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紅茶のおいしいダンジョン  作者: 高野十海
その2 営業編
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18/194

18 パーティーと貴族

 その日の夜、お祝いを終えると、チュチュたちとミズクはスタッフルームに場を移していた。

 上の部屋と同じように白を基調とした板張りの部屋で、半分を壁で区切ってある。そこはいままで無用の長物だった更衣室だが、ようやく使う日が来た。


「これからサイズを測りますけれど、よろしいかしら?」

「え、と。その……はい」


 おどおどとミズクは帽子を深く被ろうとしたが、それはチュチュに取り上げられていた。おかげでぼさぼさと伸びた茶色い髪が溢れてしまっている。

 代わりに彼女は、もじゃもじゃと髪を掻き混ぜた。


「ではその前に。コロン、ミズクさんを洗ってあげて」


 言われて、チュチュの足元に控えていたコロンがぐにょんと伸びる。


「ぷにー」

「ひゃあ!?」


 頭から覆われるようにして、彼女はゼリーの膜に包まれた。暴れることもできずに尻餅をつくと、その分だけコロンは追随して縮こまる。


「安心なさって。汚れを取り除くだけですもの」


 透明なカーテン越しにかけられた声に頷いて、ミズクはじっとしていた。息ができるように、口元だけは開かれているから、苦しくもない。

 五分ほどもそうしていただろうか。見る間に汚れを吸われたミズクは、文字通り一皮向けたようだ。


「ぷにー……ぷにっ」


 コロンがミズクから離れると、茶髪と思われた髪はわずかに鮮やかになり、赤毛であることがわかった。

 ぼさぼさだっと髪もしっとり整えられて、つるりと肩甲骨を覆うほどだ。

 うっすら黒かった肌も、いまは明るい色をしている。


「う、ううう……ぐにゃってしました」

「キレイになったからいいではありませんか。見違えましてよ」


 コロンに入る前の彼女と、いまの彼女をすぐに一致させられる人は少ないだろう。


「なんだか、肌がつるつるになって変な気分です」


 コロンにパックされたおかげか、肌はうっすらと潤いを持って、剥きたてのゆでたまごに近い。


「女性なのだから、肌は大事にしたほうがよろしくってよ」

「は、はい……」


 子供を叱るようにチュチュが言うと、ミズクは眉を下げて頷いた。

 よくできましたと白い手が赤毛を撫でてやり、その感触に彼女の目が細まる。


「それではサイズを測りますから、上着を脱いで下さる」

「う、脱がなきゃ、ダメ、ですか……?」


 サイズの合っていない上着は、彼女の体を覆い隠してしまっていて、なにがなにやらわからない。これでは制服どころの話ではなかった。


「それでどうやって服を合わせますの?」

「わかり、ました」


 覚悟を決めたようにミズクが上着を脱ぐと、そこにあったのは冬木の枝だった。

 なにもかもが痩せていて、野良猫だってこれほどではない。


「細いですわね。きちんと食べていらっしゃるの?」

「あん、まり。食べ過ぎると、動けなく、なるから」


 うつむく彼女の頭を撫でてやって、チュチュは記憶にある母を思い出した。自分もまたこうして頭をなでてもらった、と。


「そう。でもこれからはうちで出すものは食べて下さいね」

「それは、もちろん。おいしいから」


 そう言ってやわらかく笑うミズクは、心の底から楽しみにしているようだった。


「ありがとう。コッツも喜びますわ」


 すっかり綺麗に洗われたところで、チュチュは彼女のサイズを測って記録していく。

 終わる頃には、ミズクもへとへとになっていた。


「終わりましてよ、グリム」


 呼ばれると、本はすぐにスタッフルームへ降りてきた。ぺらぺら捲れて、雑貨品の召喚ページを開く。

 シャツ姿だったミズクは、ひゃっと悲鳴を上げてコロンが洗った上着を引き寄せた。

 人間形態を見ているせいか、彼女はグリムを男だと思ってしまっている。


「うむ。形状はキスキィ嬢のドレスを簡素にすればいいか」

「よしなに。エプロンも合わせてみましょう」


 肝心の主を放っておいて、話は進んだ。

 召喚ページにペンが走り、簡易化した黒いドレスに白いエプロンを合わせたデザインが描かれていく。

 長い髪が落ちないように束ねる髪留めなども追加されて、案ができあがった。

 

「こんなものか。オーマもそれほど消費しないな」


 グリムが呟くと、白いスタッフルームは一瞬にして金と黒の光でいっぱいになった。

 あまりの眩しさにミズクが一瞬目を閉じたが、次の瞬間にはもう空間は元の色を取りもどしていた。

 チュチュが手にした一着の服を残して。


「さあミズクさん、合わせましょう。着方はわかるかしら?」

「え、う……たぶん無理、です」


 生まれてからこの方、彼女はドレスなんて着たことがない。縁がなかったというのもあるが、似合うとも思わなかったからだ。

 憧れなかったといえば嘘になるけれど、しかし冒険者として使いもしないものには、手を伸ばせなかった。


「それならわたくしが手伝いますわ。覚えないと大変ですわよ」

「記憶力は自信、あります」

「それは僥倖。……ほら、グリムは出ていきなさい」


 ちらちらとグリムを見るミズクに気づいて、チュチュはしっしっと追い払う。

 表紙をぱたりと閉じて抗議するも、本はそのまま宙へ浮いた。


「まるで犬扱いだな」

「野良犬そのものでしょうに」

「いずれ噛まれて病気になるといい」

「もうなってますわ」

「そうだったな」


 くっくっく、と笑いながらグリムは更衣室から出ていった。

 ほっと息を吐く彼女のあたまを撫でてやり、チュチュはドレスの構造を説明してやりながら着させていった。

 大体は着やすいようにワンピース型をしていたけれど、帯の結び方などは独特のものだ。

 頑丈なロープの縛り方は知っていても、キレイに見えるリボンの結び方はわからない。チュチュはその逆だ。

 完成すると、ミズクは大きな鏡の前で自分を見てみた。


「これが、ぼく……?」

「そうですわ。……ほら、ミズクさんってこんなにかわいいですのよ」


 くるぶしまで届く黒いロングワンピースに、白く清潔なエプロンをした姿は、貴族の館で働く上等な女給仕のようだ。まさか地を駆け回る冒険者だとは思わない。

 自分自身の姿を見て、彼女は顔を赤くした。


「あの、ぼく……」

「ええ」

「ここで働くの、がんばり、ます……!」


 精一杯振り絞るように、ミズクは宣言した。チュチュはそれを受け止めて、鏡の中の彼女を見つめた。


「期待してますわ」

「そしたら……あの、キスミーさんみたいに、なれますか?」

「わたくしのように?」


 顔を真っ赤にしてふるふると震える彼女は、怯える小動物みたいだ。

 きょとんとして、視線を下に向けた。艷やかに輝く髪を見て、小首を傾げる。


「えーと……その……」


 何かを言おうとするが、うまく言葉が出てこないようだった。チュチュは微笑んで、滑らかに櫛が通るようになった髪を結っていく。


「完全にいっしょになっては、つまらなくてよ。だからミズクさんは、わたくしを参考にした上で、もっと素敵なミズクさんにおなりなさい」

「もっと、素敵な、ぼく……」

「ええ。ほら、こんなに素敵なんですもの」


 髪を結い上げられた彼女は、たしかにチュチュとは違う。けれど、ミズクという女性をとても魅力的にしていた。


「なりたい、な……」

「なれますわよ。だって、あなたなんですから」


 ぽんと背中を叩いてやると、鏡の中の彼女は、もう下を向いていなかった。

 ふたりして更衣室を出て、グリムにきれいになったミズクを見せてやろうかとした時のこと。

 彼女は鋭く目を細めた。


「キスキィ嬢。誰かこのダンジョンへ近づいてくる」

「グリム!?」

「……敵、ではありません。けれど上は、モンスターが……」

「急いで上へ行きます。グリムは先に行って!」

「わかった。隠れているように言おう」


 グリムが飛んで行くのを追いかけて、チュチュとミズクは大急ぎで階段を登る。スペースの都合上、それほど広くもなだらかではないから、優雅にとはいかなかった。

 店は片付けは済んで、キャンドルの明かりだけがあたたかく店内を照らしている。

 息を整えながらチュチュはミズクに目をやった。彼女はすこしも息を切らしていない。


「もうすぐ、来ます。……一人、かな」

「わかりましてよ。……グリムは使えませんから、あなたがわたくしの側に」

「は、はい」


 やがてダンジョンの窓ガラスから、松明の火が坂を登ってくるのが見えた。

 星の輝き始めた夜空をわざわざ歩いてくるとは相当の急用だ。

 チュチュは水差しを満たして、その人を出迎えた。


「夜分遅くに失礼する。ヴィナ・ノワ家の遣いだ。キスミー様はいらっしゃられるか?」


 ドアの外から大声で叫ぶヴィナ・ノワの使者に、彼女は自分で鍵を開けた。


「わたくしがそうですわ。何用でしょう?」


「ルスカ様に来客があり、もてなすのにこの店を使いたいと伝えに来た。この時間を空けてもらいたい」


 彼は懐から羊皮紙を取り出すと、その内容を読み上げた。それが本物であることを確かさせるように広げて見せる。


「他ならぬルスカ様ですから……わかりました。これ、どうぞ」


 頷いて、チュチュは水差しを差し出す。


「ありがたい。……ん、そちらのご婦人は」


 受け取って飲み干すと、使者はチュチュの側で控えるミズクに気づいた。


「新しく働いてくれるミズクさんですの」


 慌ててぺこりとミズクは頭を下げた。

 本来なら膝を曲げる場面だが、礼を知らない中では十分な対応だろう。


「そうか。給仕を増やすほど忙しい中すまない。よろしく頼む」

「いいえ。それではごきげんよう」

「ああ。ごきげんよう」


「あ、ああ、あの、ヴィナ・ノワって……」

「ええ。この町に強い影響力を持つ、貴族のヴィナ・ノワですわ」


 当然のように言うチュチュに目を見開いた。それから感嘆の吐息を吐いて、彼女はそんな店で働くのだとにわかに緊張し始める。


「きき、貴族様に使われるほど、すごいお店なんですね」

「ちょっと事情がありまして……けれど、これはゆっくりしていられませんわね」

「え?」


 小首を傾げたところに、碧い瞳をにこやかに細めて爆弾を落とした。


「そのパーティー、ミズクさんにも接客してもらいますもの」

「ええええええ!? そんな、無理です!」


 否定する彼女に、チュチュは追い打ちをかける。


「安心なさって。できるように仕込みますから」

「……うぅ」


 もはや、どう言っても逃げられない沼であることに気づいてミズクは諦めた。まるでいままでのことがすべて、この状況を見透かした罠であるかと思うほどに。


「さあ、素敵なミズクさんになるための一歩を踏み出しましょう」

「は、はい……」


 夜が更けるまで、接客の特訓は続いた。

 ここは紅茶のおいしいダンジョン――深夜に女の悲鳴が響き渡る。

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