1話 フラッシュバック
「なにを——」
鈴佳はそっと僕の手に触れた。その両手で僕の左手を包み込むように掴まえる。
鈴佳の汗ばんだ手が、そっと僕の手に触れる。小さい手というよりも、指が細いという印象が先に来る。
彼女は同じ八歳という年代なのに、自分とは違った方向に成長しているように感じられた。
身体はがっしりとなるのではなく、繊細でまとまりのある、線の細い人間に成長している。
鈴佳の高い体温が伝わる。とくとくという、かすかな脈。鈴佳の白い——けれど血色の良い肌はそれだけの体温を湛えていた。
それは彼女という存在が確かに生きていて、僕とは別個の意思を持つ生物なんだということが、なんだか急に実感として感じられ少し戸惑った。
彼女は少し戸惑った僕を見て、ちょっと安心した様子でこう言った。
「いつものおかえし」
本当に、本当に、僅かな笑みを浮かべて彼女はそう言った。
いたずらっぽく。かすかな誇らしさをたたえて。
つむじ風に彼女の髪がなびく、きらきらしている。
さして恨まれるようなことは彼女にはしていないと思うのだが――多少の動揺の中そんなことを考える。
彼女の手が思ったより熱いとか小さいとか、そんなことに何かの感傷を持つ僕は、確かにらしくないと思った。
ただやはり一番強く心を打ったのは、予想していなかった範疇の出来事であること。
彼女が——鈴佳が何を考えて、どういう意図でこういう行動をしているのか、分からなかったということ。
——これが鈴佳で無ければ、簡単に切り捨てることが出来た。
僕は自分も含めて子供は気狂いだと思っているから。あるいはこういう行動に出ることもあると、予想してはいた。
ただし少数の、子供らしからぬ子供、自分なりの理論を以って既に生きている人間に関しては、ある程度自分なりの論理に基づいて、理由をもって行動するだろうと仮定を置いていたのだ。
その——自分と同じ土俵にいるかもしれない、もしくは上なのか下なのか、自分の優位性が脅かされるやもしれない人間の、予想がつかない行動には戸惑ってしまっていた。
僕が思慮していると、鈴佳は唐突に言った。
「なにを——考えてるのかな?」
彼女の言葉にびくりと震えてしまう。
そんなはずないのに、自分の考えが見透かされている気がしてしまった。
それは偶然だ、という考えが反射的に出て来るも、どうしてもその疑いを拭いきれない。
「君の——意図を考えてる」
予測できない状況、これまで自分が培ってきた基本的なパターンに基づいて行動する。
自分はある程度相手に信用を置いており、なおかつそいつは頭が悪くない。
そういう時は、思ったことを口に出す。意思疎通を測る。
信用できない場合は——口を噤む。
今回は、かろうじて前者だった。これまで短いながらも一緒に過ごしてきた時間の分、信用が勝った。
よって僕はそれを口にしていた。鈴佳は少し不敵な、けれどまだ少女然とした笑みを浮かべて話す。
「意図かぁ……。やっぱり難しく考えるんだね、キミは。そういうとこ、やっぱり少し似てるな」
質問には答えていないけれど、意図があることを暗喩する回答。じりじりする。
「……はぐらかさないで、答えてよ。鈴佳のことは嫌いじゃないから——」
思ったことを口に出す。敵対関係を持ちたくない。
「嫌いじゃないから、かぁ。嫌いじゃないから、何? 好きじゃあ、ないんだ」
質問には答えない、答えずに言葉尻を捉える彼女。僕は諦めてそれに乗っかることにした。
「……好きって言って欲しかった?」
少し彼女は驚いた顔をして、さも当然のように言った。
「——私を好きになる男の子は多いよ。違った見方、面白いね」
彼女と——彼女と本当の意味で言葉を交わしたのは、それが最初だった。




