8.獣人の村Ⅱ
獣人の村に滞在させて貰うことにした翌日。宿の備え付けのベッドは寝心地が良く、屋根のある場所で睡眠を取れたのもあって疲労感は殆ど無かった。食堂に降りると宿の人が席に案内してくれて、食事の載ったトレーを運んできた。朝食は宿の料金に含まれているそうで、パンと果物のジュース、あとは腸詰を焼いたものと茹で野菜が載っていた。
「セーナちゃんの家に挨拶したら、俺達は組合に顔出してみるね」
「勉強がんばれ~」
「分かった。勉強は頑張るよ」
セーナの家に行くと昨日と変わらぬ歓迎っぷりだった。挨拶もそこそこに兄達は昨日案内された組合の方へ向かって行く。自分はとりあえずと庭に置かせて貰っている馬に挨拶しに行ったら、自分の顔が見えた途端に立ち上がって近付いて来た。目の前まで来ると何故か腰を下ろしてくれた。
「あ、もしかして歩きたいのか?」
聞くと肯定とばかりに鼻を鳴らした。どうしたものかと頭を撫でるとセーナが後ろから声をかけてくる。
「森の入り口くらいまで歩いてきたらどうでしょうか〜。私も家の事少ししてから薬作りですから」
「そう……? それなら少しその辺歩かせてくるよ」
気を遣ってくれたらしい。
馬の背中に腰掛けると立ち上がって自ら森の方へ歩いて行く。先程の自分達の話を聞いて理解しているのだろう。
とは言え森の入り口まではいくら馬がのんびり歩いたとて体感十分程だ。物足りないだろうと思う。
「今日は狩りみたいだから……下手に入ると射られそうだな、お前……」
せめて入らずに村の周り位を歩こうかと指示すると街道の方へ歩き出した。
初めて出た街道は道が均されて徒歩でも歩きやすい様にされていた。行き先を示す道標の中央には恐らくこの村の名前、両側に別の名前が書かれている。
「そういえば、次の行き先も考えなきゃなあ……」
『それでしたら道標の左側に書いている街へ行ってみては?』
目の前にはリズルが居た。
「……こんな開けた所で出てくるのはどうなんだろう」
『大丈夫ですよ。神託を得られる神職者でもないと私の姿も声も認識出来ません』
「俺が独り言ぶつぶつ言ってる事になってしまうけど」
もしくは馬にずっと話しかけている人だな。
誰もいないから良いか、という事にして少し街道を歩きながら話を聞く。リズル曰く道標の表記の通りここから徒歩一日程で街があり、そこは今いる国内でも大きな街との事。規模が大きければ色々、それこそ働き口もありそうだ。
「こればっかりは兄さん達と相談してからかな」
『皆様仲良い様に見えますが、今日は別行動なんですね』
「足が悪いのに森歩きはな……狩りはちょっと興味あるけど」
流石に馬に乗ってまでついてはいけない。馬の方があの森には詳しそうではあるが。
「……と、戻らないと。リズル、また」
『!! はい、また……!』
リズルはどうしてか驚いた顔をしていたがすぐに見慣れた笑顔になり手を振って消えてしまった。不意に自分の様子見に来るなんて神は案外暇なのか。それとも問題行動起こさない様に監視しているのか。
「確実に後者だろうな……」
馬の首を軽く叩くと元来た道をゆっくり歩き始めた。途中、森の入り口を少し入った所の草を食んでいた。朝ご飯なんだろう。
戻って昨日取った薬草を鞄から取り出し馬に差し出すと嬉しそうに食べ始める。
「あっアキさんおかえりなさーい。どうぞ中へ!」
「お邪魔します」
中へ入るとセーナの祖母の他にも両親が来ていた。
「まさか父さんと母さんが遠征している間に彼氏をなあ……」
「もう年頃だから……」
「違う! 違う!!」
セーナは必死に否定していた。年齢が近い異性だからそういう勘違いも起きるわけなので今はちょっと自分が同性でなくて申し訳ないと思っている。
「えーと、アキと言います。森で迷っていた所をセーナさんには大変お世話になりました」
「もう……ちゃんとアキさんたちとの経緯話したのにー」
「此方こそ娘を助けてくれてありがとう」
「彼氏は募集中だからよろしくね☆」
「あー! アキさんに失礼だからー!!」
「大丈夫」
それにしても家族勢揃いのところを他人の自分が邪魔して良かったのだろうか。
材料の薬草はテーブルに所狭しと並べられているけど。
「薬の事勉強したいって言ってたから……張り切ってしまい……あと父さんと母さんがちょうど帰って来て……その」
「そっか」
よく分からないけどセーナの昨日の様子を察するに勉強仲間がいるのが嬉しいんだと思う。
「セーナは母さん達が見るわ。久々に娘の腕を確認しなくちゃね〜」
「がんばりまーす」
「アキくんには自分が教えよう」
「ありがとうございます」
男同士なのは幾分かの配慮かもしれない。
それから途中昼食を頂いたり小休憩を挟みながら、夕方まで薬草の見分け方や扱い方、それぞれの使う部位や効能なんかをじっくりと教えて貰った。
どれも割と一般的な薬草らしく、自生しているものも多い。軽い怪我をした時にも現地調達しやすいので、薬師としては基礎中の基礎らしいが素人の自分にはとてもありがたい知識だ。
他にも使う器具についてや、あまり材料や手間のかからない簡素な薬の作り方を教わった。必要な事は全て貰った紙に書き留める。街でノートを買ったらちゃんとまとめて書き写そうと思う。
「とてもためになります」
「そうかい? こっちも教える側になるのは久しぶりだから楽しいよ」
セーナの父親は本当に楽しそうにしていた。教わって良かったと思う。
「アキさんどうですかー? 薬作り」
隣でなかなか厳しく指導されていたセーナは少し疲れた顔をしている。
「うん、面白い」
「それは良かった〜! 村の同い年の男子は全然興味ないから」
「男は狩りの方が惹かれるもんだよ」
自分も狩りは覚えて損ないものだと思うし。
「明日は畑見ますか?」
「見せて貰えるなら畑でどう薬草栽培してるのか見たいな」
「勿論です!」
明日の約束をして、片付けていると兄達が戻って来た。成果は中々良かった様で、猪や馬とも遭遇したそうだ。で、全部狩れたと。
「組合の広場で解体するんだって。アキも見る?」
「解体の仕方は見ておきたいな」
「私も行きます!」
それから狩ってきた色んな動物の解体の仕方や、不要物の捨て方なんかを教えて貰った。分けた肉はセーナの家に渡して、料理に使って貰う。折角だからと調理方法も見せて貰った。
色々とためになる一日を過ごした。