んくっあ 話0220話 あっくん
私は何度かその男の子と——もちろん無言で図書委員として一緒に貸し出しを行った。
もちろん——無言で。
貴方返す人、僕は貸す人と言わんばかりに、毎回同じことの繰り返し。
(ホッとしてたはずなのに、なんでだろう)
ぼーっとしながら、私は図書室のカウンターから彼が積んでいく本を取って、もくもくと返していく。
(彼のことは怖くないし、ここでは嫌なこともないのに)
あまり仕事が無い時は、私も彼の真似をして、適当な本を読んでいた。
彼のように文字のたくさんある本を選んだが、分からない漢字がたくさんあったので、ひらがなを主に拾い読みしつつ、文脈を推定して読み取っていく。
(彼は、どうしてるんだろう)
ちらりと彼を見ると、やはり心ここに在らずと言った感じで黙々と読んでいた。
数十秒から一分でページをめくっていて、私よりもだいぶ速かった。
彼の顔をこっそりと、本で顔を隠しつつ覗き込む。
何を考えて、どう、生きているんだろう。
——途端、彼がこちらを見て、目が合った。
(っ——!)
私は顔を守るように、ページの間に顔を埋める。
顔が熱く、自分が耳まで真っ赤になっているのが分かった。
なんだかよく分からないけれど、どきどきが止まらなかった。
× × ×
私は彼とコミュニケーションを取りたいという欲求が生まれていた。
ただ、なんだか恥ずかしくて、なんだか怖くて、とても出来る気がしなかった。
頭の中で、声をかける場面を思い浮かべる。
『こんにちは、その本は面白いですか?』
「——……っ」
思い浮かべるだけで、なんだか恥ずかしくて、堪らなくて、一言も発せなかった状態から、
「こ……」
一文字発するのも恥ずかしくて出来ない状態から、
「こん……にち……は」
やっと一単語になる状態まで、
「こんにち、は。そちらの本、面白いですか」
(言えた——!)
やっと言える状態まで、何度も何度も声をかける場面を夢想して、シミュレーションした。
× × ×
私はこれまで無い胸の高まりを感じながら、図書委員の仕事についた。
まだ始まって間もない、図書室に人が少ない時間。
私は心臓がバクバクする中、その——何度も練習した文句を言おうと、言おうとして、
彼を振り向かせるため——彼の名前を呼ぼうとした。
「あ——」
あれ、なんだっけ?
友達がいなかったせいか、人の名前を覚えられない私のことは、私が一番よく知っている。
でも、それも覚えたはずなのに。
これまでは呼ばないから人の名前なんて覚えられなくて良いと思っていたけれど、この時だけは——。
彼が本から目を外し、こちらを見た。私の言葉を待っている。
ここから逃げ出してしまいたかった。
焦る私、増えていく空白。
——ああ、もうどうにでもなれ。
「あ……あっくん」
それは、私が初めて呼んだ、男の子の名前だった。
彼がこちらを振り向く、私の心臓は破裂しそうだった。
表情は——
今までにない、あるいは私にとって彼らしくない、けれどこの上なく魅力的な、子供っぽい笑顔で彼は言った。
「あはは、何それ。『あっくん』……。うん、僕は好きだよ、その呼び方」
——、——、——その、ひとことが——、ひとことが嬉しくて、嬉しくて——。
——私は——、哲さんを好きになったんだ。
——僕は、彼女に興味を持ったんだ。
× × ×
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