第10話 拠点を後に
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前回の投稿から約ひと月経ってしまいました。
次回はもう少し早く投稿します。
「準備が整ったのであります!」
マッセの一言で、全員が荷物を持つ。と言っても、ほとんど全ての荷物は、サンペのリュックに入っているため、各自が持つ荷物はほとんどなかった。
出発の前にラムアンから、拠点復元の指示が出ていた。ここまで環境が整っていると、後々野盗の拠点になる可能性があるので、元の状態に戻すためであった。
竈の解体や、風呂の解体等の他、周囲に落ち葉をまくなど、人間がいたという形跡を徹底的に無くしていく。
朝の空気が、徐々に温まり、午前のまどろむ時間に作業が完了し、一行はトマリの町に向けて出発する。鳥はさえずり、日差しは暖かく降り注いでいる。
暫く歩くとアシッチの様子がおかしくなっていることにサンペが気づいた。拠点での生活では、早朝から全員の食事の準備や掃除に洗濯など、家事のほとんどを一人で行っていたアシッチの疲労が、ここで出てきてしまったようだ。トマリの町に帰れる安心感も関係しているのも事実であった。
リュックから出した荷車にアシッチを寝かせ、トマリの町に向かって移動を続ける。アシッチの体調不良により、一人気合を入れる女子がいた。
「アシッチが体調を崩してしまったので、今晩の食事は私が作るのであります。なかなか良い食材も手に入ったので、今晩の食事は楽しみにするのであります。」
それを聞いた男たちの反応は、見事に二つに分かれていた。サンペとラムアンとタシロは、作業があるとかでアシッチが作ったものを食べると言い張っており、チパトパを含む六人は、マッセの料理を食べると浮かれてた。
良く気が付き、甲斐甲斐しく動くマッセの姿に、好感を持たない男は居ない。容姿も美しく、見る人によっては、深窓の令嬢とか、清純の乙女という人もいるほどだった。そんなマッセの作る料理に六人の男たちは、期待に胸を弾ませるのであった。
その日の夕食は、見事に明暗が分かれた状況となった。夕飯の支度に鼻歌交じりで楽しそうに準備をするマッセの姿は、男たちの心を鷲掴みにした。六人の男たちは、薪集めや寝床の準備、水汲み等の作業の合間に、甲斐甲斐しく動くマッセの姿にしばし手を止め、食事を楽しみにしていた。マッセはアシッチが作った料理にひと手間加えて、マッセワールドを展開していた。
サンペたちは、河原に風呂を作りながら食事をすると言って、三人分の食事を持って河原に行ってしまった。
夕食の時間は、六人にとって苦行の時間となった。あんなに楽しみだった夕食だったのに、目の前にあるそれは、アシッチの料理とは次元の違う物であった。
「今日は一日中移動で疲れたのでありますから、元気の出る食材をたくさん入れたのであります。素材の味を生かすために、調味料や味付けは最小限にしているのであります。これを食べて、一晩寝ると、元気百倍になるので、皆さん遠慮なく食べるのであります。」
そう言ってマッセが全員に料理を進める。可憐な乙女の潤んだ瞳に見つめられ、男たちは覚悟を決めて、最初の一口目を食べる。
「「「ガリッ!」」」
「「「ジャリ!」」」
六人が一口食べた瞬間、全員の表情が変わった。ある者は目を見開き料理を凝視する。ある者は目を閉じ、口の中の感触と戦う。ある者は放心状態一歩手前で、何とか意識を保つ。
チパトパが、
「それがしは、マッセさんの料理を初めて食べましたが、マッセさんらしくとても個性的で素敵な料理ですね。でもこれって、元は姉の料理だったんですよね。」
「そうでありますよ。アシッチが作った料理に私がほんの少し手を加えただけでありますよ。」
「マッセ殿は、今回の食事に我らのために数々の生薬を使っていただいたようですが、後学のためにどのような材料をどのように調理したのかご教授いただけないでしょうか。」
とメチウが尋ねる。
「いいでありますよ。まず今回使ったのは、疲労回復の薬になる材料を入れているのであります。オタネ人参、キバナオウギ、ナツメ、ショウガ。これは移動中に見つけたので取っておいたのであります。それから、デイパックの中にミカンの皮がカラカラになっていたのがあったので、それも入れたのであります。調理の方法は、集めた素材が持つ滋味を最大限に引き出すこと。そのためには、洗わず、切らず、煮ず焼かず。が基本であるのでありますので、全部の食材をすりおろしたのであります。」
「「「「「「そのまま?」」」」」」
「そうでありますよ。素材の持つ力を最大限に引き出すのが調理人の仕事なのであります。最大限に引き出すためには、最小限しか手を加えないのが一番なのであります。洗わず、切らず、煮ず焼かず。が基本であるのであります。当然、素材についている土も栄養豊富なのでありますから、余すことなく使うのであります。今日は一日中歩いたので、たくさん食べて栄養を補給するのであります。」(にこっ)
マッセ本人は気にせず、ガリガリ、ジャリジャリ食べている。
男たちの目が一人の男を見る。見つめられた男は心得たとばかりにマッセに提案する。
「マッセよ。お主の弓の腕は確かな物であるが、お主の天古弓が持つ本来の力はまだ出し切れていないようである。もしマッセさえよければ、これからの食事前に射手として稽古を行いたいと思うが、いかがであるか?」
「えっ!トオサ様から直々にご指導いただけるのでありますか?マッセ感激であります。でも、私も食事当番があると思うのでありますが。」
「「「「「「問題ない!」」」」」」
「それがしに任せて!」
「マッセが当番の時は儂が料理をする!」
「サンペ殿には話を入れておく!」
「そもそも当番があるのか?」
「天は二物を与えずじゃ!」
「これ最初は食べ物だったけど、何故か食べ物じゃ無くなってるし」
「まだまだ我らの味覚がマッセ殿の料理の実力に追いついていないのである。料理というものは、料理人と食べる側の双方の状態が大切なのである。今の我らでは、マッセ殿の料理の味を理解する実力が無いのである。まだまだ、修行が足りないのである。」
「ウエンク様がそうおっしゃるなら、その通りなのでありますね。タシロも、鍛冶師としての腕が未熟なので、私の包丁がまだ作れないと言っていたのであります。私としては、少し残念なのであります。それからこれ、食べられますよ。(ぐすっ。)」
満場一致でマッセには料理を作らせない事が決まり、皆の苦行に終わりが見えて来たころサンペたちが戻ってきた。
「みなさん、もう苦行はおしまいにしましょう。先ほど河原でボーダーグリズリーを仕留めたので、タシロさんに熊鍋を作ってもらいました。アシッチの疲労回復と皆さんの食事に持ってきましたので、良かったら一緒に食べてください。」
「「「「「「うぉぉぉ!」」」」」」
男たちの歓喜の叫びが辺りに響き、その響きに驚いたアシッチが起きてきた。
サンペはアシッチの体を気遣いながら熊鍋を手渡していた。男たちは鍋に群がり、あっという間に鍋は空になった。
未だ腹の虫が治まらないチパトパたちに、ボーダーグリズリーの肉を焼いて食べさせ、ようやく腹の虫が静かになった。
男たちが二人一組で見張りを行い、何事もなく朝を迎え、前日と同じようにトマリの町に出発した。アシッチは、まだ歩ける状態ではないので、荷車の上で横になっている。今までのアシッチの働きぶりもあったので、苦情を言う者もなく、交替で荷車を引いていった。
太陽が真上に来た頃、突然マッセが止まり
「待つであります。こっちに何か動物の気配がするのであります。沢山の動物の気配で、魔物ではないようであります。」
マッセの案内で動物の群れに近づくと、そこに居たのは馬の群れであった。数は十頭ほどで、黒毛や葦毛に混じり、一頭だけ白馬の個体が居た。体格については、他の馬との違いは無かったが、その存在感はひと際目立つものがあった。
ラムアンが
「あ~。サンペならこの群れをどうやって捕まえるか?皆サンペの指示で動くので、全員に指示を出してみるね。」
突然、馬の捕獲の指揮を任せられたサンペであったが、既に白馬が群れのリーダーであることは分かっていた。
サンペは全員に、群れの反対側に移動して、散開するように指示を出す。白馬が近づいた時だけ姿を見せるだけで、声も出さず、手も上げず。ただ近づいてきた時に姿を見せるだけで良いと指示した。
全員が配置に着いた事を確認したサンペは、何も持たずに静かに白馬に近づく。
白馬は、見ず知らずの男が何も持たず、ただ近づいてくることに最大限の警戒心で対応する。警戒心と共に群れを率いるリーダーとしての自負が、辺りに何者も寄せ付けない覇気を出す。
なおもサンペは近づく。
白馬は周囲を警戒する。周りにいる人間たちはその場から動くこともせず、ただこちらを見ているだけのようである。自分の発する覇気に怯むこともなく、静かに近づく男に、白馬はさらに押しつぶすように気迫を高める。
周囲の馬たちも、リーダーの覇気に押され、自然に二人から距離をとっていた。
サンペは白馬が放つ覇気を受け流しつつ、自分も真似て、覇気を出そうと試みるがなかなかうまく行かない。
サンペは己の覇気を出せないまま、白馬と対峙する。白馬は全身から、渾身の気迫をもって、目の前のサンペに向けて覇気を放つ。サンペは放たれた覇気を全身で受け止め、自分が感じた白馬の覇気を、そのまま白馬に向けて放ってみた。
次の瞬間、白馬は膝を折り、サンペに服従の意を表していた。サンペの覇気が白馬を上回り、白馬がサンペを上位に認めた瞬間だった。
他の馬たちも新たなリーダーを確認するように、サンペに近づき、確認が終わると落ち着いた様子で草を食みだしていた。
ラムアンたちもやって来て、
「あ~。なかなか良い感じで覇気が出ていたね。これで、サンペは覇気の出し方を身に付けたね。あ~。実は少し気になっていたんだけど、最近アッテレたちと狩りをするたびに、サンペの剣技が上達しているようなのね。昨日も風呂を河原に作る時の手際の良さには驚いたのね。もしかしたら、或る種の特殊能力が身に付いたのかもしれないのね。」
アッテレたちも口々に、
「サンペ殿は、武の力ではなく、信の力で白馬を手なずけた。」
と高く評価していた。
それを聞いたチパトパが
「信の力とはどのような物なのですか?」と聞いてきた。
ウエンクが
「信の力とは、他者をあざむかない事。サンペ殿の態度に嘘、偽りがなく、誠実で強い信念をもって白馬に接したため、白馬がサンペ殿を主と認めたのである。」と説明した。
また、捕らえた白馬には、毛並み毛艶、前肢後肢の姿勢から首と肩の傾斜など、細部に亘り駑馬の特徴は一切無かった。幼少の頃より、父親の手伝いで馬の買い付けを行っていたチパトパが、これほどの馬は見たことが無いと感心していた。
サンペは、白馬にウパレラと名付けた。
その後の移動は非常に楽になった。馬が手に入ったことで、荷車を馬車に変え、ラムアンが御者を務める。馬車の中にはマッセ、アシッチが乗り込み、サンペはウパレラに騎乗する。アッテレたちも各々馬に乗り移動することになった。
馬選びの時に、ちょっとした問題が起こった。ウパレラの気性が荒すぎたのだった。ウパレラが心を許したのはサンペだけで、鞍乗せも一苦労だった。
最初にサンペがウパレラの背に腹ばいで乗り移動する。ウパレラが背中に物を乗せる感覚に慣れた頃、ようやく鞍を乗せることができた。
アッテレたちがウパレラに騎乗を試みたが、あぶみに足を乗せることもできなかった。
フッシコッカの村に到着したウェイサンとポイチェンは混乱していた。そこにあるはずの物が無かったのである。チェシオを筆頭に素材回収のために集められた面々も二人を見る。ウェイサンとポイチェンはもう一度周囲を確認する。
「「ここで間違いないはずだ。」」
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おかわりいくら丼。