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3. 理想と現実

 次郎がその少女を眺めていると、少女は視線を花代に移した。


「先生。ノックをしてください」

「ごめん。興奮しちゃって。それより、恵麻ちゃん! 新入部員を連れてきたよ! 1組の紅 次郎君。ほら、次郎君、挨拶して」

「紅 次郎です」


 次郎が挨拶すると、恵麻は本を閉じて、軽く会釈する。


「氷室恵麻です」

「二人が話すのは、初めて?」

「そうですね。顔は見たことがあります」


 恵麻はかなり目立つ存在だ。だから、顔だけは知っていた。しかし恵麻は、次郎のことを認識していないらしく、「私は彼のことを知りません」と答えた。自分のような日陰者は認識されていなくて当然と思ったが、少し傷つく次郎だった。


「そう! なら、これをきっかけに仲良くなったらいいね」

「そうですね」と恵麻はやる気のない声で答える。

「それで先生。ここって、結局、何をする部活なんですか?」と次郎。

「それはね……まだ決めていないの!」

「え?」

「二人で決めたほうがいいかなと思って、まだ決めていないの! でも、安心して! 案はいくつか考えているから。すでに、恵麻ちゃんに渡しているから、それを参考に、二人で考えて! そっちの方が楽しいでしょ?」


 次郎は、何それ面倒くさい、と思ったが、今は大人しくしておこうと思い、「なるほど」と答えた。


「それじゃあ、あとは二人で頑張って。何をするか決まったら、先生に教えてね!」


 花代はさわやかな笑みを残し、去っていった。

 教室に残された二人。次郎は気まずさを覚えながら、教室を見回す。女子と二人きりとか、初めてのことなので、どうすればいいかわからない。だからとりあえず、教室を確認する。その教室は、今は倉庫のように使われているらしく、使われていない机や椅子が、後ろの方に積んであった。


 恵麻に目を戻すと、恵麻は本を読み始めていた。次郎には全く興味がない様子である。


「えっと、とりあえず、どうします?」

「私たちは、同じ学年なんでしょ? なら、敬語を使う必要はないわ」

「わかった」

「さっき、先生が言っていた資料とかは、そこの教卓においてある」


 恵麻の言う通り、教卓の上にクリアファイルが置いてあった。次郎は中にあったプリントを確認する。『奉仕部』とか『SOS部』とか書いてあって、隣に活動内容について記してあった。


(時代を感じる)


 なんて思いながら、一通り眺めていると、ピリッと脳に電流が走る。


(今のは……)


 次郎が顔を上げると、恵麻が探るような目で次郎を見ていた。


「何?」

「……なんでもない」


 恵麻はすぐに目をそらす。


(なんでもないわけないでしょ)


 とは思ったが、深く追及するのは止めて、次郎は資料を読み直す。


「氷室さんはどんな活動がしたいの?」

「……何でもいい」

「何でも?」

「そもそも、私、あなたと仲良くする気なんてないから」


 鋭い一言に次郎は心臓を貫かれる。大きく深呼吸してから、恵麻に目を向ける。


「えっと……」

「べつに、あなたがというわけじゃなくて、私は誰とも仲良くする気がないの」

「……なるほど」


 次郎は乾いた笑みをこぼし、プリントに視線を戻す。『可愛い女の子との青春が始まる!』とワクワクしていた、数分前の自分をぶん殴りたい。しかしそんな思いも、数分後には、ため息となって吐き出される。紅 次郎という男は、いつだって、望むものを手にすることができないのだ。


「あ、あと」と恵麻は思い出したように口を開く。「部活に来る気もあんまりないから」

「……了解。なら、この部活は、『保留部』にしようか」

「保留部?」

「いろいろなことを保留にする部活」

「あ、うん。それでいいんじゃないかな」


 恵麻は興味が無さそうに答えると、本をカバンにしまい、立ち上がった。


「それじゃあ、私、帰るね」

「うん」


 とくに別れの挨拶もなく、恵麻は淡々と部屋を出ていった。

 次郎は、教卓の近くにあった椅子に座り、窓の外を眺めた。そこからは野球部の姿が見えた。爽やかな汗を流す高校球児たち。そして、そんな彼らを真剣な表情で見つめるマネージャーたち。まさに、青春の一ページである。


 次郎は、そんな光景を眺めながら思った。もしも自分が、イケメンか根が明るい人間だったら、彼女と楽しい関係を築けたかもしれないと。結局世の中、顔と性格ですべてが決まる。そして自分は、この社会では受け入れられない顔と性格なのだ。人並みの幸せとか、期待しちゃいけない。


「……萎えるわぁ」


 ため息をしても一人。何かが変わるかと思ったけど、何も変わらない放課後だった。

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