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紅茶のおいしいダンジョン  作者: 高野十海
その1 開店編
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11 没落娘はレザーセーラー

「狩人というよりは、商人でしょうか。わたくしが狩っているわけではございませんので」


 体の細い彼女が狩れるとはルスカも思っていなかった。それがほんとうを言っているとわかって、彼は一歩踏み込む。


「ほほう。ではあなたの仲間が凄腕の狩人なら、売りに来るのはなぜあなたが?」

「役割分担ですわ。狩るものと売るもの。別にすれば狩人は勘定などの余分を考えずに集中できると思いまして」


 その程度の質問ならば嘘をつくまでもないと、チュチュはさらりと答えてみせた。ほとんど本当のことを言っているから、ルスカも納得する。


「うーむ。筋は通っているな。しかしその恰好は、商売人にはふさわしくないのでは?」


 彼女はわずかに顔を伏せて、非礼を詫びるように膝を曲げた。碧い瞳が悲しみと憂いを帯びる。


「もうしわけありませんが、わたくし、これ以外に人前に出られるような服を持っていませんの」


 しかしその言葉にルスカは片眉を上げた。貧しさを語るにしては、チュチュが華美過ぎた。


「耳や首から下がっているものを見ると、そういう生活とは思えんな」


 彼女に耳と首で金色の輝きを放つ装飾品は、一目見ただけでも値打ちものとわかる。ましてやヴィナ・ノワの家は社交界で飽きるほど目にするだろう。それを見抜けないルスカではなかった。


「差し出がましいようですが、事実でございます。疑われるのも当然かと存じますが……」


 口を挟んできたグリムを、彼女は差し止めた。チュチュはふたたび膝を曲げて謝罪する。


「グリム。わたくしの事情は関係ありませんわ」

「失礼いたしました」


 片手を上げて許し、ルスカはそのまま折り曲げた人差し指を顎に当てた。目線が宙へ跳んで、彼女たちから外れる。


「わけありというわけか。それならば解らなくはない」


 彼は自分自身の中で、華美な服を纏う商人ふたりの事情を作り上げた。

 チュチュとグリムが打った一芝居はギリギリのラインだ。かなり事実に近いがほんとうでもない。だがそこから最近、没落した家にたどり着くことはあるだろう。

 かといってまるきりの嘘を言えば、ボロが出るに違いない。そこが二人の妥協点だった。

 一つ息を吐いて、チュチュはとりあえずの窮地を脱すると、おずおずとルスカの機嫌を伺う。


「わたくしたち、皮を売りに来ましたの。なにか問題ありましたでしょうか?」

「先日、この店で立派な一枚皮を買ったのでな。それで見に来たのだ」


 宙からチュチュたちに視線をもどして、彼の目はふたたびその背で丸くなる猪の皮を見た。それを求めてきたのだから当然だろう。


「そうでございましたか。直接お取引を願うというわけには参りませんから、一度、商人さんに売らせていただいてもよろしいでしょうか」


 直接買い取ってもらうとなれば、革商人への不義理となるにちがいない。それを懸念して、彼女はちらりと目線を送る。


「うむ。ちょうどいい。手間を省くために俺も見聞させていただこう」


 しかしそれを受け取ったのはルスカだった。いますぐ皮を広げて見せろを言わんばかりに心を躍らせている。くるりと反転して、まだ店に引き返していないのが不思議なぐらいだ。


「……わかりました。それでよろしいかしら?」

「ああ。俺のほうはかまわない」


 商人が了承すると、チュチュたちはそれに従うしかなかった。ルスカの侍従を残して店へ入り、丸められていた猪の皮が広げられる。

 トリギュラが獲ってきてコッツの捌いた皮は、傷みもなく綺麗な状態だ。


「ほお。……いい腕をしている」


 ルスカが感嘆するものが二人合わせて四枚、商人は目をさらにして価値を考える。買い取った側から売れるのだからぼったくる必要もない。

 というより、貴族が目を光らせている場所でそんなことをしても、信用が失われるばかりだ。

 彼は慎重に判断をして、適正価格よりすこし多目の値段をはじき出した。コンスタントに質の高い皮を持ってこれる彼女へのサービスだろうか。


「ずいぶん評価してくださるのね」

「皮はいつでも入用ですから」


 あるいはルスカと彼女を引き合わせた謝罪込みの値段か。どちらにしろチュチュとしてはまったく不足ない価格で取引は成立した。

 じゃらりと詰まった革袋を受け取って、彼女は代わりにプレートを差し出す。


「ありがとうございます。日取りが決まりましたので、よろしければ」

「ええ。是非行かせていただきますとも」


 にこりと微笑むふたりの上から、じろりとルスカがそのプレートを覗き込んだ。


「ほほう。それはなんだ?」

「ルスカ様にはお恥ずかしいばかりですけれど、小さな店を開ける予定ですの」


 その試食会の招待状だと説明されると、彼は片眉を上げてまた彼女に食いつく。


「営業許可証はあるのだろうな?」


 行商ならばともかく、このあたりで店を開くつもりなら、組合に申請しなければならない。場所は町から離れているが、貴族の領地でやるつもりなら必要だった。


「今度、試食会をやりまして、評判がよければ申請するつもりでございます」

「食い物屋か。何を出すつもりだ」

「平民でも手が届く値段で、紅茶とお菓子を」


 猪の皮を売る華美な衣装の女が、自らを裕福ではないと主張しながら、紅茶と菓子を売る。説明しながらチュチュは、その奇妙さを飲み込んでもらえるかと息を詰めた。

 誰がどう見たって怪しいが、ルスカはむしろ興味を引かれて目を輝かせた。


「紅茶と菓子を安値でか。……面白そうではないか。よかろう、俺も招待するといい。気に入れば、営業許可証を貰えるようかけあってやる」


 懐の広い貴族であることは、誰にもわかった。しかしなるべくなら彼女は関わってもらいたくないのがほんとうのところだ。


「ルスカ様に召し上がっていただくものでは……」

「ではこう言い換えてやる。まがい物を出していないか、検査しよう」


 かと言って、貴族がやらせろと言ったものは命令に等しい効力だ。それを拒むだけのちからは彼女にない。


「……わかりました。その疑いを晴らすためにも、ご招待させていただきます」

「ふふん。よきにはからえ」

「しかし、わたくしたちの予定は七日後でございますが、ルスカ様のご都合はよろしいのでしょうか?」

「すこし待て。確認する」


 そう言って彼は、従者を呼びつけて予定を聞いた。チュチュにとって残念なことに、都合よく空いていた。


「うむ。問題ないな。楽しみにしているぞ……女、名前をなんという?」

「申し遅れました。キスミーと名乗っています」

「試食会にて、名前を覚えるかどうか決めよう」


 なるべくなら覚えてほしくないと思いつつ、チュチュは膝を曲げて礼をした。ふふん、と機嫌良さそうにルスカは、皮商人へ視線を移す。

 用事が終わってルスカの興味も冷めたところで、彼女は店を後にした。しばらく歩いて離れたところで、どっと息を吐く。


「ど、どうしましょう……」


 いまさらになって彼女の白い肌が青褪めていく。血が失せてしまったようだ。

 グリムは目にかかる髪を鬱陶しそうに掻き上げて言う。


「どうするもこうするも……乗り切るしかなかろう」

「相手は貴族でしてよ」


 ふん、と息を吐いて、それがどうしたと言わんばかりだ。この表情はまさしく彼のものに違いない。


「客が一人増えただけだろう。やることが変わるわけでもない」

「……はぁ。そうですわね。いまさら足掻いてもどうしようもないですもの」


 ダンジョンからすれば、そこに留まってオーマをくれれば平民だろうと貴族だろうとなにも変わらない。

 グリムの価値観から状況を見ると、チュチュも動揺するのが馬鹿らしくなって気分を切り替えられた。


「さて、キスキィ嬢。とうとう試食会だ。覚悟はできているだろうな」

「当然でしてよ。わたくしのダンジョンのお披露目ですもの」


 やれるのか? というグリムに、彼女は乗っかった。碧い瞳は熱を持って、炎のごとく燃えている。


「ならば見せつけてやれ」

「そういたしましょう。わたくしたちのお菓子とお茶で、勝負ですわ」


 チュチュのダンジョンへ急ぐ足取りは、ぐんぐんと強さを増していった。それを後ろで見てくすりと笑いながら彼は続いた。


 ダンジョンへたどり着いた彼女は、ドアを開けて宣言する。


「ただいま帰りましてよ。さあ、みなさん。七日後へ向けて戦いの準備ですわ!」

「ちゃのきー!」

「ぷにー!」

「もけもっもー!」

「はいっ、マスター!」


 呼応する四匹のモンスターたちが、威勢よく声を上げた。

 ここは紅茶のおいしいダンジョン――兼、戦場。

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