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3話 いらない、欲しい

「そっかー。だって、あっくん外の学校行っちゃったもんねー」

 

(なぜ自分は友達も作らずこいつの握り飯を一緒に食べているんだ……)

 

 軽い自己嫌悪に陥る。

 友達はいらなくても、適度に助け合える知人は、この社会において持っていた方が楽に生きられる。


 そんな友達を作るチャンスだったはずなのに——。

 

 オリエンテーションが終わり、解散。

 各々小グループを作って大学構内を探検する同級生達を横目に、僕たちはベンチでご飯を食べていた。

 

「……そうだね。受験、したから」

 

 僕がいた小学校は、ほぼ全員が学区の中学校に進学する、片田舎にはよくある形の小学生だった。

 喧嘩、スポーツの強い奴が一番という、僕には生きづらい環境。そこから抜け出すために僕は中学受験した。


 ……別の理由も、あったのだけれど。

 

「頭、よかったもんねー」

 

 彼女の飄々とした、僕評。

 

 とはいえ、中学校に入ってからは上からではなく下から数えるぐらいの成績にはなっていたが。

 

「鈴佳……あー、鈴佳さんも頭は悪く無かったでしょ」

 

 小学校の頃を思い出す。

 

 だいたい、自分と同じで百点かそこらの点数を毎回叩き出していたのを覚えている。

 小学校のテストの難易度なんてたかが知れているものの、それでもクラスでそういう人間は数人しかいなかった。

 

「まー私は、パパが女はそういうとこ行かなくて良いって言ってたから」

 

 ……そういう土地だったから、僕は抜け出してきたのだ。

 

「それで、鈴佳でいいよ。私もあっくんて呼ぶから。あの頃と一緒!」

 

 その言葉で、あの時のことがフラッシュバックする。

 

 

 朝、登校、公衆トイレ、鈴佳に連れ込まれ、そして——

 

 

「……おーい、あっくん。どうしたの?」

 

 気づくと、鈴佳が眼前で手をぷらぷら振っていた。

 

「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。なに?」

 

「ほら、新歓やってるからさ、見に行こうよ」

 

(いや、確かに同級生と見回るのは、自然だが——)

 

 自然だが、なぜこいつと、しかも二人で?

 

「いや僕はいいから、鈴佳行って来なよ。あそこに同級生もいるしさ」

 

「まー、そうだよね。あっくん、人苦手そうだもん」

 

(原因の一端が何を……)

 

 がくりと肩の力が抜ける。

 

「はいはい。僕は対人能力に不安があるので、人がたくさんいるところには行けません」

 

 手をぶらぶらと振り、彼女をしっしっと追い払う。

 追い払うが——

 

「でも今日、鈴佳はあっくんと見て回りたいの」

 

 彼女は固辞する。あの頃より大人になったけれど、同じ。意図が読めない。

 拒否を認めない物言いに対して、僕は抵抗する。なけなしの対人能力を振り絞って、相手が納得のいくストーリーを組み立てようとする。

 

「……正直に言うけど、鈴佳さ、結構あの頃酷い——酷いというか結構人の道を外れたことしたよね」

 

 少し小声で彼女に聞こえるように言う。空気が少しピリと張り詰めた。

 

「あの時のことがあるから——僕は鈴佳と二人で行動できないよ。ごめんだけど」

 

 僕の喉はカラカラで、その一言をいうたびに頭がじんじんした。

 

 理性は彼女を遠のけろと言っている。動物的な欲求は彼女を求めている——。

 僕は理性に従って彼女を拒絶した。

 

「……それは、鈴佳が嫌いだと、()()()()ということ?」

 

 何かが鈴佳の琴線に触れた音がした。気がした。

 『いらない』という言葉に込められた意図は汲み取れない。

 

「いや、そうじゃ——そうじゃ、ないんだ。ただ僕はあの時のことが少し怖くて、鈴佳と二人でいるのはあまり——」

 

「——だったら、三人ならいいよね?」

 

 鈴佳は急に立ち上がって何をするかと思ったら、掲示板の前まで走っていき、掲示を見ている女の子に話しかけた。

 

 鈴佳がなにかを言って、その女の子はコクリと頷く。鈴佳が走ってこちらに来る後を、彼女は小走りでついて来た。

 

「良いって!」

 

 ……何が、と聞くまでも無かった。二人でダメなら三人なら——

 

(そういう問題か?)


 雛鳥のようについてきた女の子は、黒いロングヘアで色素が薄く、線が細かった。暖かそうなニットにストール。


「よろしかったら、ぜひご一緒させてください」


 いちいち所作が丁寧で、育ちの良さを感じさせた。


 ……鈴佳も、育ちは良いはずなんだけれど。

 

「——僕は高崎です、よろしく」


 僕はこの時点になっても、周りでワイガヤしている男集団に紛れ込む方法を考えていた。

 ただでさえ入学したばっかりなのに、慣れない異性とのコミュニケーションを主軸に大学生活を送りたくなかった。


 そんなことはお構いなしに状況は進んでいく。


「水無瀬と申します。何分、知り合いもおらず、渡りに船で、嬉しいです」


 彼女が手を差し出す。


 ……


 ……そのまま、たっぷり数十秒経って、思った。


 これは握手を意図して手を差し出しているのでは無かろうか。

 

 いや、本当にこれは握手を意図しているのだろうか。今の僕にとって、異性の肌に触れるのはハードルが高いことで確信が持てなかった。


 そのまま静止する。


 鈴佳が前段で握手をしていればそれも自然ではあるものの——不覚にも周りの集団に気を向けていて、気付いていなかった。


 二十秒経過。

 時間が止まったようで、誰も何も声を発さない。


 ふと気づくと彼女は差し出した手が少し震え、泣きそうな顔になっているのが、この僕でも分かってしまった。


(っ——!)


 やけになって手を握った。


 彼女はぱっと笑顔になって、丁寧な所作が崩れるほどの声で言った。


「——よろしくっ、お願いしますっ!」


 一歩踏み出して良かったと思った。


「それで——お二人が嫌で無ければ、一緒に、構内散策しませんか?」


 ……そして、逃げ場は無かった。


(鈴佳はともかく、断れない……)

 

「……よろしく。哲です。水無瀬さん」

 

「鈴佳だよー!」

 

 一人テンションのおかしい奴がいるものの、僕たちは大学内を探索がてら新歓を見回ることにした。

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