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6話 物置、閉じられた空間の中で

「ほら——なんでもして、いいんだよ?」

 

 物置の中は暗くて、鈴佳の息遣いの音とその吐息が間近にあることだけが、彼女の存在を告げている。

 

 たった半畳の空間に二人。

 

 ——彼女が考えた、()()()()()

 

 手順は簡単。

 

 鈴佳の男友達——僕の小学校での同級生が、一人ずつ鈴佳と二人で物置に入り、鈴佳のお姉さんが外から戸を閉める。

 鈴佳がその首にかけた笛を吹くまで、彼女に()()()()()()()という遊び。

 

「さっきの子は、扉が閉まったとたんがっついてきたから、すぐに笛を鳴らしたのに——キミは我慢強いんだね」

 

 彼女が、まだ僕のことを()()()()と呼ばなかった頃の話。

 

「それとも——臆病なのかな?」

 

 声が近くなり、僕のほおを彼女の吐息が撫ぜる。

 

「——このまま時間が過ぎてしまって、扉はあいちゃう。それでも、キミは後悔しない?」

 

 鈴佳は僕の手に触れる。とっさに僕は手を引こうとするが、()()誘惑に負けて彼女に身体を任せてしまった。

 

 導かれた手の指先を、彼女はクチで咥えた。

 

(——!)

 

 ざらりとした猫を思わせる彼女の舌が、僕の指の腹を舐める。舌でぐにぐにと指の形を確かめるように、なぶる。

 

「——はむっ——ちゅっ……」

 

 ぐいと指を喉の奥まで咥え込むように、それこそ熱情的に鈴佳は指にしゃぶりついた。

 

「ちゅっ……じゅーっ……じゅる」

 

 指とそこにまとわりついた唾液を吸う音が、物置に響く。

 

「——()()()()……。こんなに鈴佳はキミのことを考えてるのに、キミはぜんぜん鈴佳を見てくれないんだね」

 

 思えば、僕もこの時に、鈴佳に何かしらの()()()をしておけば、こんなことにはならなかったのだ。

 

「キミが()()()()()だったら——」

 

 × × ×

 

「朝——」

 

 こちらに越してきてから、なぜか鈴佳の夢をよく見るようになった気がする。

 あの頃のことは()()だから、結末は覚えていなかったりするのだけれど。

 

 ふと顔を見上げると、まだカーテンすら無いアパートの窓が見えた。

 どこまでも青い空に遮るものは無く、都会を離れたのだということが実感できた。

 

 昨日はオリエンテーションの後、なぜか——鈴佳と、あとは水無瀬さんと構内探検。

 その後、何のサークルかさえ忘れてしまったが新歓に行き、お酒を飲んで、鈴佳が潰れて——彼女を水無瀬さんと送っていった。はず。

 

 なぜ、こんなことになったのだっけ?


 中高と同じように、気の合う男友達とふざけつつ馬鹿なことやって、モラトリアムの四年間を過ごすと思っていたのだけれど。

 

 どこで、間違えたのだろうか。かぶりを振る。

 

 まだ始まったばかりだと思い直し、まだ六時であることに気づく。

 今日もオリエンテーションだが、一限まで時間がある。


 まだ空っぽの冷蔵庫を埋めるために買い出しに出かけることにした。

 

 × × ×

 

「あ」

 

「——!」

 

 買い物をした帰り道、視線の先に水無瀬さんが、いた。


 目があったからには挨拶するのが礼儀だと僕は思う。

 ……いや、一般的にはそうするべきだと思ったので、なけなしの社会性を振り絞って僕は挨拶をした。


 昨日の今日で疲れていたので、本当は気づかずに通り過ぎたかったけれど。

 

「昨日は、ありがとう」

 

 彼女が驚き固まっている中、僕は口火を切った。特に気を利かせたことが言えるわけでもなし。

 

 彼女は小さくすーと、身をつむって、左手を胸に当てて、深呼吸をしたかと思うと、僕に向きあって告げた。

 

「……おはようございます」

 

「おはよう、水無瀬さん」

 

 僕の第一声はどこかにいき、この土地で初めての朝の挨拶を僕はした。

 

「水無瀬さんも買い物?」

 

 じっと見て、気づいた。彼女の特徴的な内巻きのボブ、昨日最後は少し崩れていたのだけど、今は糸が張るようにピンと綺麗に内巻いている。


 おそらくはヘアアイロンか何かでセットしているのだろう。面倒でワックスもたまにしかつけない自分にとっては、尊敬できることだった。

 

「髪型似合ってるよ」

 

 そう言うと、少し彼女は恥ずかしそうに俯きながら、でもこちらに身体を向けてはっきりと言った。

 

「……ありがとうございます」

 

 育ちの良さが窺えた。彼女の視線は僕の袋にいく。

 

「自炊、するんですね」

 

「する——んだけど、でも料理とはいえないシロモノだよ。煮込み物は焦さなければ失敗ないし……」

 

 ……焦がすと、それはそれは食べられないものになるのだけれど。恥ずかしくて言えなかった。

 

 同じように彼女が抱えるエコバッグから覗くのは、ほうれん草、国内産のにんにく、豚肉……

 

「お金、あるんだね……」

 

 思わず口をついて出てしまう。一人暮らしをしてから、口に出来なかった品物ばかり。

 

「え——、なぜですか?」

 

 怪訝な顔をする彼女。

 

「あー……いや、ここのところ、野菜はじゃがいも、にんじん、玉ねぎと鶏肉しか食べてなかったから」

 

 どれも一袋100円で数個入ってるお得なお野菜。対して青森産のにんにくは一つ200円はいく。

 彼女の豚コマはグラム138円。僕のブラジル産鳥胸肉はグラム38円だ。

 

 恐らく食費は数倍以上違うだろう。

 

 ——いや、理由としては単にそれだけなのだけれど、怪訝な顔を見せた水無瀬さんを見て、やってしまった、と後悔した。

 

 相手のことを考えてモノを言えていない。

 

 今日は失敗したと家で塞ぎ込もうと思っていた僕に、彼女は言った。

 

「よかったら、ご飯、今度食べに来ます?余ってしまうので」


 社交辞令かと一瞬訝しがりそうになるが、彼女に対しては失礼だと、昨日自分を少しでも開示してくれた彼女への礼儀として、それはやめた。

 

 率直に、良い人だと、思った。

 

「それは、嬉しい。ご迷惑じゃなかったら、今度都合の良い時声かけて貰えたら」

 

「はい、鈴佳さんも、一緒に」

 

 やっぱ、そうなるかー。

 僕は少し落ち込んでしまったことを、おくびにも出さないようにしつつ、頷いた。

 

 

 ところで、鈴佳あいつは——まともに生活出来ているんだろうか。

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