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学校怪談

机の中から覗いてる

作者: 円坂 成巳

 どうにも落ち着かない。机に座っていると、嫌な視線を感じる。

 先日、隣の席の笹森玲実さんと机を交換した後からだ。


 おそらく問題はこの机なのだ。木製で、天板の下に収納スペースのあるごくごく標準的な机。


 高校二年になり三ヶ月。同じクラスで、しかも隣の席なのにほとんど話したことのなかった物静かな美少女、笹森さんは、昼休みに突然話しかけてきて、おかしな提案をしてきた。


「水戸君、もしよければなんだけど、私と机を交換してくれないかな」


「あ、うん、別に問題ないけど。なんで机なんて」


「なにかいやな感じがするの。もしそういうのが気になるなら他の人に頼むけど」


 かわいいと思いながらも、取っ付きにくくなかなか話しかけられなかった女子から話かけられ僕は舞い上がってしまっていた。


「いいよいいよ。全然気にしないから」


 安請け合いし、机を交換などという突飛な申し出に対し、その理由を深く聞くことはしなかった。

 今思うと、その時点でよく聞いておけばよかったと後悔している。


 それからだ。教室で、何かに見られていると感じるようになったのは。

 初めはそれがどこからの視線なのかわからなかった。ただ、視線を感じるのは、必ず机に座っているときだった。


 そうして、落ち着かない日々を送っていたある日、数学の授業中。


 何か気になって、ふと視線を下に向けると、一瞬、ほんの一瞬だが、机の中から何か薄緑色の固まりがはみ出ているのが見えた。


 顔?


 顔のように見えた。

 僕はぞっとして、上半身を仰け反らせた。椅子ががたんと音を立てた。皆には寝ぼけたかと思われたかもしれない。

 すでに、それは見えなくなっていたが、僕は確信していた。ずっと感じていた視線はこの机の中からのものだったのだと。


 数学の授業が終わり、机の中を覗いて見たが、怪しいものは何もなかった。

 ノートと教科書を机の中にしまおうとすると、机の中で僕の手に何かが触れた。ざらざらした感触で数箇所。

 触れた瞬間にイメージしたものは、人の指だ。


 びくっと体が硬直し、嫌悪感で背中や腕がぞわぞわした。


 手のわけがない、誰かのいたずらで変なものを入れられたんだと自分に言い聞かせ、もう一度、おそるおそる机の中を覗く。


 教科書以外は空っぽだった。


 このころから、僕は、机に手を入れる必要があるときは、先に机の中を覗き、何もないことを確認するようになっていた。そうでないと安心できないのだ。


 机から薄緑色の物が覗いてることも、何かが手に触れることも、少しずつ多くなっていった。



---



 そろそろ僕は精神的に追いつめられてきていた。

 誰かに相談しなければならない。机を交換しようと言ってきた笹森さん。彼女なら何か知っているはずだ。

 笹森さんに相談しようと心に決めていたその日。国語の授業中だった。


 座って授業中を聞いていると、腕を突然なにかに掴まれ、机の中に引き込むかのように引っ張られた。


「わっ」


 僕は、声をあげ、腕を掴む何かを振り払い、咄嗟にばんざいの姿勢をとっていた。

 見えた。間違いない、手だ。細い節くれだった老人のような手だ。


「水戸、どうした、寝ぼけてんなよ」


 先生が冗談めかして僕を注意する。周りの生徒がくすくす笑っている。

 恥ずかしいと思う余裕はなかった。

 心臓がばくばく言っている。いまのは、幻覚じゃない。掴まれた感触がまだ残っている。


 僕は授業中にも関わらず、机の中を覗き込んだ。いつもどおり何もないことを確認して安心したかった。


 ありえないものがそこにいた。絶対にそこにいるはずのないもの。

 狭い机の中に人が詰まっていた。


 人というか薄緑色の小人のようなもの。


 絶望的に冒涜的で、気持ちの悪い生き物。毛がほとんどない頭部が、ぎりぎりの大きさで机の中に詰まっている。さらに奥には、頭部に対してアンバランスに細い胴体と手足が折りたたまれていた。


 ぎょろりとした大きい瞳が愉快そうにこちらを見ている。欠けた歯を剥き出しにし、笑っている。


 そいつと、目が合った。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 僕は絶叫していた。


 尋常じゃないと感じたのか、先生が駆け寄ってきた。


「おい、水戸、大丈夫か」


 僕は、椅子ごと後ろに倒れこみながら、机を指差す。


「ひひっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ」


 声帯がひきつり声が出ない。


「ひっ、ひ、ひと、人です。中にいます。机の中、人が」


 先生が机の中を覗きこんだ。


「何もないぞ」


「え」


 机の中は、教科書が入った以外は空洞だった。


「そんなはずない。本当なんです、本当に人が」


「お前、ちょっと疲れてるんじゃないか。ちゃんと家で寝てるか。保健室行っていいぞ」


 何人かの生徒は、笑って言いたい放題だ。

「どんな夢見たんだよ」「学校中にひびいたんじゃね」「ヤバすぎでしょ」


 僕は一言「保健室行きます」と言い残し教室を出た。



---



 保健室でベッドに転がると、僕はすぐに眠りに落ちた。毎日感じる不快な視線のせいで疲れていたのだと思う。

 十分休んで、保健室から出ると、笹森さんがいた。


「ごめんなさい、私が机を交換したせいで」


 ああやっぱりと思った。

 笹森さんは、あれが机の中にいることを知っていて、僕と机を交換したのだ。


「あの、私、机を元に戻そうか」


「だめだよ」


 笹森さんに、あんな机を押し付けるわけにはいかない。


「でも、耐えられるの?あれに」


「いや、それは」


 耐えるのは無理だ。


「また、誰かと交換すればいいんじゃないかな。私がしたみたいに」


 そう、誰かに机を押し付ければいい。気付かないうちに、こっそりと交換してしまってもいい。

 でもそれじゃきりがない。

 だから、思いついた。


「壊しちゃおう」


 幸いにして、机は木製だ。手間をかければ、壊すのも燃やすのも無理ではない。


 金曜の放課後、僕らは、机を運び出した。

 笹森さんが叔父に軽トラックを出してもらえた。机を乗せて、河川敷で机を解体し、火をつけた。

 誰かに見つかることもなく、机からあの小人が飛び出してくるようなこともなく、淡々と作業は終了した。


 その日の夜、僕は自宅で、ほっとした気分でくつろいでいた。

 一つ足りなくなった机の問題はあるが、それはどうとでもなるだろう。なんならしばらくは教室の床に座布団でもクッションでも敷けばいい。


 とにかく、あの机がなくなったことで、平和な学校生活が戻ってくる。

 それに、今回のことで、笹森さんと携帯番号も交換できた。

 僕は、自宅で椅子に腰掛けながら笹森さんにメールを打つ。


『今日はありがとう。また来週からよろしく』


 もう少し踏み込んで、明日何処かに誘ってみようか。それは早すぎるか。まずは距離を縮めたい。月曜の朝にはこちらから話しかけよう。

 そんなことを考えて、にまにましていたところで、ふと視線を感じた。


 なんだろう、と視線を感じた方向に目を向ける。


 僕の部屋の机だ。引き出しが少し開いている。

 机の引き出し。

 いや、まさか。そんなことがあってたまるか。あの視線は、学校でしか感じたことがないのに。


 心臓の鼓動が早くなる。

 いやだいやだいやだいやだいやだ。勘違いであってくれ。


 見たくないと思いながらも見てしまう。


 目が、合った。


 少し開いた僕の机の引き出し、その隙間から、薄緑色のあいつが覗いていた。

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