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苦手な方はご注意ください。

廃れた遊園地にいる悪魔

作者: 兎慎愛守朶

 俺は今、5年前の謎に向き合おうとしている。俺は今、理不尽に失った大切なものを取り戻そうとしている。そのために今、廃園になった遊園地『ドリームランド』に向けて車を走らせている。

 ドリームランド。それはアメリカ西部の荒野にある来場者数年間2000万人以上の遊園地だった。そのおかげで町ができるまで開拓しきれていない場所でも道路が通り、町形成の足掛かりになるはずだった。

 ところがその遊園地で子供が消える事件があった。最初は1人、そして1年後には30人、2年後には100人以上の子どもが消えてしまった。

 何を隠そう、その子供たちの中に俺の娘も含まれている。あの時、ドリームランドのチケットを手に入れて、新品の洋服を着て、思い切り一緒に遊んでいたのに。

 子どもの失踪が明るみに出て支配人は自殺、そして事件が発生してから3年も経った日には来場者数が1人もいなくなった。それに加えて、詳しくは忘れてしまったがこの遊園地には悪魔が住み着いている等、幾つか怖い噂も出てきてとうとう廃園にまで追い込まれてしまった。

 だが廃園になっても子供たちは見つからないまま。かといって探しに行こうにも、その地域の警察組織は腐敗していて信用ができず、俺を含めた子供たちの親が探しに行ったが、その親も数名が行方不明になってしまった。

 捜査は断念。もちろん最後まで諦めなかった親が大半を占めていたが、俺はミイラ取りがミイラになるよりかは見つかるのを待った方がいいと考えてしまった。もしかしたら俺も行方不明者になるのが怖かったのかもしれない。

 俺は仕事の関係で日本に滞在したことがある。そこで果報は寝て待てという諺を習った。娘が行方不明になったというのに、それは正しかったと痛感した。なぜならついさっき、俺の家に1通の手紙が届いたのだ。それは間違いなく娘からで、ただ一言

「|助けてパパ《Help me Dad.》」

とだけ書いてあった。娘のことを諦めていた俺はPP19というサブマシンガンと弾だけを車に積んで出てきたのだった。

「着いた」

 近くに小さな町はあるが、ドリームランドの周辺はやはり荒野だ。ドリームランドを囲む壁がまるで魔界の扉のように世界を隔てているようだった。駐車場だったところに車を停め、入場門の前に立つと、入口の鉄格子の門は錆びていて少し蹴れば破ることができた。

入場門から見渡すドリームランドの景色はとても奇妙で、不気味だ。太陽が憎らしいほどの快晴の昼だというのに薄暗く、カラスが俺を見下ろして鳴いている。だが娘がどこにいるのかも当然わからない以上当てもなく歩き続けるしかないのだ。

「何だ?」

 何か硬い棒状の物を踏んだ。見てみると線路だ。なんでこんなところに?

 そういえば微かに右の方から、何かがこちらに向かってくる音が聞こえる気がする。

「……!」

 嫌な予感を全力で否定しながらゆっくり右を向いてみる。そこには線路に沿って高速で迫ってくるジェットコースターの車両があった。

 避けなければ運良く死なないにしても重傷を負うことは間違いない。それは頭でわかっているが足が動かなかった。

「やれやれ仕方ないなぁ」

 そんな声がはっきり聞こえた。そして俺は背中を蹴飛ばされたように前に飛び、車両を避けることができた。

 車両が通り過ぎて後ろを振り返る。そこには高い枯れ木の枝に腰かけた、黒いローブを着てとんがり帽子を被り、その身長ほどもある長杖を携えた女の子がいた。カラスたちと一緒に俺を見下ろしていて、不気味だ。俺はすかさずPP19の銃口を向けた。

「警戒しないでよ。あたしはおじさんの味方だからさ」

 彼女は話を続けた。

「おじさん、この遊園地の噂、知ってる?」

「悪魔が住み着いてるって噂か? それなら知ってる。俺の娘が被害者なんだ」

「うーん、悪魔が住み着いてる……というよりかは悪魔がいる(・・)って表現が一番正しいんだよね」

 何の違いがあるのかわからないが、それには触れなかった。

「君は何なんだ?」

「あたしはロンド。ロンド・マティエル。美少女であること以外は至って普通の魔法使いさ。おじさんこそ誰なのさ」

「俺はエルク・ノーラン。娘のアシュリーを探しに来た」

 ロンドはふーんと興味なさげに生返事をした。魔法使いに生返事を返したいのはこっちだ。

「それよりおじさん、この遊園地の噂をほとんど知らないんだね。だから教えてあげるよ。

一つ ジェットコースターで事故が起こるのに、どれも死因が違うんだ。無理もないよねジェットコースターが殺意を持って人を殺しに来るんだから。

二つ ミラーハウスから出てきた人が中身だけ別人みたく変わったって噂。もしかしたら鏡の中の何かがおじさんと代わりたがってるかも。逆に言えば鏡の中の何かと入れ替わってしまった娘さんが鏡の中に……。

三つ ドリームキャッスルには秘密の地下室がある。そういえば一階のある場所で血の匂いが微かにしたなぁ。

四つ 観覧車から小さい声で“出して”って声が聞こえるらしい。女の子の声らしいけど、おじさんの娘さんはどんな声かな?

五つ アクアツアーには怪物がいるらしい。それが悪魔なのかは知らないけど

六つ メリーゴーランドがひとりでに動くらしい。夜にそれを見るときれいらしいけど……」

 ロンドが胸元から一枚の紙を取る。そして俺に投げた。

「遊園地のパンフレット。夏のホラー2017って表紙に大きく書いてあるけど何のことだろ。とにかく地図があるからあげるよ。ここから近いのはミラーハウスだ」

 そして今度は腰から出した円柱状の手榴弾を俺の手中に投げた。

「手榴弾?」

「スモークグレネードだよ。それもあげる。たぶんミラーハウスで使えるから」

 ロンドは枝を一切揺らさず立ち上がるとぴょんぴょんと跳ねた。

「それじゃ、一旦最後のアドバイスだ。ミラーハウスの中ではその銃を使わないで。取り返しのつかないことになるから。また会おうね」

 言うだけ言ってどこかへ飛んで行った魔法使い。カラスたちも彼女について行った。

 地図を開くと、腐っても大人気の遊園地だったことを思い出さざるを得ない広さだ。取り敢えずはすぐ近くにあるミラーハウスに入ることにする。

 ミラーハウスはお化け屋敷じゃない。だがここにあるミラーハウスは看板がボロボロで、蜘蛛の巣が張り、外装のペイントがくすみ、お化け屋敷のような風貌だ。俺は噂なんて信じちゃいないが、もし鏡の中に娘がいたとして、どうやって救い出せばいいんだ?

 早速中に入ってみると俺がたくさんいる。どこが鏡の壁でどこが本物の空間なのか考えるだけで頭が痛くなる。

「うがっ」

 鏡の壁にぶつかった。思い切り鼻にぶつけたから痛くて、蹲った。

 周囲に誰もいないことはわかっている。だが俺はつい周囲を見渡した。そこにはいろんなアングルで俺と同じように蹲っている俺ばかりだが、ひとりだけ心配してくれているのかこちらに向かって歩いてくる俺が一人……

 俺は立ち上がって、来た道を走って引き返す。鏡の中の俺が追ってきていた。

「うぐぁっ!」

 さっきと同じように鏡に激突して後ろに倒れる。とっさに振り返ると、目を見開いたその俺が走ってきていた。それも真っ直ぐに来るのではなく、鏡の中を移動しながら迫ってくる。

 俺はPP19を構え、手当たり次第に撃つ。64発の弾倉の中が空になるまで撃ち続け、鏡が粉々になって壁にも床にも鏡の破片が散らばった。

 一息ついて座り込む。これだけ撃てば大丈夫だろう。重い腰を上げて奥に歩き出した。

「ッッ!」

 俺の肩を強い力で引っ張られた。首を回してできる範囲で後ろを見てみると、鏡の破片全てから腕が伸びていた。振りほどこうにも指一つ一つが俺を離さない。

 もがいていると俺の手に硬いものが触れた。それはポケットの中に入れてあった、さっき魔法使いがくれた手榴弾だ。その時俺は何も考えていなかったが、すぐにそのピンを抜き、できる限りの力で投げた。

 それが爆発すると白い煙が辺りに充満した。すると鏡から伸びる手が離れた。すぐに走るが、やはりまた鏡に激突して尻もちをつく。これじゃさっきと同じだ。煙が晴れたら今度こそ鏡の中に引きずり込まれてしまうだろう。

「やれやれ仕方ないなぁ」

 そう聞こえてハッと前を見る。俺の足元から赤い光を放つ一筋の線が曲がりくねって伸びていた。それに沿ってゆっくりと走り出す。不思議なことに、それを追っても鏡の壁にはぶつからなかった。

 出口が見えてきた時には白い煙が晴れていた。俺は振り返らずにとにかく走り続けた。

「ッ!」

 肩を掴まれた。後ろを見るとそこの鏡から鏡に映った俺の手が伸びている。俺は強張った顔をしていると思うが、鏡に映ったその顔は恍惚とした笑顔を浮かべていた。

「やっほーおじさん。修羅場?」

 入口からさっきの魔法使いが顔を覗かせた。

「助けてくれ! 俺はまだ死ねないんだ!」

「はいはい」

 ロンドが長杖を俺の背後の鏡に向けた。そして白く光る玉を杖の先から飛ばす。そしてそれが鏡に着弾すると一杯に鏡が曇った。

 すると俺を掴む手も消えて、俺はミラーハウスから脱出することができた。

「おつかれおじさん」

 息をつく間もない。あの恐ろしい館に娘がいるのかもしれないなら助け出さねば。

「待ってよおじさん」

「何を待てというんだ。娘を連れださないと」

「あの中に娘さんがいるわけないじゃん。人が変わったってんならなんで消えたことになってんの。身体はどこ行っちゃったの」

「……」

 確かにもし鏡の中にいるのだとしたらどうしようもない。俺はPP19の弾倉を入れ替えて別のアトラクションに行くことにした。

「それじゃ、次はどこ行く? ここからなら観覧車が近いよ。2㎞くらいあるけど」

 ロンドは俺の考えを見透かしたように言う。

「行こう。ところでお前はどうする」

「あたしはとりあえず今回おじさんと一緒に行くことにするよ。んじゃ、観覧車のとこまで行こうか」

 ロンドが長杖を前に向けて何かつぶやく。

「……!」

 ロンドの目の前に白い空間が現れた。これが魔法だろうか。

「ささ、観覧車まで直通空間だよ。来て来て」

 ロンドが白い空間に足を入れて手招きする。俺は白い空間に対する警戒心なのか、それとも状況の整理ができていないのか俺自身わからないが、素直に空間に向かえなかった。

「やれやれ仕方ないなぁ」

 今度は俺に長杖を向けた。すると磁石にくっつく鉄のように吸い寄せられ、ロンドと一緒に白い空間に誘われた。

「どうおじさん。空間移動だよ」

「いきなり何しやがる」

「いいじゃない。娘さんがいるかもしれないところに一瞬で移動できたんだから」

 いつの間にか俺の目の前に朽ちかけた観覧車がある。それはゆっくりゆっくり、最期の命を使い果たすかのように回り続けていた。

 早速俺は観覧車に駆け寄ってゴンドラの引き戸に手をかけた。

「ふんっ」

 しかしどれだけ力を込めても、俺の全体重で引いても戸は開かなかった。やがて回り続けるゴンドラは上昇し、俺はそのゴンドラを諦めた。

 だが確かに、外から見る限り誰もいないゴンドラの中から聞こえた。ドアの微かな隙間から子供の声で”|出して《Please take me out.》”と。

「おじさん、何か聞こえたかい?」

「ああ、中には誰もいないが、出してくれと言ってる」

 この中に誰かいるのならば娘のことを知っているかもしれない。俺は次のゴンドラに手をかけたが、やはりドアは開かない。

「自慢の銃で撃ってみたら?」

 ロンドから助言されるまま、PP19をドアの蝶番に撃ってみた。すると、それはたやすく外れ、人間が中に入るには十分の空間ができた。

 ゴンドラの中に足を踏み入れると、やはり何もない。俺は見えない何かに、藁に縋る思いで訊いてみた。

「なあ、アシュリー・ノーランって女の子を知らないか」

 しかし、返ってきた答えはこうだった。

「|出して《Please take me out.》」

ゴンドラの壁を蹴って、落胆を表に出してゴンドラを後にした。

「その様子だと有力な情報は無かったみたいだね」

 今度はロンドがゴンドラの前に立った。そしてゴンドラの中に語り掛けた。

「扉は開いてる。もう出られるんじゃないの?」

 俺の位置からじゃ聞こえないが、ロンドの両手を肩の位置で上に向ける動作で「出して」の一点張りなのだと確信した。

「やれやれ仕方ないなぁ」

 それから俺が目にしたのは、魔法使いの力だった。

「そりゃ」

 ロンドがゴンドラのガラス張りの上部を、その見事な美脚で蹴る。するとその脚が通った位置にある全ての物が吹き飛ばされた。

「……?」

 ゴンドラの上部が消え去り、今度はロンドの後ろ回し蹴りでゴンドラの席がある下部が消え去った。

 そう、魔法使いの(脚)力を見た。

「ささ、これで出られただろう? おじさん、他のゴンドラもあたしが調べとくから次のところに行っててよ。娘さんがいたら保護しとくから」

 そしてさっきと同じようにロンドが長杖から白い空間を出した。

「ドリームキャッスル直通だ。地下の拷問部屋を探して」

 俺はもう思考停止していた。気づくと俺は白い空間に足を踏み入れていた。

 そしてその向こうで、俺のすぐ側にドリームキャッスルという城を象った大きな建物があった。もちろんロンドはいない。

このドリームキャッスルの中は仕掛けの謎を解くことで道が開けるアクションゲームのダンジョンのような城だ。正規のルートは子どもが解きやすいようおよそ9歳から12歳までを対象とした謎解きが用意されている。だが地下の拷問部屋とやらはよほど難しい謎解きか、あるいは関係者のIDカードでも無いと辿り着かないはずだ。もちろんそんなものは持っていない。扉が見つかってもPP19では火力不足だろう。爆薬か、ロンドの脚力がほしい。いや、本当に拷問部屋があるなら見つけるのも難しいだろう

「うわっ!」

 遠くで大きな爆発音が聞こえた。そして衝撃波もここまで届く。いきなり何なんだ一体。だがそんなこと今はどうでもいい。入ってすぐの横の壁に小さな鉄の扉が外れて開いていた。衝撃波で外れたようだ。その先に真っ暗な階段が続いていて、本当に地獄へ続く階段かと思ってしまう。

「ぎゃっ」

 誰かが俺の背中を押し飛ばした。俺は階段を転げ落ち、暗くてよくわからないが広いところまで落ちたようだ。

「何してるんだいおじさん」

 痛む全身を起こして後ろを見ると長杖の先から光を放って突っ立っているロンドがいた。

「俺を突き飛ばしたのはお前か?」

「うん。だっておじさんが邪魔であたしが入れなかったんだもん」

「一声かければいいだろ」

「いや、おじさんここ通るの躊躇ってたじゃん」

「絶対他に方法があった。ところで観覧車はどうしたんだよ」

「ゴンドラ全部見ても人間の姿は無かった。だから観覧車全体を爆破してゴンドラは木端微塵さ」

 さっきの爆発はそれだったのか。

「ダイナミックなことするな」

「そうでもしないと過労死しちゃうよ」

 ロンドが前に進む。光源はロンドの杖しかないから自然と俺もついて行くことになる。

「うひゃあなんだこれ」

 ロンドが杖を指す方には血まみれの磔台だ。壁には何本もの鉄の爪が付いた鞭やスタンロッドなどが掛けられている。

「拷問部屋……だな」

「ほら、あっちにアイアンメイデン」

 ロンドが右側に杖を向けると確かに体幹が開いて古い血がこびりついている針を向けたアイアンメイデンがあった。その隣にはファラリスの雄牛がある。

「光を強くしよっか」

 ロンドの杖の先の光が天井に接触した。すると部屋全体が見えるようになる。部屋は高校の教室くらいの広さだ。中心に手術台を見つけた。

「このボタンは何かな」

 ロンドは拷問器具が何もない壁にある「注意!」と書いてあるガラス張りの赤いボタンに興味を示していた。

「おい押すな――!」

 よと言い切る前にロンドは握りこぶしを叩きつけてボタンを押した。

 すると壁が開いた。そこから出てきたもの、それは2メートルはあろうかという巨人がロンドの杖先の小さな光でさえ反射する大斧を引きずって出てきた。

「どうすんだよこれぇぇ!」

「どうするって……」

 ロンドが俺を見つめて数秒、親指を上に立てた。

「グッドラック」

「ふざけんな!」

 斧男は俺より前にいたロンドに斧を振り下ろした。

「よっと」

 ロンドはそれを軽々と避け、床が砕けた。

 斧男は今度は斧を横に振って俺を薙ぎ殺そうとする。後ずさりながら、俺は奴の頭に当たる部分を撃った。

「なっ……!」

 斧男はびくともしない。斧の一振りが俺の首を刈りに来る。それを体勢を低くした前転で避けて背中に弾倉に残った全弾を叩き込んだ。斧男は少しだけ仰け反ったが、それだけだった。

 斧男は振り向きざま、俺に斧を振り下ろす。横に跳んで死を免れたが右肩を打った。

 どうしても決定打が足りない。もともとPP19は軍で採用されているメインウェポンと比べると威力そのものはそれほど強くないからあの斧男の巨体にダメージがあるのかどうかもわからない。 

 ちらりとロンドを見てみる。

「……」ニタニタ

 あいつ、血がべったりついた手術台に腰かけてニヤついてこっちを見てやがる。斧男より、ドリームランドに住み着いているとかいう悪魔よりもあいつが一番魔性の女だ。

「お前がまいた種だろお前がなんとかしろ!」

 斧男に弾を叩き込みながら怒鳴る。

「か弱い女の子にそんなガチムチ男の相手をしろっていうの?」

 観覧車を木端微塵にできる、綺麗だがなんかふてぶてしい美脚を持つ女がか弱いだって?

「やれやれ仕方ないなぁ」

 ロンドが手術台からぴょんと飛び降りて、右手で腰から白く光る剣を抜いた。この世にミスリルという金属が実在したならば、きっとあの剣を構成する金属がそれなのだろう。

「ほら」

 ロンドが長杖の地を向いている方の端を持ち、斧男を杖で殴る。するとPP19でも少し仰け反らせることが精一杯だったにも関わらず斧男は大きく体勢を崩した。いくらPP19の威力が他の銃より低いと言っても銃は銃。弾一発当たれば人が死ぬくらいの威力はある。

 そして斧男が斧を横に薙ごうと腕に力を入れる前にロンドが剣で胴体を斬った。

「……!」

 たぶん俺も斧男も同じことを思ったに違いない。いや、観覧車を一蹴りで粉微塵にしたのだから不思議ではないのかもしれないし、そっちの方が衝撃的だろう。だがそれでも俺は驚かずにはいられなかった。

 斧男の太い胴体、そして9㎜弾を通さなかったその身体を真っ二つにした。

「柔いね」

 ロンドが剣を収めた。

「おじさん、幽霊見える?」

 俺に霊感は無いと思う。俺は黙って首を横に振った。

「じゃああたしが媒介になるね」

 ロンドが俺の額に杖の先を当てる。すると部屋いっぱいにひしめくように半透明の人間が現れた。

『お嬢ちゃん強いなぁ』

『かっこいい! ヒーローみたい!』

『魔法使って! 魔法!』

『かわいい……ぐへへ』

 ロンドを英雄視する者、斧男を蹴る者、安堵の表情を見せる者が多い。

 だが中には

「あんた大丈夫かい?」

 と俺に声をかけてくれるおばちゃんもいた。

「俺の娘……アシュリー・ノーランって女の子を知らないか」

 失礼とは思ったが俺の開口一番はそれだった。

「あんたも娘を探しに来たのかい」

「あんたもって?」

「あたしらも行方不明になった子供を探してここに来たんだけどね、ここ、ドリームキャッスルで拷問されてこのざまさ。その拷問した人間は捕まったらしいけど、遊園地に住む悪魔ってやつがあたしらを地縛霊みたく縛りつけやがったのさ」

 なんだかよくわからないがここに娘がいないことはわかった。

「ねえおばちゃん、その悪魔ってどこにいるかわかる?」

 ロンドが訊ねた。するとおばちゃんは悪戯した子供を咎めるように答えた。

「アクアツアーにいるって話があるけど絶対に近づいちゃダメよ。下手をしたら死んじゃうかもしれないんだからね」

「アクアツアーの噂がそれか」

 そういえばロンドと出会ったときにそんな話をしていたな。だがそんな悪魔に興味は無い。

「そういえばあの悪魔が子供を攫ってるって話も無かったかしら」

 おばちゃんとは別の比較的若い女が言った。

「おじさん、決まりだね」

「アシュリーがいるかもしれないなら仕方ない」

 ロンドが今までと同じように杖の先から白い空間を出した。

「あたしはちょっとやることがあるからおじさん先に行っててよ」

「やることってなんだ」

「細かいこと気にしない」

 俺はロンドに背中を蹴飛ばされて空間に入れられた。

 そして周りを見渡すと室内だ。水族館で水槽がそこら中にあり、なぜか薄暗い照明が点いていて水槽に魚さえいればとても清涼感と静けさで落ち着くのだが。

 そういえばどの水槽で見たのか聞いてないが、妙な生物を見たと言ってもそんなにいつでも見られるわけではないだろう。

「いや、そんなものよりアシュリーだ」

 そんなものと遭遇する前に娘を探さなければならない。とにかく片っ端から探そう。

「……誰?」

 通路の死角から一人の女の子が姿を現した。5年前と変わらない姿で。

「アシュリー……?」

「パパ……?」

 見間違うものか。それは俺の娘だ。少し身長が高くなって薄汚れた肌、行方不明になったあの日から確かに時を経た姿でそこに立っていた。

「アシュリー!」

「パパ!」

 アシュリーが俺の懐に走り、いきなり胸元が押される。アシュリーが俺を突き飛ばしたのだ。

「パパ、私を連れて今すぐ逃げて。早くしないと悪魔が来る!」

 アシュリーが叫んだ。悪魔? アクアツアーの生物のことか?

「おじさん、その子の言う通りだ」

 足音も無くアシュリーの後ろ、俺の前からロンドが歩いてきた。

「どういうことだ」

「あれのこと」

 ロンドが杖で指す方、それは鮫を飼育する水槽だった。その奥から何かが泳いできている。その泳ぎ方はイルカの泳ぎ方を模したフィンスイムのような泳ぎ方で、その容貌は人型、半魚人と言えば想像に難くないだろう。

 その半魚人が水槽を突き破って出てきて、当然俺もロンドもアシュリーもその水を一杯に浴びた。

 半魚人がカエルのような声を上げてこちらを睨みつけている。

「君は何者だい?」

 ロンドが剣を抜いて半魚人に話しかけた。

「幼い人間が極上に美味いが仕方ない。だが娘の方は今までの人間よりはるかに美味そうだ」

 ロンドににじり寄る半魚人はその手からカットラスのような爪を伸ばした。

「おじさん、あれが遊園地に住む悪魔と言われるものだ。逃げて!」

 ロンドを切り裂こうと半魚人が爪を振り下ろす。杖でそれを遮って半魚人の脇腹を斬ろうとしたが半魚人は飛び退いて避けた。その内を見て俺はアシュリーと一緒に出口に走った。

「パパ、あの人殺されちゃう!」

「あいつは強いから大丈夫だ!」

 外が見えた。すっかり夜になっていて暗い。だがなぜかアトラクションの電気がついていて明るかった。

「出口だ、出られるぞアシュリー!」

 そして外への第一歩。俺は棒状の硬いものを踏んだ。

「パパ危ない!」

 咄嗟に前転する。あとコンマ一秒でも遅ければ俺の身体が粉砕されていたことだろう。俺がさっきまでいたところにジェットコースターが通った。

「パパ大丈夫!?」

 アシュリーが俺に駆け寄ってきた。

「ああ、俺は大丈夫だ。それより、もう大丈夫だぞ」

「……パパ!」

 アシュリーが俺に抱き着いた。温かい。アシュリーが死んでいるなんて嘘だ。

「さあ、それよりここから逃げよう。出口はあっちだ」

 俺はアシュリーの手を引いて走った。

 そして入場口の広場に着いて、出口の”See you again”と書かれた電飾がカラフルに光っていた。もう二度と来るものか。

 出口に、駐車場に停めていた車に走る……が、俺たちの目の前に大きなものが上から落ちてきて、立ちふさがった。

「逃げるな。久々の肉」

 さっきの半魚人だ。すぐにPP19で撃ったが、鱗が敷き詰められた腕で弾かれた。

「アシュリー離れていろ!」

「嫌だ! パパと一緒にいる!」

 くそっ……どうして言うことを聞いてくれないんだ。こんな時に。

「お嬢ちゃん、離れていましょうね」

 そう言ってアシュリーの手を引いて離れてくれる者がいた。俺はその人の顔を知っていた。

「あんた……さっきの……」

 ドリームキャッスルに閉じ込められていたおばちゃんだ。

「お姉ちゃん、お父さんを信じて」

 見知らぬ子供もいる。だが見覚えが無くともその声に聞き覚えがある。観覧車にいた時だ。

「そいつが俺たちを閉じ込めたんだ!」

「人間の手で悪魔を倒せ!」

「きゃーイケオジこっち向いてぇ!」

「そいつは陸なら弱いはずだ頑張れ!」

 あたりを見渡すと半透明の人間たちが大人子ども問わず俺と半魚人を囲んでいた。その人数はまるで大人気のヒーローショーを見に来た客のようだ。

「パパがんばって!」

 彼らの応援に応えたいわけじゃない。だが彼らが俺を悪魔と呼ばれている半魚人に勝てると錯覚させる。きっとこれを勇気と呼ぶのかもしれない。

「やってやる!」

 まずは悪魔の弱点を見出したいため少しずつ角度を変えながら断続的に引き金を引く。だが腕や背中、頭はその堅牢な鱗に守られて弾が通らなかった。

「パパ、ジェットコースターが!」

 アシュリーが叫んだ。左後ろを見るといつの間にかジェットコースターの線路が通っている。

 最高のタイミングだ。俺はあえて線路の真ん中に座った。後ろからジェットコースターの車両が轟音を立てて近づいてくる。だが俺の目は、俺に爪を突き立てんと飛びかかってくる悪魔を見ていた。

 PP19を右手に持って、肩と平行に肘を伸ばして、撃つ。するとその反動で俺の身体は左に転がった。そして受け身を取って立ち上がる。

 線路の上には爪が地面に刺さって抜けない悪魔。そして轟音を立てて走るジェットコースターが悪魔とぶつかると、鉄片と鱗が飛び散り、車両と悪魔は飛ばされてその身体を地面に叩きつけた。

「勝ったのか……?」

 観客からは大歓声。俺はPP19で警戒しながら、悪魔へ近づいた。

「ウゥ……」

 悪魔にはまだ息がある。早いうちに弾を叩き込んで息の根を止めよう。

「待っておじさん」

 俺の後ろからロンドの声と、足音がカツカツと聞こえた。

「お前、今までどこで何をしていたんだ」

「ごめんね。この悪魔に逃げられちゃって」

 そこで悪魔が顔を上げて言った。

「貴様、俺の邪魔はするな……本物の悪魔め!」

 俺はロンドを見た。

「どういうことだ」

「こんな美少女に悪魔だなんて失礼だなぁ。まあでもいいや。あたしから言うことは一つだけ。こいつは悪魔と呼ばれて調子に乗っているだけの馬鹿野郎だよ」

 ロンドはジェットコースターの破片を悪魔の心臓があるであろう部位に突き立ててとどめを刺した。

「お前は結局何者なんだ」

「美少女であること以外は至って普通の魔法使いさ」

 そんな時に幽霊たちが割って入ってきた。

「ロンドちゃんが悪魔かどうかは知らないが、彼女はいい子だよ。なんてったってドリームキャッスルや観覧車を消してあたしらを解放してくれたんだからね」

「あの建物を爆破して消したのはすごかったなぁ」

「魔法使いのお姉ちゃんのおかげで助かりました」

 ロンドめ、そんなことをしてたのか。

「そんな褒めないでよ。ところで、おじさんはどうする? あたしはここの幽霊たちを連れていくけど」

「俺は……もう少しここにいる」

「あっそ。じゃあ、おじさんとはたぶん永遠の別れだ。バイバイ」

 それだけ言ってロンドは造り出した白い空間に入って行った。

「あんたありがとねぇ」

「あいつを倒してくれたおかげで俺たちは解放されるんだ」

「ドリームランドのヒーローショーより楽しかったよおじさん」

 口々に俺に礼を言って幽霊たちもロンドについて行った。

 やがて誰もいなくなると俺とアシュリーだけがぽつんと残された。そして遊園地の電力が全部落ちて、真っ暗になる。

「終わったんだな」

「うん。パパ、ありがとう」

 突然、メリーゴーランドの電気だけがついて、回りだす。それはとても幻想的で、何か祝福してくれているような気がした。

「きれいだね。パパ」

「そうだな」

 俺とアシュリーはそれをずっと眺めていた。



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