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12話 蕩けるように、呆けるように

「あっくん、ふいてー」

 

 お風呂から上がり、鈴佳はバスマットの上で軽く身体を拭いた後、僕に言った。

 

 僕は未だに羞恥心があったので、そんなことは自分でやりなさいと言おうとしたけれど——彼女の身体はまだ濡れていて、押し問答をしている場合ではないなと、バスタオルを受け取った。

 

「およ」

 

 小さく驚く鈴佳を横目に、肌を傷つけないように、優しく水分を吸い取るように拭く。

 

「あはは! あっくん、くすぐったいってば——」

 

 背中、お腹、首周り、手首から、二の腕、脇の下、腰周り、順々に手早く拭いていく。

 身体を支えながら優しく拭くと、彼女の身体の柔らかさが、一際感触として伝わってくる気がした。

 

「あっ——あ……」

 

 彼女はくすぐったさに耐えているのか、珍しく顔を真っ赤にして、ふるふると震えていた。

 大人しくしているのをこれ幸いと、足の裏、小さな足指の間まで、拭き終わる。

 

 終わった途端——鈴佳が我慢していたかのように、大きく息を吐いた。


「——はー……。もう少し、恥ずかしがってくれても、よかったんだよ?」

 

 鈴佳の狙いはそんなことだろうだとは思ったけれど、僕としてはもうそう簡単には驚かなくなってきたし——何より彼女に風邪を引かせないことを考慮して、とにかく拭き終わることを優先した。

 ただ——彼女の二の句を聞くまでは。

 

「つぎはあっくんねー」

 

(あー、なるほど——)

 

 僕は反論する。

 

「自分で出来るって……」

 

「片手じゃ、ちゃんと拭けないよね? 風邪ひいちゃうでしょー、ほら起立」

 

 そう言われると、そのルールで動いた僕には何も言えなくて、彼女のされるがままになった。

 

 丁寧にバスタオルで水分を吸い取っていく、同じ順序。

 

 僕はむず痒ることは無かったけれど、彼女が丁寧に身体の各部を撫でることで、生理的な反応を催した。

 

「う……」

 

 鈴佳はそれを見てまるでお返しと言わんばかりににやーっとすると、特にそれには触れずに、その部分も丁寧に水分を拭うように拭き切った。

 

 それが終わると、僕たちは入る時のように繋がりを保ったまま服を着ることにした。

 

 僕たちの関係は——彼氏、彼女、なのだろうか。

 もっと別の……なんだろう。今の距離感は家族のそれに近いように感じていた。

 

 × × ×


 共同生活初日、椅子がないことに気づいた僕が注文したアウトドアチェアに鈴佳は座っている。

 チェアは布を細い鉄パイプで支える形になっていて、布は鈴佳の臀部に沿ってたわんでいた。

 

 同じく僕は注文したバスローブを浴室ドア下に置いておいたのだけれど——鈴佳は同じく置いてあった僕のパジャマを上半身に着ていた。

 

「あっくんの匂いだー……」

 

「なぜ……」

 

 鈴佳は察してくれていなかった。

 

「サイズ、考えて……」

 

 バスローブは僕には小さすぎるので、これだと僕の着る物が無くなってしまう。

 知ってますよという風に、鈴佳は立ち上がった。

 

「着せて、くれるよね——?」

 

 にんまりと笑った小悪魔然としたその顔に、僕の拒否権は無かった。

 バンザイをした鈴佳から、僕のパジャマを抜き取る。

 

「ん……」

 

 細いけど、太さに僅かな緩急が見られる腕を、鈴佳はそっとバスローブに通す。

 大人になったな、と思う。同時に、あの時よりも子供だとも。

 

 ふと——こうして()()()()しようとしている自分を手放したくなる。


 思い出すのは、実家のこと。

 

 × × ×

 

 実家で介護をしている、歳を取り、耄碌し、トイレにさえ一人でいけなくなってしまった、要介護の祖父、あるいは自分の未来であろう姿を思い出す。


 厳格で家父長的制度を体現していた彼。祖母の認知症に眉を顰めつつ、一家の長である自負を持っていた彼は、ある日を境にトイレさえ行けなくなり、まともに人語を話すことさえ出来なくなってしまった。

 

 たぶん、彼は正気を失うのが怖くなって、自分を手放してしまったのだと、僕は思う。

  

 ——だったら、もっと早く、祖母のように手放して仕舞えば——そんなことにはならなかったかもしれないのに。

  

 そう——僕も何もかも手放して、彼女とまぐわってしまい、怠惰に堕ちてしまいたいという誘惑にふと惹かれる。

 

 × × ×

 

「——あっくん、どうしたの?」

 

 鈴佳は、そんな僕を察する。

 

「なにか——してほしいことが、あるのかな——?」

 

 ごくりと生唾を飲み込んでしまう。鈴佳が前屈みになり、膨らみがバスローブの隙間から見えそうになる。

 

 僕は——鈴佳の()を触ろうとした手を振り払った。

 今は——まだ()()()ではない。

 

「……ちぇー。あっくん、かわりに、ほら——」

 

 ふるふると鈴佳が頭を振ると、ぽたりと雫が落ちた。

 僕は鈴佳の後ろにもう一つチェアを置き、その上に座った。

 

「かみはーやさしく、ぽんぽって、ね?」

 

 彼女の長髪をぽんぽんと、脱脂綿で優しく布の汚れを落とすようにそっと水分を吸い取っていく。

 

「そうそう、じょうずだよ」

 

 水分をバスタオルで吸われた髪は、艶をじわりと取り戻していた。

 

「次はこれー」

 

 鈴佳にハンドドライヤーを手渡される。

 髪の温度が高くなりすぎないように、地肌に直接風があたらないように、気をつけながら髪を丁寧に乾かしていく。

 

「あっくん……やったこと、あるの?」

 

 ——平然と、けれど刺さるような鈴佳の声。

 どんな仮説をしているのか、手にとるように分かった。

 

「……誤解が無いように言っておくけど、一時期なんかやたら凝ってたんだよ」

 

 自分の艶やかな髪を鈴佳に見せる。

 

「へー……。たしかにあっくんは、変に凝り性なところあるから……」

 

 × × ×

 

 僕たちはそうやって互いの身体を拭きあった後、カモミールのハーブティーを入れて(これも僕が凝っていたものの一つ)、身体を暖かくして、寝た。

 

 ——寝たフリをした。

 

 鈴佳が寝入ったのを確認してから、僕は枕の下に置いていたスマホを取り出し、メッセンジャーを立ち上げた。

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