04 没落娘はスライムトレーナー
「ねえグリム。この他に召喚した方がよろしいモンスターっていますの?」
すこしばかり考えて、グリムはぺらぺらとページを捲った。
「ゾンビはオススメだぞ。奴らはオーマの消費が少ない」
「却下ですわ。ゾンビの居る場所で飲食したいと思いまして?」
自信満々の提案を却下されて、しょんぼりとゾンビのページが閉じられる。
落ち込んだ様子の本に、茶樹の木人族が寄り添った。
「人型で使い勝手がいいんだがな……」
「効率だけがこの世のすべてではありませんのよ」
効率だけで押し並べて進むのなら、精神は死に絶えていくだろう。
おいしい紅茶や酒を飲むといった楽しみもなくなっていく。それではこのダンジョンを作り上げる価値もない。
ましてや快適な空間を提供するのがチュチュの願望なのだから、ゾンビはどうしたって似合わなかった。
「ちゃのきー」
若木の葉香に慰められたグリムが、今度こそとページを捲った。
「むう。それではスライムなんかどうだ。奴らは雑食で、なんでも食うから掃除に使える」
「それはよさそうですけれど……どんな見た目をしていますの?」
ダンジョンを運営していくには、そういうスタッフは居ても困らないだろう。どんな些細な部分もピカピカに磨けるなら、重用するに違いない。
また掃除要員なら、それほど積極的に客と関わることもないだろうと、彼女は採用を考えた。
「一言で言うなら、水たまりだな」
そしてチュチュは嘆息した。
グリムが提案するものは便利ではあっても、彼女の美的センスとは食い違っている。
どれだけ掃除に便利でも、水たまりがあれば清潔とは思われないだろう。
「もうすこし、どうにかしたいところですわね」
かといって、スライムが使えないかと言えばそんなことはない。
ゾンビほど致命的ではないから、どうにか不快にならないようにできないかと頭を捻るものだ。
「品種改良に手を出してみるか」
「密度を高めればいいのかしら。せめてゼリーぐらいになってくだされば」
こくりと頷いて、チュチュは粘度が足りないのではないかと考えた。
だらしなくとろりと崩れているから見苦しいのであって、しっかりしていればそれなりになるだろうと。
「弾力性を上げれば、それぐらいにはまとまるか」
「ちゃのー」
仲間が増えるのがわかるのか、ティレントは喜びながら彼女たちの回りをくるくると踊っている。
「ティエント。あなたのお友達ができるんですのよ」
「ちゃのきー!」
チュチュはやわらかな葉っぱを撫でてやり、グリムを手にしてスライム召喚のチューニングを弾力特化にさせた。
「弾力特化スライムか……スライムは伸びるから使い勝手がいいんだがな」
「あら、わたくしが作るのは紅茶のおいしいダンジョンですわ。普通と違うのは当たり前ではなくて?」
マスターの数だけダンジョンの性質は存在する。しかし彼女のダンジョンだけがあまりにも異質だ。
迷宮写本は訪問者を殺すための知識はあるが、もてなすだけの知恵はない。
くっくっく、と本は笑った。
「そのようだ。私の知識も、キスキィ嬢の前には形なしだよ」
「また馬鹿にしてくれますのね」
「褒めているのだとも」
合理的ではないし、効率的でもない。ただ新しい道を切り開いていくチュチュのことを、グリムは嫌いではなかった。
「その内、心底から尊敬させてあげますわ」
「このあたりの意思疎通がうまくいかないのだな」
ページの底から褒めているとも、とはいつかも言ったセリフを吐いて、表紙の黒地と金文字が光を蓄えた。
スライムのページから黒金の閃光が放たれ、弾力性に特化したものが召喚される。
「ぷにー!」
楕円形のゼリーというのが、弾力スライムであった。チュチュの髪に影響されたのか、やや淡いピンク色をしている。
「よかったな、キスキィ嬢。これはゼリーそのものだ」
「たしかに水たまりよりは愛らしいですわね」
「ぷに?」
高さは彼女の膝下ぐらいまでだが、横幅はそれなりに大きい。ときどき、ぷるぷる震えては波打っている。
「ころころしていますから、あなたはコロンと呼びましょう」
「ぷににー!」
コロンは、喜びを表現するようにぴょんぴょんとその場で跳ねた。弾力に特化しているおかげは、チュチュの顔の高さを軽々と越えていく。
「あんまり跳ねると、天井にぶつかってしまいますわよ」
「ぷににっ」
言った側から弾力スライムは天井すれすれまで跳び、落ちてきた反動でまた飛び跳ねてしまう。スライムというよりは、ゴム毬に近いものがある。
「ほら、言ったじゃありませんの」
「ぷにー」
反省したのか、コロンはぽよんぽよんと低く跳びながら彼女の下まで帰ってきた。
「ちゃのー」
「ぷにー……」
若木の枝をでぱさぱさと払われると、反省したように楕円形の頭がへこんだ。
あまり調子に乗るなと、わずかばかりの先輩から新入りへのアドバイスがあった。しかし、チュチュには二匹がじゃれているようにしか見えなかった。
「あとは召喚しておくモンスターはいませんわよね?」
「とりあえずはこんなものでいいだろう。茶葉の量産は方法が確立してからでいいしな」
「それもありましたわね……」
まだまだダンジョン造りは始まったばかりだ。
次にどうしようか、というところで彼女は異変に気づいた。
「ねぇ、グリム。……何か口に入れられるものないかしら」
その顔色は白を通り越して青褪めてきている。風雪を凌ぐために洞窟へ入った時間以前、丸一日なにも食べていなかった。
ダンジョンマスターになっても食事は必要なようで、水を飲んだせいか、彼女のお腹がぐうと鳴った。
「オーマを消費すれば食べ物も出せるが、ダンジョンに蓄えられてはいないな」
「……ああ」
チュチュにお金はない。
ダンジョンを開くまでは、お客様から紅茶でお金をもらうことはできない。
とりあえずのところ、今日の分の食事はオーマで喚び出すしかなかった。
「食事の希望はあるか。立派なものだとそれなりのオーマが必要になるが」
「……温かいスープとパンなら、もらってもよろしいかしら?」
不安げにグリムを窺う彼女の碧い瞳は、憂いを帯びているというより怯える兎のようだ。
その発言からこの一ヶ月、まともな食事を取っていなかったことは明白だった。
「キスキィ嬢は、ここ最近どんな食事を取っていたんだ」
「……言いませんわ」
ぐっと唇を噛み締めてそっぽを向くチュチュに、何も言わずにページが開かれる。暖かなスープとパンに、野菜とハムのサラダを加えて召喚された。
パンは焼き立てのように香ばしくやわらかいし、サラダもたっぷり水分を含んでいて乾いていない。スープはあたたかな湯気を漂わせている。
彼女の目が大きく開かれ、キラキラ輝き始めた。
「まずは食べるといい。それから考えよう」
「はいっ……いただきますわ」
久しぶりに指でかんたんに千切れるほどやわらかいパンを食べて、チュチュの大きな瞳からぽろぽろ涙が溢れた。
「おいしい……おいしいですわ……」
ティレントとコロンがそっと近寄ってきて、彼女が行儀よく食べるのを見守っていた。
一つ一つの食べ物を、神聖な儀式のように噛み締めていく食事が終わるまで、誰もなにも言わなかった。
やがてすべての器が空になると、チュチュの飢えは満たされた。心なしか、その顔色はわずかに赤味を帯びて薄紅に艷やかだ。
「……失礼しましたわね」
「いや、生物には食事は必要だからな。トレントは水と光、スライムはなんでもいいが」
「それは経済的ですこと」
「ちゃのきー」
「ぷにー」
ティレントが得意げに胸を張り、コロンが訴えるようにグリムに言った。
表紙を強めに開くと、テーブルから空になった器を落ちる。コロンがぽいんぽいんと跳ねてその上に乗った。すると器がずぶずぶ体の中に入り、揺蕩っている。
「なんでもって、ほんとうになんでもいいんですのね」
「ぷににー!」
「ああ。特に食えないものはないな。……しかし、溶けるのが遅いな」
水たまり型のスライムの腐食性能なら、もう器が溶け始めていてもおかしくない。
しかしコロンの中の器は、まったくその様子を見せなかった。
「ぷにっ、ぷにに、ぷにー」
「弾力特化とは言え、溶解能力も落ちるか。いや、新種というより珍種だな」
「それならなにか入れておけば、可愛らしいかもしれませんわね」
「ぷにー!」
花でも活けておけば、動く花瓶のようなものになるかもしれない。
チュチュはそう考えて、スライムが表で動いてもいいだろうか、などと思っていた。
しかし突如として、血色の良くなった顔色を青褪めさせた。
「ねえ、グリム。わたくし気がついてしまったのですけれど」
「どうした、キスキィ嬢」
食事をして温まっているはずの彼女が、冷え切った声を出した。そこに黒い表紙が向けられる。
「紅茶を飲むときって、何か口にしますわよね?」
「……そう、かもしれないな」
いま彼女がしたことから察して、グリムのページがぱたりと閉じた。
「紅茶だけあって、軽い食べ物がなかったら、人は満足するかしら?」
食事をとって頭が回りはじめたチュチュは、気がついてしまった。
ここは紅茶のおいしいダンジョン――紅茶のお供も必要。




