22話 砂糖細工
僕は布団に寝転びながら、サイレントモードにした携帯を眺めていた。いくつかの着信履歴。
それに続いて届いていた、僕の欠席を心配する水無瀬さんのメッセージに簡単に返信した後、ごろりと横にいる鈴佳に後ろから抱きついた。
「鈴佳——」
顔を髪にうずめ息を吸うと、彼女からは甘い香りと柑橘系の香りが混ざった匂いがした。
前者は——あの頃の記憶を引き出してくれる気がした。
彼女を抱いた手で、彼女のお腹を、腕を、手を——なぞるように撫でる。
幼少の頃の単純さは影のみ残し、その肢体は複雑な曲線を描いている。
鈴佳の身体の起伏、温度、柔らかさ、線、匂い、息遣い。
それら一つ一つをなぞる度に、記憶の扉を軽く叩いているような感覚に囚われた。
「——ん、もー、あっくんてば……」
現金、とでも言うように、鈴佳は困ったように微かに笑う。
でもそれは、やっと達成したというような、嬉しさにも満ちているように感じた。
(僕の、思い込みかもしれないけれど、それは——)
途端、彼女の手が僕の手に重ねられ、思考が中断される。
とくとくと彼女の脈が伝わってくるのが分かった。小さく儚さを感じるような、微かな脈拍。
「ほら——鈴佳も成長、したんだよ?」
僕の手は鈴佳に導かれ、彼女の膨らみに触れた。
——その瞬間、記憶が引き出される。小さい頃、自分とそう変わらない胸部を、互いについばむように舐め合ったこと。
親に見つからないように、押し入れの中で舌を絡めたこと。唾液を交換したこと。
裸で重なり——あったこと。
僕の鼓動が早鐘を打つ。もっと、もっと記憶を取り戻したいと、本能的に思ってしまう。
そしてそれが、今は、出来てしまう。
「鈴佳……ほら、あの時の——」
僕は恥ずかしさからか、直接は言えなかった。
「……本当に、思い出したんだ。いいよ、ほら」
彼女が少し悲しそうな声だったのは、気の所為だろうか?
けれどすぐに僕は、彼女が目をつぶりこちらに尖らした口先に目を奪われてしまった。
僕は抱きしめるように、鈴佳にキスをする。
あの時のように、舌を絡め合う。彼女の猫のようなざらりとした舌が、より一層僕の記憶を引き起こす。
鈴佳の唾液をかき集めるように口内に溜め、嚥下する。
僕は自分の唾液を彼女に送り込み、鈴佳は僕の唾液を嚥下する。
口を離すと、彼女はぽーっとした顔で小さく笑った。
「ふふ——あれ、おかしいな——」
ぽろぽろと彼女は笑いながら涙を流す。
なぜだか、それも分かる気がした。
ただそれは、その理由は——僕の記憶に紐づいていることは分かっていたけれど、なぜかは思い出せなかった。
僕は記憶をなぞるように彼女の乳房を舐める。
ゆっくりと円を描くように。
「——あの時と、いっしょ。変わらないね」
あの時と同じように、乳房の先っぽを軽く噛むと、彼女はひゃんと声をあげた。
「……おぼえてるよ、おぼえてる——」
鈴佳はまたぽろぽろと涙を流す。
僕が唾液で汚した乳房から口を離すと、彼女は同じように僕の胸を舐める。
「あっくんは——変わったね。ちゃんと、男の子になった」
僕たちはそうやってお互いを交換した後、あの時と同じように、服を脱いで重なりあった。
心臓と心臓が鼓動を交換する。
あの時と同じように、下半身が硬直する。
そして——あの時と同じように、それ以上のことはせずに彼女から離れた。
「……そうだね、あの時はそうだった。でも、あっくんは——どこまで思い出したのかな?」
——まだ僕は、公衆トイレで起きたことを思い出せなかった。
よって、これは全てではない——。
「まだ、ここまでしか」
そんな僕の返事に、鈴佳は言った。
「そっかー、でもいいよ。鈴佳が——思い出させてあげるから!」
既視感——、あの頃の鈴佳が、戻ってきたような気がした。
目の隅の携帯に、新しいメッセージが届いた表示がなされていた。
僕は水無瀬さんのことを思い浮かべ、どう説明しようと少し悩みながら、また鈴佳と記憶を感じるために、彼女に緩く抱きついた。




