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撃退

 一分足らずで和樹が守るべき門扉の前にまで押し戻されたが、それまでの経路に、五人の不良が冷たいアスファルトに蹲り、伏していた。


 門扉を囲むように不良たちは半円を築き、じりじりと間合いを詰める。その半円の中でも、すでに三人が気を失い、得物としていたバットも転がっていた。

「てめえら何やってる! たった一人だぞっ? 数で掛かれ! 何人かは塀を越えて、女を人質にして来いっ! それで俺たちの勝ちだ!」

 半円の一部から指示が上がるが、指示の内容が不良たちに染み渡る前に手近な不良を一人殴り倒す。

『指示を出される』ことと『味方が倒される』ことが繋がり、敵の中に動揺がさらに広がった。


「大将ってのは、喧嘩じゃ最前線に立つものだぜ?」

 周囲一帯に聞こえるようにしながら、挑発的に指示を出したものへと喋りかける。

 実際に大将が前線に立つと、全体の士気は上がるだろう。だが一方で、この一言だけで大将が前線に立たないことに対する不満を、全体に湧きあがらせる。

 和樹は予想外の強敵であろう自分をカードにして、相手の心理に更に揺さぶりを掛けたのだ。

「……っ」

 思惑通り、指示を受けた敵が一斉に指示を出した不良に向く。その視線には希望と不安とがない交ぜになっていた。

「ふっ!」

「はぁ!」

 何人かは指示通りに和樹に襲いかかり、塀をよじ登ったが、その度に和樹に倒されて、塀の向こう側からの竹刀に突き飛ばされる。和樹の直感が攻めるべき時を感じ取った。

 守るべき門扉から離れるのもいとわずに、敵陣へと進む。さらに敵の何人かを倒すと、ついに大将自らが戦線に参加した。

「ちっ! てめえら! こいつをぶっ潰せっ!」


 ――だが、遅い。


 もう少し早ければ、士気は十分に上がっただろう。あるいは、大将が倒された後も、その指示は活きていたかも知れない。

 だが、すでに不良は半数以下にまで落ち込み、士気も下がってしまっている。この状況では決定打には至らない。おまけに、大将自らが戦闘に参加したために、指示の方は当然おろそかだ。

 迫りくる敵を、ただ落ち着いて対処し続けるうちに、不良は更に半分へと落ち込んだ。

「ひぃっ!」

 和樹が鋭い一瞥をくれると、残った内の一人が逃走。音のないアスファルトに、その足音は全体の精神に大きく響いた。残りは四人だ。


「くそがぁああ!」


 大将が自ら先陣を切り、三人もそれに続く。大将の鉄バットが振り下ろされる前に抑え、ぶん投げる。残り二人の鉄バットと蹴りがするりと躱され、追撃の前に裏拳で残り一人を、更に突き出た拳がこめかみを打ち、二人目をダウンさせだ。

 一度に二人もやられ、残り一人となった男は半狂乱に振り回したが、見事にその隙間を突き、鳩尾を蹴り飛ばされると意識が混濁した。


 顔を上げた大将が見たのは、残っているのは自分一人だと言う事実と、それをほぼ一人で成した男が、じっと自分を睨んでいる現実だ。

「……おい、誰の差し金だ?」

「ひっ!」

「答えろ」

 和樹は、特に語気を強くはしていない。

 だが、訊ねながらゆっくりと近付いてくるそのさまが、あるいは刻限のように思えたのだ。


 このまま何も答えずにいれば、虫けらのように踏みつぶされる――その刻限に。


「わ、わかった! 答える! 答えるからっ!」

「…………」

 残り一歩分になり、和樹は無言で歩みを止める。その姿に安堵し他のもつかの間。安堵した一瞬で、再び歩を進めようとした和樹の足が見えた。

「ま、まてっ! 響さんだ! 狩野組の響さんからここらの『チーム』に話がきたんだよっ!」

「……話?」

 チーム、と言うのは、傘下の不良グループのことだろう。

 話と言うのは、おそらく報復の話だ。そうと予想を付けつつ、話の続きを促す。

「ああ。この女を連れて来たら手柄を立てる、ってやつだ。写真もある!」

 尻ポケットから慌てて写真を取り出しながら、不良の大将はそれを差し出した。

 和樹はその写真を見て、僅かに顔をしかめた。おそらく、杏華の転機となった時の写真だろう。普段からは想像もつかないほどに、怯えた顔の杏華が映っていた。

「……どうやって見つけた?」

 和樹は無言で写真を奪い、言葉を続けた。

「この辺りじゃこいつは有名だからな。探す手間もなく見つけた!」

「その事を響は?」

「知ってる! 知る限りの情報は流した。どこの学生で、剣道をやってることとかな」

「……いいだろう。他の連中を連れて、逃げるなら逃げろ」

 ほっと息を吐く大将を無視して、背後の曲がり角を一瞥して、気配が消えているのを確かめてから門扉へと手を伸ばす。


「……お前ら、無事か? もう大丈夫だ」

 大丈夫――その一言で、全員に安堵が広がった。

 中でも一人の女子は、腰を抜かしたように座り込んでしまうほどだ。他人の家の、土の上だと言うのに。

 和樹は小さく笑って手を貸すと、照れたように笑った女子を手に取り、助け起こした。

「きゃっ!」

「立てねえだろ? しょうがねえさ。今日は送って行ってやる」

 胸に抱えられて顔を蒼白から真っ赤にした女生徒は、恥ずかしさのあまり抗議するように和樹から離れようとしたが、結局諦めて優しい言葉と他人の温もりに甘えた。

 その様子で、他の女生徒もさらに落ち着きを取り戻したらしく、ややぎこちない笑顔を見せた。

「他の女子たちも、今日は送って行ってやる。……良いな、杏華?」

 反論もなく、和樹に従う。累々と伏せた男たちや、一人避けるように壁際に背を張り付ける大将を通り抜ける。


 ――やはり誰もが、まだ現実を認められないようだった。


 その中で一人、杏華だけが沈痛な面持ちで歩いていたが、和樹以外の誰も、その事に気付かなかった。

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