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邂逅

 標的の影も形もないことから若干以上の失意は否めない杏華。

「ふぅ……」

 当てが外れたのだろうか。ここにはヒントはないのだろうか。だが、この場所以外に当てはなかった。

 ――後十分。それで往復して、それでも見つからなければ今日は帰ろう。……家族に変に詮索される訳にはいかない。こんなこと、言えるはずもない。

 そうやって、怪我を理由に出来るうちは休んで、探して――それでも見つからなければ、どうすればいいのだろうか。

 ――諦めるしか、ないのだろうか。

「……やっぱり、無理なのかなぁ」

 遠くに見える光の乱舞の舞台、外れ通りを見つめながら息を吐いた。

 その息には、残念そうな部分のほかに、安堵と言ったものが込められていたのは気の所為ではない。けれど、心に負った傷は浅くはなかった。

「諦めたく、ない」

 努力に見合う報酬が約束されている訳ではない。むしろ、悪名が生まれるだろう。努力を掛けるべき議題ではないことは明白だった。

 それでも為そうとしているのは、ただ自分だけの為なのだろうか。それとも、他に理由があるのだろうか。


 ――ほんの少し、自分が何をしているのかが分からなくなった。


「おい」

「は、はい!」

 どこから声を掛けられたのか。完全に自分の思考に旅立っていた杏華は、目の前に男が立っていたことにも気が付いていなかった。

「……正面から声かけたのに、なんでんなに驚いてんだよ」

「す、すみません……」

「いや、謝ることじゃねえけどよ」

「はぁ……。ところで、何か私に用ですか?」

 そこまで言ったときに、はたと気づいた。こんな場所――外れ通りの近くで出会うとは、相手は一般人でないかもしれない。

 一層警戒心を強めて男の言葉を待った杏華は、しかし次に聞こえた言葉に息を呑んだ。

「お前は何をやっているんだ?」

「っ。なにを……とは?」

「お前みたいなやつが、なんでこんな場所に居る?」

 そこまで言われて、杏華は改めて男を見た。薄茶色のロングコートはうらびれていて、僅かに浮浪者の雰囲気を漂わせていたが、当の男には焦燥感や逼迫した様子はなく、悠然や泰然と言った言葉が似合いそうな男だった。

 人好きのしそうな精悍な顔立ちをして、まじめさを感じさせる。一方で周りを顧みない人のようにも思えた。正直、正体は掴めない。

 気のいい青年と言う印象を受けたが、よもや自分の目的を正直に言う訳にもいかず、杏華は話を切り上げようとした。

「別に、私がどこに居ようとあなたには関係がないじゃないですか。ただ興味があっただけですよ」


「――誰に興味があったんだ?」


 杏華の息が止まった。そして、そのまま口を噤む。

 これ以上この男と会話をしてはいけないと、本能が言っていたような気がした。

 だが、その意思とは裏腹に湧いて出た興味は消えることなく、思わず問い返していた。

「……どうして、人を探していると?」

「簡単な話だ。お前の視線の先は、店の看板ではなく人の顔に行っていたからな」

「…………」

 ――そんなものが、分かるものなのだろうか。いや、それ以前になぜそこまで自分を注視しているのだろう。

 そんな杏華の疑念を読み取ったかのように、男は口を開いた。

「お前は気付かなかったかもしれねえが、完全な一般人と裏に慣れてる奴らとじゃ、纏っている雰囲気が違うんだよ。あの場所に居れば、大体一般人は浮く。おのぼりさんじゃないのは、お前が店に興味を示さなかったことから丸わかりだ」

「よくもまぁ、分かりますね」

「帰れ。そして二度とここに近付くな」

 男の有無を言わせぬ口調と言葉に、杏華はギリッと歯を噛み締めた。その様子を、男は嫌そうに眺めていた。

「……不服か? この先も、ここにいる誰かを探したいのか?」

「……えぇ、あなたに言われたくはありません。赤の他人のあなたには、何も関係ないですから」

「ならオレをぶっ飛ばせばいい」

「え……?」

 あまりにも自然に、男の口から暴力的な台詞が聞こえて杏華は思わずきょとんとして――

「――ぁ」

 顔のすぐそばを通り抜けた拳による風で、男が何を言ったのかを理解した。


 ――暴力で勝ち取れ、と。男はそう言ったのだ。


「わ、私に、無関係な一般人に暴力を振るえ、と……?」

「いやなら帰れ」

 是非もない切捨てだ。男は既に臨戦態勢を整えていた。剣道はもちろん、杏華が知る他の如何な武道にもない構え――だが、その姿からは隙が見受けられなかった。

 我流かな……と推測する杏華に向かって、男は貫くように声を発する。

「さぁ、剣を抜け」

 言われたとおりに竹刀を取り出す。木刀ではないから、万が一でもなければ死にはしないだろう。

「行くぞ」

 待って、と言うまでもなく。

 理由を聞くだけの時間もなく。

 一方的とも言える開戦の合図がなされた。

「っ」

 夜闇にまぎれて、拳が目の前を通り抜ける。剣道の足さばきで数歩下がると、正眼に構えた。

「手加減、しないわよ」

 狭い路地裏では、竹刀を薙ぐことは難しい。だから威力を出すには突きか、上段からの振り下ろしになる。

「やあぁあ!」

 杏華の会心の突きを、男は手の甲で受けて、横へと流した。そのまま目前へと距離を詰められる――だが、受け流されたことに驚きつつも、剣に馴染んだ体は考えるよりも早くに切り返している。

「せぁあ!」

 二撃目。大きな横薙ぎの出来ない空間で、引き絞るように小さな軌跡が男のこめかみを狙う。

「…………」

「……ぇ?」

 だが、竹刀が男のこめかみの数センチ手前より先にはいかない。繰り出された竹刀と、軸である体を繋ぐ手首が、男によって抑えられたからだ。

 一瞬で、迫る竹刀ではなくその基点となる手首を抑える男の胆力に息を呑む間もなく、男は杏華の手首を抑えながら、すぐそばまで一息に移動する。コンマ数秒の世界を制したのは、杏華ではなく男の方だった。

「……決着だ。ついでだから、理由を聞かせろ」

「…………。まけ、た……の?」

 未だ信じられないと言った風に、杏華は呟いた。

 部活ではもちろん、道場でも、杏華は強かった。復讐に身をやつし、魂を貶めたとしても、剣の技術だけは変わらない。力の量は、変わらない。


 ――負けるとは思わなかった。そんな慢心は、あっけなく崩れた。


「そうだ」

 吐き捨てるように、男が言う。まるで後味の悪いお菓子でも口に入れたように。

「このまま理由を言うか。それとも――」

 密着した状態から男はざっと歩を進めて、杏華の体を建物の壁へと押しやった。


 ――その行動で、杏華は『ここ』がどこなのかを悟る。


「敗者らしく、勝者の自由にされてみるか……?」

 杏華に抵抗する気力はなかった。竹刀を構えた万全の状態で、不意を突かれた訳でもなく、完璧に敗れたのだ。力も男の方が上で、技術の面でさえ上回られた。


 抗う気力も、力もない。杏華は自分の何かが手折られるのを、確かに感じた。

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