しかし、臆病な動物でもあるため、足元から鳥が飛び立つだけでもパニックになり、暴走することがある。御者の役割としては、行先の指示と速度管理の他、休憩のタイミングとパニックの防止が主な仕事となる。
「眠くなったらいつでも代わるので、無理しないのでありますよ。」
荷台からマッセがチパトパに話しかける。
「あ。マッセさん。ありがとうございます。しかし、サンペさんがウパレラを手なずけたのがついさっきのことですが、皆さん人馬の息がぴったりですね。」
「それはサンペが、アッテレたちの持つ色と同じ色の馬を与えたからなのであります。」
「色ですか~。マッセさんは分かるのですか?」
「私には分からないのであります。たぶんサンペだから分かることだと思うのであります。サンペは何となくですが、その人の本質を見抜く力があるのではないかと思うのであります。」
時間は少し前。ウパレラがサンペに服従を示した近くの竹林で、各馬に鞍がつけられ、馬車の準備も終わりいよいよ出発の時であった。
アッテレ、アッシク、メチウ、ウエンク、トオサの五人がそれぞれ馬に乗ろうとした時、ラムアンが
「あ~。ちょっと待つね。この馬たちはサンペが一人で捕まえたのね。我々も居たけど、ただ立っていただけなのね。だから、この馬は基本的には全部サンペの馬になるのね。その辺は全員理解していると思うのだけど、どうなのね?」
それを聞いた五人は膝を着き、サンペに自分たちの非礼を詫びた。
「あ~。ウパレラを含めて、ここにいる馬たちはかなりの名馬の素質を持っているね。主が家臣に与える物としては十分なのね。あ~。サンペは馬が放つ色が見えていると思うけど、同じ色同士なら相性がいいので、アッテレたちと同じ色の馬を与えるね。」
サンペが一頭ごとに名前を付けながら五人に馬を与えると、馬体が一回り大きくなったように感じた。五人の男たちはそれぞれの愛馬を愛でた後、再びサンペに対し膝を着き
「我ら五人、先のドラゴンとの闘いにおいて、この命尽きておりました。サンペ殿には、我ら五人の命を助けていただいただけではなく、我らを末席に加えていただきました。さらに、この度、功も上げていない我らに駿馬を下賜いいただいたこと、今後この身が朽ちて髪の毛一本になろうとも、我ら五人全身全霊をもって忠誠を誓います。」
アッテレ、アッシク、メチウ、ウエンク、トオサの五人が改めてサンペに誓いを立てた。五人の中で、この誓いの事を『竹林の誓い』と呼び、サンペの行いが『仁』『義』『礼』『智』『信』の道に背くことがあれば、我ら五人の命を懸けてでも『五慧聖』を守ってもらうと誓ったのであった。
その日の移動は早々に止めることになった。久しぶりの乗馬でもあったので、長時間の乗馬で鞍ずれを起こすのを避けたのであった。
アシッチは夕食の準備を行い、マッセはトオサに弓の稽古をつけてもらうため森に入って行った。川辺で馬たちに水を飲ませ、体を洗う。その上流ではラムアンとタシロが河原の石で風呂を作っていた。サンペたちもそれぞれの馬の手入れを終えて、風呂づくりの作業を手伝う。
森に入ったマッセにトオサは
「そろそろ『目抜き』の技を覚えてもらおうと思うのだが。一度己の感覚で射てみよ。ちょうどあそこにレッドボアがいる。」
そう言われてマッセは天古弓を構え、赤茶色の大きな猪、レッドボアを狙う。レッドボアはしきりに地面に鼻を付けて餌を探しており、こちらには気づいていない。
「ぴゅ!」
マッセの放った矢がレッドボアの左目を捉えたと思った瞬間、レッドボアの顔が僅かに下がった。マッセの矢はレッドボアの左目上部に当たり弾かれた。
レッドボアは顔を上げ周囲を警戒する。そこには女が一人立っているだけだった。人間の存在を確認したレッドボアの体色が見る見るうちに真紅の攻撃色に変わっていく。体色を真紅に変えながら、レッドボアはマッセに突進してくる。マッセは二の矢で再度レッドボアの左目を狙う。
「ぴゅ!」 「 !」
マッセは、矢を放つと同時に右側に体をかわし、レッドボアの突進をよける。
が、レッドボアの突進は無かった。
マッセの放った二の矢は、レッドボアの左目を的確に捉え、頭部深く刺さっていた。
レッドボアはその場で倒れ、小刻みに痙攣している。右の目には、真横からもう一本の矢が刺さっていた。
レッドボアの右目を貫いたのは、トオサの覇王弓から放たれた一矢だった。
トオサは倒れて痙攣しているレッドボアの首を切り、血抜きを行う。
「やったでありますか。」
「うむ。よく落ち着いて二の矢が撃てたな。」
「はい。真っ赤に変わりながら迫ってくるレッドボアには、正直恐怖を感じたのであります。でも射手の心構えであります。心を落ち着け、的に集中し、静から動へとやってみたのであります。トオサ様、ありがとうございましたであります。」
「うむ。しかし、一の矢を外したのはいただけんな。マッセが獲物の気配を感じて放つマッセショットにも通ずるが、マッセは獲物の気配から動きを予測する能力が非常に高い。今回は目抜きを意識しすぎて予測が疎かになっていたのが原因と思う。」
「・・・・・・。」
「我々射手は、相手から離れた位置に配置される。これは、全体の戦況を把握することが出来る位置でもある。集中も必要であるが、し過ぎは禁物である。常に周囲に気を配り、ただ相手に当てる『一発必中』ではなく、戦局を左右する『一発必死』を目指すように。」
もう一回やってみろ。というトオサの言葉で、さらに獲物を探す。
小さ目のロックバードが上空から降りてきて、水浴びを始めた。ロックバードは、水の中を潜ったり、水を飲んだり一時も動きを止めない。
マッセは天古弓を構え集中力を高める。
水の流れ、風の音。マッセは周囲にも気を配りながら意識を集中する。
ロックバードの頭が水面から出てきたと同時にマッセの矢が右目を捉え、左目側から出てきた。ロックバードの頭部を真横から射抜いた。
「うむ。今度は落ち着いて射抜けたな。」
トオサはマッセにそう言うと、倒れたロックバードを木に吊るして血抜きを始める。
同時に、翼の羽と尾羽を丁寧に取っている。
「鳥の獲物からは我々射手にとって貴重な素材が多く取れる。この翼の羽と尾羽は矢を作る時の矢羽となる。目抜きをすると羽が傷つかないため素材の無駄をなくすことが出来るので一石二鳥なのだ。」
「・・・・・・。(一石二鳥。。。)」
レッドボアとロックバードを仕留めた二人は宿営地に戻る。
戻る途中でマッセが
「なぜ仕留めた獲物の血を抜いたのでありますか?血も獲物の一部なのだと思うのでありますが。」
それを聞いたトオサの顔がこわばる。昨日食べたマッセの料理が脳裏に浮かぶと共に、一つの疑問が湧く。
「マッセは食べることの意味を考えたことはあるか?」
トオサが問う。
「食べることでありますか?それはお腹が減るから食べるのであります。お腹いっぱい食べると、元気が出てきてまた動けるようになるのであります。お腹が減ると、ふらふらになって動けなくなってしまうのであります。」
「昨日マッセの料理を食べさせてもらったが、マッセの料理は食材の全て、血も土も羽も毛も。獲物の全てを己の血肉にするため、あえて食材に対して、手を加えず、捨てずの料理法なのであるか?」
「そうであります。今まで成長してきた生き物に対する、感謝の気持ちなのであります。『洗わず、切らず、煮ず焼かず』そのまま頂くのが生き物に対する感謝なのであります。素材の状態を活かしつつ、最小限の手間を加える。これが一番難しいのであります。」
(・・・・確かに一番難しいだろう。本来の意味なら。。。)
「して、マッセは味の違いについては分かるのであるか?」
「味の違いですか。それはもちろん分かるのであります。一口食べて、その素材が持つ独特な香り、食感や舌触りなどを感じると、その素材が今まで成長してきた時間を共有することができるのであります。特に素材の香りが鼻腔を抜けるときが一番身近に感じることができるのであります。全て食材の個性なのであります。」
「なるほどの~(味は分からんか)。マッセは、非常に鋭い感覚をもっている。その感覚を生かし、食事を作る際には、食材が持つ個性の調和を目指してはどうかな。」
「食材が持つ個性の調和でありますか。」
「昨日食べたマッセの料理は、素材それぞれが主張しすぎており、香りや食感、味のバランスも無く、食材同士の調和も無いものであった。しかも、食材の味を損なう部位も入っていた。例えば土である。我々人間は土を食べる生き物ではない。食べられない物を出されるとそれだけで味が落ちる。味が落ちるという事は、調理しても食されないこととなる。これは食材に対する冒とくになると私は思う。」
「・・・・。」
「我ら五人を考えてみてくれ。我ら五人の武器は何だと思う?偃月刀のアッテレ。朴刀のアッシク。槍のメチウ。斧のウエンク。弓の私。その他に、大楯のポイチェンと投石のウェイサンがおった。各々の武器が違うからこそ、良い調和がとれていた。戦術にも幅があった。しかし、調和を無視して、それぞれが勝手な動きをすると、戦術も全く立てられない、バラバラの集団となってしまう。個の力をうまく調和させれば、五人の武力を二倍・三倍にすることも可能なのだ。」
「二倍、三倍でありますか。」
「そうだ。実は、フッシコッカの村でのドラゴン討伐においても、我々には勝算はあったと思っている。それぞれが予定通りに行動していれば勝てていたかもしれん。わしらの想定以上にドラゴンが強ければ、結果は同じだったがな。」
「やっぱり勝てていたのでありますか。」
「しかし、昨夜の夕食は何のまとまりもない、ただの食材であった。ただ、これからは、マッセが持つ感覚を味にも意識を向け、個々の食材を見極め、うまく互いを引き立て、ぎりぎりのバランスで調理する。マッセには可能だと思っておる。先も言ったが、射手は全体を見る位置にいる。すなわち、個々に動くものを一つにまとめるため、全体を見て最良の一矢を放つ役割にある。今後は個々の個性を見極めると共に、全体が調和するぎりぎりの点を見極められるよう精進してもらいたい。マッセならできると儂は期待している。」
「わかったであります。トオサ様の期待を裏切らないように精進するのであります。」
その日の夕食は、いつもと違うマッセの姿があった。一口食べては考え。丁寧に味わい、考える。隣でアシッチが料理の説明をしていた。女子力が皆無であったマッセが料理に目覚めた瞬間であった。
その光景を見つめる男たちは、尊敬の念を込めてトオサを見ていた。
夕食を終え、風呂に入りながらチパトパがサンペに相談していた。
「それがしも本格的に武術を行いたいと思うのですが、よろしいでしょうか。」
「よろしいも何も、チパトパがやりたい物をやるのが一番だと思います。チパトパは何の武術をやりたいと思うのですか?」
「わかりません。それがしは今まで商いの事しかやってきませんでした。今回フッシコッカの村にドラゴンの襲来があり、自分自身の無力さを実感しました。祖父が自らの命を犠牲にしてそれがしたちを助けてくれました。それがしも誰かに守られるのではなく、それがしの命はそれがしで守りたいのです。さらに、大切な人を守るための力を持ちたいと思います。サンペさん、それがしには何の武術が向いていると思われますか。」
一緒に居たアッテレが
「僭越ながら。チパトパの技量がいかほどか、明日皆で見てみようと思うが。主殿、よろしいでしょうか。」
「わかりました、では、ラムアンも一緒に見てもらいましょう。ラムアンもああ見えて変わった武器を扱えるようですよ。」
その夜、チパトパは一緒の見張りになったウエンクに、斧の特徴や使い方などを聞いていた。
翌朝、朝食の支度をしていたマッセが、
「盗賊が来たのであります!」
と報告してきた。
次話は近日中に投稿します。
おかわりいくら丼。