ヒーローは廃れ気味である。
「このままやられるわけにはいかない!」
「みんなの思いを託されてるのよ!」
「俺たちを嘗めて貰っちゃ困るぜ…!」
口々にカラフルな衣装を纏った三人の少年少女が叫んだ。すでに彼らはぼろぼろで、其のカラフルな衣装も所々汚れ破け、ぜいぜいと肩で息をしている。
「フン、戯言を。貴様らはこれで終わりだ…」
そんな彼らと退治しているのは_他にそれに当たる言葉が見つからないのだが_怪獣。体のほとんどは黒いマントや派手な装飾が施された鎧が隠していたが、その隙間から見える腕や首元は赤黒い鱗で覆われていた。足のようなものはなく、数え切れないほどのぬめりのある触手が、まるで一つ一つ意志を持っているかのように不規則に動いている。両生類のような頭部を持ち、ぎょろりとした蛇を彷彿とさせる瞳には全く感情が読み取れなかった。シューシューと息の音が混じった声で彼らを挑発するように言葉を発した。
今、『ヒーロー』と『悪』がいるのはごつごつした壁に囲まれた洞窟のような場所だった。彼らがいる空間の遙か上には大きな穴が開いており、青い空が見えた。壁には趣味の悪い金製の燭台が打ち付けられ、ろうそくの炎のおかげでさほど暗いとは感じさせない。怪物の背後には大きな装置が佇んでおりパイプがあちこちに伸びている。その中央には透明なカプセルが固定されていて、中には不思議に光る人の拳くらいの大きさの石が浮かんでいた。
「みんな、いくぞ!」
リーダー格の青年のかけ声に他の二人は頷くと、自分の武器を構えた。三つの武器を重ねるとぴったりと重なり合い、変形し、一つの形となった。大型のボウガンのように見える。三人が叫んだ。
「トリプル・スター・シュート!」
そのかけ声と共にボウガンの先から白い光線が発射された。もちろん怪獣はそれを迎え撃とうと構える。
「はあああああああああ!!」
三人の声と怪獣の雄叫びが洞窟に響き渡った。
_と言うところでモニターの電源が切られた。
「また見てるんですか、それ」
「だって暇なんだもん」
そう答える女性の手元には『特殊救助隊・スターフォース』と書かれたDVDケースが置かれている。印刷が少し色あせていることから、古い映像だと言うことがわかる。
「そろそろ現実に目を向けたらどうですか」
「暑い」
「そうですか」
東京のどちらかと言えば端の方。車や人が行き交い、ビルが立ち並ぶまさに都会!といった場所を少し探すとある、ほの暗い脇道。そこを進んで行くと、二階建ての一軒家がひっそりと佇んでいる。といっても、端から見れば小さな町工場のようだ。
近づいてみれば、入り口の横に『JSWD』というプラスチックの札を見つけることができる。
ここはスーパーヒーロー達が代々使う、つまり御用達の武器開発・研究所「日本特殊武器開発センター」略して「JSWD」だ。とは言っても、皆普通に「研究所」と呼んでいるのだが。
丁度十五年ほど前、爆発的人気を誇るヒーローチームが居た頃はそれはそれは忙しく、毎日のように研究に明け暮れていた。見たこともないような武器や鮮やかな技、目を引く揃いのコスチューム。誰もが新しい『ヒーロー』という存在に釘付けだった。
しかしその人気はヒーローたちが引退し、数年ごとに代替わりしていくにつれ勢いを落とし、大衆の『ヒーロー』への興味はほとんど薄れてしまった。今となってはちびっこの憧れランキングでは「警察官」や「消防士」、「宇宙飛行士」などに大敗を喫している。リアルな「公務員」なんかも地道に票を伸ばしている。要するに、現在の日本の殆どの認識として、『ヒーロー』は過去のものとなっている。
そんなわけでこの研究所は年を追うごとに研究員が退職してゆき、今はたった二人で支えているという状態だ。
「しりとりしないか」
「嫌です」
「……………」
「…………」
暑いだの暇だのと机に突っ伏して文句を言っているのはこの研究所の責任者である何侃夏子。赤みがかったぼさぼさの髪を肩の辺りで切りそろえ、研究所のロゴが入ったグレーのつなぎを着ている。彼女はこんな廃れた研究所にいるが、実は国際特殊救助連盟の日本支部副会長であり、本部職員の有力候補でもある。
日本ではこんな扱いであるが、もともと特殊救助隊のシステムはアメリカで開発されたもので、向こうでは生活の一部として受け入れられている。国際的に見ると、力を入れている盛んな国とそうでない国は割とどちらも一定数あり、日本は後者の代表的な一つなのだ。
そんな活躍どころのない国の廃れた研究所にいる夏子を毎年のように本部が引き抜こうと召集をかけるのだが、当の本人は全く持って相手にしていない。それでよく退職に追い込まれないものであるが、それこそ類い希なる能力を持つ彼女を手放すわけにはいかないという本部の妥協の表れであろう。
淡々とした物言いをするこの青年は、そんな変わり物の夏子の助手を長年勤めている。名前は哉種守。ノンフレームの四角い眼鏡をかけ、ネクタイとジャケットを外したスーツ姿である。
「暑いし暇なのは知ってますよ…僕もですから」
守は額の汗をシャツの袖を捲りあげた腕で拭いながらそう返すが、目はパソコン画面に向けられていた。普段ならぴっちりと首元まで留められているシャツのボタンは開かれ、彼の白い肌を露にしている。
以前は経費も多く支給され、最新式の室内温度調整機が取り付けられて居たのだが、そんな機械も今では、かなり古くなり夏子の趣味の一つである掃除のお陰で仕事が勤められる、といった風だ。とは言えいくら夏子が掃除をしようとも性能が悪いのは確かであり、十人中八人は「買い換えた方が善い」と口にしそうな状態なのである。
「やっぱり何かこう…ここがもう一度注目を浴びるような何かがあぁ…!」
「それいつも言ってますよね…吾郎さんに相談したらいかがですか?」
“吾郎”とは夏子の古い友人で、国際特殊救助連盟本部の人間だ。いつも何をしているのかはわからないが、あちこちに出張に行ったりと忙しく全く連絡がつかない仕事人間だ。思ってもないタイミングで土産片手にひょっこり研究所に現れる為、ここにいるヒーローたちでも知らない者が多い。
「それいつも聞いてる。吾郎はきっと忙しいし、私だっていい案くらい考え出せるもん!あ、これもいつも言ってるね。あはは」
机に手をつき助走を着けて椅子でクルクルまわる夏子。
「いつも言ってるのに未だに実現出来ていないのはそれが間違っているからですよ。」
「またそんな正論を…」
椅子が止まると夏子は無言でDVDをケースにしまい、それから机の上の半分ほど残っている守お手製のフルーツジュースが入ったコップを手に取り飲み干した。少し考えるそうなそぶりを見せ、やがて壁掛け時計を指差して叫んだ。
「正論だけじゃこの業界やってけないのよ!ほら、この時計だって私がやる気になればものの三十分でお手伝いロボに」
「なりません。なるかも知れませんが駄目です。経費の無駄は許しませんよ。」
「うぐぅ…」
そうなのだ。先述したとおり、経費が大幅にカットされたため、本来の仕事である“武器の開発”をするための特殊な資材等が入手しづらくなっている。つまり、ほぼパソコンの計算上でしか武器の開発が出来ないのだ。
研究も同様である。試作品が作れず、また、専門書を買ったり、研修のために遠征へ行ったりもなかなか出来ない。ひとつ幸運なのは夏子が日本支部副会長であり、本部との繋がりが強いため最新の武器の情報は手に入るということだ。
「アイス食べたいな…」
夏子が何の脈絡もないことを言うのはよくあることだ。
「かき氷で我慢してください」
「ふむ、何味?」
「水味です」
そして研究所にお金がないのもよくあることだ。
「吾郎、いまどこで何してんのかね〜…」
ふと、ため息をつく夏子だったが、
「そんなこと言って、どうせGPSとか着けてるんでしょう?」
「バレたか」
と案の定悪戯を見破れて舌を出した。
「いくら吾郎さんが怒らないからってやりすぎは駄目でしょう。いくつ着けたんですか?」
「…GPSは二個」
「あとは?」
守は夏子の度が過ぎた『やってみちゃった』を幾度となく見てきた。きっと、夏子の悪戯を悪戯と呼ぶならば、子供の悪戯など甘っちょろいものだろう。あるときは研究所の天井に二十個ほどのたらい(水は入っていなかった)を設置し、その下を通るとセンサーが反応しピンポイントで頭に当たった(お陰でこの日の午後には研究所の全員にたんこぶがあった)。またあるときはタイルに細工を施し、その上に乗る人を入り口までテレポートさせてしまう仕掛けを作っていた。しかもそれが研究所内に三カ所もあったから大変だった(夏子に責めよったら「今回は一週間もかかったのよ!」とドヤ顔をされた)。大抵その片付けは助手である守が行うので、彼にとっては良い迷惑である。
「えーっとね、吾郎は今…ルーマニアだね」
モニターに地図を出して夏子が赤い点を指さした。見れば、「goro」と点のそばに文字がついている。
「また随分と遠いですね」
「盗聴機とか小型カメラとかも仕掛けても良かったんだけど、流石にストーカーになりかねないから止めたんだよね〜…」
もう十分ストーカーだよ、という言葉を飲み込んで、守はこう返した。
「吾郎さんも大変ですね」
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