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2話 記憶と再会

 それから、彼女とは度々交流した。

 

 

 

「キミには好きな女の子はいないの?」

 

「……いるよ」

 

「——え、いる……んだ……」

 

「ちょ、ちょっと、何するの」

 

「——悔しいって思った。そんなの、私は認めないよ」


「私で上書きしてあげる」

 



 深く記憶に潜ろうとすると、思い出せないことが多い。




「君の手、そんなに私と変わんないね」

「なにかしたいって、思わない?」

「実験だよ、ただの、実験」

「私に少し借してくれないかな」

「ただ——ただ、優しくしてくれるだけでいいんだよ」

「私も君に貸してあげる。その代わり、私も借りる」

 

「ほら、触ってみて。とくとくしてるでしょ――」

 熟れた桃のような濃厚な呼気に頭がくらくらする。

 

 鈴佳は——

 

 

 

「痛……」

 

 思い出してしまった。

 

 記憶に残るのは、作り物の高揚感と、それに制圧された不快感。

 

「……あれは、終わったはずだ」

 

 小学生になったばかりの頃、僕にはとても好きな——なぜ惹かれるのか分からなかったけれど、偏執的なまでに好きだった女の子がいた。

 

(子供の頃の好きは、今思うと何故か分からないものが多い)

 

 砂場に落ちているガラス片が、宝物に見えたのと同じ。ただただ子供でしか無かった僕たち。その中にいた彼女は、明らかに異質で、砂の中にあったガラス片だった。

 

(ただの小学一年生だった女の子)

 

 人から好かれるように仕向け、いくつもの男の子と関係を持った女の子。

 幼少ながらに、どういった育ち方をして、そうなるに至ったのかよく分からなかった。富裕層の家庭の——片田舎の女の子。

 

 僕は大学入学初日のオリエンテーションを聞き流しながら、彼女のことを考える。

 小学生の頃疎遠になった彼女のことを、進学毎にふと考える。

 

(仮に、彼女がここにいたらどうだ?)

 

 そんな空想も既に数えきれないほどした。しかしそれは、もう十年以上も経過した過去のことだ。今の僕は彼女の呪縛からは殆ど逃れていた。

 

 そう、殆ど。時間が大きく過ぎたそれは、単なる思い出となり、現在に何も影響しない記録として——消え去るはずだった。


 教授が大学における新生活についての注意事項を述べているのを聞き流す。

  

「ですから——この新歓の時期には、宗教団体などに誘われることもあるでしょう。サークルを名乗っていることもありますから、手元のパンフレットで大学に認められた団体か確認してください。もちろん宗教の自由は尊重されますが——」

 

 高校では少なかった還暦間近とも取れる年嵩の教授の説明の中、ガラリと教室の後ろの扉が開いた。

 

(オリエンテーションなのに、遅れてくるやつがいるんだな)

 

 あまり感心もしないが、だからと言って特段関心も無かった。あれから、僕は人に心を惑わされるのが嫌で一定の距離を置いてきた。その成果とも言える。

 

「ねぇ、今なにしてるとこ?」


 女の子だった。浮き足立ったような声だが、ガラの悪さは思ったほど感じられず、ひそひそ声は透き通っていて、思いのほかお嬢様育ちであることを想像させた。

 

「はじめまして……宿舎の説明が終わったところ。早く席に着いたら」


 ぶっきらぼうに答える。あの一件から同年代の女とは距離を置いていたし、あまり免疫があるわけでは無い。

 

「プリントはそこにあるから、一部ずつ取ること」

 

 彼女はプリントを取って自分の隣に座った。

 ……まさか自分より遅れてくる人間がいるとは思わず、出口付近に陣取ったのが運の尽きだった。


「ありがと。いやー、困っちゃうよね。だって今日から一人暮らしだし、自分で起きるしか無いんだもん」

 

 ……世間ずれしてそうな思想。箱入り娘なのだろうか。自分の予想は的中していたのだろう。

 

「ご飯も……ほら、急いで握ったから、おむすびしか無いの」

 

 自炊派らしい。……ではなくて、

 

「……はしゃいでるのは分かるけど、少し静かに——」

 

 と口に人差し指をあてながら彼女の顔を見たとき、息が止まった。

 

 髪は黒髪のボブ、黒いひらひらのついたシンプルなワンピース。頰は少し朱に染まり、血色の良い顔。そして——忘れない黒のチョーカー。

 頭身が少ない子供の時とは違って、大人びてはいた。が、明らかに——明らかに彼女だった。

 

 僕は咄嗟に彼女に向けた視線を戻そうとする。

 

(もう、あれは終わったこと。僕は何も欲さないし、このまま平穏な生活を——)

 

 理性は、関わらないことを望んでいた。

 感情がそれを押し留めた。

 

 僕は逡巡し、必然彼女と目が合う形になる。

 

 そして——彼女の一声が場を貫いた。

 

「あー!あっくん!」

 

 僕の大学生活が平穏に運ばないことが定められた瞬間だった。

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