10. 不良、再び!
翌日。次郎が窓の外を眺めていると、「次郎君」と声を掛けられる。同級生の女子三人が声をかけてきた。
突然声をかけられ、ビックリした次郎は、焦りを隠すように、不機嫌な表情になった。
「……何?」
「昨日さ、氷室さんと一緒に下校していたでしょ?」
「二人は付き合ってるの?」
女子たちの目には好奇の光があった。餌に群がる鯉を見ている気分だ。しかし、彼女たちが求めるようなものは何もないから、次郎は戸惑いながら返答する。
「いや、そんなじゃないよ。部活の関係で一緒に帰っただけ」
「えー。とか言って、本当は付き合ってるんじゃないの?」
「いや、マジで部活だから。俺と氷室さんが話したのも、一昨日が初めてだし」
次郎が真面目な顔で答えると、三人は顔を見合わせ、一人が言った。
「へぇ、そうなんだ」
三人の退屈そうな顔に、次郎はイラっとする。
(自分たちから声をかけてきたくせに、そんな顔をするなよ)
少なくとも、俺の前では笑顔でいるべきだとは思う。こんな人たちが、コミュニケーション能力があると評価されることが解せなかった。
そんな次郎の気持ちを知る由もなく、三人はさっさと次郎から離れた。
(これから、『やっぱりあの人つまないよねぇ』とか、そういう話で盛り上がるんだろうなぁ)
容易に想像できるネガティブな未来に、次郎はため息を吐いた。
気分を変えようと思い、トイレに向かった。用を足している途中、隣の二人組の会話が耳に入る。
「そういえばさ。今朝、拓斗たちが八木北の人たちに絡まれたらしいよ」
「八木北って、あの不良の?」
「ああ。人を探しているらしい。何でも、敵討ちだとか」
「敵討ち?」
「うちの生徒が、八木北の生徒をボコったとか」
「いやいや、そんなわけないじゃん。うちの生徒に、そんな奴いるか?」
「だよな。でも、結構、噂になっているみたいだぜ。他にも何人か声をかけられたとか」
「マジかー。物騒だな」
男子たちがトイレから出ていっても、次郎はしばらく動けずにいた。
(北高、不良、ボコった……)
昨日の記憶がよみがえる。
(もしかして、俺を探している? いやいや、そんな馬鹿な)
自分のようなとりえのない人間を探すほど、八木北の人たちも暇ではないだろう。しかし、思い当たる節があるので、否定はできない。
(……まぁ、俺じゃないことを祈るしかないな)
しかし、その祈りもむなしく、授業中、校庭の方からけたたましい騒音が聞こえてきた。何事かと目を向けると、バイクの群れが校庭に突入してきた。その数、およそ50。全員、学ランを羽織ったいかつい男、いわゆる不良である。次郎の教室は3階だったので、その様子がよく見えた。
ざわつく教室。強面の数学教師も、窓の外を見て、さすがにまごつく。
バイクが止まり、先頭にいた不良がスピーカーを手にする。
「おい! 昨日の奴! いるのはわかっているんだぞ! ちょっと、ツラ貸せや!」
次郎はその顔に見覚えがあった。昨日、あの場にいた不良Cである。
(あぁ……。やっぱり俺か。ってか、箒とか魔法を使えばいいのに)
次郎は、不良たちがやってきたことよりも、彼らのアナログなやり方が気になった。
そのとき、次郎のスマホから電子音が鳴った。メッセージアプリが入っていることを思い出させてくれる音。最初、他の人のスマホかと思ったが、画面を確認すると、恵麻からのメッセージがあった。
『花ちゃんが「私が止める!」って出て行った』
そのメッセージを見て、次郎は渋い顔になる。昇降口で他の教師に止められる花代の姿が容易に想像できた。そもそも、彼女が何かしたところで、止められるような相手には見えない。
「……しゃーない」
自分で蒔いた種は自分で回収するしかない。次郎はおもむろに立ち上がると、窓に手をかけた。
「お、おい、どうした!?」と数学教師。
「多分、彼らが捜しているのは、俺だと思うんですよ。だから、話してきます」
「はぁ? あ、おい!」
次郎は教師の制止も聞かず、窓から飛び降りた。