5. 無駄なこと
「いてぇっ!」と不良Aの悲鳴が上がる。
不良Aは涙をにじませながら、右手首を抑えた。
「てめぇ!」と不良Bが次郎をにらむ。「かっちゃんに何をしたぁぁ!」
「体を硬くしただけですけど」
「あぁん? 魔法を使ったのか!?」
「はい」
「てめぇ! 自分が何をしたのか、わかっているのか!?」
「正当防衛ですかね」
「宣戦布告だよ、馬鹿!」
そう言って、不良Bは杖を引き抜いて、次郎に魔法を放った。
「”吹き飛べ”」
ごぅと風の塊が次郎を襲う。が、次郎は微動だにしなかった。風で前髪が舞い上がったくらいだ。
「なっ」と愕然とする不良B。
次郎は困ったように首の後ろを撫でる。
「これも正当防衛ですから」
「あぁん?」
次郎はいつの間にか右手に持っていた杖を不良Bに向け、呪文を唱えた。
「”吹き飛べ”」
次の瞬間。不良Bの体は吹き飛んで、壁に衝突した。
「なっ……」と他の不良たちは呆然とする。
次郎は困り顔で彼らを見回し、言った。
「まだ、やりますか?」
「てめぇ、覚えていろよ!」
「絶対に許さねぇからな!」
不良たちは、気絶した不良を抱えると、その場から逃げていった。
「やれやれ」と次郎は彼らを見送り、恵麻に視線を戻す。
恵麻は感心した顔で、「意外とやるのね」と言った。
「『やるのね』じゃなくてさ、他に言うことあるんじゃないの?」
「何?」
「いや、何って」
「もしかして頼んでもいないことをやったくせに、その見返りを求めるつもり?」
「……そうじゃないけど」
「なら、何を言えばいいの?」
恵麻の言う通り、次郎は勝手に恵麻を助けようとしただけだ。だから、その行動に対して、恵麻が想像と違った反応をしたとしても、恵麻にとやかく言うのはおかしな話だ。
(……そうだった)
次郎は思い出す。他人は、次郎の思い通りには動いてくれない。だから、他人に期待するのは間違っているし、見返りを求めてはいけないのだ。
「……ごめん。何でもない」
ふん、と恵麻は鼻を鳴らす。次郎は、嫌な感じとは思ったが、人間とはそういう生き物であると自分に言い聞かせる。
「それじゃあ、俺の勘違いで氷室さんに迷惑をかけたみたいだし、さっさとこの場から去るね」
次郎は踵を返し、歩き出す。が、ピリッと脳に電流が走って、思い出したように立ち止まる。振り返ると、怪訝な表情で自分を眺める恵麻と目が合った。ついでだから、彼女に伝えおきたいことがある。
「教室で会った時から、俺の心を見ようとしているみたいだけど、それ、無駄だから」
恵麻の目が大きくなる。気づかれていたことが意外だったかのような反応。しかし次郎は、彼女が”人詠み”の魔法を使って、自分の心を読もうとしていたことに気づいていたのである。だから次郎は、恵麻の反応を見て、満足そうに口角を上げる。
「じゃあね、氷室さん」
精神的勝利の余韻を胸に、次郎は歩き出した。