考えるな、為すべきを為せ
先ほどまで居た道路から、覗き見る不良が見えた――かと思えば、すでに和樹の体は動いて、まさか気づかれているとはつゆにも思っていなかった呆気にとられる不良を一発で黙らせる。
「う……」
その視線が最後に後ろの方へと流れたのを察知し、その後を追うと十人以上の不良が各々の武器を手に威圧するようにゆっくりと歩き始めたのを見て、和樹は偵察していた不良を掴んで急がずに下がる。
戻った後、和樹と和樹に引きずられる不良を見て一同は驚愕し、和樹を見返した。
「っ」
「えっ……?」
「な?」
「は?」
「なんで……?」
――あー。こんなことなら、先に襲わせてパニックになってから動いた方が良かったかな? と、自身の流れの読みの甘さに辟易としつつ、その視線を真正面から受け、動じることなく指示を飛ばす。
「杏華! 祐人! 竹刀は持ってるな? もし敵が塀をよじ登ろうとしたら道路側に叩き落とせ! 他の奴らは敵を見付けて杏華たちに知らせろ! 分かったら『はいっ!』だ!」
「え? な、なんで……」
――もう終わったのではないのか? と期待を裏切られた不安を瞳の奥にたたえつつ、女生徒の一人が呆然と呟いた。
他の女生徒も同様に、和樹の言葉を呑み込めないでいる。
「……来たぞ」
そうこう言っている内に、二十を超える不良たちが姿を見せた。
等間隔に配置され、薄暗い程度の明るさしかない道路に彼らは幽鬼のように瞳に映る。
「え、あ……?」
和樹の指示など耳にも入らないように、愕然と現実を見つめる二人。
平和を享受し続けてきた女子高校生と祐人には、目の前の現実に追いつけない。未だ喧嘩は始まっていないにもかかわらず、だ。それほど、二十名以上の不良がそれぞれに武器を持っているのは、彼女たちの理解を越えていた。
「ぁ……。……に、逃げ――」
「黙れっ!」
一人の女生徒が『逃げよう』と言いかけた。言葉はたどたどしく、そして不安に満ちていた。
そんな彼女の心情を、和樹は恫喝するように切って捨てる。
「祐人と杏華が塀越しに敵を倒して、お前たちはそのサポートだ! それで何とかなる!」
今この時、全く時間のない状況で、迷いを起こす選択肢を生じさせるわけにはいかない。
「オレの言う通りにしろ。余計な疑問や考えを起こすな。そうすりゃ助かる!」
「ぇ……。あ……」
噛み砕いたように柔らかく、流れ込むように優しげに、和樹は退路を断つ選択を強要した。
――実際、何十の不良を連れて逃げ惑えば、いくら夜とはいえどれだけ『たまたまそこに居ただけの一般人』に被害が出るか分かったものではない。
「…………」
一方で、復讐をも決意したことのある杏華の反応は流石に冷静だ。目の焦点はきちんとあっているし、和樹の指示にも頷いた。
そんな杏華を見て、同じ鍛錬を積んだであろう弟の祐人と、杏華を盲目的に尊敬する燐と言う少女もある程度落ち着いたらしく、他の女生徒ほどの恐慌は見られない。
和樹はいまだ現実を理解していない女子たちに向けて、一喝し、ただ指示を与える。
「いいか! お前らは二人のサポートとして、敵を見付けろ! 分かったら『はいっ!』だ! はいっ!」
「「は、はいぃっ!」」
追い立てられ、ただ反駁しただけの彼女らに和樹は微笑むと、門扉を閉めて、一人道路側へと居残りを決めた。
「この扉は俺が守る。お前らはここ以外に注意していろ!」
「「はいっ!」」
今度は幾らか自分の意思を感じさせる落ち着いた声で応える。
――まだ、現実を見つめてはいないだろう。
だが、それでいい。何も今すぐに現実を認めなくてもいい。
「さぁて……」
――今はただ、現実に対処できていればいいのだ。
そして、そのお膳立てぐらいは、和樹にもできる。
「それじゃぁ、やるか……!」
和樹は二十の不良たちの下へと走ると、何人かを倒しつつも少しずつ下がって行く。
二十人程度――多少、人質確保のために塀に流れるとは言え――と対峙してなお、和樹は余裕を崩さずにいた。




