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紅茶のおいしいダンジョン  作者: 高野十海
その4 合併編
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97 招待客

 ゲリュトレーヒの大通りは、店も多いけれど、露天の数も多い。

 店先を冷やかしていた彼らも、大羊を連れたチュチュとマーキッツを見ている。

 後ろに少数の従者を引き連れたマーキッツの周囲に馬車の姿は見えない。


「相変わらずお前は目立つ。しかし、似合わない恰好をしているな」


 上から下まで見回されたのを感じて、チュチュは両腕で自分を抱いた。

 シルエットも作っていないローブを、帯布で絞っただけの姿は垢抜けない。


「すこし、事情がありましたもので。マーキッツ様はご散策を?」


 馬車に乗って町を行くことはあっても、自分の足で歩くのは珍しい。

 下級貴族ならともかく、マーキッツのような立場では相当のことだ。


「出している店の見回りだ。……ちょうどいい、お前を招待しよう」


 名案とばかりに彼は言う。

 差し出された手に、チュチュは一歩後ずさった。


「光栄ですけれど、わたくしは羊を連れていますし……」

「なら我が屋敷にも呼ばれろ。そいつは預からせればいい」


 振り返ったマーキッツは、後ろに連れていた従者を一人呼んだ。

 呼ばれたものはすばやく近寄ってきて、羊飼いの娘に丁寧な礼をする。


「そこまで仰って頂けるのなら、好意に甘えさせて頂きます」


 目上の立場のものにそこまで言われれば、断るのは難しい話だった。

 そっとトリギュラのふわりとした毛並みを撫でてから、膝を曲げて礼を返す。

 彼女の格好と動作のちぐはぐさに、従者は何度も目をぱちぱち瞬いた。


「丁重に預からせてもらおう。連れて帰っておけ。余計な世話はしないでいい」

「よーしよしよし、いい子だから言うこと聞いてくれよー」


 馬の扱いには慣れている従者が、似たような形で大羊をあやそうと考える。

 チュチュはトリギュラの耳に顔を近づけて、言い聞かせるように耳元で囁く。


「不安かもしれませんけれど、なるべく早く行きますから」

「もけぇ……」


 トリギュラとその中に隠れているティレントたちを、そっと撫でてあやす。

 寂しそうな声で鳴くトリギュラに、従者は首を傾げた。


「うん? 変な声で鳴く羊だなぁ」


 じっと顔を覗き込まれて、トリギュラはそっぽを向いた。

 彼とトリギュラの間にそっと割り入ったチュチュが微笑む。


「なにしろ突然変異で生まれたものですから」


 これほど巨大な羊を見たことがない彼は、そう言われて曖昧に頷く。


「見れば見るほど立派な羊だし、そういうものですか。傷一つなく預かりますよ」

「よしなに計らって下さいませ。メキオーセ家ですから、腕のあるお方でしょう」


 胸を叩いて自信を見せた従者へ、彼女はにこやかに笑いかける。

 こうやって自尊心をくすぐられれば、彼もやる気になるものだ。


「そう褒められれば嫌な気分はしませんね。おまかせあれ、お嬢様」


 恭しくもう一度礼をした彼は、大羊のトリギュラを連れて行ってしまった。

 野次馬のうち、彼らよりも大羊に魅せられたものたちが、従者を追っていく。

 一部始終を黙って見ていたマーキッツが、大げさに哀しみを露わにする。


「悲しいな、キスミー。色目を使うなら俺にしておけばいいものを」


 自分よりもその配下と仲良くしている姿を見れば、彼もそう考えるものだ。

 チュチュはそれが本気のものでないとわかっているから、安堵していられる。


「そんなつもりございませんもの。マーキッツ様には敬意を抱いています」

「敬愛は受け取っておこう。敬わずに愛だけでもいいが」

「予定はございませんので。マーキッツ様のご自慢のお店はどこかしら?」


 すっと言葉をすり替える彼に、さっと表情を変えてすまし顔をする。


「お前の強情は変わらないな。歩いてもすぐに着く」


 馬車に乗っていないのはそのこともあったのだろう。

 きょろきょろと周囲を見る彼女へ、マーキッツは手を差し出した。


「……その腕は?」

「エスコートを知らないはずもないだろう」


 これぐらいのことは付き合えという彼に、チュチュはそっと顔をそらす。


「ここは社交場ではありませんので、遠慮させていただきます」


 エスコートされることはよくても、それがエスカレートしては困る。

 だからこそそっけない態度になった。

 マーキッツは一つ頷くと、それを許して足を進めた。


「なら社交場に連れ出せばさせてもらえるというわけだ」


 言質を取ったとばかりに言う男に、彼女はぎこちなく頷く。

 彼の足取りは早いように見えて、ついていけるぐらいに加減されていた。


「そのような機会はないかと存じますけれど」


 それでも彼女にとってはすこしばかり早足だった。

 だから彼が止まった瞬間、思わず背中へぶつかりそうになる。

 なんとか回避出来たことに安堵して、彼女はふう、と息を吐いた。


「なければ作るのが俺で、お前だ。……着いてしまったか」


 言われて、チュチュは目線を上げる。

 大通りをすこし外れて、やや人気のないところに店はあった。

 つるりとした上質な石で造った建物に、看板が下がっているだけだ。

 石色の違いがパターンになっていて、飾り気はほとんどなかった。


「わたくしたちのものとはだいぶ違いますわね」


 彼女たちの一号店はやや格が高そうに見えて、来るもの拒まずの雰囲気がある。

 しかしこの店は、明らかに客を選ぶだけの風格を持っていた。


「真似て気が済むのならこうも手をかけない」


 喧騒を忘れられるようにか、店の外見はややそっけない。けれど品が感じられた。

 彼は片開きの正面ドアを従者に開けさせた。

 中へ入ると、そこでは本職の使用人らしき従業員が待っていた。


「これはマーキッツ様。視察でございましょうか。こちらは?」

「俺の客だ。奥の部屋を使いたい」


 彼が見回りに来るのは突然だが、向こうも慣れたもので対応が早い。


「ご用意させて頂きます」


 内装は、外観の素っ気なさとは裏腹に、精緻な彫りなどで飾り立てられていた。

 キュストモンクでは飾り布を使うが、ゲリュトレーヒでは下地を生かす。

 二人が案内された部屋もそうなっていたが、調度品などの格がもう一つ高い。


「素敵な部屋。特別な時に使うのかしら」

「特別と言えば特別だがな。……まあ、好きなものを注文するといい」


 ここは外へ聞かれたくない話し合いなどに使う部屋のことだ。

 貴族を対象に絞った店だからか、サロンのような雰囲気と趣が強い。

 チュチュは、久しぶりにこういう世界の空気を吸った気分だった。


「砂糖菓子がたくさんありますのね」

「参考にはさせてもらったが、真似ではつまらないと言ったろう」


 メニューには、白砂糖を使うようなものがたくさん載っていた。

 彼の持つ強みをもっとも強く発揮するメニューばかりだ。


「たくさんあって迷いますわ。マーキッツ様のおすすめはあるかしら?」

「そうだな。……これなんてどうだ」


 その中には、彼女やコッツが発案したメニューに砂糖を加えたものもある。

 まるで、これが完成形だと言わんばかりに。


「まあ。これは当てつけかしら」

「どうだろうな。食べてみればわかるかもしれないぞ?」


 彼が指し示したのは、ブランデー漬けのレーズンバターを使ったお菓子だった。

 クッキーで挟み込んだものではない。けれどあの発表会を意識したものだろう。


「それでは紅茶といっしょに頼ませて頂きましょう」

「俺も同じものを」


 メニューも見ずに頼む彼に、従業員は礼をする。


「かしこまりました。少々お待ち下さい」

「お前にごちそうしてやれる(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)というのも、悪くない気分だな」

「よそのお菓子を食べるのは、久しぶりですから楽しみにしています」


 自信有りげに笑うマーキッツに、彼女は内心で冷や汗をかいた。

 ここは紅茶のおいしいダンジョン――敵地の巣。

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