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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

辺境勤務の魔法少女 ~怪物すぎる新人と、おいしくたべられそうになる先輩~

作者: いかぽん

 辺境の街グラスベル。

 のどかな農村と山々に囲まれたこの辺境地方の、中心となる街だ。


 この近隣では最も大きな街だが、国の中央付近の大都市と比べればよっぽどの田舎。


 そんな街に今、ひとりの少女が足を踏み入れる。

 旅装束に身を包んだ、赤髪の少女だ。


 ポニーテイルの髪をなびかせた少女は、期待を込めた眼差しで街を見渡す。


「ここがグラスベル──私がこれから暮らす街」


 少女がいるのは、街の門をくぐってすぐの場所。

 ここから石畳が敷かれた中央通りをまっすぐに進めば、やがて噴水のある中央広場にたどり着くはずだ。


「たしか……勤務場所と宿舎は、中央広場の近くにあるって話だったけど……」


 少女は歩きながら、ポケットから封筒を取り出す。


 封筒の中には二枚の紙が入っていて、そのうちの一枚は地図、もう一枚は身分証だ。


 少女が地図を取り出して見ようとすると、その拍子に身分証がぽろりと地面に落ちた。


「っと、危ない危ない。これなくしたら大変だもんね」


 少女は慌てて身分証を拾い上げる。


 そこには「魔法少女許可証」という文字と、少女の似顔絵、それに「イルマ」という名前などが記入されていた。


 少女──イルマはその許可証を大事そうに封筒にしまい込むと、今度こそ地図に目を落とす。

 そしてまたぷらぷらと、通りを歩き始めた。


 と、そのときだ。


「──きゃあああああああっ!」


 どこかから、女性の悲鳴が聞こえてきた。


 イルマが何事かと前を見ると、通りの先に人だかりが出来はじめているようだった。


「……? どうしたんだろう」


 少女は小走りで、人だかりのほうへと向かっていく。


 そして人をかき分けて、人だかりの最前列へと出た。


 すると、人だかりが遠巻きに取り囲んだその場所には、ナイフを持ってふらつく一人の中年男がいた。


「おぉい、あんだテメェら……! こちとら見せもんじゃねぇんだぞ、殺されてぇのか……! おい女! てめぇに用があんだよ、こっち来い……!」


 中年男の顔は赤く、千鳥足で、いかにも酒に悪酔いしているという様子だ。


 その中年男の視線の先には、ガタガタと震える酒場のウェイトレス姿の少女。

 それに、彼女を守るように前に立つ、酒場のマスターと思しき人の良さそうな男。


 イルマは近くにいた野次馬を一人捕まえて聞く。


「あの、どうしたんですか?」


「ああ。どうも酒場で酔っぱらった男が、ウェイトレスの態度が気に入らないからって暴れ出したらしい」


「それでナイフですか? そんなの」


「ああ、ろくでもないな。今さっき一人、衛視を呼びに走ったんだが、間に合うかどうか」


「そうですか。だったら私が」


 イルマがそう言って、旅装束から左腕を出そうとした、そのとき──


 イルマとは別の少女の声が、その場に響きわたった。


「──マジカルコート・ドレスアップ!」


 幼いながらも凛とした、ボーイッシュなアルトの声。


 驚いたイルマが前を見ると、酔っ払い男を挟んで向こう側の人だかりに、一人の可愛らしい少女の姿があった。


 銀色の髪をショートカットにした美しい少女だ。

 見た目は十歳ぐらいで、イルマよりもだいぶ幼く見える。


 精悍な眼差しや少年的な服装も見れば、男の子と言っても通りそうな容姿。


 そのボーイッシュな姿の少女が、左腕を天に掲げ、先の言葉を放ったのだ。

 手首には、魔石で装飾されたミスリル銀製のブレスレット。


 一瞬のちに、少女の体がまばゆく光り輝く。


 着ていた少年的な服が光の粒となって消え去り、なだらかな裸身のシルエットに。

 しかしそれも一瞬で、すぐに新しい衣装をまとうと、光が弾け飛んだ。


 光がやめば、可憐な衣装に身をつつみ、わずかな燐光を宿した少女の姿。


 先までの少年的な服装とはうってかわって、少女の華やかさを強調するようなスカートにフリルというデザインの衣装だ。


 瞳を閉じていた少女が、ゆっくりとその目を開く。


 そして彼女は、人だかりの中から歩み出てきた。

 その小さくも可憐な姿が、ナイフを持った酔っ払い男の前に立つ。


「魔法少女ユニスだ。こういうのは本来オレたちの業務じゃないが、たまたま目の前にいたからな。見たら放ってはおけない、大人しくしろ」


 少女がそう言うと、取り囲んでいた人だかりが一斉に湧き上がった。


「ユニスさんだ!」


「いいぞユニス、やっちまえ!」


「酔っぱらいをボコボコにしてくれ、ユニスたん!」


 その人々の声に、魔法少女ユニスと名乗った少女はあきれ顔になる。


「あのなぁ……魔法少女の力は普通、人間相手に振るうもんじゃないんだぞ。こういうのは本来、衛視の仕事──つっても、聞いちゃいないか」


 そう言ってユニスは大きくため息をつく。


 一方、酔っぱらった中年男のほうはというと、どうもさらに頭に血が上ったようだ。


「うるっせえ! 魔法少女だろうが何だろうが、偉そうにしてんじゃねぇ!」


 そうナイフを振り上げ、ユニスのほうへと向かっていった。


 だがそれは、可憐な衣装の幼い少女によって軽くあしらわれることとなる。


「はい、オレに対しても傷害未遂な。ほら、大人しくする」


 酔っ払い男が突き出してきたナイフを、少女は人間離れした素早さで手首をつかんで止めると、そのまま腕をひねり上げて制圧した。


「いでででででっ! 何だこのバカ力……!? クソガキのくせに……!」


「当たり前だ。並みの人間の筋力で魔法少女のパワーに勝てるわけないだろ」


「ちくしょう! 俺ぁちょっと、あの女に酌をさせたかっただけなんだよぉ!」


「あー、はいはい。そういう話はオレにするんじゃなく、衛視の詰め所ですること」


 それからしばらくすると二人の衛視が来て、魔法少女が取り押さえた酔っ払いの男を捕縛した。


 次いで衛視のうちの一人が、魔法少女に向かって敬礼する。


「ユニスさん、ご協力感謝します!」


「いやいや。こっちこそごめんな、管轄違いなのに勝手に動いちまって」


「いえ、助かります! それでは」


「ん、お疲れ様」


 衛視たちは魔法少女に再度感謝を述べると、酔っ払い男を引っ張って去っていった。


 その頃には見物人も解散し、元の中央通りの姿を取り戻す。


 最後まで魔法少女にお礼を言っていたのは酒場のウェイトレスとマスターで、その二人も幼い少女が困るほど頭を下げてから、近くの酒場へと戻っていった。


 そうして、ようやく喧騒から解放された魔法少女ユニス。


「やれやれ。今日は休みだったんだけどな」


 ぼやきながら「変身」を解くと、再び光をまとい、今度は最初の少年的な衣服を身につけた姿へと戻る。


 そして、あらためて休日の残りを満喫するため、街をぶらつき始めようとしたのだが──


「あの、この街で勤務している魔法少女の方ですよね」


 旅姿をした赤髪の少女が、ユニスに駆け寄って話しかけていた。


 さらに赤髪の少女は、ユニスの小さな両手を取る。

 そして戸惑うユニスに言葉を発する間を与えることなく、二の句を継ぐ。


「今日からこの街で一緒に働かせてもらうことになった、新人魔法少女のイルマです! どうぞよろしくお願いします、先輩!」


 そう言うと、にっこりと笑顔を向ける赤髪の少女イルマ。


 対するユニスは、少し頬を赤らめつつ答える。


「お、おう。……そういや今日、新入りが配属されるって話だったが、お前がそれか。──オレはユニス。事務所すぐそこだし、せっかくだから案内してやるよ」


「はい! ありがとうございます、ユニス先輩!」


 少女たちはそうして知り合うと、二人は並んで中央通りを歩いていくのだった。



 ***



 辺境の街グラスベルにある、中央広場より一つ裏手の通り沿い。


 そこの一角に、グラスベルの魔法少女事務所、あるいは魔法少女駐在所と呼ばれる建物がある。


 その魔法少女事務所の二階にある支部長室には今、三人の少女がいた。


 一人は、今日からこの駐在所に配属されることとなった、赤髪の少女イルマ。


 もう一人は、彼女をここまで連れてきたユニス。


 そして最後の一人は、支部長の席に座った柔らかな笑顔の少女だった。


 見た目の年齢は十七歳ほどで、イルマよりも少し上ぐらいに見える。

 豊かに伸びた栗色の髪を持ち、ゆったりとしたローブに身を包んでいた。


 しかし、それよりも──


 デスクの前に立った新人魔法少女イルマの視線は、目の前の支部長席に座る少女の「ある部分」に釘付けになっていた。


(お、大っきい……)


 同性の目から見ても、ごくりと唾をのんでしまうほどの胸の大きさ。

 厚手のローブをどーんと押し上げてはばからない、すさまじいほどの自己主張。


 イルマはふと、自分の胸に手を置いて、そこにあるものを確かめてしまう。


 十五歳という年に相応──いやひょっとしたら、もしかして、標準よりも少し小さい方かもしれないけれど、まだまだ発展途上と信じたい慎ましやかな大きさの膨らみが、そこにはあった。


 しかし魔法少女は、その体内の強い魔力の働きによって、ある年齢から先の成長や老化がストップすると言われている。


 不老不死というわけではなく、寿命を迎えれば普通に命を落とすのだが、若い姿のまま命を果たすというのが魔法少女のあり方だ。


 しかしそうすると──

 イルマは、自分の隣に立っている先輩魔法少女ユニスの姿を見る。


 魔法少女の外見が何歳で止まるかは個人差があるのだが、このユニスという先輩魔法少女の場合は、十歳ぐらいでストップしたようだ。


 当然胸のふくらみも、その年齢相応で。

 完全に垂直とは言わないまでも、厚手の服でも着たら少年そのものにも見えるだろうというなだらかさ。


 それなのに、彼女はこれ以上──


「……おい新入り。お前なんか今、すっげぇ失礼なこと考えてないか」


「い、いえ。そんなことないですよ? 胸の大きさとか全っ然見てません」


「よ、よぉしいい度胸だ……。オレが教育係になったときは覚えてろよ」


「ひぃいいいいいっ! 私怨での虐待パワハラ反対!」


 一方、そんな二人の様子を微笑ましげに見ていた支部長席の少女は、なおもにこにこと絶え間ない笑顔を浮かべつつ二人に声をかける。


「ユニスちゃん、新人教育にかこつけたイビリやイジメはダメよ~」


「……分かってるよ。ちょっとした冗談だろ」


「うん、私も冗談。ユニスちゃんがそんなことはしない良い子だって分かっているもの」


「ちぇっ。いつまでも子供扱いしないでくれって言ってるだろレティシア。オレだってあんたから新人教育を受けたばっかりの頃とは違うんだから」


「ふふっ、そうね。……それで、あなたがイルマちゃんね。さっき許可証を見せてもらったけど……このステータスって本当なの? 何かの間違いよね?」


 少し困ったように、可愛らしく小首を傾げる支部長席の少女、レティシア。


「ステータス」というのは、魔法少女学園を卒業した魔法少女それぞれに与えられる内申点のようなものだ。


 総魔力量や瞬間最大魔力解放量といった基礎能力の計測値、それにパワー、スピード、テクニック、ディフェンスなどの戦闘項目の評価に加え、それらをトータルした総合評価も記されている。


 ただ、こうした魔法少女の「ステータス」は、かなり扱いがナイーブなものだ。


 他人に給料の額をおいそれと聞かないのと同じような意味で、あまり大っぴらには口外しないというのが通常である。


 支部の管理職にあるレティシアには、それを見る権限があるのだが──


 新人イルマは、首筋をぽりぽりとかきながら恥ずかしそうに答える。


「えっと……まあ、そこに書いてあるとおりだと思います」


「はあ……。でもそう言われても、ちょっと信じがたいんだけど……仮にこのとおりのステータスだとしたら、どうしてこんな辺境の地に配属になったのかしら」


「それは、私が希望したからかと」


「自分で希望……? 中央のほうからのスカウトはなかったの?」


「いえ、王都の魔法少女部隊本部からのものも含めて十件ぐらいありましたけど、全部断りました」


「えっ……」


 ずっと笑顔だったレティシアの表情が、バジリスクに石化されたかのように固まった。


 それを見た赤髪の新人少女は、あちゃーという困り顔になる。

 その顔が、だからこの話はしたくなかったんだよなぁ、と物語っていた。


「あ、あの、私、地位とか名誉とかお金とかあんまり興味なくて。中央のほうの魔法少女とか、権力争いとかにも巻き込まれてギスギスするじゃないですか。そういうのよりも私、のどかな辺境でのんびり普通の魔法少女がしたいなって」


「普通の魔法少女」


「はい。普通の魔法少女です」


「そ、そう……」


 レティシアは、口からぷかぷかと魂を吐いていた。


 一方、その二人の会話を横で聞いていたユニスは、レティシアが固まったのを見て口を挟む。


「あー、イルマ。お前、魔法少女学園での成績がわりと良かったのか? でも現場は学園の実習とか座学での理屈とは違うからな。そこんとこは勘違いすんなよ」


「はい、ユニス先輩! 是非とも現場でのご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」


「ん、それでいい」


 二人がそんなやり取りをする間に、支部長席のレティシアがどうにか立ち直っていた。


 彼女はこほんと一つ咳払いをすると、ユニスのほうへと視線を向ける。


「そ、それじゃあユニスちゃん。明日の昼勤務にイルマちゃんを入れるから、基本的な実地研修と教育をお願いしてもいいかしら?」


「ああ、いいぜ。オレが先輩魔法少女として、現場の厳しさってやつをみっちり教えてやるよ」


「そ、そうね。……あの、ユニスちゃん」


「なんだよレティシア」


「心構えはしておいてね?」


「???」


 少しひきつった笑顔で言うレティシアと、頭上に疑問符を浮かべるユニス。


 その二人の前では、新人魔法少女が不思議そうに小首をかしげていた。



 ***



 魔法少女の素質を持って生まれる者は、だいたい数千人に一人と言われている。


 全国の魔法少女の素質を持った者は、初等学校を卒業すると全寮制の魔法少女学園と呼ばれる学校に集められ、そこで魔法少女になるための教育を受ける。


 そして学園の課程を修了したら、全国各地に配属されて現地勤務の魔法少女として働くことになる。


 魔法少女の仕事を一言で表すなら、「モンスター退治」あるいは「モンスターの脅威からの人里防衛」である。


 モンスターと一言に言っても、ゴブリンからドラゴンまでピンキリであるが、村や街を襲って人々に危害を加えるものは総じて魔法少女による排除対象だ。


 ゴブリンぐらいなら普通の人でも対抗できなくはないのだが、強力なモンスターとなってくればいよいよ無理があるため、超常的な力を持った魔法少女の出番というわけだ。


 一人の平均的な魔法少女は、一般兵士と比較するとその十人から二十人分の戦力に匹敵すると言われている。


 魔法少女それぞれで能力に個人差はあるが、総じて人間離れした圧倒的な運動能力とパワー、それに魔力障壁による高い防御力や、炎や冷気や雷撃などを操る力なども持つ。


 普通の人間とは一線を画した戦闘能力を誇るのが魔法少女だ。


 魔法少女駐在所は全国に百二十ほどの支部が存在しており、そこに所属する魔法少女たちが各地域の防衛を一手に担っている。


 支部周辺の村や街がモンスターに襲われたときには、魔法少女は「ブルーム」と呼ばれる魔法のホウキにまたがり、空を飛んで現地へと急行、モンスターを撃退する。


 そういった防衛活動を行う代価として、魔法少女たちは人々から徴収した税金の中から給料を受け取っていた。


 言わば、ある種の「お役人さん」というのが、職業としての魔法少女の立ち位置だ。




「──とまあ、このあたりがオレたち魔法少女の基本的な仕事内容と立場だな。学園でも習ったろうから、あんまり詳しくは説明しないが」


「はい! その辺はしっかり勉強してます!」


「ん、よし」


 新人魔法少女イルマがグラスベルに到着し、支部長のレティシアに挨拶をした、その翌日のこと。


 イルマは先輩魔法少女ユニスについて、駐在所の控え室で仕事内容について教わっていた。


 なお、二人が着席したテーブルには紅茶と、ユニスのおごりでケーキが用意されていて、なかなかに優雅な様子だ。


 魔法少女たちは出動がないときにはのんびりしていていいので、このあたりはわりと自由なのだ。


「ん~っ! ユニス先輩! このケーキおいしいです!」


「そっか、そりゃ良かった。街外れにあるケーキ屋のなんだけどな、オレのお気に入りなんだ」


「ユニス先輩って、いい先輩ですね!」


「ケーキおごった途端それかよ。現金なやつだな」


「えへへ~。でもそれだけじゃないですよ。ユニス先輩、優しいですし」


「んなことねぇよ。普通だ普通」


「普通に優しいってすごいと思いますよ。私、もっと嫌な先輩に当たったらどうしようかって思ってましたもん。ユニス先輩が私の先輩で良かったです!」


「ん……そっか」


 ユニスは頬を染めてイルマから視線を外し、まんざらでもないといった様子。


 ぶっきらぼうなユニスは、普段あまりほめられ慣れていなくて、こういうときどうしたらいいのかが分からないのだった。


 一方イルマは、ケーキをもぐもぐとほおばりながら、ユニスにもう一つ質問をする。


「あと、先輩。失礼かもしれないんですけど、一ついいですか?」


「ん、なんだ。言ってみろ」


「先輩のこと、ぎゅーって抱きしめてもいいですか?」


「……はぁ?」


 後輩から突然飛んできた意味の分からない発言に、ユニスは何言ってんだこいつ、という目でイルマを見る。


 だがイルマは、瞳をキラキラとさせてユニスを見つめ返す。


「だってユニス先輩、さっきからすっごく可愛くて、もう我慢できないっていうか!」


「お前はいったい何を言っているんだ」


「だから、抱いていいですか、先輩!?」


「いいわけねぇだろ」


「そこをなんとか! お願いします、このとおり!」


「お願いされても許可できるかそんなもん! 却下だ却下!」


「しょぼーん(´・ω・`)」


「しょぼーん、じゃねぇ! オレはお前の愛玩動物じゃねぇんだぞ!」


「ちぇっ」


「……よし、お前がオレのことを舐めてるのはよぉく分かった」


「そんなぁ。舐めたいとまでは言ってませんよ」


「おぞましいこと言ってんなよ!?」


「でもユニス先輩! 自分はいつか、先輩のことを抱いてみせます! 今決めました!」


「なっ……!?」


 口をぱくぱくとさせて、あっけにとられるユニス。

 それと同時に──


 ──ゾクッ。

 ユニスは何か、怖気のようなものを感じた。


 まるで自分はチワワで、その自分の前にはとても強大な力をもった猛獣がよだれをたらし牙をむいているような錯覚。


 ユニスは過去に一度だけ、こんな感覚を味わった記憶がある。

 あれは王都から来た、魔法少女本部のエリート魔法少女たちを前にしたときだった。


 ユニスはごくりと唾をのむ。


(……き、気のせいだよな。学園での成績が多少良くたって、こいつまだ新人だし……そもそもあのときは、何人ものエリートどもが目の前にいたからあのプレッシャーだったんだ。新人一人相手にこんな……ははっ、考えすぎだな……)


 ユニスは本能が感じる恐怖を、そうやって自分の中に押し込めるのだった。


 と、そのときだ。


 ──ジリリリリリリッ!

 控え室に設置された魔法遠話装置、そこに仕掛けられたベルが音を鳴らした、


「っと、仕事か、ちょうどいい。──はい、こちらグラスベル魔法少女支部のユニスだ」


 ユニスが遠話装置の受話器を取ると、その向こう側から聞こえてくる声と通話を始める。


「……ふん……ふん……リーベット村にゴブリン出現な……数は? ……ん、確認されただけで十数体か……オッケー分かった、すぐ行く」


 ユニスはそう言って、受話器をガチャンと戻す。

 そしてイルマに向かって言った。


「仕事だ新入り。実地研修だ、すぐ出るぞ」


「はい、先輩!」


 さっそく控え室を出ていくユニスのあとを、イルマが追いかける。



 ***



「レティシア! リーベット村にゴブリン十数体確認報告、イルマ連れて行ってくる!」


 ユニスは支部長室に寄ると、そこにいた上長に五秒で報告を終える。


「はい、行ってらっしゃい。安全第一でね」


 報告を受けたレティシアはデスクの引き出しを開けると、そこから一本の鍵を取り出して、ユニスに投げ渡した。


「分かってる!」


 ユニスはそれをキャッチすると、すぐに踵を返して支部長室をあとにし、廊下を駆けていった。


 それを見ていたイルマは、瞳をきらきらと輝かせてユニスのあとを追う。


「か、カッコイイです、先輩!」


「妙なトコに感心してんじゃねぇ!」


「あと可愛いです! 抱きしめていいですか!?」


「なんでそうなる!?」


 ユニスは小走りで階段を駆け下りて、一階の「ブルーム保管庫」の前に直行。


 レティシアから受け取った鍵で扉を開ける。


 扉を開くと、狭い保管庫の中には四本のブルーム──魔法のホウキが安置されていた。


 少女たちの身の丈ほどの長さのブルームは、形状こそ普通の竹ぼうきに似ているが、その実態は魔力を宿した高価な素材をふんだんに使って作られた強力なマジックアイテムだ。


 ユニスはそこにあったブルームのうち二本に手を触れると、それらに魔力を流し込む。


「──アンロック!」


 そう唱えると、ブルームがわずかに魔力の輝きを帯びた。


 ユニスはそうしてから、一本を自分のものとし、もう一本をイルマへと渡す。


「ブルームの使い方は分かるな?」


「はい! 学園でしっかりトレーニングしました!」


「よし。あと絶対に壊したり失くしたりすんなよ。オレらの給料三ヶ月分が吹っ飛ぶぞ」


「ひえぇ……」


 ユニスはブルーム保管庫の鍵を閉めると、再び二階まで走ってレティシアに鍵を投げ渡す。


 それからイルマを連れて、事務所の庭へと出た。


「よし、それじゃいくぞ、イルマ」


「はい、ユニス先輩!」


 二人はともに、ブレスレットをした左腕を天に掲げ、魔法の呪文を唱える。


「「──マジカルコート・ドレスアップ!」」


 すると二人の少女の全身が光り輝き、「変身」を始めた。


 着ていた衣服が光の粒となって弾け飛び、裸身のシルエットの上から新たな光の衣装をまとう。


 やがて光が弾けると、燐光と可憐なコスチュームに身を包んだ二人の魔法少女の姿が現れていた。


 なお、二人の衣装のデザインは似たような傾向を持つものの、細部は大きく異なる。


 特に目立つ差異は、ユニスがライトグリーンを基調とした柔らかな色の衣装であるのに対して、イルマのそれは赤をベースにした鮮烈な印象のコスチュームだということだ。


 これらの衣装は、魔法少女学園の卒業者に贈呈される個別の変身用ブレスレットに内蔵されているイメージになる。


 学園には魔法少女専門の衣装デザイナーがいて、彼女の一存ですべての魔法少女の衣装デザインが決定され、そのデザインを編まれた魔法衣装がそれぞれの魔法少女たちに渡されるのだ。


 なお魔法少女たちは、こうした「変身」をすることによって、体内に宿した魔力を筋力サポートや運動能力の増強、魔力障壁による防御効果などへと変換することができるようになる。


 そのように「変身」を終えたところで、魔法少女たちは現地へと出発することになるのだが──


「……ん? どうしました、ユニス先輩?」


 変身をしたイルマが、ユニスに向かって声をかける。


 そこには、イルマの姿を見つめてぼーっと熱に浮かされたようになっている、小さな魔法少女の姿があった。


「ユニス先輩! どうしたんですか?」


「──んあっ? ……お、おお、悪い。ちょっと見惚れてた。……イルマお前、変身するとずいぶん化けるのな。めっちゃ綺麗で驚いた。オレが男だったら一目惚れしてるぞ」


「えぇぇっ!? そ、それって告白とみなしていいですか!? ユニス先輩のこと抱いていいですか!?」


「いや、それは違う。けどせっかく綺麗なのに、中身がそれなのもったいねぇ……」


「どういう意味ですかそれ!? ユニス先輩だって喋らなきゃ可愛いのにオレっ子じゃないですか! それでも可愛いってどういうことですか!?」


「うるせぇ! あと可愛い可愛い連呼するな! さすがのオレだって照れるわ! ──ほれ、さっさと行くぞ」


「はーい」


 二人はそんなやり取りをしつつ、ブルームにまたがる。


 二人の魔法少女が魔力を注ぎ込むと、ブルームが魔力の輝きを帯び、少女たちを乗せたまま浮かび上がった。


 やがて、魔法少女事務所の屋根よりも高く浮上すると──


「それじゃ、レッツゴー♪」


「えぇい、お前が仕切るな!」


 二人の魔法少女はホウキに乗って空を飛び、現地へと向かうのだった。



 ***



 一つの魔法少女支部が管轄するのは、支部のある街の周囲、およそ五十キロメートルの圏内というのが標準である。


 この五十キロメートルという距離は、旅人が徒歩で一日かけて歩く距離とほぼ等しい。

 つまり、救援依頼があったときに徒歩で向かったのでは、現地につくまでにそれだけの時間がかかってしまうということだ。


 ゆえに魔法少女たちは、高速飛行魔法を宿した「ブルーム」を使って現地へ急行する。


 現代マジックアイテム製作技術の粋を集めて作られた「ブルーム」。


 その飛行速度は、製作した技師の腕や使用した素材の質、あるいは使用者の能力などによっても差は出てくるのだが、たいていは拠点の街から管轄内の最遠の村まででも、一時間とたたずに到着できるほどだ。


 グラスベルの魔法少女支部にある四本のブルームはいずれも古い型で、中央のエリート魔法少女などが使う最新型のものと比べたら随分と性能は劣る。


 それでも、魔法少女学園で使われている訓練用のブルームよりはよほど馬力があるので、新人は扱いに戸惑うことが多い。


 だというのに──


(イルマのやつ、ちゃんと使いこなしてるな……。スピードも結構出してるのに、しっかりついてきてる……やるなあいつ)


 街道の上空。

 ユニスは自分の後方をついて飛ぶ後輩を見て、そう感想を抱く。


 自分が新人の頃は、ああも巧くは扱えなかったはずだ。

 スピードだって全然。

 安定して飛ぶことすら困難だった。


 なのにあいつは──


(なるほど、中央の方からスカウトがあったってのは、ダテじゃないみたいだな。──だったら、ちっと意地悪してやるか)


 ユニスの心に、少しのいたずら心が湧いた。


 あいつがどこまでついてこれるか、試してやろう。

 そう思った。


 イルマのやつ、一応先輩を敬う気持ちはあるみたいだが、先輩魔法少女のことを舐めているふしも見受けられる。


 おそらくは学園での成績が良かったとか、中央からスカウトがあったとかで天狗になっているんだろうが……。


 このあたりでひとつ、伸びきった鼻っ柱を折っておいてやった方が本人のためだ。

 自分がいかに狭い世界で実力を競っていたか、それを思い知らせてやるべきだろう。


 そう思ったユニスは、後ろを飛ぶイルマに向かって叫ぶ。


「──イルマ、ちっと速度上げるぞ! ついて来い!」


「はい、ユニス先輩!」


 後輩の返事を確認すると、ユニスはブルームに魔力を全開で注ぎ込んだ。


 ついて来いと言ったが、それはユニスの意地悪だ。


 むしろ新人がついて来れない速度で飛ぶことで、実力の壁を叩きつけてやろうというのが彼女の狙いなのだ。


 ──キィイイイイイン!


 輝きを増し、ぐんぐんと速度を上げていくユニスのブルーム。

 高めた魔力が輝きとなって漏れ、ユニス自身の体をも覆う。


(よし……今日は絶好調だな)


 ユニスは自分の魔力の調子の良さを感じてほくそ笑む。


 臨界まで高めた魔力が、自身の最高のパフォーマンスを体感させる。

 ここ数日の中でも、トップクラスにコンディションがいい。


(──っと、いけね。イルマのやつを見失ったらまずい)


 つい悦に浸って、後輩のことを忘れそうになってしまった。


 もうかなり距離を離してしまったことだろう。

 追いつけなくなって泣きべそをかいている後輩のもとに行って、フォローしてやらないといけない。


 そう思い、慌てて後ろを見ると──


 ユニスのすぐ目の前に、深紅の悪魔──もとい、赤い髪とコスチュームの魔法少女がいた。


「えっ……」


「こんな感じでいいですか、先輩?」


 ぴったり。

 全速で飛行するユニスのすぐ斜め後ろに、イルマがまったく同じスピードでくっついていたのだ。


 こてん、と首をかしげるユニス。


「あ、あれ……? おかしいな」


 ユニスは目をごしごしとこする。


 だが、見間違えでも幻覚でもなく、そこに後輩魔法少女の姿があった。


「──く、くそっ!」


 ユニスは目的を忘れた。


 何としてでも引き離さねば、先輩としての沽券にかかわる、そう思った。


「──はぁぁあああああああっ!」


 ユニスは再び全力で、ブルームに魔力を注ぎ込む。


 今度は十秒、二十秒、三十秒──


「こ、これでどうだ……!? ──ってきゃああああああっ!」


「ユニス先輩! このブルーム、学園のよりすっごく性能いいですね!」


 赤髪の魔法少女はユニスの真横まで来ていた。

 ちょっとしたホラーだった。


「なっ、あっ……お、おま……!」


「ユニス先輩! これでちょっと全速で飛んでみたいんですけど、いいですか?」


「へっ……? あ、お、おう。……おう?」


「それじゃ──行きます!」


 ──ばひゅんっ。


 全速で飛ぶユニスを置いてけぼりにして、赤髪の魔法少女はあっという間に見えなくなった。


「う……嘘だろ……?」


 あっけにとられるユニス。


 しかし少しするとイルマは、猛烈なスピードでユニスのもとまで戻ってきた。


 そしてユニスに並走すると、たははと困り笑いを浮かべて首筋をぽりぽりとかく。


「すみません先輩。私、リーベット村の場所知りませんでした。迷子になっちゃうので、やっぱり連れていってください」


 てへっと舌を出す後輩魔法少女。


「は、はは……」


 その後輩の姿を見て、乾いた笑いを浮かべるロリっ子魔法少女ユニス。


 そのつぶらな瞳からは、ちょっぴり光彩が失われつつあるのだった。



 ***



 ユニスとイルマ、二人の魔法少女はやがて目的のリーベット村へとたどり着いた。


 村長の家の前に降り立つと、ユニスはブルームを家の前の地面に置き、呪文を唱える。


「──ロック・ヘヴィウェイト!」


 ユニスのブルームが魔力の輝きを帯びると、その輝きはブルームの中へと吸い込まれるようにして消えていった。


 ロリっ子魔法少女はイルマの前で腰に手をあてて立ち、ドヤ顔で説明をする。


「いいか『後輩』、ブルームはこうやって、重量増加の魔法を使って盗難防止をするんだ。先にも言ったとおり高級品だからな、盗まれたらコトだぞ、気を付けろ」


「はい、ユニス先輩! 気を付けます!」


 ユニスが「後輩」の部分を強調して伝えると、イルマは元気よく返事をする。

 それを聞いたユニスは満足げにうなずいた。


 ところでユニスは今、ひび割れた自尊心を守るのに忙しかった。


 とりあえずだが、先の信じがたい事実に関しては、「忘却する」という方向でユニスの中で折り合いがついていた。


 後輩が自分より早く飛んだという事実などない。

 ないったらない。


 もしそんな記憶があったとしたら、それはきっと夢の中の出来事で、現実と混同しているのだ。

 ユニスの中ではそういうことになった。


 イルマの言う「先輩」という言葉に少しだけ自尊心を取り戻したユニスは、ぺったんこな胸をえへんと張り、後輩への教育を続ける。


「そうだ、それでいい。ちなみにこうやって重量増加の魔法をかけたブルームは、鋼鉄の塊の何十倍もある凄まじい重さになるんだ。イルマ、試しに持ち上げてみろ」


「はい、先輩。こうですか?」


 イルマはユニスが重量増加の魔法をかけたブルームを、片手でひょいと持ち上げた。


 それを見たユニスは鷹揚にうなずく。


「ああ、そうだ。そんな感じで、ロックをかけたブルームは魔法少女の力をもってしても持ち上げるのが困難なほどの重量に──」


 ユニスの台詞が、そこで固まった。

 何かがおかしい。


「……イルマ」


「はい」


「それ、いっぺん地面に下ろせ」


「はい」


 イルマがユニスのブルームを、地面に戻す。


 ──ずしん。

 重たそうな音とともに、ユニスのブルームが土の地面に少しだけめり込んだ。


 ユニスは目元を指で押さえ、それから一度遠くを見て、再び自身のブルームへと視線を戻す。


「んん……おかしいな。重量増加の魔法、ちゃんとかからなかったのかな」


 ブルームは地面にめり込んでいる。

 それにずしんという音からも、大変な重量感が伝わってくる。


 だから魔法はちゃんとかかっているはずだ。


 でもひょっとしたら、ひょっとしたら見掛け倒しで、魔法がちゃんとかからなかったのかもしれない。


 だってそうじゃなければ──どうして目の前の後輩魔法少女は、あんなに軽々と持ち上げていたのか。


 うん、そうだ。

 自分で確かめてみよう。

 

 ユニスは地面に置かれたブルームの横に立つと、ゆっくりと深呼吸をする。


 次に屈み込んで、両手でしっかりとブルームをつかんだ。


 そして──


「──ふんぬぁああああああああっ!」


 ユニスは重量挙げをするように、フルパワーでブルームを持ち上げた。


 凄まじい重さのブルームが魔法少女のパワーによってわずかに地面から浮き上がり、ユニスはその勢いでどうにか胸のあたりまでもってくる。


 ユニスはさらに力をこめる。

 可憐な衣装をまとった少女の内側から、魔力の輝きが噴き上がる。


「くぬぬぬぬぬっ、ふんがああああっ!」


 そして全身の魔力を振り絞り、ブルームを頭上まで持ってきた。


「はっ……はっ……んっ、んぎぎぎぎぎぎっ……!」


 ロリっ子魔法少女は、頭上にブルームを支持した状態で、ぷるぷると震えていた。


 顔は真っ赤。

 必死だ。


 と、そのとき──


「──ひぎっ」


 ピキッ。

 ユニスの腰のあたりで、よくない音がした。


 ──ドォンッ!


 ユニスは慌ててブルームを地面に放り投げた。


 そして、自らは腰のあたりに手をあてて地面に転がり、のたうち回る。

 可憐な衣装が土で汚れるのも構わずにジタバタする。


「痛い……! 痛いよぉ……!」


「ゆ、ユニス先輩! 大丈夫ですか!? 何してるんですか!?」


「ひ、ヒールぅ……!」


 ユニスが涙目で呪文を唱えると、その手から治癒の光が放たれる。


 魔法の光がユニスの腰のまずいことになっちゃったあたりに吸い込まれ、その部分を癒していった。


「はぁっ……はぁっ……」


「ユニス先輩! ホントどうしたんですか!? やってること変ですよ!?」


「うっ、ぐすっ……わ、分かってるよぉ……いちいち現実を突きつけてくるなよぉ……」


 ユニスは限界だった。

 なんかこう、限界だった。


「はわわわわっ……か、可愛い……む、無理……」


 そのロリっ子魔法少女の姿を見たイルマが、両手を多足の虫のようにわきわきとさせる。


 それを見たユニスは、怯えてイルマから逃げるように後ずさった。


「ひぐっ……もうやだぁっ……お前の先輩やるの、オレには無理ぃっ……助けてよぉレティシアぁ……」


「──はっ! ご、ごめんなさいユニス先輩! 私、そんなつもりじゃなくて……!」


「うるさい! バカバカバカバカ! イルマのバカぁっ!」


 ユニスは完全に幼児退行していた。

 見た目相応のチビッ子になっていた。


 だが、そのとき──


 ガチャリ。

 村長の家の扉が開く。


 村長の家から出てきたのは、老年の男性だった。


「あの……ひょっとして、魔法少女様ですか?」


 老人からの質問に、ユニスは涙目のまま答える。


「ぐすんっ……そうだよ」


「我が村を助けに来てくださったのですよね?」


「……うん。……あのさ、やり直すから、その扉閉めてしばらく待ってくんない?」


「はあ……分かりました」


 男は家の中に戻ると、扉を閉めた。


 その様子をきょろきょろと見比べていたイルマは、ユニスに向かって言う。


「あ、あの、ユニス先輩! やっぱり魔法少女のお仕事って大変ですね!」


 そのイルマの言葉に、ユニスはがっくりと肩を落としたのだった。



 ***



 村長の家の前。


 泣きべそのあとを手でこすろうとしていたユニスの前に、後輩からハンカチが差し出される。


「先輩、使います?」


「あ、ああ……サンキュ……」


 ユニスはハンカチを受け取って広げ、それで涙を拭う。


 そして、少し頬を染めて言った。


「いい匂いだな……お前、これ……」


「はい。カオリグサの花から作られた香料を振ってあります」


「なんだよそれ……こんなの、本気でオレのこと落とす気かよ」


 ユニスは恥ずかしそうに視線を逸らしながら言う。


 魔法少女の職場では、同僚がみんな女性であることや、一般人とは色々と日常的な感覚が合わないことなどもあり、同性同士、魔法少女同士での恋愛感情を持つことも少なくない。


 ユニスが言っているのはそういう意味だが、一方のイルマは朗らかに笑ってみせる。


「えへへー、どうでしょう。でも先輩、その匂いをかいでいると落ち着いてきませんか? リラックス効果があるんですよ」


「……うん、落ち着く。……何だよオレ、バカみたいじゃん。こんないい後輩に、対抗意識なんて持ってさ。……イルマ、ごめんな。オレ、お前の教育係にふさわしくないな」


「そんなことないです。私、ユニス先輩のこと大好きですよ。ドヤ顔で教えてくれるところも、負けず嫌いで意地っ張りなところも、優しいところも全部見せてもらいました。そんなユニス先輩が全部まるごと好きです」


「……この、人たらしが」


「えへへー、ほめ言葉として受け取っておきます」


 そんな後輩の人柄に苦笑しつつ、どうにか気を取り直したユニス。


 彼女はイルマに先輩として、また教育係として指示を出す。


「よし、じゃあお前のブルームにもロックをかけてみろ。やり方は分かるか?」


「はい。ユニス先輩がやっていたようにやればいいんですよね? じゃあ、いきます──ロック・ヘヴィウェイト!」


 イルマがブルームを地面に置いて、魔力を注ぎ込む。


 すると──ずごごごごごっ。


 イルマのブルームが置かれた部分の土の地面が、そこだけ深々と陥没して、ブルームは地面に埋まってしまった。


 陥没してできた穴に向かって思いきり手を伸ばせば、その底のブルームまでどうにか届くかといった深さ。


 それを見て──ユニスは熱帯魚のように、口をぱくぱくとさせていた。


「……あのさ、イルマ」


「なんですか、ユニス先輩」


「お前ちょっと、『先輩を立てる』ってこと覚えてもらってもいいか?」


「……? なんですそれ?」


「……いや、いい。気にしないでくれ」



 ***



 再度気を取り直したユニスは、イルマを背後に連れて村長の家の扉をノックする。


「グラスベルの魔法少女ユニスだ。ゴブリン退治の件で来た」


 すると扉が開き、中から村長らしき老年の男が現れる。

 というか、先ほどの老人だった。


「お、おお、魔法少女様。よく来てくださいました。ささ、どうぞ中へ」


 老人は棒読みで言うと、二人の魔法少女を家の中へと案内する。


 ユニスが踏み入り、そのあとにイルマが続くが、その際イルマはユニスへとそっと耳打ちをする。


「ユニス先輩、村長さん、いい人ですね。さっきの見なかったことにしてくれてますよ」


「…………」


 耳に吹きかけられる吐息に頬を染めながらも、複雑な気持ちになるユニス。

 なんかもう、どうにでもしてくれという心持ちだった。


 そんな二人は村長に連れられ、大きな家の中を進んでいく。


 すると、次の大部屋で二人が見たのは、傷ついた何人もの村人たちの姿だった。


「う、ぐぅっ……」

「ちくしょう、ゴブリンのやつら……!」

「うぅっ、痛てぇよぉ……」


 大部屋に何枚もの毛布が敷かれ、その上に負傷者たちが寝かされている。


 いずれも傷には包帯が巻かれているが、血がにじんでいて痛々しい。


 村長が痛ましいという様子で首を横に振る。


「村の男たちが武器を取り、どうにかゴブリンどもを追い払ったのですが──その犠牲がこの有様です」


「……重傷者もいるな。殺されたやつはいるのか?」


「いえ。死人は出さずにすみました。不幸中の幸いです」


「よし、だったら何とかなるな。──イルマ、手伝え。ヒールをかけて回るぞ」


「はい、ユニス先輩!」


 ユニスは後輩の返事を確認すると、自身は一人の重傷者の前で膝をつく。

 そして患部に手をあてると、魔法を発動した。


「──ヒール!」


 ユニスの手から温かい治癒の光が生まれ、それが負傷者の患部に吸い込まれていく。


 完全にではないが傷が癒えていき、苦しんでいた患者の吐息もいくぶんか穏やかになった。


「はぁっ……はぁっ……あ、ありがとうございます、魔法少女様。ずいぶん楽に──ぐっ……!」


「いや、まだ治り切ってない。もう一発いくぞ──ヒール!」


 その二発目の治癒魔法で、傷は完全にふさがった。

 負傷者の顔色も良くなり、起き上がれるほどにまで回復した。


「おおっ……! もう大丈夫です! 魔法少女様、私にはあなた様が聖女のように見えます。どうお礼を言っていいか……」


「気にすんな、こっちも仕事だ。あんたたちが畑を耕して野菜作ってくれてんのと一緒だよ。いつもありがとな」


 そうして一人の負傷者の治癒を終えたユニスは、立ち上がって大部屋を見渡す。


「……けどそうは言っても、この人数を全員看るのは結構ホネだな……。魔力の消耗もバカに──って、おいイルマ、何やってる」


 ユニスが目を向けた先では、赤髪の後輩魔法少女が負傷者の患部に手をあてることもなく、立ったまま治癒魔法を使おうとしていた。


 燐光をまとった赤の魔法少女は、大部屋の真ん中に立ち、胸の前で祈るように手を組んで魔力を高めている。


 ──あんなやり方では、ヒールの治癒効率が悪くなる。


 ヒールを使うときに患部に手をあてるのは、魔法少女学園でも習う常識レベルの基礎知識だ。

 英才かと思ったが、意外と抜けてるところもあるんだな、とユニスは思った。


 そして、こう考える。

 しょうがない、だったら自分が教えてやろう。

 それが教育係であるユニスの役目なのだから。


 そう、ユニスが思った矢先──


「──サークリングヒール!」


 イルマの綺麗な声とともに、部屋の真ん中に立つその魔法少女の足元から、光の魔法陣が広がった。


「へっ……?」


 間抜けな声をあげるユニス。


 そのかたわら、部屋全体に広がった魔法陣からは癒しの光が立ち昇り、部屋にいたすべての負傷者の傷をあっという間に癒した。


 しかも一発で、重傷者まで含めての完全回復。


「おおっ……!」

「すげぇ、もうまったく痛まないぞ」

「女神様だ!」


 回復した村人たちがイルマを取り囲み、やんややんやとほめ称えた。


「やー、どうもどうも──って、あれ、何ですかユニス先輩」


「……いいからこっち来い」


 ユニスに手を引っ張られて、イルマは大部屋の外に引きずり出される。


 そしてユニスはイルマを壁際に押し付けると、尋問を開始。


 ……する前に、イルマがくねくねと恥ずかしそうに身をよじらせる。


「ゆ、ユニス先輩……こんなところで大胆です……」


「そういうんと違うわ! ──それより後輩、なんださっきのあれは」


「さっきのって、サークリングヒールのことですか? あれだけ人数がいたら、あっちのほうが早いかなって思ったんですけど、何かまずかったですか?」


「いや待て待て。……サークリングヒール? なんだそれ。オレそんな魔法、見たことも聞いたこともないぞ。ってか、あれだけの負傷者をいっぺんに治すとかありえないだろ。治癒魔法の常識が全部ひっくり返るぞ」


「えっと、学園の治癒魔法の先生が、『ひょっとしたらイルマなら使えるかもしれない』って、なんかすごい古そうな本を持ってきて教えてくれたんですけど」


「……ちょっと待て。それって古代の伝説級の魔法なんじゃ……」


「そういえば先生、学会に発表するとか言って小躍りしてましたね」


「もうやだこの後輩。帰りたい」


 まだゴブリン退治の本題に入る前だというのに、ユニスの心はだいぶ折れていた。



 ***



 村に現れたゴブリンたちは、どうやら巣穴へと逃げ帰ったらしい。


 そう聞いたユニスとイルマは、村人から教わったゴブリンの巣穴と思しき洞窟へと向かっていた。


 木々が鬱蒼と茂る森。

 ところどころ木漏れ日の落ちる中、獣道を二人の魔法少女が歩いていく。


 そんな中、前を歩くユニスが、後ろをついてくるイルマにいつもの課外授業だ。


「イルマ、お前の魔法少女としての有能さは、これまでのことでよーく分かった。だが先輩魔法少女として、これだけは言っておく」


「はい、ユニス先輩」


「たとえゴブリン相手でも、油断はするな。オレたち魔法少女の力をもってすれば、たとえ十体や二十体のゴブリンを同時に相手にしたってどうにかなる。しかしそれでも、全国の魔法少女支部で、ゴブリン退治に向かった魔法少女が帰らなかったって報告例がゼロじゃない」


「……ごくり」


「ま、そのほとんどが、本来ツーマンセル──二人一組で動くはずの魔法少女が、何らかの理由で一人で出動せざるをえなかったときなんだけどな。いずれにせよ、自分の能力を過信はするなよ」


「わかりました! 私、ゴブリン相手でも油断しません!」


「……こういうところだけ見てると、普通にいい後輩なんだけどなぁ」


「え、私って、ユニス先輩にとって悪い後輩ですか?」


「…………」


 ユニスはその言葉に立ち止まり、後ろのイルマへとジト目を投げかける。


「まともないい後輩は、先輩を抱きしめたいとか言わないと思うぞ」


「それは先輩が可愛すぎるのがいけないんですよぉ」


「……そういうとこだ」


 ユニスは頬を染めて、話は終わりだとばかりに再び前を歩き始める。

 イルマはそれを見て、嬉しそうにあとをついていった。


 やがて二人は、ゴブリンの巣穴であると教えられた洞窟の近くまでやってきた。


 洞窟の入り口から距離はまだだいぶ離れているが、木々の陰から覗くと、入り口前の見張りのゴブリンの姿が確認できるという位置だ。


 ゴブリンというモンスターは、小柄で醜い人型の怪物である。


 人間の子供のような体型で、緑色の肌、尖った鼻や耳、裂けた口、ぎょろっとした目玉などを持ち、体にはボロボロの腰布を身につけ、手には粗末な武器を携えている。


 見張りのゴブリンの数は一体。

 ユニス達の存在には気付いていない様子だ。


 その姿を確認したユニスが、再び木の陰に隠れるとイルマに小声で伝える。


「……と、ああいう風に、ゴブリンどもは巣穴の前に見張りを立てていることが多い。──さてイルマ、ああいった見張りを相手にする際の、注意点は分かるか?」


「えっと……仲間に敵襲を伝えられると面倒なことになるから、騒がれたりしないようにこっそり忍び寄ってサクッとぶっ殺す、ですか?」


「……ま、まあ、表現が不穏当だが、だいたいそんなところだ」


「だってゴブリンは女の敵、魔法少女の敵です。圧倒的ギルティです。慈悲は必要ないですよ?」


「お、おう、そうだな」


 学園で何を教わったのだろう。

 現場でモンスターを殺したくないとか言われても困るのだが、ここまで筋がいいのも逆に怖いと思うユニスだった。


「よし、じゃあやってみるか? 本来ならオレがまず手本を見せるところだけど、イルマ、お前ならぶっつけ本番でもやれるだろ」


「はい! 全力でこっそりぶっ殺してきます!」


「……うん、その『ぶっ殺す』って言葉、あんまり使わないほうがいいと思うな。せっかくの美人が台無しっつーか、お前が言うと普通に怖いから」


「大丈夫ですよぉ。ユニス先輩のことは、食べちゃいたいだけですから」


「怖えぇよぉ……」


 そんなやり取りをしつつ、見張り攻略に入る二人。


 イルマはその場でトントンと跳び、体の調子を確認する。


「ん、いい感じです。それじゃ、行ってきていいですか?」


「おう。さっきも言ったが、くれぐれも油断はするなよ」


「分かってます。では──」


 ──ひゅんっ!


 ユニスの目の前から、後輩魔法少女の姿が消えた。


「へっ……?」


 ユニスが、目をぱちくりとしばたかせる。


「ど、どこ行ったあいつ。……あっ」


 ユニスが見張りゴブリンのほうへ視線を向けると、そのゴブリンの首がすぽーんと飛んだ。


 一瞬のちに、胴体、首ともにパッと輝いて消え去り、そこに宝石が一つ落っこちる。

 モンスターを倒すと落とす、魔石と呼ばれる宝石だ。


 そしてゴブリンがいた場所の背後には、いつの間にか赤髪ポニーテイルの魔法少女が立っていた。


 彼女は手刀をピッと振り払ってから、ユニスに向かっていつものユルい笑顔を投げかけてくる。


「怖えぇよぉ……うちの後輩、怖えぇよぉ……」


 ユニスは木の陰から後輩の姿を見ながら、ガタガタと震えていた。



 ***



 見張りのゴブリンを倒した二人は、ゴブリンの巣窟と思しき洞窟の中へと踏み入っていく。


 洞窟内は狭く、二人が横に並んで歩くのは厳しいぐらい。


 先輩のユニスが前に立ち、イルマがその後ろにつく形で、トンネル状になった洞窟を進んでいく。


 するとその途中、イルマがくんくんと洞窟の匂いを嗅ぎはじめた。


「ねぇ、ユニス先輩」


「どうした、ゴブリンの匂いが気になるのか? 確かに連中、小便は垂れ流すは水浴びはしないわで悪臭の塊みたいなもんだが、こればっかりは慣れるしか──」


「いえ、そうじゃなくて。……なんか、魔力の残り香がしません?」


「……んん?」


 後輩に言われてユニスも匂いを嗅いでみるが、ゴブリンの悪臭にやられてうぇっとえずいただけだった。


「おえぇっ……お前さぁ……。ていうか、魔力に匂いなんてあるのか?」


「はい。かすかにですけど、感じる気がします」


「相変わらずお前、非常識だよな。……奥に古代の魔法遺跡でもあんのかね?」


「そこまでは分からないですけど……」


「ま、だとしても、そんなの気にしてもしょうがないだろ。あとで報告書を作るときに気になった点として書いておくぐらいか」


「…………」


 このときイルマはいつになく真剣な顔つきだったのだが、前を歩くユニスがそれに気付くことはなかった。



 ***



 一方その頃。


 洞窟の奥の、そのまた奥の小部屋では、一人の少女が薄暗いランプの灯りひとつを頼りに、机の前で書き物をしていた。


 少女が紙にペンを走らせるかたわらでは、淡い輝きを放つ水晶球が、洞窟内を歩く二人の魔法少女の姿を映し出している。


 少女は一度手を止め、水晶球が映す絵へと視線を向ける。


 そして彼女は恍惚とした表情を浮かべると、その麗しい唇を開く。


「ふふふっ……さあいらっしゃい、辺境勤務の子猫ちゃんたち。たぁっぷりと可愛がってあげるわ」


 少女は立ち上がると、その小部屋を出ていく。


 小部屋の扉を開けた先にはまっすぐな廊下があり、廊下の左右には鉄格子の嵌まった小さな牢がいくつも並んでいた。


 それぞれの牢には、きぃきぃと鳴く小柄な人型の生き物がいて、暗闇の中で目を光らせている。


 少女は懐から鍵束を取り出すと、牢の鉄格子をひとつひとつ開けていく。


「さあ出番よ、私の可愛い子供たち。あなたたちの力を、辺境の子猫ちゃんたちに見せてあげるのよ」


 少女は闇の中で、愉しそうにくすくすと笑っていた。



 ***



 洞窟を進んだ先の大広間。


 そこで多数のゴブリンと遭遇した魔法少女たちは、その醜悪な小人たちを次々と打ち倒していた。


「──はっ!」


 ユニスが拳を撃ち込むと、目の前にいた一体のゴブリンが吹き飛び、壁に打ち付けられて消滅する。


 一方ではそのユニスに向かって、別の二体のゴブリンが武器を振り上げて襲い掛かるが──


「「キキッ……?」」


 ゴブリンたちが武器を振り下ろした先に少女の姿はない。

 彼らは慌てて周囲を見回す。


 だが、自分たちの背後に相手の姿を見つけたときには、もう遅い。


「遅せぇよ──ウィンドスラッシュ!」


 魔法少女ユニスの手のひらから、三枚の風の刃が放たれた。


 そのうちの二枚がゴブリンたちをそれぞれ真っ二つに切り裂き、もう一枚が今現在ユニスに背後から襲い掛かろうとしていた別の一体を両断した。


 いずれもが直後に消滅し、あとには魔石がころりと地面に転がる。


 それを確認したユニスは、ひとつ息をつく。


「ふぅ……こっちは片付いたな。イルマの方は──」


 その大広間にいたゴブリンの数は十数体ほど。

 ユニスが倒したのは、その半分にも満たないはずだ。


 残りはと言えば──


「あ、ユニス先輩、そっちも終わりました?」


 広間にいたもう一人の魔法少女が、いつもの笑顔とともにその手に拾い集めた魔石をじゃらりと見せてきた。


 手にした魔石の数は、すなわち倒したゴブリンの数ということ。

 イルマが手にしている魔石の数は、ユニスが倒した数の倍ぐらいはあるのではなかろうか。


 その魔石を、ユニスが戦闘を終えたタイミングではすでに拾い集め終えているというのだから、戦闘そのものはもっと早く終わっていたということだ。


 戦闘を開始してから、まだ十秒ほどしかたっていないというのに。

 相変わらずの怪物っぷりに、ユニスとしては舌を巻くしかない。


「……ていうかお前、今のでも本気出してないだろ」


「あ、バレました? えへへー、ユニス先輩の戦っているところ見たくて。カッコ良かったですよ、先輩」


「ったく。油断すんなっつってんだろ」


「そうですね。だから手を抜いたんですけど」


「……?」


 首をかしげるユニスの横で、後輩魔法少女は周囲を見渡しながら、わずかに真剣な表情を垣間見せる。


 だがそれも一瞬のことで。


「それよりもユニスせんぱぁい。カッコ良かったですぅ。抱かせてくださいよぉ」


「なっ……! なんでカッコ良かったら抱かせろになるんだよ! バ、バカ、にじり寄ってくんな……!」


「んふふっ、先輩ってば、照れちゃって可愛いです……」


「ひ、ひぃっ! こっち来んなぁあああああっ!」


 相変わらずのコメディを繰り広げる二人の少女。


 ──その先では、濁った闇が少女たちを絡め取ろうと待ち受けているのだが。


 その前に後輩の魔の手から逃げ回らなければならないユニスが、それに気付くことはなかった。



 ***



 大広間でゴブリンの群れを倒した二人の少女は、その先へと進む。


 だがユニスは、洞窟の通路で前を歩きながら、びくびくと怯えていた。

 何に怯えているかといえば、後輩にだ。


「い、いいかイルマ。オレから五歩以内の距離に近付くなよ。分かったな?」


「……? それって意味あるんですか?」


「それ以上近付かれると、オレの本能が危機感を覚えるんだ」


「ふぅん。でもだとしたら、ユニス先輩の本能ってあんまり役に立たないですよね」


「……なんでだよ」


「だって、五歩分ぐらいだったら──」


「──ひぅんっ!」


「……こんな風に、ユニス先輩が反応する前に、いたずらできちゃいますよ」


 いつの間にか、ユニスのすぐ真後ろにイルマがぴったりとつき、小さな先輩魔法少女の首筋にふっと息を吹きかけていた。


 バッと前方に飛び退いたユニスが、顔を真っ赤にして後輩のほうへと振り返る。


「お、おまっ、お前ぇっ! じゅ、十歩だ! 十歩離れろ!」


「えー」


「えー、じゃねぇ! だいたいなんでオレは、ゴブリンよりも背中の後輩の警戒をしなきゃいけないんだよ! おかしいだろ!」


「なんなら警戒しないで、身をゆだねてくれてもいいんですよ?」


「みぎゃーっ!」


「ま、冗談ですけどね。ささ、私のことは気にせずに、先行きましょう先。日が暮れちゃいますよ」


「ううっ、早く帰りたいよぉ」


 そんな定例コントを繰り返しつつも、洞窟を進む二人。


 やがて、次の大広間へとたどり着いたのだが──


「キキッ」

「キヒヒッ」

「ケヒャアアアアッ」


 そこには、前の大広間と同じぐらいの数のゴブリン「のようなもの」がいた。


 ゴブリンの肌はくすんだ緑色というのが普通なのだが、そいつらは不気味な紫色をしていた。


 耳まで裂けた口からは、ひっきりなしにだらだらとよだれを垂らし。


 ただでさえぎょろりとした目玉は、薬物でも使っているかのようにあらぬ方を向いている。


 そのゴブリンモドキたちは、二人の少女が大広間に入ってくるのを見つけるなり──


「キヒャヒャアッ!」

「シャーッ! ハヒャーッ!」

「クキィーッ! フヒィーッ!」


 どいつもこいつも、武器を天に上げて快哉した。

 二人の姿を見て興奮し、盛り上がっているようだった。


 そのゴブリンモドキたちの様子を見て、ユニスは不愉快そうにペッと唾を吐き捨てる。


「なんだよあのゴブリンども、盛りやがって。気に入らねぇな」


 ユニスはそう言って身を低くし、拳を構えるのだが。


 その先輩魔法少女の肩に、後輩の手が置かれた。


 ユニスは後輩のほうを見ることもなく、ゴブリンモドキたちを見すえたまま言う。


「おいイルマ。時と場合ぐらいは分かんだろ。真面目にやるときゃ真面目にやれ」


「はい。ですから先輩──下がっていてください」


「……へ?」


 ユニスは思わず、敵を見張ることも忘れ、背後の後輩の顔をまじまじと見てしまった。


 そこにはかつてないほど真面目な顔の後輩魔法少女の姿。

 可憐な深紅の衣装とポニーテイルの赤髪を揺らし、イルマは前に出る。


「お、おい……! それ、どういう……」


「ユニス先輩は足手まといだから下がっていてください。そう言ったんです」






「は……?」


 ユニスは一瞬、自分が何を言われたのかが分からなかった。




 足手まとい、と言ったか……?


 後輩であるイルマが、先輩である自分に?


 いや、確かに魔法少女としての力を見れば、イルマのほうがユニスより上なのは否定できないが……。


 だとしても、こんなこと言うやつだったかこいつ?

 ユニスの中で、イルマに対して感じていた人物像と、今の発言とが合致しない。


 だがそんなユニスを尻目に、後輩魔法少女は追い打ちをかける。


「『あれ』の力を瞬時に感じ取れないなら、そういうことです。いても邪魔ですから」


 イルマはそう言って、背中でユニスを突き放した。


 しかしユニスは、今度はがむしゃらに食いついた。

 食いつくために、食いつくための言葉をぶつける。


「ふざけんなイルマ! お前、言っていいことと悪いことの区別もつか──」


「うるさいんですよ。先輩は雑魚なんだから黙っていてください」


「……ッ!」


 さらなる追撃を呼んだだけだった。


 イルマが顔だけを後ろへと向けてくる。

 その朱色の瞳は、ユニスのことを冷たく見下ろす。


「いいですかユニス先輩。先輩は雑魚なんですから、雑魚は雑魚らしくそこで大人しくしていてください。間違えても、私を助けようなんておこがましいことは考えないでくださいね。さっきも言ったとおり、ただの足手まといですから」


「なっ……お前、何を……」


 ユニスはもう、言葉を失うしかなかった。


 それを見たイルマは、少し寂しそうな顔で、ふっと笑う。


「……じゃあ、行ってきますね、先輩」


 そうしてイルマは、ユニスを捨てて前を向くと、ゴブリンモドキたちのほうへと向かっていった。



 ***



 ──ヒュッ。


 呆然とするユニスの前から、イルマは風のように軽やかに姿を消した。


 瞬きのあとには、赤の魔法少女は数十歩分も先のゴブリンモドキたちの前にいる。


 ──ドゴッ!


 イルマの蹴りがゴブリンモドキの一体を捉えると、そのモドキは砲弾のように吹き飛ぶが、それが壁にぶつかるよりも早く、残る周囲のモドキたちがイルマに躍りかかる。


 ──ヒュヒュヒュヒュンッ! ガッ、ゴッ、ドッ、ガガンッ!


 十数体のゴブリンモドキと、一人の魔法少女の戦いが始まった。


 猛烈な速度での戦闘の中、イルマは連携して次々襲い掛かってくるゴブリンモドキたちを、どうにかさばいている──ように、ユニスには見えた。


 だがそれ以前の問題として、ユニスが信じられなかったことは──


「なん、なんだ……あの、ゴブリンどもの動き……」


 奇妙な紫色のゴブリンに見えるものは、しかし、まったくゴブリンとはかけ離れていた。


 そんなものとはまるで次元の違う速さ。

 常人にはとても追えない超人的な動き。


 そう、あれはもはや──


「あの、一体一体が……全部、魔法少女並みの速さ……じょ、冗談だろ……?」


 ユニスはごくりと唾をのむ。

 あんなゴブリン、冗談でなければ何だというのか。


 いやおそらくは、速さだけではないのだろう。

 パワーもまた、魔法少女に比肩するようだ。


 それが証拠に、ゴブリンの棍棒がイルマを外して地面を叩けば、そこが陥没し周囲までビキビキとひび割れていた。

 ただのゴブリンに、あんなパワーはありえない。


 つまりイルマは今、十数人の魔法少女を同時に相手しているようなものだ。


「ははっ……な、なんだこれ……悪夢かよ……」


 ユニスは目の前で起こっている出来事を、にわかには信じられずにいた。


 これは明らかな異常事態だ。

 現実とは思えない。


 いや、現実にこんなことがあっていいはずがないのだ。


 だって、あんなゴブリンが、あんなモンスターが当たり前にいたら──


 そんなの、全国の魔法少女による防衛網なんて、あっという間に瓦解してしまう。


 魔法少女は一人一人、それぞれが凡百のモンスターなどよりよほど強い一騎当千の力を持っているからこそ、少数による地域防衛が可能なのだ。


 その前提が崩壊したら、何もかもがお終いになる。


 だからこれは、明らかな緊急事態。

 ドラゴンが群れを成して人里に現れたというのと同じぐらい、あるいはそれ以上のS級案件だ。


 交戦なんてしている場合じゃない。

 即座に撤退して支部に報告、王都の魔法少女部隊本部に連絡して応援を請うべき事態だ。


 だから、そう──

 ユニスはこう叫ばなければならない。


 イルマ、今すぐ撤退するぞ、と。


 しかし、だというのに。

 声が出ない。


 後輩を導くべき立場である自分。


 けれども、自分よりも圧倒的に優秀な力を持った後輩は、ユニスに向かって「雑魚は黙ってろ」と言った。


 ユニスの中で、気持ちがぐちゃぐちゃになっていた。

 何をどうしていいのか、分からない。


 それに、現にイルマは、よく戦っていた。


 ユニスにすら目視が困難なほどのスピードで立ち回り、次々と襲い掛かる恐るべきゴブリンモドキどもの攻撃のほとんどを凌ぎ、反撃を撃ち込みすらしている。


 イルマの攻撃は痛烈で、直撃を受けたモドキどもは例外なく大広間の壁まで吹き飛び、そこに激突すれば地鳴りのような音とともに崩れ落ちていた。


 だがそれでも、モドキが生命力を失って消滅することはない。


 恐ろしくタフなのだ。

 不死身であるかのようにむくりと起き上がると、再び戦線に復帰していく。


 一方で、対するイルマのほうはと言えば──


「……っ!」


 今また一つ、ゴブリンモドキの突き出した短剣で手傷を負った。


 防御障壁をまとった魔法少女衣装が火花を散らしながら破り裂かれ、少女は腹部に浅く切り傷を負う。


「このっ──!」


 それで頭に血が上ったのか、イルマが大きな回し蹴りを放つ。

 その一撃は、イルマを傷つけたゴブリンモドキを吹き飛ばすのだが──


 その動きが良くないのは、ユニスにすら分かった。


 大振りで隙ができたイルマに向かって、ゴブリンモドキたちが武器を手放して殺到する。


「──っ! くっ、やめっ……! は、放せ!」


 赤い衣装の魔法少女はそれに抵抗するが、多数のモドキの手で一斉に取り押さえられ、地面に押し倒されてしまった。


「イルマぁっ!」


 ユニスは叫んで手を伸ばすが、足が動かない。


 ──自分が行ったところで、何もできないのは分かり切っている。


 ユニスの力は、あのモドキ一体と渡り合えるかどうかといった程度だ。

 二、三体が同時に掛かってきただけで、あっさり取り押さえられてしまうだろう。


 だから、今ユニスがすべきなのは。

 人々を守る役所勤めの魔法少女として、正しい判断は──


 今ここで、イルマを見捨てて逃げ帰り、この異常事態を本部に伝えること。

 この恐るべき脅威のことを、世界に伝えることだ。


 それに──と、ユニスは思う。


 そもそもあの後輩は、最初から可愛くなかったのだ。


 生意気だし、先輩のことを舐めているし、ユニスのことを愛玩動物か何かのように扱ってくるし、やめろって言ってるのにやめないし。


 何より、先輩のことを雑魚だとか、仮に事実だとしても言っていいことじゃない。

 許せることじゃない。


 だいたいあいつは、先輩であり指導役でもあるユニスを無視して、勝手にモドキどもに立ち向かっていったんだ。

 ちょっと力があるからって、図に乗って、ユニスのことを蔑ろにして。


 そんなの、ユニスの責任ではない。

 あいつが勝手に動いて、勝手に自滅して。


 だから──






「──だからって、見捨てられるわけがあるかぁあああああっ!」






 ユニスは叫んだ。

 葛藤という名の呪縛を振りほどくために。


 そして、思いきり地面を蹴る。

 イルマを取り押さえているゴブリンモドキたちに向かって。


「ダメですユニス先輩! 来るなって言ったのに!」


 イルマが何か言っているが、知ったことじゃない。


「言うこと聞かねぇ後輩が、わがまま言ってんじゃねぇ!」


 ユニスはイルマを取り押さえていたゴブリンモドキたちを蹴り飛ばし、ぶん殴り、ひっぺがしていく。


 だが──


「くっ……! 放せっ、このゴブリン野郎! くそっ、なんだよ! なんでだよ……!」


 やがてユニスも、群がってきたゴブリンモドキどもに取り押さえられてしまう。

 戦力の構図から見て、当然の摂理。


 ついには無理矢理に仰向けに押し倒され。


 そのユニスを支配するように、一体のゴブリンモドキがユニスの上にのしかかってくる。


 別のモドキどもによって両手両足を大の字に拘束されたユニスは、ただの子供のようにもがくばかりで何もできない。


 のしかかったモドキは、ニタァっと下卑た笑いを浮かべ、ユニスの魔法少女衣装に手をかける。


「クソッ! 離せよ! オレはイルマの先輩なんだ! あいつより弱くたって、あいつのことはオレが守らなきゃいけないんだ! ちくしょう! ちくしょう!」


「……ユニス先輩」


 ユニスの叫びに、イルマが大きくため息をついた、そのとき──




 パン、パン、パンと拍手が鳴った。




 次いで、広間の奥の壁のほうから、鈴の音のような声が聞えてくる。


「──よくやったわぁ、お前たち。さすがは私の可愛い子供たちね」


 声とともに、奥の壁をすり抜けるようにして、一人の少女が現れる。




 長い銀髪を背中まで伸ばした、美貌の少女だった。

 紫の瞳と、ゴシックロリータのようなデザインの紫を基調とした可憐な衣装を身につけている。


 見た目の歳は、ユニスとイルマの中間ぐらいだろうか。

 ユニスほどではないが、かなり幼く見える。


 その姿を見たユニスが、目を見開く。


「お前は──お前もひょっとして、魔法少女か……? ど、どういうことだ……どうして……」


 あまりにも理解不能の事態に、ユニスは愕然としていた。




 だが、その一方で。

 捕らえられたもう一人の魔法少女は、その口元を小さくほころばせていた。



 ***



 モドキに取り押さえられたまま、ユニスが声を張り上げる。


「おい、お前! お前も魔法少女なのか!? これ……なんなんだよっ!?」


 問い詰めるような言葉。

 だが当の少女は、優雅に笑う。


「んふふ……『お前も』だなんて、あなたたちみたいな辺境の雑魚魔法少女と一緒にしないでほしいわあ。こう見えても私、昔は王都の魔法少女部隊本部に勤めていたのよ」


「王都の、魔法少女だと……!?」


「そう。素行不良とかで裁判にかけられそうになったから、変身用ブレスレットを剥奪される前に自分からおいとましたのだけどね。ちょっと魔法少女の体を研究したかっただけなのに、非人道的だとか倫理にもとるとか、くだらないことばかり言うんだもの」


「てめぇ、悪に堕ちた魔法少女か……!」


「ふふふっ、そうなのかしらね。ま、そういうわけだから、あなたたちみたいな雑魚魔法少女とはそもそもの格が違うの。一緒にしないで、辺境勤務のおチビさん?」


 少女はそう言ってクスクスと笑う。


 そして睨みつけてくるユニスを無視して、もう一人の魔法少女──イルマへと視線を向ける。


「でも、あなたは結構な実力だったわ、ほめてあげる。グラスベルのエースなのかしら? 私の子供たちがあれほど苦戦するなんて。──でも、おかげで最高の苗床が手に入った」


 そう言って、恍惚とした表情を浮かべる少女。


 対するイルマは、ゴブリンモドキに取り押さえられたまま、言葉を返す。


「キミ、今『私の子供たち』って言ったね。このゴブリンモドキは、キミが『作った』ものなの?」


「ええ、そうよ。私の研究が生んだ最高傑作よ。──すごいでしょう? ゴブリンなのに魔法少女だって倒せちゃう。あなたたちも、もうすぐこの子たちのママになれるのよ。嬉しいでしょう?」


 クスクスと笑う少女。

 イルマは首を横に振る。


「……そっか、だいたい分かった。もう喋らなくていいよキミ」


「あら、ようやく怒るのね。でも怒ったところで、もうあなたには何もできないわ。これからたっぷりとその子たちに──」


「間違いが二つある」


 イルマは少女の発言を遮るように、そう言った。


 少女はきょとんとするが、興味を持ったのか聞きの姿勢に入る。

 イルマは続ける。


「ひとつ、私が怒っているのは元々。ユニス先輩にひどいことをしたのは、許さない」


「……ふぅん。それで、もうひとつは?」


「もう私には何もできないっていうその認識。逆なんだよ。──これで私は、何でもできるようになった」


「……何を言っているの? 意味が分から──」


 少女の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。


 なぜなら、イルマが自分の両手両足を取り押さえていたゴブリンモドキたちをたやすく持ち上げると、次々とひっぺがし、さも適当な様子でぶん投げたからだ。


 次々に洞窟の壁にぶつかって、崩れ落ちるモドキたち。


「えっ……?」


 ずっと余裕の態度だった少女が、その光景を見て固まった。


「ああおぞましかった。でもこれでもう『演技』はお終い」


 イルマは次いで、自分の上にのしかかっていたモドキの首根っこを引っつかみ、地面にたたきつける。


 そのモドキは消滅し、あとには魔石が転がった。


 それで完全に自由になったイルマは、立ち上がり、こきこきと首を鳴らす。


「ホント、フラストレーション溜まったし。……ていうかさ、お前たちいつまでその汚い手でユニス先輩に触ってるんだよ」


 イルマはユニスを捕まえている三体のゴブリンモドキを睨みつける。


 視線と殺気に射抜かれたその三体は、ビクッと震えた。


「「「キッ……キヒャアアアアッ!」」」


 怯えたモドキたちは、ユニスという獲物を手放すと、慌てて武器を拾ってイルマに飛び掛かっていく。


 だが次の瞬間──


 ──パパパンッ!

 三体のモドキの頭部が、一斉に弾け飛んだ。


 一瞬の後、モドキたちは消滅して、魔石が落ちる。


「お前たちはギルティだ。ユニス先輩に何してくれてんだよ」


 赤髪の魔法少女は、ジャブを放ったあとの拳闘士さながらのポーズで立っていた。


 その光景を見て怯えるのは、紫のゴスロリ衣装をまとった魔法少女だ。

 うろたえた様子で一歩、二歩と後ずさる。


「な、なんなの……どうして……」


 一方、イルマは逆に、一歩、二歩と少女に向かって迫っていく。


「別に、簡単な話だよ。さっきは本気を出してなかった、それだけのこと。主賓に逃げられたら嫌だったからね。キミをおびき出すために一芝居打ったんだよ」


「うそ……でしょ……? ──そんなはずない! だってそっちの仲間も、あんなに必死で──二人して騙したの!? あれは全部演技だったっていうの!?」


 少女がユニスのほうを見る。


 するとユニスは、ぶんぶんと首を横に振った。


「はい……?」


 首をかしげる紫衣装の少女。


 一方のイルマは、事もなげに言う。


「ユニス先輩はお芝居下手そうだから、一緒に騙したの。敵を騙すにはなんとやら。最初の部屋のゴブリンとは二割の力で、モドキとは三割の力で戦ったから、先輩はまんまと騙されてくれたみたいだね」


「そん……な……。──く、くそっ! お前たち、全員でやってしまいなさい! こいつは危険よ! 殺してもいいわ!」


 少女はそう、ゴブリンモドキたちに指示を出す。


 残った十体ほどのモドキたちは、その指示に従って一斉にイルマへと襲い掛かった。


 イルマはその場で片膝をつき、洞窟の地面に手をつくと、小さくつぶやく。


「──ボルケイノ」


 モドキたちがイルマに飛び掛かったそのとき、赤髪の魔法少女の周囲の円周上にマグマのごとき激しい炎が噴き上がった。


 それに触れたモドキたちはあっという間に消し炭となり、次の瞬間には十ほどの数の魔石が地面に転がっていた。


「くっ……化け物が!」


 それを見た少女は──いや、その結果を見る前に、彼女は転身していた。

 こうなる可能性を想定していたのだ。


 彼女がこの場に現れるときにくぐり抜けてきた幻覚の壁の向こうには、この洞窟のもうひとつの出口がある。

 そこから撤退すべく、少女は疾走する。


 そもそも王都の魔法少女本部でも通用した彼女の敏捷性は、凡百の魔法少女のそれを遥かに上回る。

 そんじょそこらの魔法少女では追いつけるはずもない──のだが。


 ──ドゴォンッ!


「ヒッ……!」


 広間の壁際を走っていた少女の目の前で、壁に大きなヒビが入った。


 それは赤髪の魔法少女が、壁に「ちょっと手をついて」、少女の往く手を遮ったものだった。


 瞬間移動でもしたのかと思うほどの速さと、恐るべき怪力。

 可憐な深紅の衣装をまとった怪物は、今や少女の目の前にいた。


「どこに逃げようとしているのかなぁ?」


 目の前でにっこりと、有無を言わさぬ笑顔を向けてくる赤髪の魔法少女。


 恐ろしい力を持った猛獣が牙をむいて、自分の前に立っているような錯覚。


 少女はついに、その場にへたりこんだ。


「わ……私を、どうするつもりなの……?」


「そりゃあ、悪いことをした子には、『お仕置き』が必要だよねぇ」


「お……お仕置き……?」


「そう、お仕置き」


 赤髪の魔法少女は、へたりこんだ少女のあごに手をかけ、くいっと持ち上げる。


 そして、妖艶な仕草で少女に絡みついていくと──


「さ、覚悟してね。キミはもう私の檻の中。それに、キミもギルティだから容赦はないよ。──たっぷりと調教してあげる」


「い……いや……そんな────あぁああああああああっ!」


 少女の悲鳴(?)が、洞窟中へと響きわたったのであった。



 ***



「ああ、イルマお姉さま……このエルヴィラ、お姉さまに一生ついていきます。もうお姉さまなしでは生きていけないの……」


 しばらくの後。


 イルマによる「調教」を受けた少女は、その「お姉さま」にしなだれかかるように寄り添いながら、うっとりとした顔になっていた。


 イルマはその少女──エルヴィラの髪を、よしよしとなでる。


「うん。もう悪さはしないって誓うね?」


「お姉さまがそうしろとおっしゃるのなら!」


「じゃあそうしてね」


「はい!」


 まるで見た目相応、本当の子供のように嬉しそうな顔で、元気よく返事をするエルヴィラ。


 一方、その「調教」の一部始終を見ていたユニスは、顔を真っ赤にしてぺたんと地べたに座り込んでいた。


 ユニスがこれまで見たこともない、まして体験したことなんてまったくない目くるめく世界が、今の今まで広がっていたのだ。


 だがその一方。

 ユニスに向かって、当の「調教」の施し主であるイルマが、伏し目がちになりながら後ろめたそうに報告をする。


「それで、ユニス先輩……その、終わりました、けど……」


「ひゃっ、ひゃいっ! じゃなかった……お、おう、そうか」


「あの、先輩……やっぱり、怒ってます?」


「……へ? 怒る? オレが怒るって、何を……」


 そこまで言って、ユニスははたと思い至る。


 雑魚とか、黙ってろとか、ユニスのことを蔑ろにしたこととか。

 そういえば、散々に暴言を吐かれたのだったか。


 それ以上に劇的な事態が起こりすぎてユニスの頭からはまるっきり抜けていたのだが、イルマの様子を見るにそれを気にしているとしか思えない。


 今のイルマの姿はまるで、職場の先輩に怒られることを恐れて怯えている普通の後輩のようだ。

 とんでもない力で、とんでもないことを為した怪物の態度ではない。


 それを見たユニスは、ぷっと吹き出してしまう。

 なんだそりゃ、と。


 多分そう、イルマの中では同列なのだ。

 世界の危機的事態と、職場の先輩との関係とが。


 ということは、どうせ先の暴言も、何か考えあってのことなんだろう。


 例えば──ユニスに嫌われれば、ユニスを巻き込まずに済むだろう、とか。


 まったく、器用なんだか不器用なんだか。


「イルマ」


「は、はい!」


「お前、帰ったらみっちり説教な」


「ふぇぇっ……! で、でも分かりました! この不肖イルマ、密室でユニス先輩からみっちりと手取り足取り説教を受けます! なんなら今夜一晩中、先輩の部屋で一緒に過ごしても構いません!」


「お前ホントは反省してないだろ!? ガチで説教してやるからな!」


「えへへー。楽しみにしてます、先輩♪」


 そう言って、にへらっと笑うイルマ。

 その笑顔を見れば、ユニスも毒気が抜かれてしまう。


「まったく……とんでもない後輩を持っちまったな」


 大きくため息をつくユニスであった。



 ***



 それからおよそ一時間後。


 グラスベルの魔法少女事務所に帰り着いたユニスとイルマは、その支部長室のデスクに座るレティシアの前に立っていた。


「──ってわけで、とんだ新人研修だった。えらい目に遭ったよ」


 ユニスがすべての報告を終えると、その頃にはレティシアの顔は半笑いになっていた。


「……ごめんね、ユニスちゃん。その……ユニスちゃんを信じないわけじゃないんだけど、その報告をそのまま信じろと言われても、にわかには信じがたいわ」


「だろうな。オレも自分で見てなけりゃ信じられない自信あるわ」


「うぅん……でも、そうよね。その報告を信じないと──」


「そ。あいつの説明がつかない」


 レティシアとユニスが、新人魔法少女イルマのほうを見る。


 いや厳密には、イルマの横で彼女に抱きついているもう一人の少女、エルヴィラをだ。


「ねぇイルマお姉さま。どうしてこんな雑魚どもの言うことを聞いているんです? お姉さまのほうがずっとずぅっと強いし素敵なのに」


「こらエルヴィラ、そういうこと言わないの! 先輩たちのことを悪く言ったら私、エルヴィラのこと嫌いになるよ。いいの?」


「すすすす、すみません! もう言いません! だから見捨てないでイルマお姉さま!」


「うん、いい子だね、よしよし。──ごめんなさいユニス先輩、レティシア先輩。この子、悪い子だけど、悪い子じゃないんです」


「「あはは……そ、そう」」


 ユニスとレティシアは、引きつり笑いを浮かべるしかない。


 その一方で、二人ともが抱いていたのは──


 ああ、まったくとんでもない新人が来てしまったなぁという感想と。


 これから賑やかになりそうだという、そこはかとない予感なのであった。




 ──そして、そんなこんなで今日もまた、グラスベル地方の平和は守られた。


 魔法少女たちは日夜、世界の平和を守るために戦い続けているのである。


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