13話 ライフライン
——研究学園都市の夜は静かだ。
歓楽街といったものは無く、僕が住んでいる場所も、隣駅との狭間にあるアパートだった。
聞こえるのは鈴佳の小さな寝息と、時折聞こえる車やバイクの遠い騒音だけ。
秒針の音が聞こえない事に気づき、この部屋には時計が無かったなと、ふと思い出す。
自分の鼓動さえ聞こえそうな——静寂。
実際には、隣で寝ている鈴佳のすうすうという寝息だけが聞こえていた。
それは一人暮らししている時には気付かなかった、生活音。鈴佳の身じろぎや、呼吸、それによる胸の上下運動と衣ずれの音。
——そして、左手に感じる彼女の体温。
僕らは手を繋いだまま——体温を交換したまま、寝ていた。
(鈴佳の体温はあの頃から、変わらず、熱い……)
ふと、子供の頃を思い出しそうになる。
僕は手を繋いだまま——そっと右手で枕の下に隠していたスマホを、彼女を起こさないように取り出した。
眩しいバックライトの輝度を下げながら、スマホのロックを解除、した。
通知が四件。
それは——さっき携帯を鳴らしていた相手、水無瀬さんからだった。
少し緊張しながら、それをタップして開くと、三つのメッセージと、一つの不在着信が入っていたのが分かった。
ちょうど、鈴佳の邪魔で通話が途切れた、あのすぐあと。
メッセージを見る——文章量に一瞬たじろぐが、目を通す。
『率直に言うと、私は哲さんの意図が分かっていません。哲さんは故意的にこういったことをして、私を遠ざける、あるいは楽しんでいるのか、それとも哲さんも翻弄されているのか。』
『前者であれば、軽蔑しますし、もう関わって欲しくはありません。後者であれば、、、友人として相談に乗るぐらいはしてあげます。』
(なるほど、あれはそう見えていたのか——)
率直な物言いで肝が冷えた。
ただ、友人という部分は純粋に嬉しかった。
こういったこと、というのは鈴佳とのやりとり、だろう。
(どこまで聞こえていたかは分からないけれど……)
そんなことが頭を掠めながら、スクロールしていく。
一時間後に、メッセージが一つ。ちょうど、鈴鹿と入っていた時のものだ。
『無視ですか。最後に一言ぐらい聞かせてください。』
(最後とは……)
その後、一分近い不在着信記録。
僕は頭を抱えていた。
なんと——説明したものやらだが、このままでいる訳にはいかなかった。
メッセージを打ち込む。書いては消し、書いては消し、結局は短い文に仕上がった。
『本当にごめん。取り込んでた。もちろん後者で、前者のような趣味は僕にはないよ。今度説明する』
このままだと悩んでずっと送らずにいてしまいそうだったので、えいやと釈明を短く送る。
もう寝ているだろうと思い、またスマホを枕の下にしまい床に着こうとした瞬間——水無瀬さんから返信があった。
『では、、はい。信用します。ちなみに、どう取り込んでいたか聞いていいですか?』
——その後の鈴鹿とのやりとりはもちろん、一緒にお風呂に入っていたなんて、言えっこ無かった。
どう返信しようかと迷っている内にまたメッセージが来た。
『説明できないことですか?』
嘘はつきたくない。ただ言う勇気もなかった。
——嘘をつかない範囲で、後ろめたさを感じながら返信した。
『お風呂に入っていて、着信は聞こえてたんだけど、ごめん、取れなかった』
『一人で、、ですか?鈴佳さんが来ていることと、何か関係があるんでしょうか?』
……何かもっと酷い想像をされている気がした。
『特にその、何かがあった訳ではないんだ』
これは嘘をついていることになるのだろうか?自問自答する。
『そんなこと誰が信じますか?哲さんはもう少し社会を学んだ方がいいですよ』
きつい。こんなキツいコミュニケーションとる子だったっけ?と思う。
いやしかし、自分の今を鑑みれば仕方ないとも思える。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
『僕もどうしてこうなったか分かって無いんだよ。たしかに褒められたことでは無いと思うけど』
『でも、哲さんは望んで鈴佳さんとそうしてるんですよね?』
もう思考はせずに、思っていることをそのまま打ち込む。
『それはそう。でも、悩んでるのも事実。実際、こんなこと相談出来るの水無瀬さんしかいないから、見捨てないでくれると僕としては助かる』
数分の——メッセージを待つ短い時間さえやきもきした。
『哲さんが、私を悩ませてるっていうのも、自覚してくださいね?とりあえず今は見捨てないでいてあげます』
『だから、、少し話をさせてください』
着信——鈴佳の方を見ると、ちゃんと寝ている、ように見えた。
僕はバイブ音が響かない様にすぐに着信を受け、音量をギリギリまで下げた。
鈴佳以外の声が耳に届くのは、久しぶりな気がしてしまうほどに、水無瀬さんの声は懐かしい感じがした。




