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紅茶のおいしいダンジョン  作者: 高野十海
その2 営業編
21/194

21 自家製紅茶と甘いお菓子

「はい。わたくしたちがお出しする紅茶は、すべて自家製の茶葉を使っています」


 チュチュはトレイに載せていた茶壺の蓋を開け、中に入っている茶葉を見せた。

 ルスカとマーキッツはそれに目を落として、順番に香りを嗅ぐ。

 湯で開いていないからカップに入っているものとは異なるが、同じ系統の匂いを鼻にして、ふたりは納得した。


「キュストモンクにこれほどの茶葉があったとはな……」

「貴重品と言ったが、いずれは店に出るのだろう」


 じろりと見上げるルスカに彼女は当然と頷いた。しかし長いまつ毛を伏せて、碧い視線は眼ではなくテーブルに留まる。


「その予定ですわ。価格は……どうなるかはわかりませんけれど」


 ティレントから採れるものをコッツが加工するのは変わらないし、コストも同じものだ。

 しかし高地栽培と低地栽培では採るも育てるも手間が違う。

 同じ値段で出してはどうしたって怪しまれるに決まっているから、チュチュも同額で出せるとは思えなかった。


「低地栽培のものより高くなるのは道理だ」


 マーキッツがカップを手に取って、そのまま飲み干した。

 空いたカップにティーサーバーから注ぐと、彼はそこへミルクを垂らす。


「なるべくなら、それほど高くしたくないのですけれどね……」

「キスミーも慈善をしているわけではあるまい」


 バターを塗ったパンを食べながら、ルスカはその姿勢を咎めた。

 稼ぐ時に稼がなければ経営が成り立たないのは貴族も同じだ。

 せっかくの店を潰すつもりがないのなら、過度の低価格は自殺に等しい。


「それはその通りに。しかしあまりに高価では、手が出ない人も多いでしょう」

「ふうむ。あくまでも平民を相手にするというわけか」


 呆れたように言いながら、彼はこってりとバターを塗ったパンを齧った。

 マーキッツもまた、ミルクティを飲んでそれ以上、口を出すことをやめた。


 それからしばらくの間、チュチュたちはお茶のお代わりなんかを差し出したりするだけで、二人の会話には口を挟まなかった。

 ヴィナ・ノワ家とメキオーセ家はいくつかの約束を交わすと、明らかに二人の緊張感がほぐれる。

 そろそろ話し合いも終わりかと思われた。

 一番安堵したのはミズクだ。深夜を通して特訓をし、朝から晩まで働いて、今はもう夜も更けている。

 冒険者であるから一夜を通すことは慣れていても、それとは別の緊張感が彼女を疲れさせていた。

 特に貴族と直に接するという精神の疲れが大きかっただろう。


「ではそろそろ引き上げるとしようか」

「そうしよう。キスミー、代金はいくらだ」


 紅茶がポット四つ分、クッキーが二皿とパンが四皿。夕食の後でよくもこれほど腹に収めたものだと、彼女は感心して、それだけの金額を請求する。


「やはり、安いな」

「ルスカ様は貴族の感覚でございますから」

「俺からすれば、平民が飲もうというのが間違いに思えるがな」


 ふん、と鼻息を吐きつつマーキッツは立ち上がる。

 邪魔にならないようにテーブルのものを片付けようと、ミズクは手を伸ばした。


「あっ」


 そこで彼女はなにかに躓いて、転びそうになったところをぐっとこらえる。

 しかしこつんと手がポットに当たって、テーブルの上でごとりと倒れた。

 マーキッツが飲み残していた濃い色の紅茶がテーブルの川を流れると、それはすぐ滝のように落ちた。

 無情にもそれは、立ち上がったマーキッツに靴へ垂れる。


「す、すみません!」


 ミズクがすぐに謝って清潔な布で拭き取るが、靴についた染みは落ちなかった。

 ましてや低地栽培の濃い琥珀色だ。シミ抜きでは取れないことも考えられる。


「……やってくれたな、女」


 屈辱を与えられたと言うのに、マーキッツはどこか吉報を受けたかのように言う。

 それも当然だ。グリムは、彼が足を出してミズクに引っ掛けるのを見ていた。

 警戒していたのに気が緩んで、まんまと引っかかったからといって彼女を責めることはできないだろう。

 チュチュは一早く地に膝をついた。


「申し訳もありません。彼女の失態はわたくしの失態です。恥をかかせてしまいました」

「ではどうやって謝罪してくれるというのか。まさか靴を弁償して済むとは思ってないだろうな」


 両腕を広げて、マーキッツは舞台俳優のように大仰に振る舞った。

 ただで見過ごすというのも貴族として度量を見せる場面ではある。

 しかし、それでは平民を率いて行けないときちんと裁く場面でもある。

 ルスカはこれに口を挟めなかった。


「……なにをお望みでしょう」


 チュチュとグリムが伏せた顔をしかめたことは言うまでもない。

 わざわざ本を要求する口実を与えてしまったのだ。ミズクは青褪めた顔を地面にこすりつけて、何度も低頭した。


「すみません! ぼくのせいです。ぼくならなんでもやりますから、どうかキスミー様たちにはご容赦を……」

「女。貴様の命など貰ったところで、なんにもならん」


 そう言われてしまえば、ミズクにできることはなくなってしまう。事実、貴族なら平民一人の命を奪うなど、机から動かなくてもやってのけることだ。

 二人は、直接本を奪われないようにどうすればいいかを下げた頭で考えていた。

 わずかに考えたところで、マーキッツは要求を口にした。


「そうだな……キスミーと言ったか。お前が欲しい」

「……はっ!?」


 想定外の要求に、チュチュとグリムの思考が一瞬、止まる。

 さすがにそれは見かねたのか、ルスカが手を差し伸べた。


「マーキッツ殿。それは……」

「ルスカ殿。言っておくが、この女はここで終わるようなものではない」


 言葉を断ち切るマーキッツの眼は、ギラリと刃物のような光を放っていた。

 それを聞いてミズクはただ震えるばかりだ。

 低かった姿勢をさらに押し下げて、グリムは一歩踏み出した。

 ゴツリ、と鈍い衝突音と共に、その額が木張りの床と衝突する。

 誰もがそれに気を取られて視線をやったところで、腹の底から叫ぶように声が上がった。


「恐れ多くも申し上げます、マーキッツ様。キスミーはこの店において非常に重要であるのはわかっていただけるかと。二人が飲んだ茶葉の栽培などがそのもっともたるもの。彼女なくしてそれらは調達できません。欠ければ店は立ち行かなくなるでしょう。

 それどころか、この国をしてこれだけの才を発する者はないと考えます。ルスカ様においても、彼女を失うことがこの地――否、この国にとって損失とわかるはず。どうかお考え下さい!」


 店中に響くようなグリムの言葉を、ルスカは深く受け取った。

 彼をしても、この国でこれほどの茶葉が採れるとは考えてもなかった。未来のことを考えれば、これは新たなる名物になるだろう。

 それを失うことを思えば、チュチュをただでくれてやるのはやりすぎであると。


「マーキッツ殿。この意見、俺もうなずけるところがある。あなたがキスミーをただの店主で終わる女ではないと言った通りに」

「むう……」


 自分の吐いた言葉をひっくり返すことはできない。

 唸って、彼は腕を組む。


「ではどうしてくれるというのか。ただで許せとは言うまいな」

「……勝負を。勝負をいたしませんか、マーキッツ様」


 その言葉を吐いだのはチュチュ本人だった。彼女は、余裕とさえ見えるほど優雅に微笑んで見せる。

 まるでこんなことはなんともないとでも言うように。碧い瞳が弧を描いて、ギラギラと輝く眼を見つめた。


「なんだと?」

「勝負をしてマーキッツ様が勝てば、望み通りに。しかしわたくしが勝てば、この罪は洗い流していただきます」


 碧々と冴えるサファイアの輝きに見せられて、彼は一瞬、瞠目した。

 薄紅い唇が描く三日月が白い肌に浮かび上がるようだ。


「ふむ。おもしろい。しかし決闘をするわけにはいかないだろうな」

「言われれば臨まざるを得ません。けれど永劫に見下げましょう」


 この言い様にはルスカが目を丸くした。

 失礼きわまりない言葉だというのに、マーキッツはむしろ楽しむかのように自身の白い歯を剥き出しにした。


「くくく……! そういう女だから欲しいというのだ。お前がな」


 肩で笑いながら、マーキッツはぐるりとこの場を見回す。そして彼はテーブルに目を落とした。


「ここは菓子と紅茶の店だったな、キスミー。メキオーセにも抱えの料理人はいる。ここは一つ公平に、甘い菓子で対決をしてやろう」


 思いついたとばかりに彼は野生の動物めいた雰囲気を露わにした。

 荒々しくも美しい荒野の獣王にも似た気配は、支配者の風格を備えている。


「……お菓子、ですの?」

「ああ。評価人を互いに立てて、どちらがうまいかと言わせる」

「評価人を買収するおつもりで?」


 くっ、と笑うマーキッツの目の輝きは、いよいよ名剣のようだ。

 危険な匂いを漂わせながら、それでいて手を出す空気はない。


「まさか。正々堂々と勝負をするさ。貴様から認められたいわけだ」

「それほどの女だと言っていただけるのなら、そうしましょう」


 これだけの条件は、自分から提案しても見つからないだろう。

 頷いて、彼女はギラつく輝きを見上げる。


「決まったな。勝負は七日後だ。よかろうな?」

「逃げ隠れる場所はありませんもの」


 くすりと微笑んで、チュチュは肩をすくめた。


「ならば嫁入り衣装を作っておくがいい。いや、俺が作っておこう」

「どうせ作っていただけるのなら、新しい制服でも注文致しましょう」


 店をやめるつもりはないと言い切って、薄紅色の三日月が細められた。

 ここは紅茶のおいしいダンジョン――迷宮写本は蚊帳の外。

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