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定時連絡

 電話があったのは既に明日になっていた頃だ。

 和樹は寝床に貸して貰っている書斎で、枕のすぐそばに置いた携帯がブゥンと震えたことに気が付き、すぐさま通話に出た。星明りだけの薄暗い部屋で、携帯のライトがぼんやりと和樹の顔を浮かび上がらせる。


「……オレだ」

「ぼくです」


「…………」

「…………」

 しばし無言のやり取りが続く。意味など無い。

 強いて言うなら、緊急のことではなさそうだ――と言うだけだ。

 あとは、スピーカー越しに零れる音から、まだ外なのだろう――と言うくらいだろうか。

 癖で幾つもの状況を予想しつつ、焦れた和樹は無駄話をすることなく話を切り出した。

「彼方か。……で、どうだった?」

「名乗ってはいませんが、彼方です。状況の方は、あまりよくないですね……」

 よくない――と言う言葉に、和樹の中に幾つもの可能性が浮かぶ。

 取引相手が予想外に大物だったか、あるいは探っていることに気取られたか。他にも、幾つもの組が共同で事に当たっていたなど、浮かび上がっては沈めていく。事実は聞けばいいのだから。

「何がよくないんだ?」

「狩野組はある組の傘下にあることは知ってますよね?」

 質問ではなく、確認。

 確かに彼方の上役である和樹は、彼方よりも多少その手のことに詳しい自信はあった。


「確か……臼居のとこだったな。連中が取引に関わっているのか? ……だが、それくらいは予想の範囲だろう?」

「ええ……そこまでは良いんですが」

 臼居――臼居組は、幾つかの組織を傘下に持つ暴力団だ。自ら表立つことは少なく、構成員も少ない。武よりも知を用いるタイプで、厄介な相手だとは考えているが、これを機に潰せるならば潰してしまいたいと考えられる程度の相手である。

 そこまでは彼方も知っているはずだ。その彼方がわざわざ「よくない」と言うのだから、さらに何かがあるのだろう。はたしてその内容とは、和樹の予想よりも一段と悪化したものだった。

「……実は、臼居組は最近、ある組織と同盟を結んでいたらしいんです」

「……同盟?」

 同盟とは、辞書に載っている言葉の通りだ。

 それでも和樹が驚いたのは、同盟と言う行動自体がそう多くないからである。


 ――あまりに力を持ちすぎれば、管理が届かなくなるし、目も付けられやすくなる。


 警察が手を出さないのはあくまで『不運』程度で収まることならばであり、もしその枠を超えたと判断された場合は容赦なくメスが入る。そして、メスが入ってさえしまえば、その中身は検挙には十分に過ぎるほどのものを、それぞれ蓄えているのだ。

 そこまでを想起して、和樹は苦虫を噛んだ心地になった。そんな常識的なリスクまで冒してわざわざ同盟を結んだのだ。嫌な予感がした。

「……で? その相手は?」

 和樹の苦渋を感じ取ったのか、彼方の声にも渋みが入る。

 だがその役目を全うとして、問われた内容をしっかりと答えた。

「野茂沢組です」

「っ。野茂沢、だと?」

 訊き返すも、肯定の返事が返ってくる。和樹にとってその言葉は、訊き返すほどの意外性と悪性を秘めていたのだ。


「まじかよ……。野茂沢は北山会の傘下だったはずだろ……?」

 北山会は、街の暴力団の最大勢力を誇る一角である。

 ついで――として敵に回すには大きすぎる存在だ。

「……因みに、取引するものは何か分かっているか?」

 話を逸らすようにした話題は、しかし重要なことだ。

「予想の通り、銃ですよ。型は知りませんが、一世代前の汎用性の高いものだそうです」

「…………。北山会が、そこまでのリスクを掛けた……のか?」

 銃取引はもはや、不運程度で収まる筈もない。摘発され、証拠を掴まれれば、北山会そのものを潰すことになりかねない。

 だが、帰ってきた答えは少し意外なものだった。

「いえ。北山会としては、この件にはあまり関与していないようです」

「……と言うと?」

「ええと、ですね。北山会では最近、内部分裂があったらしくてですね。潰れるほどに不安定なわけじゃないですけど」


「? 内部分裂? なんでそんなことになってるんだ?」

 小競り合いならともかく、一つの組が親組織の総意を無視してまで大きな行動するとは、よほどのことだと考えたわけだが――。

「それはほら……あそこは最大勢力の一角とは言え、最大の内から見れば弱小で、若輩です。それに今まで若輩故に抑えられずに、ウチに何度もヤキいれられたでしょう? あれでどうやら、更に立場が弱くなっているようで……」

「あぁ……」


 聞いてみれば何のことはない。ただの見栄っ張りな意地のようなものだ――まぁ、それが重要な要素ではあるのだが。

 北山会は、ここ数年前に幾つかの組織が割と一時期に同盟を結び、付近の組織を合併し、傘下に加えたことから生まれていた。それ故に成り上がりと称されることも少なくはなかったし、綻びが生じて予想外の『事故』を起こす輩も後を絶たなかった。

 その事故に対処してくれと、庶民から依頼を受けた岡崎組が動いたことも何度となくあるし、それが原因で弱体化した組織が、他の傘下に合併されたこともあった。


 ――とはいえ、それでも最大勢力と称されるだけの力はある。むやみに敵には回せない。


「……話を戻すと、北山会は関与していないが、その傘下の野茂沢組は関与している――ってことだな?」

「その通りです。それで、この件について北山組が関与する可能性もあるので――」

「――いや、多分ないな」

 及び腰気味な彼方に対して、和樹は断定的に告げた。


「野茂沢組としちゃ、利を上げて組織での発言力を強めたい、ついでに出来るなら銃で組織も強化したい、ってところだろう。強化っつっても、問題視される訳にもいかねえからあまり多くは持てないだろうが。……一方で臼居としちゃあ、危ない橋を渡る上で、虎の威が欲しかったんだろうな。あそこは傘下も含めても、あまり武力に秀でている訳じゃねえし。もしかしたら、警備担当として野茂沢組が出張って来るかもしれんな。……ま、どの道北山会は動かんよ。下部組織ひとつを掛けた賭けってところだろう。失敗しても、切り捨てるだけだろうさ」


「えらくはっきりと、断定しますね……」

「間違ってたら、責任はとるさ。……それに、力に屈してやるべきことをやらないなんて、義侠に反するだろう?」

 ――どのみち、取引の中核となっている狩野組を潰すことは確定している。バックに何が居ようと、やるべきことは変わらない。ただ、時間が異なるだけだ。

「…………」

 唖然と和樹の言葉を聞いている気配のする彼方に向かって、確認事項を問い質しておく。

「……親父には、もう連絡してあるんだろう? なんて言ってた?」

「……ぇ? あ、はい。『和樹に任せる』だそうです」

「ならこう伝えといてくれ――『やることは変わらねえ。万一北山会が動いた時の為に、本家(そっち)でも準備はしておいてくれ』」

 和樹の躊躇いのない台詞に、彼方はしばし黙り込み、和樹は返事が返ってくるのを静かに待った。


 帰ってきた答えは了承ではなく、反問だった。


「……本当に、やるんですね?」

「時間が経っても、やることは変わらねえ。なら早い内に対処した方が、世のため人の為ってもんだろ?」

 悲壮さの混じる彼方の言葉に、和樹は前半は何気なく、そして後半はおどけたように喋った。

 だが彼方も、和樹がおどけたように見せた怒りの一部を理解していた。先日、和樹とともに尾行した少女のことが、脳裏をよぎる。

「…………。はぁ、分かりました」

 予想外に面倒くさくなりそうな仕事に関して溜息を吐きながら、和樹の言葉を承諾する。その顔には小さいながらも笑みが張り付いていた。


 対して和樹も、彼方が理解を示したことに、同じように小さく笑顔を浮かべていた。その笑顔は闇に包まれ、携帯の局所的な光に照らされ、どこか怪しく見える。

「……ああ。それとな――」

 その後和樹が通達した追加要員については、彼方を大いに仰天させたが、それでも最終的には和樹の意思をくみ取り、同伴を許した。

 その後彼方は、もう少し詳しく調べてみる――と言い、電話を切った。

 和樹の手には、通話の切れた電話が手に残り、それに向けて少しの間小さく笑いかけた。

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