Game『your life』
帰路。茜色の光が微かに差すアスファルトを踏むのは、一人の少年だ。彼は、今年で十六歳となる。今をときめく高校二年生、と言えば聞こえはいいが、彼の生活はお世辞にも煌いた青春に当てはまっていると這い難かった。
淡い期待を抱きながら入学を果たし、新しい生活を心待ちにしていた少年に立ちはだかった最初で最後の壁は、俗に言うコミュニケーション障害とかの、あまりにもくだらなくしかし大きい絶壁だった。
結局彼はそのまま行動と呼べるほどの行動も起こさずに、惰性に静かにひっそりと代り映えのない日々を送っていた。
「…………ああ、うん……」
孤独を主張したくとも、それを表現し誰かに伝えるだけの語彙力さえ彼は持っていなかった。そのせいで、孤独に苛まれていると言えるのかもしれないが。
下を向いて歩いている少年の瞳に、ぽつりぽつりとコンクリートに黒い染みができるのが映る。どうやら雨が降り始めてきたようだ。このペースでは、次第に勢いを増していくことだろう。彼は辺りを見回して、雨宿りができる場所を模索した。やがて彼の視線は、一つの建物に収束する。というのも、その建物への疑問が彼の中に湧いたからだ。
「……あんなところに、ゲーセンなんてあったっけ」
ぴか、ぴかりとレトロな光を放つ大きい看板。その下の自動ドアの奥では、ゲームセンター特有の喧騒が店内を占めていることが予想できた。雨宿りがてらに立ち寄ってみるのもいいかもしれない、そんな考えが頭に過り、少年の足は特に躊躇も感じることなくその建物へと動き出していた。
うぃいん、という何処か懐かしさを覚える音を立ててドアが少年のゆく道を空ける。ガラリとした店内はそれでもサイバーな雰囲気を纏った音がそこかしこで鳴っており、外の静けさとのギャップについ顔を顰めてしまう。色々なジャンルのゲームが置いてあり、どれをやろうかと目移りしてしまうのは、仕方がないことだろう。
悩んだ末、少年はアクションゲームを選んだ。彼はタイトルを見なかったが、画面を見たところ、二段ジャンプで障害物をうまく避けながらスクロールしていくステージを進んでいくというもののようだった。
銀色にくすんだコインを入れると、ぶううううん、と低い音を奥底から響かせながら機械が起動した。ぽちり、ぽちりと慎重にタイミングを合わせ画面の中の主人公をジャンプさせる。最初はそこまで速度が出ていなかったけれど、段々と、着実にスクロールは速くなっていき、難易度は上がっていく。
「おっ……うわっ……」
引っかかるところが出始め、ついには主人公が画面外に押し出されてしまった。
一瞬画面がブラックアウト、浮かび上がるGAMEOVERの文字。それが心をどことなく物悲しくさせるのはいつものことだ。
ふう、と一つため息を吐いた少年。もう一回くらいは、と再びコインを機械に入れようとするが、
「……あ、あれ? は、入んない」
ガチャ、ガチャ、と、まるで拒絶するような音を立てて、機械はコインの入れ口を閉じていた。何かの故障かと思い、少年は偶然そばを通りかかった店員らしき人物に恐る恐る話しかけた。眼鏡をかけた、猫背気味の青年だ。
「あの、これ、お金が入んないんですけど……」
「入らない? ……ああ、それですか。すみませんが、それはお一人につき一回限りしか使えないのです。申し訳ございません」
にこやかに笑う店員に、少年は少し動揺する。そんなゲームがあるものなのか。最近のゲーム事情は凄いな、とある種の感慨を覚えると同時に、彼は他のゲームも無性にやりたくなった。
更に明るく深い、建物の奥へと少年は足を踏み入れる。彼はその時、向こうに見える光に、希望さえも見出し始めていた。
――その日を境に、少年の行方を知る者は、誰もいなくなった。
ただそのゲームセンターがあった『らしい』場所に、ひっそりと、これ以上ないくらい穏やかな寝顔を湛えた『彼だったもの』が起きることなく横たわっているのみである。
ゲームの、タイトルは――――。