09 没落娘はフードコーディネーター
「ただいま帰りましたわ」
「ちゃのきー!」
「ぷにっ、ぷににっ!」
「もけー」
「お帰りなさい、マスター」
四匹のモンスターたちは寄ってきてチュチュの帰りを出迎えた。
トリギュラが背負っていた小麦袋を受け取ると、キッチンまで運んでいく。
「ありがとう。みんな勢揃いですのね。留守のあいだ、問題はなかったかしら?」
「はい、特には。でもお茶をおいしくするコツがわかりました。後ろの工程を頑張ってましたけど、最初の乾燥が大事だったんですよ!」
すこし興奮した様子で言うと、コッツはザルに入った茶葉を見せた。
しっかり赤くなって撚りがかり、すこし砕けているものはより分けてある。
彼女が手で扇ぎ嗅げば、青臭さがない華やかな紅茶の香りが疲れを癒やす。
「そうでしたの。よく気づけましたわね。コッツもティレントも偉いですわ」
「ちゃのー!」
揺れる若木に葉はないが、それでも喜んでいることが伝わってくる。
あいかわらず変化のないされこうべも、どこか褒められて自慢げだ。
「ありがとうございます。喉が乾いたでしょう。試作品ですけど召し上がりますか?」
「ええ。お願いできるかしら」
茶葉の香りをひさしぶりに堪能したチュチュは、さっそく味わってみたくなった。
これを作り出した二人のドキドキが感染したように、彼女の頬もすこし赤い。
「お湯を沸かすので、ちょっとお待たせします」
「よろしくてよ。あまり慌てないようにね」
日中、火は常に焚かれているから、それほど彼女を待たせることはなかった。
ポットで縮まっていた茶葉が広がると、どこか香ばしい匂いがダンジョンに広がる。
トリギュラもそれを嗅いでひくひくと鼻を動かす。
ティーポットを傾けると、白いカップを濃い琥珀色が並々と満たした。
チュチュの目の前に紅茶が置かれるのは、実にひさしぶりだ。
「どうぞ。マスターに飲んでもらうのは緊張しますね」
「ちゃのー……」
ティレントとコッツは身を寄せ合って、作ったものを批評されるのに不安げだ。
それを安心させるように彼女は微笑む。
「いただきますわね。……ああ、おいしいですわ」
碧い瞳が細められ長いまつげが重なる。チュチュの舌に広がるのは懐かしの味だ。
もちろん、彼女の母が淹れたものとはまったく別物である。
しかし幸せをくれるあたたかさは、ほんとうによく似ていた。
おいしいという言葉を聞いて、コッツは胸骨をなでおろした。
ティレントも安心したように若枝をしならせている。
「よかったです。でも、もうちょっとよくなりますよね?」
「撚り方なんかもコツがあるかもしれませんね。……ミルクをいただけるかしら」
「もけー」
トリギュラが、キッチンからミルクを満たした小瓶を運んできた。
チュチュは深いスプーンで掬ってカップへ滑らせる。
「ありがとう、トリギュラ」
綺麗な琥珀色に白が混ぜられても、その濃厚な色と味は決して負けない。
すこし香ばしくて、コクのある甘味にミルクが混ぜられた。
調和する二つの甘味とコクは、それだけで満ち足りる一杯だ。
砂糖やジャムやハチミツなんかがなくても、ほんのりした甘味は人を癒やすだろう。
「よく合いますわ。お茶の味がしっかりしていて負けませんのね」
「ちゃのきー」
「ティレントの葉はとてもいいですわ」
「もけー」
「トリギュラのミルクもおいしくてよ」
二匹のモンスターは褒められて、いまにも踊りだしそうなほどだ。
「キスキィ嬢。紅茶の方は一段落と考えていいのか?」
まだコート姿のままだったグリムが、ケープをはためかせながら聞いた。
その後で本へもどり、ページを羽のようにして宙に浮く。
もう一口、ミルクティを飲んで彼女は頷いた。
「コッツは不満そうですけれど、試食会を開くには十分だと思います」
「なら、次はお菓子の方を優先してもらいたい」
ふたりの言葉に、コッツは嬉しさ半分、もどかしさ半分という雰囲気だ。
改良の道が見えたところで足踏みさせられる辛さだろう。
「わかりました。ようやくわかりかけてきたんですけどね……」
わずかにされこうべを下げるコッツの鎖骨を軽く叩いて、彼女は慰めた。
「わたくし、コッツの作るお菓子も楽しみですのよ」
「そう言われると、お菓子の方も頑張りたくなってきました!」
コッツはさっそくキッチンへ入って、両手で持ち上げるほど大きな卵をコツコツ叩いた。トリギュラの生む卵は、体に似つかわしい大きさだ。
そのサイズ相応に殻が厚いから、割るのもなにかしら道具を使わなければならない。コッツはされこうべを取り外して殻にぶつけて、なんとかヒビを入れる。
「い、痛くありませんの?」
「ちょっとぐらいは痛いですけど、平気ですよ」
「そう……頑丈ですのね」
ティレントはチュチュが買ってきた小麦を挽いて粉にしつつ、コロンはミルクを入れてしっかり蓋をした小瓶を飲み込んで、ぴょんぴょんとそこらを飛び回っている。
「ぷにっ、ぷにっ、ぷにっ」
楽しそうに遊んでいるように見えて、お菓子にかかせないバター作りをしている。
消化力が低い上に弾力があって中身を振り回すのに最適だから、バターはコロンの担当だった。
トリギュラはその力を生かして、取ってきてある木の実の殻を砕いて中身を取り出している。
「なかなか手際が良いな」
「わたくしたちがいないあいだに、仲良くなったのでしょう」
そういう碧い瞳は、わずかに羨むような色が見えた。
彼女は絶対的に上の立場であって、同じところまで下がる訳にはいかない。
仲間ではあっても、友だちにはなれないだろう。
「寂しいか?」
「これからわたくしも、親しくしていきますもの」
だからといって、その垣根を超えられないかと言えばそうではない。
家族になれば、それ以上の絆だって結べるだろう。
「強がりを言う」
「ダンジョンマスターとはそういうものなのでしょう?」
そういうチュチュの顔に弱さはない。
強がりというよりは、責任を背負うもののしっかりしたところが出ている。
「キスキィ嬢は、やはり向いているよ」
「上の立場に就く家系でしたもの」
痩せても枯れても、それまでに仕込まれた学は消えない。
チュチュ・キスキィに仕込まれた貴族の教えは、十分役立っていた。
いまはそれを生かすことが、家族の絆を立証することにもなる。
「その調子で、このダンジョンを繁盛させてもらおう」
「言われなくても、そのつもりです」
チュチュがゆっくりとひさしぶりの紅茶を楽しんで、空が赤く燃え始めた頃。
キッチンから甘い匂いが漂いはじめた。バターと小麦粉と木の実が焼ける香りだ。
「もうそろそろですかね」
「そうですわね。出してからもゆっくり火が通りますから、焼けすぎないように」
「はい。……このぐらいかな?」
窯の様子を見て、コッツは釜から鉄の板を取り出した。
その上では、しっかりと色のついたクッキーが並んでいる。
食べられるぐらいに熱が落ち着いたところで、彼は皿に移してテーブルへ運んだ。
「教えていただいた木の実のクッキーです」
砕いた木の実を混ぜた生地は、一枚ずつ木の葉型で薄く作られている。
さっくりと焼き上がった色が、目にもおいしい。
「いい香り……いただきますわね」
「は、はい」
チュチュがつまむと、まだほんのりと温かいせいかバターが強く香る。
そっと口に入れてかじれば、サクサクと軽く砕けた。
小麦粉と卵とバター、それと木の実の甘味は素朴なものだ。それを引き立てるためにわずかに塩が使ってあるが、砂糖は一切入っていない。
こくりと喉が動いてから、チュチュは冷めた紅茶を口にした。
「……紅茶によく合う、いい味をしています」
「ほんとうですかっ、よかったぁ……!」
四匹のモンスターたちは、互いに成功を称え合って喜びを露わにした。
「ええ。おいしくてよ。けれど、これだけではいけません」
しかし、それを聞いてぴたりと動きを止めて振り向く。
「えっ?」
「いくら美味しくても、一種類だけではお客様はいずれ飽きてしまいますもの」
それはチュチュがもつ煮に学んだことだ。一種類だけではいずれ飽きが来る。
おいしくても、いくらかバリエーションを用意しなければならない。
ただし元のものが霞むようなものを作っては、基本形が売れなくなるから、過剰なものはまた後の話だ。
「そうですか……でも喜んでもらえてよかったです」
「ええ。次もまた、わたくしを喜ばせていただけるのでしょう?」
弧を描く碧い瞳に、四匹のモンスターたちは意気込んだ。
「ちゃのきー!」
「ぷにー!」
「もけもっもー!」
「それはもちろん!」
彼らはチュチュを喜ばせるために、ふたたびキッチンへ入ろうとした。
「がんばるのはいいですけれど、根を詰めすぎないことも重要ですわよ」
その言葉は届かず、チュチュの夕飯は遅れた。
ここは紅茶のおいしいダンジョン――あまい香りのするところ。




