(6)
パパの残してくれたこの本を読んでいると、まるでパパがまだ生きているようにさえ思える。その気持ちを少しでも多く感じていたいから次のページを捲る。
アガスは約一ヶ月ぶりに玉座の間の前に姿を現した。王の前で恭しく頭を垂れる。彼の長い漆黒の髪が床をなでそうになるまで、腰を折り敬意を表する。彼は無言であった。王に許しを乞うているのか、それとも無言の反抗であるのか、周りに控える家臣達にはそれを理解できず、ただ緊迫した空気に耐えるしかなかった。
ソウリュウは等々痺れを切らし立ち上がって階段を降り、顔の見えないアガスの肩を叩いた。
「今日は晴天で俺は気分がいい」
と王は言い、窓の方へと歩み出す。ベランダに出て城下の街並みを見渡した。
アガスもまた王の傍らに立ち、その風景を見渡す。初めて訪れる旅人が感じる街の活気から、十年前に戦火に見舞われ建物という建物が焼きつくされた廃墟の街であったことはことは想像できないであろう。
「アガスよ。まだ怒っているのか」
「そのようなことは御座いません。陛下」
「あの勅命はすでに発した。お前の言い分ももちろん考慮してのことだ」
ソウリュウの発した勅命とは、闇属性を持つ者は闇属性以外の者との婚姻を禁じるというものであった。一ヶ月前、王より相談を受けたアガスはそれに大いに反対し、かんしゃくを起こした王は彼の懐刀のアガスを謹慎処分としたのだった。
「存じ上げております」アガスは無表情であった。
「今はまだ闇属性の力が必要なのだ。国内は平穏を取り戻そうとしているが、隣国ドアムは兵力を蓄え、我が国の領土を掠め取ろうとの思惑が垣間見える。十年前の争いを再び起こすわけにはいかないのだ。そのことはお前もよく承知しているはずだ」
王の言葉を皮切にアガスは当時の争いを思い出した。
ソウリュウはアガスを諭すように付け加える。
「黒騎士団の才能ある闇属性の若者を昔からの成金どもが政略結婚まがいの方法で、娘の婿にと奔走している。確かに俺は闇属性の者を優遇し取り立てている。それは才能に対する俺の評価であり、日和見主義の成金共は先行投資とばかり、若き才能を自分のものにしようとしている。その行為は次の世代の才能ある芽を摘んでいるのにすぎないというのに……」
アガスには王の愚痴のように聞こえた。
ソウリュウは現実主義である。そうでなければ王などという職は務まらない。王になろうと思った時、彼は現実主義になった。それに比べアガスは理想主義であると言えた。アガスが王に仕えるようになった頃。その頃は上下の関係などなかった。ソウリュウも一介の兵士であり、アガスは先王に虐げられていた闇属性を持つ種族を束ねる若きリーダーであった。ソウリュウはアガスの想い共感し彼を救けるため、それまで仕えた国を裏切ったのであった。
アガスはその頃のことを思い出している。ソウリュウは確かに生きるものは等しくとの理想を持っていた。アガスを助け、闇属性の者を法律上平等の権利を与えたのもソウリュウの功績と言える。しかし世俗はそう簡単に認めてはくれない。代を重ね闇属性が他の属性と同じく血が薄れ、無害なものになるまで偏見や嫉妬は消えないであろう。しばし思考をめぐらした後アガスは返答した。
「陛下の苦渋は存じております」
「そうか」
ソウリュウの言葉も短いが、それもまた数々の苦難を乗り越えきた二人にはお互い心を察するに十分であった。