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御先祖アイドル 七魅さん

作者: 大城創

RBC「SFファンタジー大賞」に応募しましたが、落選しました。記念にアップロードします。

「違ーう!シチミじゃなーい!ナナミ!七つの魅力でナナミよ、ナ・ナ・ミ!孫なんだからちゃんと覚えてよね。」

 高校生の玲人れいとは椅子に座ったまま後ろを振り返った。自分の部屋に若い女の子が立っていた。自分とそう年が違わない様だが、孫とはどういうことだろう。

「ど、どなたですか。」

「だから七魅だって言ってるでしょ。お前のおばあさんだよ。あ、あたしが死んだ時、お前はまだ三つだったから、あたしの事は覚えてないかな。」

「ゆ、幽霊!」

「幽霊じゃないよ。ここはお前の夢の中。後世グソーの人間は、生身イチミの人間の夢の中に入れるんだよ。」

「グソー?」

「グソーはあの世、イチミはこの世。そこから説明がいるかね。」

「どうしてそんなに若いんですか。」

「グソーでは年齢を自由に設定できるんだ。服装も一度着た事のある服なら何でもいい。今日は、ステージ衣装を着て来たよ。お前の聞いてるCDは、あたしが十六の時の声だよ。」

 玲人は日中、物置の片付けを手伝っていた。その時、ラベルの印刷されてないCDを見つけた。CDの表面には七魅と書かれている。

「シチミ?」

夕食後、自室に戻って謎のCDを聞いてみた。若い女性の歌が入っている。同じ曲がいくつかアレンジを変えて入っているのもある。

「そのCDはアルバム完成前の練習用だよ。一部は歌詞が決まってなくて仮歌だ。」

「同じ曲がいくつも入っているのは、それでですね。」

「そうよ。」

「あの、おばあさん。」

「この格好でおばあさんと呼ばれてもなあ。七魅さんと呼んで。」

「七魅さん、自分の声が懐かしくて出て来たんですか。」

「それもあるけど、一つ大事な用があるのよ。あのね、グソーの人間は時間を歩けるんだよ。」

「時間を歩く?」

「ちょっと先の未来までね。グソーの世界で起きる未来の出来事を、夢の中でこの世の人間に見せる。予知夢と呼ばれているものだ。」

「予知夢。」

「今年の夏に、巨大隕石が地球に降ってくるよ。しかも沖縄の近くに。」

 七魅は東の窓を指さした。真っ暗な空に、明るい光の玉が浮かび上がり、轟音を上げらがら海に落ちていった。やがて海面が盛り上がり、黒い壁がゆっくりと陸に押し寄せた。

「かって地球には恐竜という巨大な生物がいた。地球全体で繁殖していたが、地球に巨大な隕石が落ちて気候が変わり、恐竜は絶滅した。今度の隕石もそれくらい大規模な災害になるだろうね。」

「本当にこんな事が起こるんですか。」

「4か月先の事だから、出来事に幅がある。沖縄本島を直撃するかも知れないし、近くの海に落ちて津波が来るかも知れない。」

「沖縄にいたらほとんど助からないんですね。皆に知らせないと。」

「お前には何の証拠もないだろう?隕石は自分で光を出さないから、天文台の高性能の望遠鏡でも見つけにくいんだ。精々三日前。」

「何か僕にできることは無いんですか。」

「沖縄の一高校生に、地球を救う力なんて無いさ。そんな事をやらせたいんじゃないよ。いいかい、心残りが無い様に、好きな人がいたら告白しなさい。いいね?」

「え?」

「今年の夏は今年限りだ。そして来年の夏があるかどうか分からない。だから今年の内に、恋をしなさい。誰か特定の人を好きになる事は、人生の特別な、輝かしい体験だよ。好きな人はいないのかい?」

「そんな、いきなり言われても。」

「いないのかい。」

「クラスの中にはいませんよ。」

「『には』?今、『には』って言ったね。他のクラスにいるの?ね、ね、教えてよ。大丈夫、『死人に口なし』、秘密が他所にバレルことは無いから。」

「好きとまでは言えないけれど、気になっている子なら。」

「うんうん、誰?」

「小学五年の時に引っ越していった千代子ちゃん。今どうしているのかな、と思います。」

「何故気になるの?」

「あの頃、宇宙飛行士に憧れて、宇宙の本を一杯読んでました。千代子ちゃんは僕の宇宙話を、嫌がらずに聞いてくれました。」

「会いたい?」

「それは、会えるなら会いたいです。」

「よくぞ言いました。人と人の間に縁を作って、引き合わせるのが先祖の仕事。会わせましょう。マカチョーケー。その子の顔覚えている?」

「はい。」

「ちょっと失礼。」

 七魅は玲人の額に手を持って行き、人差し指で額に横一文字に線を引いた。そして額からズリズリと写真を引き出した。

「成程、この子ね。何処に住んでいようと、沖縄に戻して会わせてあげるよ。体験だけが、グソーに持っていける財産なんだ。何も特別な体験の無い人生を過ごして、グソーに来ても毎日暇するよ。死ぬほど退屈よ。だから、気になる子と会わないとね。」

「どうして、会わせようとするんですか。」

「先祖はね、子孫を助けて幸せにするとポイントが稼げる。ポイントが貯まるとランクが上がるんだ。」

「ランクが上がるとどうなるんですか。」

「それは死んでからのお楽しみ。」

 七魅は微笑んだ。

「お前はいつ女の子を迎えてもいいように、部屋を綺麗に掃除しておけ。OK?」

「はい。」

「ノリが悪ーい。お前はいつ女の子を迎えてもいいように、部屋を綺麗に掃除しておけ。OK?」

「OK!」

「それでよーし。」

七魅の体が徐々に薄れていった。

「それから、調査のためにお金が必要だね。清明シーミーの時の打紙ウチカビを増やしておいて。」

「本当にあれ、正夢ですか。」

「他にもいくつか、予知夢を見せてあげる。」

玲人は目を覚ました。椅子に腰かけたまま眠ったようだ。CDの演奏が終わっていた。


 七魅は、とある墓の前に来た。

「ケンダマー、起きて。」

呼びかけに応じて初老の男性が姿を現した。

「七魅ちゃん、随分若い格好だね。」

「あんたも若いころに戻りなよ。これから忙しくなるよ。」

「どうしたの。」

「孫が女の子を探している。大勢の人に聞いて回りたい。大勢の人に聞くなら、一か所に集めた方が話が早い。大勢の人を集めるなら、アイドル活動は打ってつけさ。ケンダマ、昔の様にマネージャーやってよ。」

「え、俺が?」

「あんたは生前、色々やらかして、随分ランクが低いじゃないか。子孫のサポートにもつけない。他の守護霊を助けて、ポイントをもらわないといけないんだろ?死に物狂いでやるんだよ。」

「分かったよ。」

芸能事務所の忘年会で剣玉の妙技を披露した後、彼はケンダマのニックネームで呼ばれるようになった。

「ケンダマ、何処かいい出版社知らない?」


 玲人の高校の弓道部が、矢の後ろに又矢を当てる、『継ぎ矢』を達成した。新聞社が取材に来た。玲人が前日夢で見たとおりだった。


 七魅はケンダマと共に、出版社の片隅でカメラマンの人選を行っていた。

「七魅ちゃん、この佐藤というカメラマンはどうだろう。」

「ケンダマ、この人はカメラマンはカメラマンでも、戦場カメラマンだ。死体写真は一杯撮っただろうけど、あたしが撮ってほしいのはグラビアだよ。グ・ラ・ビ・ア!」

「七魅ちゃん、この鈴木というカメラマンはどうだろう。自称スーパーカメラマンだって。」

「ケンダマ、この人が主に撮ってきたのは、スーパーのチラシだよ。あたしは自分を大安売りするつもりは無いよ!次!」

ケンダマは資料の山に腕をぶつけ、山を崩した。七魅の手前に一人のカメラマンの資料が滑り落ちた。

「あ、その人は報道カメラマンと言うことで候補から外したよ。」

「いや、この人はね、若い頃はグラビアを撮って、フリーになってから報道分野に移ったんだ。何で知ってるかと言うと、昔この人に撮ってもらう企画があったから。その時はヌーガラヒーガラでお流れになった。一度死んだ企画がグソーで復活すると言うのも面白い。ケンダマ、この人にオファー出してみて。」

「了解。」


 ある日米兵が車の運転を誤って、車いすのスロープから歩道橋の上に乗り上げると言う事件が起きた。新聞で大々的に報じられた。玲人が前日夢で見たとおりだった。


 七魅は写真集の企画を進めていた。

「スタイリストはやっぱり陽子さんが最高だ。ケンダマ、陽子さんにオファー出して。どうした、元嫁に頭を下げるのはイヤ?死んでもイヤ?もう死んでるからいいじゃない。仕事と割り切ってやろうよ。」

「うぇーい。」


 玲人の夢に久し振りに七魅が出てきた。

「部屋の掃除は済んだかい?まだ捨ててない物が沢山あるね。」

「千代子ちゃんは見つかったんですか。」

「まだだよ。でも、用意はできた。」

七魅は写真集を取り出した。タイトルは、

『死んだはずだよ七魅さん』

となっていた。その帯に、ファンクラブ初代会長の言葉が載せられている。

『七魅さんの新しい写真が拝めるなんて、死んでて良かったー』

「この写真集の出版記念サイン会を開いて、千代子ちゃんを知ってる人を調べるよ。お楽しみに。」

「調べるんですか。」

「どうした。会いたいんじゃないのかい?」

「無理して会わなくても。」

「部屋の掃除をしているじゃ無いか。女の子だって彼氏が欲しいんだよ。今更マゴマゴするな!」

七魅は玲人を突き飛ばした。部屋の中だったはずだが、後ろは崖になっていた。玲人は真っ逆さまに落ちていった。

玲人は汗びっしょりになって目を覚ました。

床に布団を敷いて寝ているが、体がすっかり布団からはみ出していた。こればかりの段差で墜落する夢を見るのかと玲人は不思議に思った。


 出版記念サイン会が開催された。七魅は大勢の客に向かって呼びかけた。

「サインの前に、皆さんにお聞きしたいことがあります。あたしの孫が、小学五年の時に転校していった千代子ちゃんを探しています。心当たりのある方は、教えてください。」

七魅は千代子の写真を拡大したパネルを自分の席の後ろに掲げた。

「それではサイン会を始めます。」

その日は千代子について有力な情報は得られなかった。打ち上げの席でスタイリストの陽子さんが七魅に言った。

「七魅ちゃん、この写真集って、千代子ちゃんを探すために企画したの?」

「そうよ。」

「写真集を作らなくても、私に言えば良かったのに。」

「え。」

「私、あの子のサポートをしているんです。」

「おやまあ、こんな近くにいたの。」

一同笑い出した。

「それじゃ、もしかして。」

「あんたとの間の子孫じゃないの。」

「陽子さん、千代子ちゃんと、あたしの孫の玲人を会わせてもいい?」

「いいですよ。そろそろ沖縄に戻そうと思ってました。計画を立てましょう。」

「ユタシクウニゲーサビラ。」


 玲人の部屋の掃除も殆ど終了したが、まだ捨ててないものがあった。高校一年の時の文化祭で、玲人のクラスは模擬喫茶をやった。誰かのアイデアで、男子がメイド姿で接待する女装喫茶に決まった。衣装を揃え、化粧を女子に手伝ってもらった。玲人はそのクラスでナンバー1の美しさだった。文化祭が終了した後、男子はメイド服を姉妹に譲ったり、古着屋に売ったりした。しかし玲人は、自室に保持していた。化粧道具を密かに買い集め、自分で出来るようになった。月に一度自室で着替えては、写真を自撮りしていた。玲人は箱の中に収めた服と化粧道具を眺めた。

「捨てる前に、もう一度だけ。」

頭の中で声が響いた。玲人は箱の中の物をリュックに詰めて家を出た。


 玲人が家を出る所を天空から七魅とケンダマが見ていた。

「期待通り、街に出て行った。これで千代子ちゃんと出会うはず。」


 玲人は街に出かけ、雑居ビルに入った。男女共用トイレに入って、個室の中で黒いメイド服に着替え、化粧をした。トイレから出て、コインロッカーに荷物を入れた。持ってきた黒い傘をさして、通りを散歩した。

意外と周囲の人は自分に関心を示さない。心地よい風が頬をなでる。横断歩道を渡った。ビルの二階に設置された時計が、やがて三時になろうとしていた。玲人はハッとした。

もし昨日見た夢が正夢なら、この先のコンビニから出てくる若い女性が、バイクに乗った人間に鞄を引っ手繰られる。

 若い女性がコンビニから出て来た。バイクが走ってきて、女性の鞄を引っ手繰ると、スピードを上げた。玲人は畳んだ傘を無我夢中でバイク乗り目がけて振り回した。

バシィィィィィッ。

バイク乗りは地面に叩き付けられ、暫くの間身動き一つしなかった。ようやく頭を持ち上げた時、コンビニの入っているビルから出て来た警備員数名に取り押さえられた。

「協力有難う。あんた、名前は?」

警備員の一人が聞いてきた。まさかこの格好で名前を聞かれることを想定しておらず、玲人は慌てた。若い女性が近づいてきた。

「有難うございます。ブラック・エリザベスさんですね?」

聞いたことのない名前だった。玲人は首を振って、人差し指を口に当てた。

「分りました。内緒にしておきます。」

女性が答えた。何が分ったのか、誰と勘違いしているのか、玲人は分らなかった。そのまま来た道を引き返して走った。

若い女性は警備員に向かって、

「あの人、本名を明らかにしたくないそうです。」

といった。走っていく玲人の背中を眺めて、頭を下げた。

 玲人はコインロッカーから荷物を取り出した。二階にある男女共用トイレ目指して階段を駆け上った。息が荒い。トイレの前に来た。使用中だ!ジリジリと扉が開くのを待った。水を使う音が聞こえた後、扉が開いた。玲人のクラスの級長の珠美だった。医者の娘で、容姿端麗、品行方正、学業優秀、無遅刻無欠席、非の打ちどころのない、絵に描いたような優等生である。珠美は玲人の側を通りながら、ジロリと玲人を見た。見破られたか?しかし珠美は何も言わずに去って行った。

 玲人はトイレに駆け込んだ。着替えを急いだ。鬘を外して、メイド服と一緒にリュックに押し込んだ。洗面台で顔を洗った。顔を洗った。もう一回顔を洗った。顔に化粧が残ってないのを確認して、トイレのドアを開けた。階段を降りようとすると、途中の踊り場に珠美がいた。バレたか?いや、踊り場からはトイレのドアは直接見えないはずだ。

玲人は内心のドキドキを押し殺し、珠美に軽く会釈して、階段を下りた。

すれ違いざま、珠美が口を開いた。

「玲人君、首の所が白いけど、どうしたの?」

玲人は飛び上がりそうになった。白粉が残っていた!

「アセモができて、薬塗った。」

「そう。大変ね。」

珠美は階段を登ろうとして、再び足を止めた。

「あ、玲人君、ちょっと聞いていい?」

「何?」

「演劇部の友達が、今度の劇のためにメイド服探しているんだけど、玲人君まだ持ってる?」

正に。今。ここに持っているのであるが、それは言いたくない。それだけは言いたくない。

「探してみるよ。」

玲人は声を絞り出した。


「今日は御苦労だった。偉いぞ。犯人を撃退した。」

七魅が玲人の夢にまた出て来た。

「メイド服を持ってるかどうか聞かれました。もう捨てちゃいたいです。」

「貸したほうがポイント稼げるよ。貸すより相手に上げるほうがポイント高い。」

「生きてる人間もポイント稼げるんですか。」

「生きてる方が稼げるんだよ。周りの人間に幸せを与えれば、ポイントが返ってくる。」

「そうなんですか。」

七魅は微笑んだ。

「先祖はいつだって、子孫を応援してるからね。グッドラック!」


 玲人のクラスに、千代子が転入してきた。千代子はショートヘアで眼鏡をかけ、大人しくて地味な印象だった。

 珠美は積極的に千代子に話しかけた。

「千代子ちゃん、クラスの事は何でも私に聞いてね。」

「うん、有難う。」

「千代子ちゃんは北海道から来たんだよね。沖縄はナマラ暑いっしょ?」

「期待されるほど北海道弁しゃべれんし。小学五年まで沖縄にいたから。」

「ああ、そうねえ。前もこの辺に住んでたの?」

「うん、実は、このクラスにも顔なじみがいる。まさか、同じクラスになるとは思わなかったなあ。玲人君。」

「玲人君、ちょっと来て。」

珠美に呼ばれて、玲人は二人の側に行った。

「知り合いだったの?どう?変わった?」

小学生の時より可愛くなっていると思ったが、さて正直に話しても良いものやら。

「体は成長したけど、顔は変わっていないと思うよ。」

「千代子ちゃんは玲人君をどう思う?」

「格好良くなったよ!」

素直に言えばよかったかも、と玲人は胸のうちで後悔した。

「どんな所?」

「小学校の時は、大体同じ身長だったけど、高校生になったら玲人君の方が高くなった。」

「そうかあ。…背が高いと言えば。」

珠美は玲人の方に顔を向けた。

「玲人君、お姉さんか妹さんいる?」

「いいや、一人っ子だよ。」

「この前の日曜日、街を歩いていたら、玲人君と同じくらい背の高い女の人を見かけたの。」

「親戚かなあ。」

玲人は必死にとぼけた。

「珠美さん、その人、どんな服でした?」

「うーん、服は注意して見なかったけれど、黒っぽかった。」

「私、黒い服の人に助けられたんですよ。日曜日に、コンビニから出た所をバイクの引っ手繰りに遭いました。黒いメイド服の人が引っ手繰りをやっつけてくれたんです。その人名前を言わずに立ち去りました。今度会えたら、ちゃんとお礼がしたいです。」

「会えるといいね。」

実は目の前にいる。

「玲人君、メイド服は見つかった?」

「え?メイド服?」

「玲人君が一年の時、文化祭でメイド喫茶をやったのよ。男子がメイド。」

「へー。」

「見つかったよ。物置の奥にあった。」

「演劇部の友達が、今度やる劇のためにメイド服を探しているの。玲人君、型取りしたら、返すね。」

「もらっていいよ。どうせ全然着ないし。」

「玲人君、文化祭の時の写真ってある?」

「一年の時の写真は残ってないなあ。」

「玲人。次の時間は体育館に移動しないと。」

玲人の友人の龍雄が声をかけた。

「そうだった。」

「ちょっと。廊下は走らないで!」

珠美が注意した。


「玲人君、お早う。」

「お早う。」

玲人の家と珠美の家、千代子の家は高校を挟んで反対側にある。登校時刻が揃っても出会うのは校門の前である。珠美と千代子が並んで歩いていた。

「今度出来るプラネタリウムは、人工芝の席が有るんだって。」

玲人は話を振った。

「寝っ転がって夜空を見られるんだね。」

「すぐ眠っちゃいそう。」

珠美はあまり乗り気でない。

「プラネタリウムはいいよ。涼しくて、夏休みに見に行かない?」

夏休みまでに、千代子と二人で話がしたいが、珠美が一緒にいて、チャンスが作れない。

『同じクラスにするのに、大分ポイント使っちゃった。』と七魅は言った。助けは得られない。自分で何とかしないといけない。


「あーあ、夏休みだと言うのに、補講があるねんて、おまけに制服着ることになってるし。」

「学校が授業に熱心なのはいいことさ。高校は勉強したい人が集まるところ。それにジャージでは気持ちが引き締まらないし、皆この制服に憧れてウチを受験するんだよ。」

「級長のおっしゃる通りですねー」

 玲人は焦った。タイムリミットは近い。しかし、人に信じてもらえない。

下校時になって、玲人は千代子を探した。

校門を出た所で、千代子と珠美の二人が歩いているのを見つけた。玲人は二人に走り寄った。

「玲人君、家は反対方向じゃ無いの?」

珠美が尋ねた。

「そうなんだけど、千代子ちゃんに言いたいことがあるんだ。」

「なあに?」

「この前、話をしたプラネタリウムがオープンしたから、一緒に見に行きたいなあ。プラネタリウムは過去や未来の空を見ることも出来るし。」

「玲人君、それ、もしかして、告白?」

珠美は玲人を睨んだ。

「うちのクラスの男子が、『夏休み中に女をゲットしたいぜ。』と私が後ろにいるにも関わらず大声で話しているのを聞いたことがある。玲人君、その話に乗ったの?大人しい千代子ちゃんをターゲットにしたの?昔からの顔なじみだから?千代子ちゃんはゲームの景品?千代子ちゃんは戦利品?」

「いや、違う。」

「何が違う?玲人君、進路希望調査もまだ出してないでしょ。自分の進路も決められないのに将来の何を語るの?」

「本当にそうだ。邪魔して悪かった。」

玲人は自宅の方に向かって走った。

走っていく玲人を見ながら、珠美は

『自分はなぜこんなにワジワジーしているんだろう。』

と思った。千代子は玲人の走る後姿を見ながら

「あ。」

と小さくつぶやいた。


「いやあ御苦労御苦労。良く告白したねえ。」

七魅が玲人の夢の中に出てきて、玲人をほめた。

「うまくいきませんでした。」

「そんな事ないよ。告白を拒んだのは、友人の方であって、千代子さんはハイともイイエとも言ってないだろう?結論を出すのは、まだ早いよ。ただ、南米の天文学者が地球に向かってくる隕石を見つけた。遂にタイムリミットが来た。じきに日本にも伝わる。明日は皆、慌ティーハーティーするだろうね。」

「僕はどうしたらいいんだろう。」

「とにかく謝りに行け。」

「千代子ちゃんに?」

「違うよ、もう一人の方だ。何だ、気が付いていなかったのか。それでは謝る練習をしよう。あたしをその子だと思って話してごらん。」


 翌朝、巨大な隕石が地球に向かっていると言うニュースが世界を駆け巡った。隕石は沖縄の近くに落ちて、その衝撃で発生する津波の高さは五十から七十メートル程度、地球に到達するのは十二時間後と予想された。沖縄は海抜の高い避難場所が少なく、沖縄から脱出できる人数にも限りがあった。

登校していた玲人達に、職員会議の結果が告げられた。帰宅して、家族と共に隕石の落下に備えるように、との事だった。

「先生、帰宅する前に、学校の掃除をしても構いませんか。」

先生からの了承を受けて、玲人のクラスは掃除を始めた。玲人や珠美は教室担当、千代子は裏庭担当の班だった。

玲人が机を拭いている所に、珠美が近寄ってきた。

「玲人君、昨日は変なこと言ってごめんね。」

「いや、気にしてないよ。」

「あのね、」

珠美は更に近づき、声を潜めた。

「ウチには核シェルターがあるんだ。」

「は?」

「隕石相手にどれ程有効か分らないけどね。食料の貯えもある。」

これは自慢話なのかな、と玲人は思った。

「玲人君もウチに来ない?」

「え?」

「小さなシェルターだから、クラス全員は無理だけど、玲人君だけなら余裕。何なら、玲人君のご両親もどうかな。」

「何故、僕を?」

「玲人君、一年の時の英語の課題で、英語のブログを付けるというのを、未だに続けているよね。そう言うひた向きさ、一生懸命さが気に入ったの。」

「本当だったのか。」

「え?」

「級長、いや、珠美さん、御免なさい!」

玲人は頭を下げた。

「僕を好きになってくれて嬉しいけど、僕が最後の瞬間に一緒にいたいのは、珠美さんじゃ無いんです。御免なさい。」

「千代子さんなのね。」

「御免なさい。」

「私の何が悪いの。」

「珠美さんは何も悪くありません。御免なさい。」

珠美は泣きそうになるのを堪えて、走って教室を出て行った。

暫くして龍雄が教室に入って来た。

「オイ、『廊下を走るな』と先生よりやかましく言う級長が、凄い勢いで走って行ったぞ。何があったバー?」

「玲人君が級長を振ったよ。」

「ハア?ジュンニカー。」

龍雄はあた教室を出て行った。玲人も又教室を出て、裏庭の千代子を探した。千代子は箒で庭を掃いていた。

「千代子ちゃん、聞いてほしい事が有るんだ。」

「箒しながらでいい?」

「いいよ。」

千代子は玲人の方を見ず、地面を見ながら箒を動かした。

「昨日言ったこと、珠美さんに遮られたけれど、実はあれ、告白なんだ。」

「それで?」

「小学生の時、千代子ちゃんに、『大きくなったら宇宙に連れて行く』と言ったこと、覚えてる?」

「うん。」

「千代子ちゃんが転校して、約束は果たせないかと思ったけど、沖縄に戻って来た。二人とも宇宙への興味を失っていなかった。宇宙から隕石が降ってきて、後わずかしかこの世にいられないかも知れない。知れないけれど、わずかな時間を、つ、つ、付き合ってください!」

「つ、つ、付き合います!」

千代子は箒を動かす手を止めて、玲人の方を向いた。

「玲人君の緊張が、移っちゃった。」

照れ臭そうに笑って、箒をせわしなく動かした。千代子の掃き集めたチリの山が、ハート型になっていた。


 夕方、千代子が玲人の家にやって来た。玲人の家の方が千代子の家より海抜高度が高いので、千代子の両親は千代子を玲人の家に行かせた。両親は家に残った。

落下予想時刻の三十分前に二人は家を出て、より高いところにある公園に向かった。意外と人影はまばらだった。

 二人は公園のベンチに腰掛けた。すっかり夜になった。

 東の空に大きな白い玉が現れた。光の玉は輝きを増しながら、大きくなった。昼のように明るくなった。空全体が轟音に包まれた。二人は耳を押さえたが、意識が暗闇に落ちた。


玲人は自分が草原の上に立っている事に気が付いた。目の前に七魅が居た。

「ここはグソーですか?」

「お前達はまだこの世にいるよ。」

暗がりから人が歩いてきた。千代子だった。

「千代子さんの夢とグソーをつなげた。二人とも同じ夢を見ているんだ。千代子さん、初めまして。玲人の祖母の七魅です。グソーでは年齢や姿格好の設定が自由なので、十六の頃の格好をしています。あまり驚いてないところを見ると、経験があるのかな?」

「私のおばあちゃんと、若いころの姿で会いました。」

「成程ね。隕石は上空を通過して、あなた達は助かりました。アメリカの人工衛星が、隕石の軌道を変えたって。詳しくは、起きてからラジオを聞いてね。」

「七魅さんは、この結果を知っていたんですか。」

「未来には幅があると前に言っただろう?お前が千代子さんに告白した事で、世界が確定したんだよ。さて、私の役目も終わった。そろそろ姿を消そうね。」

「そんな、もう会えないんですか!」

「おいおい、あたしが姿を現す時は、ヤバい時なんだぞ。」

七魅はニヤニヤした。

「姿を消しても、お前を見守っているし、都合を手配してあげるよ。都合を手配すると言うのは『良い偶然』を起こすという事さ。姿を消す前に、玲人に是非聞きたいことがあるんだ。千代子さんも聞きたいと思うよ。」

「何ですか、それは。」

「お前はどうして毎月、化粧までしてメイドの格好をしたのか、冥土の土産に聞かせてもらえないかね。」

玲人の自撮り写真を二人に見せた。

「そんな、何故そんなものが!携帯のメモリーから全部消したはずなのに。」

「お前の記憶からは消えてないんだよ。」

「何も千代子ちゃんの前で聞かなくても。」

玲人はポロポロ泣き出した。

「スグラリルよ。千代子さんに聞かせなきゃダメだろ。お前が、体は男でも心は女だと感じていて、将来女になりたいと思っているなら、千代子さんはそれを受け止めないといけない。隠したままだと千代子さんを不幸にするんだ。玲人!本当はどうなんだ。」

玲人は両膝を地面に落とした。いつの間にか黒いメイド服を着ている。玲人はヒザマヅキのままで、答えた。

「男です。…僕は男です。…自分が男である事を疑ってはいません。変身してみたかったんです。」

周囲の草花が次々とシャボン玉を吐き出した。

「魂は嘘をつかない。お前が口先で嘘を並べても、周りがノーと言う。皆、丸をつけているな。千代子さん、玲人の言ったことを信じてもいいよ。」

「走る後姿を見た時、ブラック・エリザベスさんは玲人君の扮装とわかりました。いつも周りに人がいて理由を聞けませんでした。今日は隕石のことで頭が一杯で。」

「そのエリザベスさんって、誰?」

「『マーヴェラス・メイド』というアニメの登場人物だよ。豪華宇宙客船の従業員、ブラック・エリザベスとホワイト・ヴィクトリアの二体のアンドロイドがメイド姿で活躍する。」

「お詳しいですね。」

「劇場版第一作のエンディングを歌ったよ。千代子さんが見ているのは三回目のリメイクかな。未だに人気があるのは嬉しいね。」

「関係者でしたか。」

「玲人、お前の変身願望を満たすにはね、十月に開かれるコスプレのイベントに出るといいよ。千代子さんと『合わせ』をやりな。」

「『合わせ』?」

「二人が組になって、出演するんだ。千代子さんはホワイト・ヴィクトリアの服を持っているよね。」

「よくご存じで。」

千代子の服が白いメイド服に変わった。

「千代子さん、玲人をどう思う?」

「男性なのにこんなに美しかったら、女性の立場がありません。」

「そりゃ私の孫だもの。…見てくれはともかく、ヘタレな処のある奴だが、改めてどう思う?」

「危険を顧みず、鞄を引っ手繰られた私を助けてくれました。だから、どんな格好をしていようと、私の王子様なんです。そして、私を選んでくれました。」

千代子は玲人の前に来た。

「私からお願いです。どうか、いつまでも、どこまでも、お側にいさせて下さい。」

玲人は立ち上がって、うなずいた。二人の顔が近づいた。

「夢の中では感触がないぞ。起きてからチューをしろ。」

七魅が注意した。

二人の服は公園にいた時のものに戻った。

「玲人、お前にもう一つ伝えたいことがある。」

「何ですか。」

「お前は英語のブログを今でもつけてるね。」

「はい。」

「あたしの事、予知夢の事をブログに書いたね?」

「はい。」

「お前のブログ記事をあるNASAの職員が拾った。自分の他にも予知夢を見た人がいると勇気づけられて、人工衛星を使った隕石の防衛体制を軍の上層部に進言したんだ。」

「その人の名は何ですか。」

「『ミスターNASA』としておこうか。」

「教えてくれないんですか。」

「お前が宇宙への夢を忘れなければ、自然に分かるようにしておくよ。」

「分かりました七魅さん。俺、宇宙の勉強をしっかりやって、いつか『ミスターNASA』に会いに行きます!」

「そろそろ時間だ。千代子さん、玲人をよろしくね。玲人、千代子さんをこれからも守れよ。」

「はい。」

「玲人、いい顔になったよ。」

七魅が景色の中に溶け込んでいった。二人は公園のベンチで目を覚ました。

「家まで送っていくよ。」

玲人が先に立ち上がった。千代子は片手を玲人の方に出した。玲人は千代子の手を取って千代子を引っ張り上げた。千代子が玲人の手をつかんで離さないので、そのまま千代子の家に向かった。歩きながら携帯でインターネットラジオを聞いた。米国が人工衛星を使って隕石の軌道を変え、地球上空を通過するようにした事、軍事機密ゆえ直前まで発表しなかった事を報じた。

「何て言ったっけ、あのアニメ。まだ見た事無いんだよ。マーヴェーラー?」

「『マーヴェラス・メイド』。今度、一緒に見ようね。」

「うん」


十月になり、玲人と千代子は、コスプレ会場にいた。コンテストの出場を控え、ステージでのポージングの練習をしていた。

「気合い入ってるやしぇー。」

龍雄と珠美のカップルが顔を出した。珠美が教室を飛び出したのを龍雄が探して、何だかんだ、すったもんだの末、引っ付いたのである。

「龍雄、遂に数学で満点取ったな。おめでとう。」

「有難う。彼女が出来ると、いい事があるなあ。」

龍雄はBGMを耳にした。

「BGMに使うのは、これか。劇場版一作目のエンディングだな。」

「龍雄さん、このアニメ知ってるの?」

「うん、知ってた。」

龍雄は携帯電話を操作して検索結果を珠美に見せた。

「この人が歌っているの?シチミさん?」

玲人と千代子は一緒に叫んだ。

「違ーう!シチミじゃなーい!ナナミ!」

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