夢と現が交差して
始業のチャイムが鳴りだす。それを合図に一人の教師が入ってくる。俺たちは教師の姿を拝むとバラバラと起立を始める。後はいつも通り。授業が始まる。
「はーい、ええと……今日は欠席無しね。関心関心っと。じゃあ、授業始めるわよ。教科書の――」
授業は何事もなく進行していく。暇だしテロリストでも来ないかなー、そして俺の超能力パワーが覚醒してテロリストどもをなぎ倒したりないかなー、などという妄想を脳内で展開する。……暇だ。授業に耳を傾けてはいるが授業をしている女性教諭の声は非常に心地が良く少しでも気を抜いたら素晴らしき眠りの世界へといざなってくれるだろう。
「眠いのか? ノートの字が汚くなっているぞ」
俺を心配するようにオオカミが話しかけてくる。
「心配するなって。まだ脳は覚醒しているから」
「だが、テロリストの妄想をするほどこの授業に価値を見出していないのはさすがに」
「いいんだよ。先生も俺らに寝てほしいと思っているんだろうよ。ほら、あいつを見てみろ。俺たちの夢を食いたくてウズウズしてやがる」
そこには教卓から顔を少し出してニヤニヤとこちらへ腹が立つような笑顔を向けているバクの姿があった。
「なんで美人なのに出てくる神物はあんなに醜いんだ?」
「知るか。俺に聞かないでくれ」
今俺の目の前で教鞭をふるっている先生は教師の腕は確かである。授業内容は聞いてて飽きないよう工夫を凝らしてあるし、たまに挟まれるうんちくなんか聞いてて関心さえするほどだ。だが、たまに、こうやって、自慢の美声を最大限活用して俺たちを寝かせようとしてくる時間がある。一か月に一回くらい。
今は彼女が教卓の前に立ってから十分ほど。俺たち生徒は寝るなといわれると寝たくなるが、寝ろと言われると途端に寝たくなくなる。そんな素晴らしき精神のもとに動いているのでいつもは授業が始まると机に突っ伏していびきをかき始める生徒ですらこの時間だけは起きている。
いつもは楽しく授業をしているはずの先生は今日だけは黒板に向かってチョークで何かを黙々と描き続けながらまるで子守唄の様に俺たちの耳に聞こえる程度に優しく囁きかけてくる。それに耐えきれなくなったものは先生の力の前には耐えきれず夢の中へと吸い込まれていってしまう。それを見たバクはゆっくりと眠りについた生徒のもとへ近づき何かを咀嚼するかのように口を動かす。中には、夢の中で泣きだしていた者の近くで何かを咀嚼して生徒が泣き止んだという話もある。そうするに、夢を食べているのである。おいしいのかは聞いたことはないが、この授業の後に悩みがなくなって感謝をする生徒もいるのだ。
おそらく、この先生にとってみればこの授業も生徒たちのことを思ってやっているのだろう。あとは、神物のエサやり。
そうしてしばらく経つと、俺を除いたすべての生徒は先生の魔の手によって夢の中へといざなわれていた。なんてこったい。最後の数十分は隣の席の奴とおしゃべりして過ごそうと思ったのに。しかも、俺の近くには早く眠ってくれと言わんばかりにバクが俺の机の上に顔を置いてニヤニヤと笑っている。つうか、お前何でそんなに笑ってんの? 俺の夢が美味そうに見えるか?
「あら、とうとうあなただけになっちゃったわね。どうする? あと、二〇分。持ちこたえられるかしら?」
先生が今日の授業で初めて俺たち生徒に向けて発した言葉であった。俺の手は震えており今にも鉛筆を落としそうである。だが、これを落とした瞬間俺は先生の思惑通りに眠らされてしまうだろう。美人な先生の言いなりになるのもこれはこれでいいのだが、生徒として反抗心がない奴しかいないのも教師側としてもつまらないだろう。俺は、全神経を起床するために使って授業を受ける姿勢をとる。
「さあ、先生。授業を再開しましょう。おしゃべりしていたら時間がもったいないですよ?」
「ふふふ、面白いこと言うのね」
ここからは、本気で眠らせようとする教師と本気で起きようとする生徒の熾烈な争いだった。最初に先生はメトロノームを取り出してゆっくりとしたリズムで鳴らし始めたのだ。これにはさすがの俺も想定外。危うく筆記用具一式を落とすところだった。だが、何とかこらえる。
それからも、先生は俺を眠らせようとありとあらゆる手段を用いてくる。だが、俺も負けじとあらゆる手段を使って眠気を覚ましていく。最終的にはオオカミに腕をかませてその痛みで眠気を無理矢理覚ませたりもしたっけな。噛まれた左腕がズキズキと痛むが、これも先生との勝負に勝つためと自分に言い聞かせてやってきた。
そして、運命の時が来る。終業のチャイムが鳴ったのである。俺と先生の戦いの終わりを伝える様に鴉の泣き声がガーガーと教室にこだまする。
「あらら……最後まで寝かせられなかったわね」
バクも残念そうに俯いてとぼとぼと先生のもとへと帰っていく。俺は先生のその発言に気が抜けてしまってマラソンを全力疾走したかのような疲労感に包まれる。椅子に思いっきり寄りかかっても疲れが癒される気配はない。
「はははは、先生……勝ちましたよ」
残った力を全て振り絞って右腕の親指を立てる。俺が今考えられる中で最もこの場に会っているだろうと思ったジェスチャーである。
「本当ね。負けちゃったわ」
先生はゆっくりと俺に近づいて来る。
「じゃあ、ご褒美をあげなくちゃね」
先生は突然顔を近づけてくると俺の頬に軽くキスをした。
「じゃあ、またね」
先生はそれだけ言って教室を後にする。俺は心臓をバクバクと鳴らしながら頬に触れる。まだ先ほどの感触が鮮明に残っている。
「――なさい」
も、もしかして……先生。
「――きなさい」
俺のこと……?
「――起きなさい!」
俺は突然耳元で大声がしたためばっと辺りを見渡す。
「やっぱり今回もダメだったみたいね。先生に全員眠らされて先生の一人勝ち。あーあ、また黒星ついちゃった」
「まあ、先生はプロだからな。俺も何とかこらえていたけど、睡魔には勝てなかったよ」
「そ、そうか……夢か」
俺はどうやら途中で眠っていたらしい。
しかし、頬には先ほどの記憶が離れないのかいまだに先生の唇の感触が残っていた。
パッと思いついたものを殴りがいたようなものなので誤字脱字があるかもしれません。




