みんなで帰ろう
周囲が暗くなり始めた頃、荷物持ちの役目を終え竜胆家に帰宅した和樹は、杏華たちがまだ部活だと言うことを聞いて迎えに行くことにした。
「オレ、ちょっとあいつらのとこ行ってきますね。……学校、もうちょっと見ておきたいし」
微笑ましげに笑う香織と、道場で後片付けをしていた玄造にそう声を掛けると、和樹は昨日歩いた道取りを思い浮かべながら、学校まで走っていく。
過保護なわけではない。ただ、部活帰りと言うのに興味があるだけだ――と誰にも言わない言い訳を考えながら、昨日は苦労させられた学校を眺める。闇に覆われた巨大な直方体の建築物は、異様な雰囲気を放っているようであり、昼間とはずいぶんと印象を異にした。
「……さて、あとどれくらいかね?」
現在は既に六時を回っている。そろそろかと思うが、周囲にそれらしい気配はない。
いっそ剣道場まで行ってみようか、というよりも二人の通う学校の剣道場に行ってみたい。という考えもよぎったが、入れ違いになることを恐れて踏みとどまった。
「…………」
何人もの生徒が校門を通っては、側に居る和樹を見てギョッとする。なかには凝視する生徒も居るし、女子グループのいくつかは――本人たちは隠しているつもりなのかも知れないけれど――あからさまに和樹を見て何やらひそひそ話をしていた。逆に、男子の方は顔を背ける生徒が少なからずいた。
「……そんなに変な恰好かね?」
香織に選んでもらったのだから、そんなはずはないと思うのだが。
若干、いつもとは違う自身の姿に疑問と不安を感じながらも、和樹はそう言った生徒たちの視線をシャットアウトして待ち人を待ち続けた。
そして、待つこと十分程度で待ち人は現れた。
「お、来た。……よう」
校門を出るまで和樹の存在に気が付かなかった杏華に、それまで居心地の悪かった和樹は、その分まで取り返すように気安く声を掛ける。
一瞬、周囲の――特に隣に居た後輩らしき女子の――視線が鋭さを増したが、暗がりに見えづらかった上に、意識の外に飛ばしていた和樹の姿を確かめて、先ほどまでの生徒と似た反応を返し、しばし呆然とした。後輩女子だけは、すぐに先ほど以上の鋭い視線を向けたが。
一方で、肝心の杏華はというと、彼女もやはり驚いていた。和樹も、彼女までもが驚いたことに驚いた。ブルータス、と言いたい気分にならないでもなかったが、カエサルほどの失望感はなかったため、溜息は自重した。
「あ……あんた、その服、どう、したの?」
「香織さんに選んでもらったんだが……おかしいか? さっきから他の奴らも似たような反応をされて、正直困っているんだが……これはそんなに変な服装なのか?」
若干の不安と気恥ずかしさを込めた和樹の問いに、杏華は少し口をあんぐりさせてから、息を呑んで我を取り戻してから首を横に振って応える。
「……ううん。似合ってるわよ、とても」
「そっか。よかった!」
心の底から安堵した、風が吹いて叢雲が一瞬で消えたお月様のような眩い笑顔に杏華は思わずドキリとしてしまう。
だが、その事を和樹が問うよりも早く、隣で杏華の腕を取っている後輩女子から猜疑的な疑問を投げかけられる。
「むぅ……ちゃらちゃらした格好ですね。それに、コートが似合ってません!」
「恰好を悪く言うな。折角香織さんに選んでもらったんだ。それに、このコートは大事なものだ。譲ることは出来ん」
和樹の言葉にあった個人名で、驚いた燐が絶句する。
「……香織さんって、杏華先輩のお母さんでしたよね? ……あなた、一体誰ですか? 杏華先輩のなんなんですか?」
前半は確かめるような口調で、後半は責めるような口調で。二枚舌のように怒涛のごとく責め立てる燐に対して柔らかな視線を向け、微笑みながら律儀に応える。
「ただの居候だ」
その一言に今まで沈黙していた場が沸いたが、和樹は殊更気にした様子もなく杏華に歩み寄った。
「祐人はまだか? 出来るなら一緒に帰った方が良いと思っているんだが……」
「あの子なら、もう少し練習があるわ。男子と女子の練習メニューは違うから」
聞くところによると、冬の間は六時半に完全下校時刻らしい。後十分程度で見えるだろうとのことだったが、出来れば一緒が良いだろう程度のことなので、まぁ良いかと結論付ける。
「さて、帰るぞ。……それとも、女子で帰るのならオレは後ろからついて行くが?」
「ぇ……」
刹那、僅かに曇った杏華の表情を把握したものはいない。掠れたようなその言葉を耳にしたものもほとんどいないし、その内の少数である和樹も、何かを言いたかったのかと考えたが、追及はしなかった。
それよりも早くに、周囲の女子から意思表明があったためだ。
「いえいえ! わたしたち、今日は先輩とはべつに帰りますのでっ!」
「そうですっ! 今日のことは、明日お話を伺いますので!」
「は?」
今日のこと――が、何を示すのかは分からなかったが、勉強か剣道のコツか何かを聞くつもりだったのだろう――と、簡単に推測し、一瞬の声以外は黙した。
対して杏華はと言うと、一瞬呆けた表情をした後、何故か慌てたような顔になり、何かを言いたげに――けれど結局は言えないまま、口をもごもごさせていた。
満場一致――となりかけた時、和樹に対して敵意剥き出しだった例の少女、燐が異を唱える。
「私は一緒に行きますからねっ!」
その発言が元となり、燐を含めた女子の輪で、当事者である杏華はつまはじきにされながら、些細な口論が起きた。その内容は聞き取り辛くはあったが、聞き取れないものではない。
「?」
「……むぅ」
杏華は何を言い合っているのか疑問に思いながら、和樹は一つの真実を得てやや苦悶の時間を強いられながら、のんびりと流れた時間を、肌寒く過ごす。
はっきり言って、華の女子高生の好奇心による思惑が渦を巻いただけの言い合いが終わるのを待つ頃には祐人を含めた男子剣道部も終了、帰宅の途に就き始め、結局祐人と燐、そして燐の見張り役となった女子二人を含めた六人で帰宅することとなった。




