21話 初恋の——
僕は寝起きのまどろみの中で思い出していた。
初恋の——女の子のことを。
僕が、現世に興味が無くなり本ばかり読んでいた時に、現世に引き戻してくれた女の子のことを。
朝の空気が、精神を鋭利にさせる。夢で見た記憶が、心に突き刺さる。
——思い出すと、ぽろりと涙があふれた。胸の中はぽかぽかと暖まり、なんだかとても切なくもなった。
呼気が熱くなり、羽毛布団の中が蒸す。手汗が分泌される。
中高大と、これまで感じていなかった、どうしようもなくやるせない感情が沸き上がり、その——僕のことをあっくんと呼んでくれた女の子のことが、たまらなく愛おしくなった。
ちりちりと頭の芯が焦げるようで、じんじんした。
本当に昔の記憶だけれど、夢を見て思い出した今は昨日のように感じられる。
あの女の子が図書室で僕に、何度も何度も突っかえそうになりながら、僕のことを呼んでくれたことを。
(なんで今まで忘れていて——)
今思い出したんだろうと思った時、眠りの深い鈴佳が、何かを察したのか起きて僕に声をかけた。
「……んー、あっくん……? どうしたの……?」
背中に感じる眠そうな彼女の呼気、もう手は繋がなくなったけれど、彼女の手が僕の背中に当てられているのが分かった。
(ああ——だから——)
「——思い出したんだ」
僕が答えると、少し空気がピリと軋んだ気がした。
——彼女は微かにおどおどしながら、どこか不安げな様子で彼女は僕に尋ねる。
「どんな——ことを——」
僕はそっと寝返りを打ち、彼女に向き合う。
びくりと鈴佳は肩を震わせ、その長いまつ毛は憂いを含んでいた。
「あ、あっくん……」
意図が分からないというように、僕のことを鈴佳は見つめる。
「僕が小学生だった頃、好きな女の子がいたこと」
彼女は息を呑んだ。
「——僕のことを、あっくんと呼んでくれた女の子——。ごめん、思い出すのが大分遅くなった」
僕が鈴佳の手を握ると、ぽろりぽろりと彼女の涙は止まらなくなった。
彼女の匂いが強くなる。柔らかでミルクのような呼気が僕に触れる。
「あ、あ——あっくん——、好き、鈴佳はずっと、大好きだったんだよ——」
ぶわっと彼女の長い髪と、黒くて大きい瞳、薄い唇が子供のように震える。
僕たちは嬉しくて涙をこぼしながら抱き合った。
疲れてそのまま寝てしまうまで、二人で混ざるように抱き合った。十数年の年月を埋めるように。
携帯が震えて、たぶん水無瀬さんなのだろうけど申し訳なく思いつつ、この時ばかりはそんなことはどうでも良いと思っていた。
× × ×
大分遠回りしたけれど、僕たちは改めて出会うことが出来た。
まだ思い出せていないこともあって、少しだけ記憶に違和感を覚えたけれど、些細なことだと思った。
だって、今、その彼女が目の前にいるんだから——。




