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いらん子カズキ

 彼方から連絡があったのは、昼ごろだった。

 山から駆け下り、竜胆道場の朝の鍛錬を終え、昼食を取り終え、今から道場を開くのだが一緒にやるか? と玄造に尋ねられたが断った、ちょうどそんなタイミングだ。

「おう、彼方。元気か?」

「ええ、なにごともなく」

 いつも通りの淡々とした声。特に気負った風もなく、疲れが見えるわけでもない。

 なら良かったと、嬉しそうにひとりごちる。なんだかんだ言って、昨日一人で事後の追跡を任せたことを気に病んでいたのだった。

 胸につっかえていた些細な懸念を取り外すと、和樹は改めて電話を耳に押し当てた。

「……で、何かわかったか?」

 森の中で笑みを潜めて、真剣な表情で電話に出ている和樹は、誰かが見れば場違いだ――あるいは、よからぬことでも企んでいるのかと疑念を煽ったかもしれないが、そのような愚は犯さない。

 森の中――正確には山だが、木が乱立している平坦に近いこの場所は森の方が近いように思われる――で、二人は電話越しに会話を続ける。

「狩野組に的を絞ったところで、昨日の今日でめぼしい情報なんてありませんよ」

「あぁ、やっぱりな」

 彼方の言葉に、特に意外は感じなかった。

 やはり、もう少し調べる必要があるだろう。


「強いて言うなら、明後日の晩に、狩野組本家で何か取引があることと、響とかいう組長の息子が独自に何やら行動している、と言うことくらいですかね」


「それは十分に『めぼしい情報』だろ!」

 え? そうですか? と、きょとんとした調子が電話越しにも伝わる。

「ですが、何を取引するのまでは解りませんし、どうやら響と言う男は自由奔放な――言い換えると、傍若無人な性格のようなので、大した情報ではないのでは?」

「…………」

 開いた口がふさがらないと言うのはこのことだ。

 これをわざと言っているのだとしたら相当な大物だが、彼方のこれは半ば天然だ。天然と言う名の逸材だ。

 今回がメインとなって諜報活動をするのは実質初めてで、今までは練習や日常生活から判別するしかなかったのだが、そこで予想していたよりもずっと彼方は素質に恵まれているのかも知れない。

「ぁー……因みにどうやってその情報手に入れたんだ?」

「え? 一つ目は、普通に組員とお酒飲んでいた時に、ちょっと話して貰ったんですが……もう一つは、見張っていると否が応でも気が付きましたよ」

「酒……ね」


 彼方は分かっているのだろうか。こうやって簡単に、他の組の組員と酒を交わして、信頼を得る――油断を誘うと言うのは、そう簡単な真似ごとではないことを。


 かつて表の人間であった時の、サラリーマン人生がそうさせているのかは知らないが、彼方はこういった諜報に関しては明らかに和樹以上の才覚があると感じていた。

 ――もしかしたら、いや、もしかしなくても化けるかもな。

 和樹は内心でほくそ笑むようにして、まっさらな未来予想図にわずかに彼方の少し先の姿を描いた。

「と、いう訳ですので、今晩探りを入れますね。取引相手と、取引するブツが分かったら、また連絡します。因みに、あまり難易度は高くなさそうなので、和樹さんは来なくていいです」

「オレは要らん子扱いかっ! というか、オレも探りに行くぞ。誰に何を言われても――」

「組長からの命令でもですか?」

「すでに親父に連絡済みだとっ? しかもなんで親父がオレを外そうとするんだっ?」

 総合的な経験値でいえば和樹の右に出るものなどほとんどいないと言うのに、わざわざ成功率を落とそうとする理由が見えない。

 そういう意味での問い掛けだったのだが、予想できないぐらい馬鹿らしい理由が電話越しに聞かされた。

 ――いや、ある意味あの人らしいのだが。


「組長曰く、『一般生活を楽しんどけ』……だ、そうです。笑いながら」


「んなっ!」

 確かに見える。どちらかと言うと過保護な――親譲りで――性格の和樹に、休ませるのと同時に、味わうことのなかった一般家庭の味を味あわせようと画策する父親の姿が。

 状況が変化するごとにメールで知らせていたのがまずかったかと、頬をひきつらせつつ答える。

「因みに、進言したのはぼくですけどね。予想外にすんなり通ってびっくりです」

「お前が原因かよっ! くっ……しゃーねえ。その心遣いを汲んどくか。そのかわり、失敗したら許さねーからな!」

 若干負け犬染みた台詞が、文明の利器を通して彼方まで伝わると、はい、と嬉しそうな返事がノータイムで返ってくる。


「それじゃあ、明日の取引の時に乗り込んで、妨害……ですね。その時はよろしくお願いします」

「おう。その時までは、大人しくしておいてやるよ」

 その時までは――と言う部分を、乱暴に一字ずつ区切って強調し、通話を終える。

 今頃組長は、仲間を放置することを悩みつつも相手の心遣いを無駄にしない和樹を、義理の姉と高笑いしているに違いない。

「~~っ」


 ……思わず頭痛がしてきたので、和樹は悄然と竜胆家に帰るとリビングのソファに座りこんだ。

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