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幕間



 それは、遠い過去の物語。


 「――様」


 微睡みの中、微かに聞こえる呼び声。


 「――姉様」


 この涼やかな声は、聞き覚えがある。


 「ゼテアお姉様!」


 あやふやな夢から覚めるように私は目を開けた。重低音が鳴り響き、あちこちから蒸気が吹き出す、玉座。どうやら施策について考え込んでいるうちに寝てしまったようだ。暗い玉座だが、あちこちの排熱管から赤い光が漏れ、辺りを照らしていた。


 「玉座で寝る王がいますか!」


 眼の前で見た目麗しい妙齢の女性が怒っていた。薄い生地を何枚も重ねたようなドレスに、薄青の瞳と髪。綺麗に整った眉毛が釣り上がっていた。


 「昨日はあまり寝ていなくな」


 私はあくびしながら答えた。窮屈なドレスではなく、動きやすさ重視の軍服を身にまとっているとはいえ、座ったままの体勢で眠っていたら流石に身体のあちこちが悲鳴を上げていた。


 「また研究ですか? ほどほどにしてくださいといつも言っていますのに、もう」

 「すまんすまん、それで、我が麗しき妹君は何用かな?」 


 眼の前で可愛らしく膨れているのは私の妹であり、この国の摂政であるシルベリウ・ヴァザンドール。才色兼備の優秀な摂政であり、私がのらりくらり王をやれているのはひとえに彼女の尽力のおかげだろう。


 「研究室が呼んでいましたよ! 探してもいないから私にも捜索要請がかかったんですから」

 「何!? それを早く言え! すぐに向かう」


 そして私は、ゼテア・ヴァンザンド―ル。ヴァイザンズドア王国第十三代目国王。とはいえ、政治についてはほとんどシルベリウ任せだが。


 「ああゼテアお姉様! 寝癖が! って……もう行っちゃった……」


 後ろからシルベリウの声が聞こえてきたが、それどころではない。このタイミングで研究室が私を呼ぶのだ。きっとアレが完成したに違いない。


 「ふふふ……さてさて上手く動かせるかな?」


 壁や天井に無数のパイプが走る廊下を疾走する私に衛兵も驚く事なく、ただ頭を下げた。まあいつもの事である。そして、城に無理やり併設した研究所の扉を私は勢いよく開けた。


 「出来たか!」


 研究所はとにかく雑然としていた。鉄くずや部品が転がっており、研究員も皆煤や灰で汚れていた。しかしそれら全てが私には愛おしかった。私の第一声に部屋の中央にいた皆が振り返った。


 「ゼテア様! 試作品ですが、ついに完成しました!」


 そして、研究員の皆が中央から離れ、その間にあった物が目に写った。


 「…これで、我が国は安泰だな」

 「はい。ゼテア様設計の蒸気装甲【ツイカ】、ようやく完成しました」


 この国を守る為、そして地下に眠るアレが万が一目覚めた時の為に。

 そしてあのいけ好かない氏族共を倒す為に。

 我々には武力が必要なのだ。私はまた計画が一歩進んだ事に安堵した。

 


 ああ、願わくば我が国に永世の繁栄あらん事を。





 「ああもう! なんでこんな灰まみれのところを行かなきゃいけないのよ!」


 灰舞う廃墟に一人の少女が歩いていた。十五歳ほどだろうか?素朴な顔をしており、可愛いや美人といった形容詞よりも田舎娘と表現をした方が似つかわしいような風貌。栗色の毛は肩まで伸びており、茶色の瞳は何か人懐っこい印象を相手に与えていた。しかし、その目の奥。そこには常人にはない、何か強い力を感じさせた。


 そんな少女が一人、灰を蹴飛ばしながら廃墟を歩いている。まるで隣の村に散歩に行くように見えた。


 「うるさいなあ。分かっているわよ。行けばいいんでしょ行けば。言っとくけど、まだそっちの話に乗ったわけじゃないからね」


 少女がぶつぶつと独り言を言いながら廃墟を進む。元々は、立派な街だったのだろう。しかし、建物はどれも黒く焦げており、大部分は崩れ、そして灰に埋もれていた。空からは雪のように灰が舞い落ちてくる。少女は道らしきところは迷うことなく進んでいた。その後ろには少女の足跡が残っており、それに空からの灰が降り積もるが、しかし、足跡は消える事なく淡く発光していた。


 まるで少女の跡を誰かが付いてこれるかのように、少女の後方へ淡い足跡が続いていた。


 そして前方。灰の吹雪が舞うその向こうに。黒い巨大な影が佇んでいた。


 「あれが、噂のヴァザン城ね。全然お城っぽくないというかなんというか」


 それは、城と形容するにはかなりいびつな形をしていた。元々は石造りの立派な城だったのだろう。しかし無数にあった尖塔は、煙突に変わっており、城郭には太いパイプが蛇の如く絡まっていた。城の一部は黒い鉄製に変わっており、まるで城と工場か何かを融合させたような姿だった。


 「しかし……まだ、動いているなんて。永久機関とは良く言ったものね」


 その煙突からは蒸気と灰が吹き出ており、城から生える無数のパイプも中に高熱が通っているのか、周りに陽炎を揺らめかせていた。地面からは重低音が響き、まだ大部分が稼働していることが分かった。


 「この灰も全部あそこからなのね。ああもう、嫌になる」


 盛大にため息をついた少女だったが、その歩みに淀みはなく、一直線にヴァザン城へと進んでいた。しばらく進むと、目の前に巨大な瓦礫が落ちていた。道を塞ぐ大きさの瓦礫に、少女は迂回道をせざるを得ないだろう。

 

 しかし、少女は歩みを止めることなく、進み続けた。まるで自らぶつかりに行くようにためらいも躊躇もなく少女は瓦礫へと迫った。そして少女が触れるか触れないかの距離で、瓦礫が崩れた。

 瓦礫ががらがらと独りでに自壊し、少女が通れる分の隙間が少女の眼の前に開いた。

 まるでそれが当然かのように少女は止まることなくそのままその隙間を進んだ。

 ただ真っ直ぐ一直線にヴァザン城へ。


 少女の名は、エステル。

 しかしその名前を知る者はほとんどいなかった。その代わりに彼女はこう呼ばれ、畏怖され、そして信仰された。


 【滅びの聖女】、と。



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